Phase1 第四話 『オースティン』
テオと合流した一同は安全地帯である高速道路の上を進むことを決めて、徒歩で進んでいた。
その間、モルフに出会わなかったのは、そのほとんどが地上にいるという証明でもあり、烏丸の予想が当たっていたということだ。
しかし、もうこの場に烏丸はいないこともあり、これからどうするかについての議論をしなければならなかったのだが――。
「どうする、テオ? いくら戦闘を回避出来てるとはいっても、まだ明確な目的が定まってないぞ」
「……そうだな」
レスターの提言に、テオは元気が無い様子で答えていた。
恐らく、烏丸の死を堪えていたのだろうが、レスターとしては今はそのことを気に病んでいる余裕などない。
「しっかりしろよ。今は重要な局面なんだ。隊長であるお前がしっかりしてないと浮き足立っちまうんだからな」
「……あぁ、わかってる」
「じゃあ……どうするんだ?」
極論、この状況は得手して悪手とも取れる状況だ。
モルフとの遭遇は確かにない。だが、肝心のクリサリダの情報を得ていくには、どうしても人間のいる場所を探す必要があったのだ。
「進めるところまではまずはこの高速道路を渡っていく。ある程度、進んだところで一度降りて様子を窺うぞ。レスター、ちなみにスマホの電波はどうなってる?」
「いや、ダメだな。海外でも使えるSIMを差しているんだが、それも機能していない。恐らく、電波塔もやられてるくさい」
「……クリサリダも用意周到じゃねえか。俺らには黙ってよ」
ここまで大掛かりな作戦ともなると、何年にも渡って綿密に計画されたものだったのだろう。
もっとも、テオの言う通り、その作戦はまるで共有されていなかったのだから、クリサリダから見捨てられたという事実は変わらなかったのだが。
「――あの女も使えることはさっきの蹴りを見て分かった。ここからはあいつらにも協力してもらうぞ」
「『レベル5モルフ』の力を持つ女の子か……。確かに、銃撃戦以外のところでは間違いなく戦力になるだろうな」
「むしろ必須だ。近接戦闘は俺達も対人を想定した技術しか持ち合わせていない。あの女を上手く使って先に進んでいくぞ」
この先の戦いを生き抜く為には、必ず『レベル5モルフ』の力を持つ椎名の力が必要になることをテオ達は既に把握していた。
たった一回の蹴りを見ただけでそう判断したのは、別に軍人故の経験則から見たものなどでは決してない。
誰がどう見たって、椎名真希の身体能力と反射神経は常人の能力を遥かに上回っているからだ。
だからこそ、今後のテオ達の動きに椎名の力が必要不可欠になることは違いなかった。
しかし、そのことを聞きつけたのか、デインがテオへとゆっくりと近づくと、
「おい、椎名を捨て駒に使うんじゃねえだろうな?」
「お前は――モルフに感染しないとか言った奴だな。安心しろ、そんなつもりはない。ただ、これまでと違って戦闘には参加してもらうだけだ」
「デインだ。――それなら構わねえが、無茶な戦闘は御免だぞ」
名前を覚えられていないことに対して、デインは再確認するようにもう一度、自己紹介をしながらテオに釘を刺しておいた。
椎名を戦闘に参加させることに異論があるわけではない。
あるとすれば、椎名を囮にした作戦をするかしないかの点だったのだ。
「安心しろ。お前のガールフレンドを死なせるつもりはない」
「誰がガールフレンドだ」
思い違いをされて舌打ちしたデインであったが、テオがそのつもりならデインも特に意見はなかった。
だが、レスターの言う通り、デインもこれからの展望については些か考える必要があるとは思っていた。
「情報がいるってことなら、人がいる場所に向かうのがいいのかもな」
「ほう、よく分かってるじゃねえか。だが、その方法にはリスクがつきまとう」
「その為の戦力――だろ?」
被せるようにして、デインがテオにそう言うと、テオも薄く笑みを浮かべた。
「ふ、どうやらお前もただのガキじゃないようだな」
「馬鹿にしてたのかよ」
「訂正する。モルフに感染しないと言うんだから、お前こそ囮に使えるとは思っていたところだ」
「なんだとこの野郎」
冗談のつもりなのだろうが、およそ冗談に聞こえなかったデインはテオに悪態を吐いた。
これからのテオ達の行動。それは、クリサリダの情報を得る為には必ず人との接触は必要不可欠になるということだ。
つまりは、安全地帯である高速道路から降り、モルフがいる危険地帯への進軍がこれから必要になってくる。
そのことを理解していたデインに、テオは評価をしていたのだった。
「なればこそ早速準備だな。ここはテキサス州だ、この先を進んだルイジアナ州は平地が多いからな。このオースティンなら人は多くいる筈だろう」
「オースティン……ね。そのルイジアナ州の先にあるサウスカロライナ州に椎名は向かいたいらしいが……」
「お前達にも目的はあるようだが、まずはこっちの目的を優先する。クリサリダの連中の情報はお前達も必要なんだろう?」
「まあ……な」
椎名の目的地はサウスカロライナ州にある一角とのことはデインも聞いていた。
そこで、椎名と同じ日本人が住む地帯があるとのことなので、そこがデイン達の旅の終着点にもなるのだが、今は後回しとのことだ。
デインもそのことには賛同せざるを得なかった。
状況が分かっていない以上、クリサリダの情報はデインも喉から手が出る程に欲しいものだ。
そして、情報収集に専念するべくとされるこの場所はテキサス州でも活性化した場所、オースティンは高層ビルが立ち並ぶいわば人が集まりやすい過密地帯だ。
他国をあまり渡り歩いてこなかったデインから見れば、このオースティンの景観は圧巻そのものだった。
都会的雰囲気もそうなのだが、緑や綺麗な湖と両立してある大きな建造物は今までに見たことがなかった。
今まではむしろ、朽ちかけた家屋や砂だらけの荒野がほとんどだったので、国が変わるだけでこうも治安が変わるとなると何とも言い難い感覚にもなる。
「まあ……これだけすごい場所でも、モルフが関われば地獄絵図ってか」
「呑気に観光なんてしてる余裕はねえからな。下に行けばモルフからのダンスのお誘いがよりどりみどりだぜ」
笑えないジョークだが、テオの言葉は正しいだろう。
無策で高速道路を降りれば、間違いなくモルフによる四方八方からの襲撃は避けられない。
聞かずとも予測できるその状況に、デインはテオの方へと顔を向けると、
「じゃあ、どうするんだ?」
「遮蔽物を使いながら隠密行動する。烏丸から事前にあるデータを預かっているからな。これから向かう先ももう決めてある」
「何? 聞いてないぞ、テオ」
これ見よがしとUSBカードを取り出したテオに、レスターは驚くようにして目を丸くさせる。
さっきまではレスターも、テオは今後の展望については考えていないと思っていたからだ。
「ちょっと考え事をしていただけだ。しかし、俺はまだこのデータの中身を改めていない。まずはこれを使えるPCを探すぞ」
「何がその中に入ってるんだ?」
「――それは俺も知らない。烏丸が言うには、殺される覚悟でこれを盗んできたぐらいのことしかな」
「――――」
最後は無念の死を遂げてしまった彼女であったが、しっかりと役目だけは果たしていた。
それが希望の目となるかは分かっていないが、烏丸も意味のない情報をわざわざ自分の命を掛けてまでテオ達に提供しようとは考えないだろう。
何か――テオ達にとってクリサリダへの反撃の糸口がある手がかりが残されている筈だ。
「これを調べる為に、まずは使えるPCがある場所を探す。これだけの都心部だ。無い方がおかしいぐらいだろう」
「目的が定まったな」
三人の中で目的が明確になったことで、意識がこれまで以上に高まる。
無論、その目的を達成させるためにはリスクがついてくることは不可避だ。
だからこそ、これまで以上に集中力を高める必要があった。
「サーシャ達にもこのことは伝える。多分、別行動を取りながらの行軍となるだろうな」
「リスクが高くないか?」
「こんな場所で七人もゾロゾロと歩いていくわけにもいかないだろう? 一人余るが、二人一組で動くことにしよう」
レスターが別行動を取ることに対して、危険だということを伝えたが、テオの意見を聞いて「なるほど」と相槌を打つ。
「なら、俺は椎名と組む。なんやかんや、この中で一番椎名と組んだ時間が長いのは俺だ。その方があんた達にとっても良いだろ」
二人一組と聞いたデインは、椎名と一緒に行動することを伝えた。
それを聞いたテオは、特に異論があるわけでもなく、デインの方を見ると、
「構わん。連携的に見れば、その方が俺達もやりやすいからな。俺はフィンとセルゲイと行く。レスターはサーシャと行け」
「了解だ」
「連絡用のトランシーバーを共有しておくぞ。目安は二十分置きに定期連絡だ。こんな所で逸れるなんて洒落にならねえからな」
テオはそう言って、ちょうど別行動を取るべくとされるデインとレスターに連絡用のトランシーバーを渡す。
見た感じはどこぞの軍隊でも使われていそうな、普通のトランシーバーに見えたのだが、
「大体は二百メートル前後のものが多いが、これなら五百メートルは通話が可能なものだ。まあ、それ以上離れられても合流が面倒なだけだからこれで十分なところだろう」
テオは渡したトランシーバーの性能を二人に告げると、そのままサーシャ達のいる方へと歩き出す。
「聞け! 今からこの高速道路から降りて市街地へ出る! フィンとセルゲイは俺と、サーシャはレスターと、『レベル5モルフ』の女はデインと行動を共にして手当たり次第にPCが使える場所を探せ! 見つけた時はトランシーバーで俺に連絡を寄越せ! いいな!?」
端的と言えば端的に過ぎる命令であったのだが、その場にいたメンバーの誰もがその詳細の追求はしなかった。
命令を聞いた一同は、ペアとなるメンバー同士で固まり、すぐにでも動ける態勢となる。
「各自、告げることは一つだけだ。――死ぬな」
その言葉だけは、場の空気を静かにさせるには十分なものとなっていた。
元々は、有志で行動を共にしているだけの半端な部隊だ。
今までとは違い、生存率も格段に下がる作戦にもなってくる。
だからこそ、テオは死ぬことだけは許さないと、言葉と目で仲間達へとそう訴えていた。
「よし、行くぞ」
そして、彼らは時間を無駄にせずに動き出していく。
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サーシャ・レスター視点
「サーシャ、後ろは大丈夫か?」
「大丈夫だよ、……どうしたんだい? さっきから後ろばっかり気にしてるけど、あんたらしくないね」
もう、三度目のレスターの確認に、サーシャはレスターの様子がおかしいことに疑問を呈した。
普段は冷静沈着なこの男が、妙な不安感を胸に抱いていることにサーシャが気づいたのだ。
「なんだか……妙な胸騒ぎがしてな。勘がいいお前なら何か分からないか?」
「いや……これと言って何もないね。気のせいじゃないのかい?」
「そうだといいが……」
レスターが感じる妙な胸騒ぎは、別行動を取ってからなどでは無かった。
テオと高速道路で合流したあの時以来からずっと、ずっと何かの不安を感じていたのだ。
「そんなことより、ここのPCも動かないね。モルフからの襲撃でコードごと切られてる。状況から見て『レベル3モルフ』が暴れてたってところか」
「もしくはリキッドモルフに感染した何かが暴れてたかのどちらかだろうな。エモノを扱う動物や虫なんてこの国には腐るほどいる」
「――全く、とんだ厄介なウイルスだよ」
推測を上げればキリがないことを知ったサーシャは、改めてモルフウイルスの厄介さにため息を吐く。
せめて、ケーブルを使用しない充電型のノートパソコンさえあればというところだが、生憎とそれらしいものはサーシャ達のいる場所にはなかった。
「俺はテオに状況を説明してくる。サーシャは周囲の安全の確認を頼む」
「了解したよ。ちょっと奥の部屋を見てくる」
「モルフには気をつけろよ」
「あいよ」
手をヒラヒラと回しながらそう気軽に相槌を打つと、サーシャはまだ確認を取っていない奥の部屋へと向かおうと扉の取手を掴んで開く。
ここが何の施設かは憶測でしかないが、子ども用の玩具や本があることから、児童保護施設ではないかと考えていた。
人がいないということは、早々に避難を開始したのではないかという推測がサーシャの中にあったのだが、奥の部屋に入った時、それが違うことに気づいた。
「ん?」
奥の部屋は間取りは広く、布団のようなものが並べられていることから寝室だと思われた。
しかし、電気が点いていないその部屋の端に、固まるかのように生きた人らしき者が何人かいた。
「――――」
警戒度を上げたサーシャは、持ち手の銃をアサルトライフルに切り替え、構える。
端に固まっている人の集団は、蹲りながらサーシャに背を向けていたのだ。
背丈を見る限り、子どもだ。この児童保護施設に匿われた子どもらしき集団が、部屋に入ってきたサーシャに気づかないまま、微動だにせず端に固まっている。
「――嫌な予感がするね」
サーシャはこういう時、嫌な予感を感じ取れる特殊な才能があった。
確証があるわけではない。だが、最悪の状況を想定して、距離だけは近づき過ぎないよう銃口も下げずにいた。
「ねぇ、私の声が聞こえるかい? あなた達は生存者?」
サーシャの問いかけに、子どもの集団は尚もサーシャに背を向けたまま、反応を示さない。
怖がっているのか、それとも考えたくない方の可能性か、この距離では話しかける以外に確かめる術がない。
だから、サーシャは悪いとは思いつつも、地面に落ちていたサイコロを拾い上げて、それを蹲る子どもの背中へと投げつけた。
そうすると、子どもの方に反応があった。
「――っ」
振り向いた瞬間、その正体はすぐに明らかになった。
こちらを振り向いた一人の子ども。その子どもの目は真っ黒になっている。――いや、目が無かったのだ。
そして、ゆっくりと立ち上がり、それに釣られて他にも蹲っていた子ども達が立ちあがろうとした。
――そこにいたのは、モルフウイルスに感染した子ども達だったのだ。
彼らの蹲っていた足元には、原型すら留められていない大人の人間が横たわっていた。
「レスター!!」
仲間を呼び、その瞬間にサーシャは引き金を引いた。
子どもだからといって、躊躇はしていられない。
数十人はいる子どもの群れへと銃弾を撃ち込み、その時にレスターが遅れて部屋へと入ってきた。
「モルフか!?」
「加勢しな! 相手が子どもだからって躊躇はダメだよ!」
焦ることもなく、サーシャは冷静だった。
レスターはサーシャと同じアサルトライフルを構えて、すぐさま応戦した。
何の罪もない子ども達だろうと、モルフウイルスに感染すればただの人を襲う化け物だ。
人を殺す覚悟なんて、とっくの昔に決めていた彼らに迷いはなかった。
頭が抉れ、脳漿がその場に飛び散っていきながらも、数十人いたモルフウイルスに感染した子どもは抵抗も虚しくその場に倒れた。
「制圧できたね……たくっ、嫌になるよ。子どもまで相手にしないといけないなんてね」
「この子達が食っていたのは恐らく、この児童保護施設の管理者か何かだろうな。育ての人間を襲うなんて……皮肉なものだな」
「自分達の意思とは無関係なんだから、気の毒だとしか言えないけどね」
惨たらしい惨状を、レスター達はそう解釈したが、これがモルフウイルスに罹った者達の末路とも言えるだろう。
一度、感染してしまえば、自分達の意思ではどうすることもできない。
目の前にいるのが大事な友達であろうと家族であろうと誰であろうと、カニバリズムに襲われて噛みつこうとしてしまうのだ。
「……さっさと次の建物へ急ごう。銃声音を鳴らしすぎた」
「そうだね」
モルフが集まってくることを予期したレスター達は、次の建物へと移動を開始していく。
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テオ・フィン・セルゲイ視点
レスターとデインからの定期連絡を受け取った少し後の話だった。
ショットガンの引き金を引き、次弾装填をすぐさまにしてコッキング音を鳴らしつつ、テオは舌打ちした。
「ちくしょうが! ちょっと先に進んだらこれかよ!」
「テオさん! 今はそんな愚痴を言ってる場合じゃねえっすよ!」
下手を打ったわけではなかった。テオ達は予定通り、人目が少ない道を通りながら目的であるPCがある場所へと向かっていた筈だったのだ。
しかし、どこへ進もうとも現れるモルフに対処しようとしていると囲まれる事態へと陥ってしまっていたのだった。
「隊長、俺が群れに穴を開けます。その隙に……」
「セルゲイ、やれ!」
こんな状況でも冷静でいたセルゲイがそう進言して、テオは手段も問わずに命令した。
セルゲイは手持ちにあった手榴弾の信管を抜き、迫り来るモルフの群れの一角へとそれを投げ込む。
数秒も経たずに手榴弾は爆発し、付近にいたモルフは爆風に巻き込まれて吹き飛ばされる。
そして、道が開けた。
「走れ! なりふり構うな!」
「了解っす!」
本来の目的よりも、まずはこの場を切り抜けることが最優先だと一同は認識出来ていた。
高層ビルが立ち並ぶこの一帯は、もはやモルフの巣と呼んでもいいほどに死屍累々な現場だった。
それは、イラクでのモルフとの群勢との戦闘とは比較にもならない程の数がいて、モルフとの戦闘におけるスペシャリストでもあるテオ達でも匙を投げるほどの地獄だったのだ。
「こんな調子で本当に大丈夫かよ……」
そんな中、テオは先行きが暗いことに毒吐いていた。
ただでさえ、外は死を恐れぬモルフの巣窟。それはまるで、虫達が集団で襲いかかるかのように躊躇がないのだ。
クリサリダの影すら見えていないこの状況下では、そう嘆きたくなるのも無理はなかった。
「隊長、こっちに」
「んぁ?」
セルゲイにこちらへと来るよう勧められ、その後をついていくテオ。フィンも何も言わず、後ろからついてくるモルフへとショットガンをぶっ放すのみで、進む先は全て任せている様子だ。
セルゲイの後へとついていった先は、巨大な塀に囲まれた建物だ。
入り口の扉は鉄製になっており、鍵も特殊な形状をしたありふれたものでないものとなっていた。
セルゲイはその扉の隣の壁へと屈み込み、四角い形状をしたある爆発物を取り付けようとする。
「おいおい、C4を使うのかよ。何でわざわざ……」
「ここは刑務所です。ピッキング程度では開かない仕組みでしょう」
テオの考えを遮るようにして、セルゲイは自身の意思に赴くままにしてC4を設置する。
C4とは、プラスチック爆弾との意味合いでもあり、世界的にも使用されている爆弾だ。
基本的には対人に扱うものではなく、今回のような建造物を部分的に破壊する為に使用するというものだが、割と汎用性は高い方だった。
粘土のように形を変形させることも可能とされ、爆発させたい箇所をコントロールすることができるのだ。建物への侵入、もしくは脱出時の壁に穴を開けるという利便性もある。
ただ、なぜ刑務所に入ろうとしているのかが疑問に感じていたテオは、セルゲイが作業をしている途中に話しかけようとする。
「それで、何でまたここなんだよ?」
「刑務所のセキュリティは尋常ではないからです。今回のモルフ騒動とは関係なく、脱獄に手を貸そうとする輩がいて、電子機器に何かしらの妨害を与えたとしても、ここの電子機器は予備の電源を起動させて万が一を防ぐ対策があります。だから、ここなら確実なんです」
「――やけに詳しいんだな」
刑務所のセキュリティなんてものに詳しくなかったテオは、えらく物知りなセルゲイに感心する。
いや、むしろ興味さえあった。
セルゲイがそれを知っているのは、彼の過去背景に何かしらのことがあったからであろうからだ。
「俺は工兵として活動していた時期があります。……とは言っても、それは立派なものでもないんですが」
「なんだよ、略奪でもしてたっていうのか?」
「カシムプールブレイク」
テオの問いかけに対して一言、そう答えたセルゲイに、テオは眉を顰める。
「バングラデシュにある刑務所での集団脱獄事件のことです。聞いたことはあると思われますが、あの事件に俺は一枚噛んでいます」
「――――」
カシムプールブレイク。その名称は、テオも小耳に挟んだことがあった。
バングラデシュの中でも有名な刑務所であるカシムプール中央刑務所で起きたとされる囚人の集団脱走。表向きには、刑務所の中の囚人が企てた脱走計画ともされていたが、今のセルゲイの口振りからすれば、それは恐らく――。
「お前が脱走計画に手を貸したってことか」
「正確に言えば、冤罪でもあった仲間の救出作戦です。結果的に見れば、外に出してはならない悪人達も脱走することになってしまったのですが、俺は公式には発表はされていない国際指名手配の一人というわけです」
「それで、クリサリダに来たってところか?」
「鋭い考察ですね。正解です」
フッと笑みを浮かべたセルゲイは、C4の取り付けが終了したのか、その場から離れる。
普通に考えて、それだけのやらかしをして国から目をつけられないなど考えられない。
セルゲイが表向きに国際指名手配犯として公表されていないのは、国としての威厳を保ちたいが故であったのかもしれない。
そんなもの、外からであろうが内からの脱獄囚が仕掛けたものであろうが関係ないとは思われたが。
「アメリカの刑務所ともなれば、他の国とは比較にならないセキュリティになっている筈。ですから、ここならばテオさんの求める動かせるPCがあるはずです」
それは、経験者でないと分からないものだろう。
さしものテオでさえも、その発想には至らなかった。恐らく、レスターも同じだ。
「さぁ、離れて下さい。起爆させます」
「ああ」
爆発範囲がそこまでとはいえ、迂闊に離れないのはただのバカだ。
テオは少し後ろに下がり、セルゲイはC4の起爆スイッチを押して、プラスチック爆弾が弾けるように爆発する。
そして、刑務所の中へと入る道が開けた。
「セルゲイ、一ついいか?」
「なんですか?」
テオは刑務所の敷地内へと続く壁の穴へと屈み込みながら入ると、そうしながらセルゲイへと質問を投げかけようとした。
「お前が俺についてきたいと思ったのは何故なんだ?」
「――――」
単純な疑問だ。今更、そのようなことは聞くまでもないことだとは考えていた。
ただ、テオは何故か知りたくなったのだ。
セルゲイが命を懸けてまでテオについていくと決めた理由。それについて――。
「俺は……あなたを尊敬してるからです」
「尊敬? 嘘臭えな」
「本当ですよ。――クリサリダに来て、まともな人間を俺は見たことがなかった。でも、あなたはあいつらとは違う」
「――――」
「モルフなんてウイルスに心を奪われた化け物じゃない。あなたは人間らしさをしっかりと保っている」
セルゲイが見てきたクリサリダの人間達。日本支部にいた時のことを話しているのだろうが、セルゲイの言いたいことはテオにはしっかりと伝わっていた。
「人間性を失った組織に、俺はついていこうとは思わない。それが、クリサリダについていかず、俺があなたについていくと決めた理由です」
「――はっ」
答えを聞いたテオは鼻を鳴らし、セルゲイの顔を見ないままに刑務所の敷地内へと入っていった。
セルゲイもその後に続き、周囲を見張っていたフィンも走ってきている。
「そうかよ。だったら、俺から言うことは一つだ。――絶対に死ぬな」
「……了解」
それは、部隊が分かれる前と同じ命令だった。
ただ、その言葉の重みは先ほどとはまるで違う。
テオがセルゲイに気を許した、本当の最初の命令なのだ。
「さて……、中には入れたがどうするか。レスターやガキ共も合流させる方がいいか?」
「まずは中を改めましょう。生きた人間がいれば、少数のままの方が動きやすいでしょうから」
「らしくなってきたじゃねえか、セルゲイ」
「テオさーん、置いてかないでくださいよー!」
「フィン、お前もセルゲイを見習えよ」
「え、何がっすか? セルゲイさん、テオさんに賄賂でも渡したんすか?」
「ぶっ殺すぞてめぇ」
ジョークとは思えない本音が垣間見えるフィンの発言を聞いて、テオはフィンの頭へ拳骨を入れる。
「いってぇっ!」と涙目になるフィンだが、テオは気にすることもなく刑務所の建物内へと目を見やった。
「さぁ、まずは安全の確保、だな」
そして、彼らの向かう先は定まり、刑務所内への潜入を目指すこととなった。
進捗状況でいうと、修正確認がまだの分もありながら今、Phase1のクライマックス付近をストック作っている最中です。これまでで過去一番に激しすぎる戦闘シーンなので、気持ちがすごい入り込む……。
次話、8月18日 20時投稿予定。




