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Levelモルフ  作者: 太陽
第五章 『亡国潜入』
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第五章 Phase0 『セルゲイの意思』

 サイレントハウンド部隊にとって、今回の作戦は非常に条件が悪い地帯での任務となっていた。

 身を隠す場所があるわけでもなく、辺り一面が平らな荒野であり、遠くからでもこちら側の存在に気づかれることは必死なぐらいのものだ。

 そんな中、サイレントハウンド部隊は予想通りとも言うべき、最悪の状況下にいた。


「西から六体、北西からも来ています! 全員、モルフだ!」


「俺とレスターが対応する! セルゲイとフィンは進行方向の奴らを駆除しろ!」


「了解!」


「サーシャ! 後方が問題ないならお前はフィン達の援護をしろ!」


「オーケーだよ! もうやってる!」


 目まぐるしいほどの指示が飛び交いながら、銃撃戦が始まる。

 リキッドモルフ(サソリ型)との戦闘後、移動を開始したサイレントハウンド部隊だったが、その後すぐにモルフ達とエンカウントし、戦闘を余儀なくされていた。

 フィン達が対応している西側と北西側は、すぐ近くにあるエルビルの街からやってきており、恐らく、リキッドモルフを地雷で倒した時の爆発音に釣られてやってきたのだろう。膨大な数のモルフが次々とやってきていた。


「クソッ、キリがねえぞ!」


「フィンさん、進行方向にいる六体は俺が対応します」


「頼む、セルゲイ! 俺の持ってる武器じゃあリロードが多くて使いずらいんだ!」


 各々がサポートをし合いながら対処しているが、中々先に進み辛いのが現状であった。

 フィンの持つRPG(ロケットランチャー)でまとめて殺す手段もテオは考えていたが、そう指示を出すのを躊躇していた。本人もそれをするリスクを理解しているのだろう。

 先ほどの巨大化したリキッドモルフが現れた時に使わなければ、弾数が限られたRPGを今使うのは賢明な判断とは言えなかったからだ。

 どこにどれだけの数がいるかも分からないリキッドモルフの存在が、サイレントハウンド部隊の動きを鈍らせてしまっていたのだ。


「西側は片付けた! テオ、どうする!?」


「俺達はフィン達に加勢する! サーシャは周囲の索敵を頼む!」


「了解!」


 テオの指示に合わせ、隊員達は立ち位置を変えていく。

 サーシャを残した他のメンバーは進行方向にいるモルフ達へと銃弾をぶち込んでいく。

 そして、数が減ったのを見計らったテオはすぐさま次の指示を出そうとした。


「よし、このまま走るぞ! 全員、足を止めるなよ!」


「ひぇ、こんな重たい装備でマラソンは中々っすね……」


「嫌ならあんたも置いてくよ」


「そりゃねえっすよ、姉さん……」


 愚痴を垂れ流しながらも、フィンは重たい武器を担ぎながら必死にテオ達の後をついてきた。

 ここで一気に移動しないと、エルビル側からやってくるモルフの対処に手一杯になってしまうが故の判断であった。

 一同は数の脅威を振り払い、なんとか先に進めるとそう考えた時だった。

 更なる最悪の知らせをテオは聞くこととなる。


「マズイッ! テオ、エルビル側から膨大な数のモルフが押し寄せてきてる! あのスピード……間違いなく『レベル2モルフ』だよ!」


「クソッタレ……。何の冗談だ」


 サーシャからの最悪の報告を聞いたテオは振り返り、後方から迫る数えきれない程のモルフを見て唇を噛んだ。

 迫り来るモルフのほとんどがこちら側に気付いているかのように猛スピードで駆け抜けて来ていることを認識したテオは足を止める。


「レスター、サーシャは先に行け! 俺とフィンとセルゲイが足止めする!」


「ちょっ!? 何を言っているんだい!?」


 テオの指示を聞いて、サーシャは戸惑うようにそう返す。

 無謀に近い判断だと、そう思ったのだろう。

 だが、説明している時間も余裕もなかった。


「隊長命令だ! 行け!!」


「――――っ!」


 半ば強引なまでのその言葉を聞いたサーシャは拳を握り、止めていた足を動かす。

 レスターも同様に、テオの指示を汲み取るようにして走った。


「……絶対に後から来なさいよ」


「――あぁ」


 サーシャはその言葉を最後に、振り向くこともなくレスターの後を追う。

 その場に残ったセルゲイとフィンは何かを言うまでもなく、アサルトライフルの銃口を迫り来るモルフ達へと向けていた。


「悪いな、嫌な役割を任せちまってよ」


「問題ありません」


「正直……怖いっすけどね」


 覚悟が決まっていた二人の言葉を聞いて、テオは薄く笑う。

 この部隊に腰抜けはいない。無謀な作戦であろうと、黙って指示に従う彼らをテオは心から信頼していた。


「かといって、俺はここで死ぬつもりはない。必ずここで奴らを殲滅し、サーシャ達に追いつくぞ」


「――この量を相手に……ですか?」


「セルゲイ、日本の漫画にはこんな名言を残すキャラがいたそうだぜ」


 テオはセルゲイを見るまでもなく、迫り来るモルフ達へと銃口を向け、そして言った。


「――諦めたらそこで試合終了だってな」


 かつて栄えていた日本の漫画の名言を口にして、テオは引き金を引いた。

 それと同時にフィンとセルゲイもアサルトライフルの引き金を引き、すぐそこまで迫ってきていたモルフへと銃弾の雨を浴びせていく。

 狙いを足と頭部に定めていた彼らは、迫り来るモルフの次々と無力化していった。


「後退しつつ撃て! 距離を保たないと一気に詰め寄られるぞ!」


「了解!」


 照準がブレないよう、ゆっくりと後退しながら撃ち続ける三人ではあったが、それよりもモルフのスピードの方が速く、ジリジリと距離が詰まってきてはいた。


「どうします!? このままじゃ……っ!」


「フィン、試作品で持ってきた擲弾はあるか!?」


「ありますけど……使えるかは分かりませんよ!?」


「この数に対応できる武器があるとすればそれぐらいなんだよ! やるだけやってみろ!」


 急かすテオの声を聞いて、フィンは射撃を止めて隊服から棒形状の擲弾を取り出す。

 迷わずピンを引き抜いたフィンは数十メートル先にいる二十体近くいるモルフの集団の真ん中へとそれを投げ込んだ。


 その手榴弾は、黒色火薬が入った通常の爆発とは違う特性があった。

 爆発と同時に炎上する焼夷手榴弾でも、爆発の衝撃で周囲に破片を飛散させる破片手榴弾でも、煙で視界を遮らせるスモークグレネードでもない。


 フィンが投げた特殊手榴弾は数秒の後、キンと甲高い音を立てて爆散する。

 そして、凍てつくような冷気がテオ達の方まで届いてきた。


「うおっ!? すげぇな!」


 感嘆の声を上げながらも、テオは射撃の手を止めずにモルフへと攻撃していた。

 フィンが投げ込んだ手榴弾の場所は、まるで凍りついたかのように白い霧が発生し、周辺にいたモルフは足から崩れ落ちる。

 足が崩れ落ちるというのは、少し意味合いが違っていた。モルフの足と胴体が千切れるようにして生き別れし、足を失ったモルフは立ち上がることさえ出来なくなってしまっていたのだ。


「使えるじゃねえか、凍結手榴弾! フィン、もうねえのか!?」


「あるにはあるっすけど、これめちゃくちゃ危険ですよ!? こっちにまで範囲届いてますもん!」


 フィンがそう返し、テオは一瞬だけフィンの足元を見ると、確かにギリギリの範囲まで届いていた。

 あわや、フィンの足までお陀仏と化していたのだが、そこは試作品という影響もあってのことだろう。

 凍結手榴弾は爆発範囲の足元を急速に温度を下げ、地面を凍らせる役割がある。仕組みは分からないが、まさかモルフの足まで凍らせることまで知らなかったテオ達はその威力に驚いてはいた。

 元々、足場を凍らせて動きを鈍らせる用途で使わせたのだが、これならば制圧も容易くなるのは周知の事実だった。


「とりあえず、転んでいる奴らは無視してこっちを頼む! 三人いりゃあ楽勝だろ!」


「了解です!」


「了解」


 セルゲイとフィンは狙いを変え、テオの正面に迫るモルフ達の掃討に集中した。

 生き残ることが難しい状況は、フィンの凍結手榴弾で形勢が変わることとなる。

 ただ撃つだけでは数で押し切られる状況だったのが、今は一方向からのモルフに対処するだけで距離を保つことが出来ていたのだ。


「フィン、もう一発凍結手榴弾を投げ込め! その隙にレスター達を追いかけるぞ!」


 テオはそれを見計らい、フィンへと凍結手榴弾を投げ込むよう指示を出す。

 フィンの手から投げ込まれた凍結手榴弾はモルフが固まる地帯へと落ち、数秒の後に爆発する。

 そして、周囲にいたモルフは抗うことさえ出来ずに足から崩れ落ちた。


「よし、一気に畳みかけろ!」


 こうなれば、後は楽だった。テオ達に近づくことさえも出来ないモルフ達はなす術もなく銃弾を受けて生命活動を終えていく。

 絶望的だった状況は一変し、テオ達は迫り来る全てのモルフを一掃し終えていた。


「おいおい……マジで全部倒しちまったよ」


 信じられない様子で、テオは苦笑いをしながら目の前の光景を眺めていた。

 乾燥地帯である砂漠の上を埋めるようにモルフの死体が転がっており、そのどれもはもう動いていない。

 あれほどの劣勢を覆したことに、戦いが終わってからようやく実感していたのだ。


「フィンの試作品武器のおかげだ。助かったぜ、おい!」


「ははっ、いやいやぁ」


「帰ったら浴びるほど酒奢ってやるよ! 感謝しろよ!?」


「……いや、それは遠慮したいっす」


 照れていたフィンの表情が突如曇り、テオは首を傾げていた。

 何をもってそこまで遠慮しているのか、テオは分かっていなかったのだが、フィンだけは知っていた。

 テオのありえない程の酒豪っぷりに、そして、それについていける者はサーシャぐらいであり、死を彷徨うレベルに呑まされた経験が彼にはあったのだ。そんな出来事さえ、テオは記憶を失くすほどに呑んでいたので知る由もなかったのだが。


「よし、サーシャ達との合流を急ごう。あいつら、ここからじゃあもう見えないところまで先に進んでるからな」


「隊長、いいですか?」


「なんだ、セルゲイ?」


 動き出そうとしたテオを止めるように、セルゲイに声を掛けられる。

 今は一刻の猶予もない状況下であり、テオとしても話を聞く暇はなかったのだが、手短かに話を聞こうとした。


「歩きながらで問題ありません。その間に話すことがあります」


「――――」


 その表情からも、セルゲイが何か大事なことを話そうとしていることが分かる。

 何かを打ち明けようとしているのか、それは定かではないが、聞かないわけにはいかなかった。

 セルゲイはまだクリサリダ側である疑念が解かれたわけではない。今でこそ同行を共にしているが、それはあくまで監視という意味も込めてのものだ。

 ならば、言動に注視する必要性は十分にあった。


「俺が日本支部から外され、サイレントハウンド部隊に所属することになったキッカケについて話そうと思っています」


「キッカケ……ね」


 自身がサイレントハウンド部隊に左遷された理由を話そうとしたセルゲイに、テオは訝しむ。

 まさか、この場で自身が間者であることを打ち明けるとは考えてもいないが、真実かはさておき、吟味するには値する余地はあるだろう。


「俺はクリサリダ側に日本支部を外されたと隊長は考えていますが、それは違います。厳密に言えば、俺が外してもらうように頼んだのです」


「セルゲイが?」


 予想外の発言を聞いて、テオは驚くように聞き入っていた。

 烏丸が言うには、セルゲイは日本支部から外されてここにいるということを聞いていた。

 それが自身の意思であることを聞いて、戸惑うのは自然であったのだ。


「奴らが何をしようとしているのか、それは分かりません。ですが、このまま日本支部に居続ければ、俺はとんでもないことをやらかしてしまうのではと、そう思ったんです」


「とんでもないこと?」


「隊長は『M5.16薬』について、どう考えていますか?」


 クリサリダの構成員のほとんどが打っている『M5.16薬』。それに関して、セルゲイは何故か問いただしてきた。

 テオもその真意が読めず、ただ答えるがまま答えようとした。


「どうって……あれだろ? 打たれた人間はモルフに襲われなくなって、一部分ではあるがモルフの身体能力強化を使うことが出来るってやつだろ?」


「そうです。身体能力強化によって肉体の一部分、隊長も知っているクリサリダのNo.3、碓氷氷華もそれで指先の筋力強化を得ている」


「――――」


 クリサリダの幹部の名前を出され、例え話のようにセルゲイは『M5.16薬』について語った。

 ただ、碓氷氷華がどこの筋力強化を得ているかについては初耳であった。

 未だにセルゲイの話したい真意が理解出来ずにいたが、彼は続けるようにこう語る。


「隊長。ではクリサリダの構成員は何の為に『M5.16薬』を打っているのですか?」


「それは……」


 核心を突くかのようなその問いに、テオは戸惑う。

 確かに、違和感に感じることだ。どうしてクリサリダは構成員に『M5.16薬』を投与することを推進したのか。単に日本支部の周囲にいるモルフ達に襲われないようにとのことなら分かるが、日本にいないサイレントハウンド部隊にまでこの話を持ちかけるのは妙な話だったのだ。


「奴らはモルフウイルスを使って何かをしようとしている。しかし、一体何の為に使おうとしているのか、俺には全くもって理解が出来ないのです」


「……なるほどな」


「日本支部にいる構成員達、特に戦闘においての実力者達は何を信条にしてクリサリダに所属しているのかも分からないような連中ばかりでした。俺は……正直奴らが怖い」


「どんな連中だったんだ?」


 テオの純粋なその疑問に、セルゲイは息を呑んで答える。


「一重に言えば、快楽殺人者の集まりです」


「――え?」


 予想外の答えに、テオは目を見開く。

 クリサリダの構成員が何をもって徒党を組んでいるのか、その実態はテオも知らなかった。

 テオ達サイレントハウンド部隊に関しても、傭兵部隊として金を貰い、任務を遂行する意味での立ち上げだった。

 だが、今セルゲイが話したのはそんな明確な理由あってのものではなかった。


「奴らはただ人を殺したいが為にクリサリダに所属しているような奴らでした。俺が『M5.16薬』を投与していない人間だと思われれば、簡単に殺そうと考えるぐらいに……」


「おいおい、マジかよ」


「今、クリサリダをまとめているNo.2、リアムが何を考えているのかも分かっていません。俺は、奴らに殺されたくないが為にサイレントハウンド部隊への所属を希望したんです」


 聞くだに信じられないことだが、セルゲイの話を聞くうちにクリサリダ側の考えが読めてきた。

 ハッキリとはしていないが、クリサリダ側はサイレントハウンド部隊を裏切っていたわけではない。

 ただ、組織の考え方があまりにも歪だったのだ。

 快楽殺人者達が集まる集団。クリサリダはそいつらを使って何かをしようとしている。

 それが分かったテオは、今まで疑惑の目を向けていたセルゲイへと向き直ると、


「悪かったな。お前の話を聞いて納得がいったよ。とりあえず、今のところは信じてやれる」


「いえ、俺が怪しいと思うなら殺されても本望です。実際、リキッドモルフに関する情報を共有できていなかったのは事実ですから」


「十分だよ。俺は人が嘘をつく瞬間ってのは大体分かるんだ。今のお前の言葉に、そんな雰囲気は感じねえ」


 テオは人の話を聞くとき、相手が嘘をついているかどうかがその顔色からでも分かる人間だった。

 もちろん、テオは超能力者でもなんでもないわけで確証があるわけではないのだが、少なくともセルゲイが嘘をついているとはテオは思えなかったのだった。


「行こう。お前の身の上話を聞いて時間をロスしちまった。必ず生き残るぞ」


「……はい」


 話を終えさせたテオは、セルゲイ達と共に先に向かったサーシャ達との合流を急いだ。

 セルゲイのことを完全に心の底から信頼しているわけではない。

 ただ、信用することにだけ、テオは心の内で決めていた。



次話、7月28日20時投稿予定。

今回、武器として出した凍結手榴弾はこんな擲弾があったら面白いなぁと思って出した実在はしないものです。

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