第五章 Phase0 『戦略性』
テオ達を置いて脱出地点へと急いで向かうサーシャとレスターは、身を屈めながらの行軍となっていた。
その理由は単純で、今、彼らが歩く地帯が平地であり、身を隠す術が無かったことだ。
軍隊のように匍匐前進をしながら、レスターは周囲の状況を見渡す。
「モルフも、イラク軍の兵士も今のところは見当たらない。じゃあ、さっきの襲撃はやっぱり街から来たモルフってことか」
「そうだね。っても、気は抜けないよ。そもそも、こんな緊急事態にイラク軍が何も行動しないなんてことはありえない筈だからね」
「――そうだな。サーシャ、セルゲイについて、お前はどう思う?」
「――――」
レスターからの質問に、サーシャはすぐに答えようとはせず、一考する。
今のところ、サーシャの中でもセルゲイは黒か白かでいうとグレーに近い状況だ。
裏切り者かどうかとの判断はつかないが、普通ならば始末しておくのが無難であろう。
「……テオが判断するだろうさ。あいつも曲がりなりにも隊長だ。私達が何か考えたところで答えなんて出やしないよ」
「まあ……それもそうか」
ここで答えが出ない以上は、部隊をまとめるテオの判断に任せる他にない。
どうあろうと、サーシャ達は任務の通りに動く以外に道はないのだから、今、それを考えたところで何の意味もない。
不安こそあれど、二人は徹底していた。
「それよりも、問題は烏丸の方だね。あの女の方が、私は信用に値するかと言われると怪しい。私達の脱出ルートを配備してくれているかどうかも分からないところだよ」
「なるように祈るしかねえだろうな。こんなところにいつまでもいるわけにはいかねえし、選択肢がないのは最悪だ」
「本当、クソッタレだね」
汚く愚痴を吐きながら、レスターの言葉が正しいことにサーシャは同感する。
現状、烏丸がどちらの立ち位置であったとしても、サーシャ達には脱出ルートの確保は烏丸に頼る以外に何もない。
こんなところに置き去りになどされてしまえば、サイレントハウンド部隊に生き残る道は無くなってしまうのだ。
「レスター、テオ達とはどうやって合流するつもりなんだい?」
「傍受の危険があるが、通信機を使うしかないんじゃねえかな? まあ、行き先は同じなんだからどこかで巡り合うかと思われるけど」
「私とあんたじゃ、モルフが現れた時に全てを対応できるわけじゃないからね。役割的にも」
「狙撃手と銃撃手だからなぁ。出くわさないことに賭けるしかねえよ」
サーシャとレスターでは、部隊の中の役割的に、多数のモルフとの戦闘に向いているわけではない。
オールラウンダーのテオとセルゲイ。多彩な武器を扱えるフィンもいない以上、戦力の分散的にはかなり効率が悪いことも事実ではあったのだ。
ともかく、今は戦闘を回避しながら先に進むしかないのだが、それにしては周囲の静かさにはサーシャ達も警戒心が若干ではあるが薄らいでいた。
「……おっ、何か見えてきたな」
「あれは、村……かな?」
レスターが見つめる先をサーシャも同じように見ると、古臭い木造の家屋が立ち並んでいることが確認できた。
まるで、和風のような建築の並びに、今はなき日本を彷彿とされるが、懸念するべき点は幾つもある。
「どう思う?」
「どうも何も、街から近いところにこんな村があるんだ。普通に考えて、生きた人間がいるかも怪しいところだよ」
「……だよな」
レスターは頷き、もう一度目の前の村を見やる。
仮にあの村の中にいる人間もモルフに感染していれば、村の中を通るのは得策とは思えない。
そうでなくとも、サーシャ達は不法入国者であり、他所者として割り込むのもマズイ状況だ。
「迂回するしかねえだろうけど、目標地点はどこなんだ?」
「今、調べるよ。ちょっと待ちな」
サーシャは隊服のポケットから各隊員に配備されたスマホを取り出す。
そこから、烏丸が指定した脱出ポイントを検索しようとしたが、
「――冗談でしょ?」
「あ? なんかあったのか?」
「脱出ポイントはこの先にある村の端。約550メートル先だよ」
「……なぁ、さすがに笑えないんだけど」
「私だってそうだよ」
烏丸が指定した脱出ポイントの位置。それは、この先に見える村の中であったのだ。
普通に考えれば、常軌を逸しているとしか考えられない。
なぜ、人がいるかもしれない場所を脱出ポイントにするのか、サイレントハウンド部隊の一員からしても、それは理解し難い状況でもあったのだ。
「なぁ、こう見るとやっぱり烏丸って怪しいんじゃないか?」
「……でも、仮に私達を陥れる為だとして、こうもわかりやすい罠を張ると思うかい?」
「そりゃ……」
言葉が詰まるレスターに、サーシャは状況を整理していく。
人気のないあの村が、今どうなっているかは不明瞭だ。
モルフがいるか、それともあの村には人間などいなく、武装したクリサリダの人間が待ち構えているのか。
どちらにせよ、今は情報が少なすぎることは確かだ。
「――テオ達を待とう。私達だけで先に進むのは得策じゃない」
「だな。とりあえず、そこの茂みを身の隠しに使おう」
レスターの言う通りに、サーシャ達は近くにあった茂みを隠れ蓑として、テオ達を待つことにした。
たった二人だけでここから先に進むことは、自分達だけでなく後から遅れてくるテオ達にもリスクが大きくあるからだ。
合流さえすれば、生存確率だけで言えばかなり変わってくる。
それは、これまでの戦闘経験から出た一種の判断でもあった。
「しかし、妙な生物がいたものだね。リキッドモルフ――だっけか? 人間以外に感染するとして、この国には他にどんな生物がいたりするんだい?」
「危険生物で言えば先のサソリが正にそうだが、動物で言えばトラなんかもいるな。俺もそこまで詳しくはないが……」
元より、イラクの情勢については詳しいレスターでも、生息生物にまでは事前に調べてはいなかった。
今後、どのような異種モルフが出てくるかは、その時にならなければ分からないようなものであった。
「全く……嫌になるね。こんな世界じゃあ、いつか人間は絶滅するんじゃないのかい?」
「それは俺も思っていた。生物兵器をばら撒くにしては、クリサリダのやることは度が過ぎているようにも感じる。どう見ても……世界を滅ぼそうとしているかのような、な」
通常のモルフウイルスに感染する人間に関してもそうだが、これまでのクリサリダの所業を思い返せば、やり過ぎだとそう言葉にしたレスター。
単に金や恨みなどと言えば、一個の国を滅ぼそうとするその思想はまだ分かる。
しかし、リキッドモルフなんて代物が出てきた以上は、どう考えてもこの世界を覆しかねない危険なものだ。
クリサリダがやろうとしていること――。それは、レスターにも今だに測りかねることだが、要注意な部分でもあった。
「まあ何にしても、俺がサーシャといるのはラッキーだったよ。部隊の中ではお前が一番手練れだからな」
「そう見えるかい? 私が手練れって言っても、あくまで狙撃に関してだけだよ」
「それだけでも十分だ。なにせお前は――」
「ちょっと待って――来たよ」
サーシャに対する評価を口にしようとしたその時、サーシャは会話を止めさせて、背後を見る。
そこには、こちらへと向かってくる三つの人影が見えてきていた。
「ようやく追いついてきたね」
「無事だったか。テオ達」
モルフの群勢を相手に残ったテオ達が見えてきて、二人は一息入れて安心する。
無論、死ぬとまでは考えていなかったが、あの量のモルフを相手にした以上、死人が出てもおかしくはなかった。
誰一人死なせずに帰ってきたテオに、サーシャも口を綻ばさせると、
「私なんかより、あいつの方がまだ手練れだよ、レスター」
「まあ、それもそうかもな」
あんな奴でも、仮にもサイレントハウンド部隊を束ねる隊長だ。
普段はおちゃらけてはいるが、実戦となればテオは顔つきが変わる。
まだこちらへと到着しきれていなく、聞こえない距離でそう評価を下したサーシャだったが、テオはサーシャ達と合流して、ニヤニヤしながらサーシャの方を見ると、
「今、俺のこと褒めてただろ?」
「いいや? とりあえずお前を囮にして先に進もうかとレスターと話していたところだよ」
「酷すぎない!?」
調子に乗っているテオを冗談で持ってやり返し、和やかな雰囲気でいた一同だったが、テオはサーシャ達の先にある村を一瞥すると顔つきが変わり、
「で、状況は?」
「この先に烏丸が指定した脱出地点があるとのことだ。だが、様子を窺うにも、何か妙でな。人の気配が感じられない」
「なるほど」
「さっき、テオが懸念していた状況が生まれるかもしれない。だから、こうしてお前達との合流を待っていたんだ」
かいつまんで説明するレスターに、テオも真剣な様子で考えていた。
状況から察するに、烏丸が嵌めた可能性を疑うのは自然だろう。
もし、あの村の中にクリサリダが仕向けた構成員が待ち構えているとすれば、そこで起こるのはテオ達の抹殺処分だ。
曖昧な立ち位置であるテオ達を生かしている理由は、今もまだ明らかでない以上、テオ達がそう考えるのはごく普通のことであったのだ。
「で、どうするんだい? 隊長」
今後、どういったアクションを起こすか、隊長であるテオに判断を下してもらおうと、サーシャはテオに問いかける。
テオはサーシャの問いかけにすぐには答えず、一度セルゲイの顔を見た後、すぐに全員へと顔を向けて、
「全員、聞け」
「――――」
低い声でそう言ったテオに、一同は静まり返った。
緊張感さえ生まれるその雰囲気に、全員が真剣な表情でテオの顔を見て、次の命令を待つ。
そして――、
「まず、俺の意見としてだが、セルゲイは裏切り者ではない。これは俺が直に問いただし、判断したことだからお前達もそう思っておけ。それと、烏丸についてだが……」
別行動を取り、サーシャとレスターは離れた間のことは知らない。
端的に説明し、セルゲイは敵ではないと聞いた二人は、即座に頷いた。
そして、烏丸に対してのテオの判断といえば――、
「あの女もセルゲイと同じく、裏切り者ではないと俺は考えている。しかし、この先に待ち受ける状況については分からないがな」
「それは……クリサリダの構成員がいるかもしれないってことかい?」
「そうだ」
その点については何一つ否定をせず、テオはサーシャの疑問に頷いて見せた。
烏丸が裏切り者ではなかったとしても、それがテオ達の身の安全を保証し切るものではない。
最も、なぜ烏丸が裏切り者ではないのかと、その理由についてまでは聞かなかったサーシャとレスターだが、今はその理由事態に聞く意味はない。
あくまでこの任務にとって何が障害となるのか、聞きたかったのはそれだからだ。
「全員、手持ちをショットガンに切り替えろ。モルフであろうが人間であろうが、確実に仕留められるものでいく」
「了解」
テオの指示に全員が従い、持ち構えていたアサルトライフルからポンプアクション式のショットガンへと手持ちを変えていく。
銃の特性の違いは、遠距離よりも近距離を重視したものになるが、遠距離にも対応が出来るものを今回は持参してきていた。
更に言えば、通常のショットガンとは違い、装填できる弾数が六発と多くある為、リロードまでの隙も大きくカバーできる。
射程範囲も広い為、よっぽどのことがない限りは対象にぶつけられるというのも大きな利点であった。
「先行するのはセルゲイとフィンだ。相手が人間だと先制されて殺られるリスクもあるが、今回ばかりは覚悟してくれ」
「俺は構わないです」
「上等っすよ。弾除けなら任して下さい!」
セルゲイもフィンも、相手が人間であれば死ぬリスクの高さを理解しながら、テオの作戦に嫌な顔一つせず了承してくれた。
本来であれば、先頭に立つのは嫌な役割でしかないだろう。
潜んでいるスナイパーがいれば、真っ先に狙われるのは先行する二人になる。
しかし、テオはあえて理解した上でセルゲイとフィンに先頭を任せると決めていた。
それは、信頼しているが故の判断でもある。
「よし。じゃあさっさと向かうとしよう。無事に帰れたら全員で浴びるほど酒を呑むぞ」
「えー……、テオさんって酒癖悪いから勘弁なんですけど……」
「なら記憶が無くなるまで呑ませてやるよ、フィン」
余計なことを言ってしまったことを後悔したのか、フィンは分かりやすいぐらいに項垂れると、レスターがテオの方へと歩み寄って、
「テオ、もし、あの村にモルフがいたとしても、クリサリダの差し金がいないと見ない方がいい」
「ほう、その根拠は?」
「M5.16薬の存在があれば、奴らはモルフが隣にいようとも遠慮なく戦闘が出来るからだ」
「――なるほどな」
レスターの提言に、テオも納得することが出来た。
仮にあの場所にクリサリダの構成員がいて、M5.16薬なる薬品を投与されたものがいれば、奴らはモルフが近くにいようとも好き勝手に動くことが出来る。
これは、M5.16薬を投与していないテオ達にとってはかなり大きな不利な点とも言えるだろう。
しかし、だからと言って動かないわけにもいかない。
「連中がいれば、即座に俺とサーシャが殺しにかかる。安心しろ、俺がいる限り、お前達を簡単にはくたばらせたりしねえよ」
テオのその言葉に、一同に感じられた緊張感が和らぐ。
ある意味、これがテオの隊長としての才覚でもあった。
テオが隊長なのは、隊員達からの厚い信頼からある。どんな状況に立たされても、彼は皆の気持ちを繋いで士気を保たせようとするのだ。
だからこそ、サーシャ達もいつも通りの動きが出来る。
「じゃあ――俺とセルゲイさんで先に向かいますね」
「あぁ、とは言っても、距離はそこまで開けないから安心しろ。何か見つけたらすぐに報告しろよ」
「了解っす」
フィンがテオに敬礼をして了解すると、二人は予定通り先へと先行する。
テオ達は何かが起きた時、すぐにフィン達の元へと駆け寄れる距離を保つために、大体十メートルの間隔を空けて後をついていく。
そうして、脱出地点のど真ん中とされる人気のない村へと到着したテオ達は周囲を見渡した。
「本当に……何もいないな」
三百六十度、警戒を怠ることもなく、周囲の家屋を見ながら、テオはその何もない状況に違和感さえ覚える。
こんな辺鄙な場所に住んでいる連中がいることにも驚きなのだが、誰一人いないとされるのはここで何かがあったからなのだろうが、その理由は目で見ても分からない。
確かに、家屋の周囲は荒れ果てたような雰囲気があり、モルフによる襲撃があったかのようには見えるが、果たして本当にそれはモルフによるものなのだろうかと疑う自分もいる。
ここにクリサリダの構成員がいれば、テオ達にそう見えさせるよう罠を仕掛けている可能性も無いとは言い切れなかったのだ。
「レスター……索敵を頼む」
「了解」
小声で指示を出し、レスターは片目に特殊なスコープを装着する。
周囲の建物を目で見回しながら、レスターは「ふぅ」と息を吐くと、
「大丈夫だ。隠れている奴はいない。スナイパーもいないと見ていい」
「……となると、クリサリダの構成員はいない可能性が高いか」
テオがそう判断を下したのにも理由があった。
もし、隠れ潜む人間がここにいるのならば、レスターの今の索敵で見つかることはまず必至だ。
サーモスコープを使っている以上、人間の体温は僅かな部分が見えるだけでも判別が可能とされている。
それが無いということは、テオ達を見ている人間はいないということになる。
「ちなみに、救助のヘリはいつ来るんだ?」
「あと二十分だな。安全さえ確保出来れば、ここで待っていてもいいかもしれない」
「……俺にはどうも、この状況が楽観視していいものかどうか気になるところだが……」
「同感だな」
テオの焦燥感に、レスターも同意した。
いくらなんでも、この状況はテオ達にとって都合が良すぎるような気がしたのだ。
クリサリダの構成員がいないことはまだしも、モルフの一体も見当たらないということに、未だに違和感さえ感じる。
そもそも、なぜこの村に人が一人もいないのか、ありうる可能性を突き詰めれば、それはモルフの襲撃があったと考えるのが妥当なのだ。
「とりあえず、救助のヘリが来るまでは家屋の中で待機しよう。ちょうど、うってつけにデカい屋敷があそこにあることだしな」
テオがそう指を差して、明らかに貴族が住んでいたかのような高そうな屋敷を見る。
外にいるよりも、建物の中にいれば、後から交戦するリスクは省けるという狙いだった。
しかし――、
「テオ――」
「あん?」
「ダメだ、いるよ」
サーシャがそう言葉に出したその時、テオも即座に気づいた。
まるで待ち構えていたかのように、周囲の建物の中からモルフウイルスに感染した人間がゾロゾロと現れ出したのだ。
「レスター、ちゃんと索敵しろよお前……」
「いや、済まない。やってたんだが、こいつら、絶妙にサーモグラフィーの死角に隠れていやがった」
レスターがそう言うからには、おそらくモルフ達もテオ達の存在には村に入った時点では気づいていなかったのだろう。
ある意味、運が悪いとはこのことだった。
「ちっ、フィン!!」
「了解っす! 皆、先に屋敷の中へ!」
テオの声に反応して、フィンが即座に動き出した。
互いに何をすべきか、それはフィンの役割に意味があった。
彼はテオ達から距離を離し、ショットガンの銃口を一番近くにいたモルフへと向けて、一発ぶつけると、
「引きつけは任せて下さい! 今のうちに!」
「よし! お前ら、さっさと行くぞ!」
フィンにこの場は任せて、テオ達は屋敷の中へと進んでいった。
フィンな役割は、主に囮工作をすることにある。
部隊の中で一番の機動力を誇るフィンをその役目にさせたのは、たった一人にさせたとしても生存能力の高さがあると知っていたからだ。
そのことは、テオだけでなく他の隊員達も知ることであり、誰一人異論を挟むことなく、テオの後ろをついていっていた。
「全員、さっさと中に入れ! 死にたくなければな!」
現れたモルフ達はテオ達ではなく、フィンの元へと集まる中、急いで屋敷の中へと避難させたテオは隊員達を中に先に入れさせて、最後にテオ自身も屋敷の中へと入ってその入り口の扉を閉める。
さすがに鍵まで閉めてしまえば、フィン自身の逃げ場も無くなるため、そこまではしなかった。
先に屋敷の中へ入った隊員達は、屋敷の中の安全を確保する為に隈なく索敵をしていたが、どこにもモルフの姿はいなかった。
「運が良かったね。こんなところに固まってモルフがいたらめんどくさいことになってたよ」
「不幸中の幸いだな。別の出入り口を確保しろ。上手く時間を稼ぐぞ」
サーシャがそう言って、屋敷の中にモルフがいなかったことを安堵するが、テオはそんなことを気にする時間はないと告げて、隊員達に屋敷の別の出入り口の確保をするように命令する。
屋敷の中は別にセーフティーゾーンでも何でもない。ただ、一時的に避難する為だけに使う場所なだけだ。
救助のヘリが来るまでの時間稼ぎをすることがテオ達の思惑でもあり、モルフの殲滅が目的ではない。
一つでも間違いを犯せば、その時点で全滅は免れない。それを理解していたからこそ、細かな作戦を組み立てる必要があったのだった。
「サーシャ、お前は二階に行って窓からフィンのサポートをしろ。セルゲイとレスターはさっき言った別の出入り口の確保を。俺は外からモルフが入り込まないかここで監視する」
「「「了解」」」
各々の役割をはっきりさせて、テオの指示通りに彼らはすぐにでも動き出した。
テオだけがこの場に残り、一人になった彼は持ち手のショットガンを離さないまま、考えた。
「さて、あとは救助のヘリを待つだけだが……どれだけ耐え切れるか……だな」
救助ヘリが来るまでは約二十分。
最悪はここで全ての弾薬を使い切ってもというところではあるが、テオが心配していたのはそこではない。
ただのモルフであれば、今立てた作戦でどうにかできる自信はあるが、それ以外の予想外の展開については話が変わってしまうのだ。
「一つ、気になることがあるとすれば、セルゲイが言っていたリキッドモルフか」
今、この状況でリキッドモルフに感染した何かは現れてはいない。
そもそも、一番初めに遭遇したサソリ型のモルフが現れでもすれば、今の状況はかなり一変してしまうだろう。
別の出入り口を確保させるよう促したのは、そこに意味があった。
「籠城戦はリスクが高い。癪だが、逃げながら戦い続けるしかねえだろうな」
考えていたことをそのまま口に出して、テオは現状を整理していく。
隊長としてテオが出来ることは、誰一人死なせずにこの場を切り抜ける方法を考え抜くことだけだ。
だから、テオは次の行動も既に決めていた。
「――気乗りはしないが、仕方ない」
連絡用の携帯を取り出して、彼はある者へと連絡を取ろうとする。
詳細な救助ヘリの到着時刻を確認する為には、彼女の力が必ず必要になるからであった。
「烏丸、聞こえるか。仕事の時間だ」
そして、イラク国内における最後の大仕事が始まろうとしていた。




