第五章 Phase0 『リキッドモルフ』
「烏丸、聞こえるか?」
『――はい。どうしましたか?』
「目的の場所まで到着した。予想通り、モルフウイルスが入った瓶が割れて漏れ出したものと俺らは見ている。イラク側の軍の動きを知りたい」
『まだ彼らは原因に気づいていないですね。日本の次の狙いが自分達なのかと、混乱している最中ですよ』
「そりゃ好都合」
烏丸からの情報を聞いて、テオは現状を整理していく。
イラク軍がウイルスの原因を調べる為に、この場所に軍を動かすことになれば、それはそれで厄介になる。
極力、隠密に動きたかったテオからすれば、今が好機とも言うべき状況となっていた。
「俺達は今からトラックの中を調べる。烏丸は俺達が後始末をつけている間に脱出ルートと移動のツテを用意してくれ」
『脱出経路に関しては状況の変わり目を見てお伝えするつもりです。移動手段に関しても既にこちら側で配備済みですので安心して大丈夫ですよ』
「仕事が早くて助かるよ。あんたとは一度お茶してみてえところだ」
『面白い口説き文句ですね。趣味も合いそうですし、その時が来ればぜひ――』
「はっ、望むところだ」
先の見えない展望を話し合いながら、テオは最後にそう言って烏丸との通信を切った。
烏丸の用意の良さと仕事の速さには感服するが、それでも一線を置いて話を進めていた。
この作戦を無事に成功させるまでは、烏丸の動きを注視しつつ動かざるを得なかったのだ。
万が一の可能性を考慮してのことだが、そのことを頭に入れるとどうしても目の前の作戦に集中し切ることが出来なくなってしまっていた。
「……レスター、お前はどう思う?」
「烏丸のことか?」
「クリサリダのことだ」
一重にまとめるようにして、テオは要点をそのまま答えた。
このままトラックの中へ潜入すれば、もう作戦を途中で止めることは出来なくなる。
分岐点になることを理解しながら、テオは相棒であるレスターに一度確認をしておきたかったのだ。
「……今はまだ、その時じゃないとは思う。状況から見ても、これはクリサリダ側からすれば明らかにリスクが大きい」
「それは……そうだな」
「奴らを信用出来ないのは俺も同じだよ。でも、今回はそうじゃないと思うぞ。今、ここで奴らが俺達を裏切るのは――」
レスターは自らの推測を語りながら、横転するトラックへと顔を向けていた。
今、あのトラックの中にはクリサリダがテロを起こす為に運搬していたモルフウイルスが残されている。
それを利用してテオ達を襲うにしては、条件が完全に揃ったわけでもないこの状況では不自然だとレスターも考えていたのだろう。
だが、テオはそれが何なのかは分からないが、奇妙な焦燥感を胸に抱いていた。
何か一つ、一つだけ思い落としている部分があるのではないかと、作戦実行に移すのに少々の躊躇があったのだ。
「とにかく……ここでオタオタしてる時間ももったいない。テオ、やるならさっさとやろう」
「……ああ、そうだな」
そんなテオの考えを読み取ってのことか、レスターは冷静な面持ちで作戦を遂行することを急がせた。
杞憂と判断するにはまだ早いが、それでもこれ以上、時間を掛けすぎるわけにはいかないというレスターの意見も間違っていなかった。
テオはガスマスクの調子を確かめながら、特に問題ないことを確認すると、
「よし、じゃあいくか。後ろのドア開けたらいきなりモルフが襲いかかってくるなんてこと……ないよな?」
「気になるなら一度ノックでもしてみたらどうだ?」
「全く、ワクワクさせてくれるね」
ジョークを挟みつつも、索敵するにはその方法を言ったレスターの言葉の通り、テオはトラックの後ろのドアを軽くノックした。
もし、中にモルフがいるとするならば、今のノック音にも反応して何かしらの音が聞こえてくる筈だ。
しかし、ノック後、特に気配を感じない雰囲気を感じ取ったテオはレスターと顔を合わせ、お互いに頷くと、銃を構えたまま空いた手でドアを開いた。
「これは……ひでえな……」
「運んでいたのはモルフウイルスだけじゃなかったってことか」
二人がトラックの中を見渡しながら、その惨状に息を呑んでいた。
トラックの中は、横転したことによる荷物の散乱もそうだが、それよりも酷かったのは人間の死体が腐り、その死臭が蔓延していたことだった。
有様から見ても、このトラックの中で何があったのかは明白だった。
服装から見て、このトラックを襲った盗賊だろう。中に入り、モルフウイルスを吸引したことによる感染で仲間を襲い、ここまでの酷い惨状になってしまっていたのだ。
「しかし、感染した割にモルフの生き残りはいないんだな」
「いや……どうやら人間の生き残りはいたらしい。一人だけ胸にナイフが刺さっているから、自分も化け物になると思って自殺したんじゃないのか?」
「そりゃご愁傷様だな」
ここで起きた惨状の理由を推測しながら、テオは目的の物を探していた。
散乱している荷物をどかしながら、それはあった。
「見つけた。思った通り、瓶は割れてやがる。無事なのもあるが、これも回収する」
「オーケー。迅速にやろう」
テオはモルフウイルスの入った瓶を回収し、この場で起きたことの証拠隠滅を図ろうとした。
レスターも同様に死体の処理をする為に、荷物から爆弾の類を取り出していく。
たった一つでも取り忘れがあれば、そこからイラク側に回収される恐れがある為、テオは念入りにモルフウイルスの入った瓶を回収していく。
これが案外、時間がかかりリスクも高いのだが、焦りはなかった。
モルフとの戦闘の最中であれば、かなり焦っていただろうが、今はその心配はない。
全ての瓶の回収を済ませたテオは、「ふぅ」とため息をつくと、
「終わった。あとは死体の処理だけだな」
「…………」
「どうした? レスター」
死体を見つめ続けているレスターが気になり、テオは声を掛ける。
「思ったんだが……この死体、なんかおかしくないか?」
「おかしい? どこがだ?」
「単純に自殺した人間はナイフが脊髄にまでいったからモルフ化しなかったのは分かる。だが、他のこいつらはこの自殺した人間が殺したのだろうか?」
レスターがそう言い、モルフ化して死んだ連中の死体へと視線を移り変える。
「知らねえよ。けど、それしか考えられなくないか?」
「この死体……腐敗して時間が経っているから分かりづらいが、ナイフで刺されたり切られた跡が見当たらないんだ。なんというか、モルフになった後の死因が分からない感じが気になってな」
「――――」
レスターのその言葉に、テオも腐敗した死体を見やる。
確かに、当時の状況を知る術はないが、何があってこのモルフが死んだのかは分からなかった。
自殺した人間がモルフを相手に殺すことが出来たのも奇妙に思える。なぜなら、モルフの弱点は頭部と脊髄であり、それを知らない限りは複数相手のモルフに対し、初見で対応するのは困難を極めるからだ。
ならば、この自殺した人間はどうやってモルフ化した人間達を殺すことが出来たのか?
そもそも、本当にこの男が殺したのか、そう疑問が生まれた時だった。
「敵影確認! なんだ、あれは……」
「っ!」
外からフィンの声を聞いて、テオとレスターは思わずトラックの外へと顔を向ける。
すぐさま動き出し、外へと出たテオ達の目線の先にはサーシャ達がいて、ある方向へと銃口を向けていた。
「数は何体だ!?」
「一体だけだけど……なにあれは?」
「ハッキリ言え! モルフか!? 人間か!?」
テオは確認を取る為に、隊員達へと激昂するように問いかける。
そして、その中にいた一番口数が少ないセルゲイが口を開く。
「間違いなくモルフです。ですが、あの個体は見たことがありません」
「――っ! レスター、今すぐトラックの中に置いた爆薬を起動! 烏丸、聞こえるか!?」
『はい、どうしましたか?』
「今から交戦を開始する。相手はモルフらしい。ここから安全地帯へのルートの指示をよこせ!」
『――らしい? 分かりました。データを転送するのでその確認をお願いします』
烏丸からの通信が途絶え、連絡用のスマホからデータを受信したテオはそれをすぐに開いた。
そこには、現在地の確認が取れる地図と、経路が載ったものがあり、それを確認したテオは全員に顔を向けると、
「サーシャとフィンはそのモルフへと狙撃準備。他は俺の後に続け!」
「了解!」
目まぐるしい程の指示が飛び交い、各々がその通りに動き出す。
サーシャとフィンは前方の黒い影のようなものへと狙撃準備をし、レスターはその瞬間にトラックの中に仕掛けた爆薬を起動。横転したトラックは内側から弾けるように爆発する。
少し離れた位置まで動いていた一同は、その爆発の衝撃に身をかがめていたが、その後の動きは早かった。
テオの後にセルゲイとレスターが続き、サーシャとフィンはライフルでの狙撃を開始する。
「止まらない……姉さん、どうします!?」
「だから姉さんはやめろ! 明らかにこっちに気づいているね。スピードも速い……ここで止めないとマズイよ」
「サーシャ! 地雷を仕掛ける! お前らもこい!」
「――っ! 了解!」
ライフルでの狙撃が効いていないことをテオがすぐに気づいてくれたのか、後退の指示が飛んだことで二人はその場からテオ達の方へと走る。
「オーケーだ。あとは奴がこっちに馬鹿正直に突っ込んでくれば木っ端微塵だぜ!」
「仕事が早くて助かる、レスター。全員、走るぞ!」
地雷の設置が完了したのを見計らい、部隊は颯爽とその場を後にするようにして走る。
黒い影のようなものは、ドスドスと音を上げながらこちらへ近づいてきており、未だその姿は鮮明にはなっていない。
スコープを通して、サーシャとフィンはその姿を見たのだろうが、それを確認する暇もない。
とにかく、敵の排除を優先した一同は、地雷が仕掛けた場所へと誘導させるために、真っ直ぐ突っ走った。
そして、地雷が仕掛けた場所へとターゲットが飛び込んだ瞬間、空へ突き上げるようにして爆発が起きた。
「――どうだ? やったか?」
「それ言った時、大体やれてないから不安だね」
レスターの軽口を無視し、一同は地雷があった場所へと目を向けていた。
少なくとも、足が止まったことだけは分かり、煙が落ち着いた頃にそれを視認することが出来た。
「あれは――なんだ? サソリ?」
レスターが遠目にその正体を見やり、息を呑む。
確かに、あの黒い装甲と尾っぽについた針のようなものは見た目からすれば完全にサソリだ。
だが、あの大きさは見たことがなかった。
「セルゲイ、どういうことだ?」
テオが一番はじめにそれをセルゲイに確認したのは、ごく自然なものだった。
テオの突き刺さるような視線を受け、ハンチングを被ったセルゲイの薄目が開く。
「お前はあのサソリをモルフと認識した。なぜ、それを知っている?」
「――――」
息が詰まるかのような圧迫感が漂い、全員がその剣呑な雰囲気に飲み込まれていた。
どう考えても、妙だったのだ。
あのサソリを一目見ただけでモルフと認識するのは、どう考えても知っているとしか思えなかったからだ。
「さっさと答えろ。場合によってはお前を殺さないといけなくなる」
「――あれは、モルフです。正確には、リキッドモルフから感染したサソリということでしょうが……」
「リキッドモルフ?」
聞いたことのない言葉を聞き、テオはその言葉を声に出して問いかけた。
「リキッドモルフは日本国内周辺に配備された特殊モルフ。液体化した人間型のモルフが生物を取り込み、突然変異のように大きくなってモルフ化する性質があります」
「――なぜ、俺達にそれを共有していない?」
「ご存知のものかと思っていました。それに、私は――」
『元日本支部の人間。そうですよね、セルゲイさん?』
テオとセルゲイの会話に割り入るようにして、レスターの持つ通信機から烏丸の声が入る。
まるで、何もかもを知っているかのようなそんな口ぶりに、テオも苛立ちを覚えながらセルゲイへと拳銃を構えた。
「テオ!」
「黙ってろ、サーシャ。セルゲイ、お前に一つ確認する」
「――なんでしょうか?」
サーシャが止めに入ろうとしたが、それより早くテオが制止させ、セルゲイとの駆け引きが始まる。
もはやこの状況で、セルゲイが生きる確率さえ残されていない。その中でテオは引き金へと指を置きながら言った。
「お前はクリサリダ側の人間か? それとも、俺達側の人間か?」
「テ、テオ、それは……」
「今更構わねえよ、レスター。……烏丸、お前も聞いているんだろう? ついでだ、お前にも同様の質問を投げかけていると思い、慎重に答えろ」
テオはそう言って、セルゲイから目を離さないままレスターの通信機越しに烏丸へと問いかけた。
二人への尋問、その要点はつまり、この場でハッキリさせようということなのだ。
疑惑に疑惑が重なり続ければ、この先部隊が崩壊する危険だってありえる。それを防ぐ為にも、テオは確信を得る必要があったのだ。
悪魔の証明でもあるが、テオ達の敵ではないという証拠が――。
『テオバルトさん。何か勘違いしているようですが、私もセルゲイさんもあなた達を裏切るつもりはありませんよ?』
「お前の口からセルゲイの名まで出す理由は何だ?」
揚げ足を取るように、間をおかずにテオは烏丸へと問いかける。
『私は』ならまだしも、『私も』という括りで話すのはおかしい話だからだ。
この言い方はつまり、二人は共犯とも取れるようなものにも聞き取られてしまっていた。
だが、間髪入れずに問いかけたテオの問いかけに、烏丸も同じくして間髪入れずに答える。
『セルゲイさんは元々、日本支部から異動になった者。そして、それは私も同じです』
「……何?」
『クリサリダはM5.16薬を投与していない者を日本支部から外そうとする動きを出しています。それは、あくまで投与していないから日本にいるのは危険という意味か、投与していない者は用済みという意味なのか、そのどちらかは分かりませんが、私達は外された側でしかない。そして、あなた達サイレントハウンド部隊がクリサリダ側の情報を得ていないということも、私でさえ今知ったところです』
「つまり、お前達はリキッドモルフとやらは知っていても、隠していたわけじゃないと?」
『モルフの情報を周知するなど、組織なら当たり前のこと。それを伝えられていなかったことに私達も違和感を感じているんですよ。ねえ、セルゲイさん?』
「俺は――」
セルゲイが何かを言いたげに、烏丸の意見に対して迷いを見せていた。
テオは未だにセルゲイへと銃口を向けたままで一切、下げようともしないが、ここまでの二人の言動から仮説を立てていた。
まず、二人の言が正しければ、セルゲイと烏丸は日本支部にいた人間ということだ。
ただ、関係性から見るに、顔見知りというわけでもなく、同じ出身であるだけということも様子から見てとられた。
そして、烏丸の言うことも、これが完璧な演技でなければ信用するに値する情報でもあった。
一つ目はリキッドモルフという特殊型モルフの情報。
二つ目は、烏丸が言ったリキッドモルフに関する情報がテオ達サイレントハウンド部隊へと周知されていないということだ。
二つ目はともかく、一つ目のリキッドモルフという情報は目で見た通りのものであり、聞くに値する情報であった。
そうして、沈黙が生まれる中でセルゲイはテオを真っ直ぐ見据えながら口を開く。
「俺が間者である可能性を否定する証拠はありません。だが、今隊長が知りえていない情報は提供できます」
「――――」
「烏丸の言う通り、俺はこの女との接点はありませんが、確かに日本支部にいたことでリキッドモルフに関する知識は持っていました。それを周知していないのも、単純に知りえていたものだと……」
あくまで烏丸と同意見を貫くセルゲイの言葉に、テオは薄く目を細めてセルゲイを注視する。
ここで殺されようとも、覚悟は出来ているつもりなのだろう。
たとえそれが誤解だとしても、やるだけのことをやろうという意思をテオはセルゲイから感じ取ることが出来ていた。
「……テオ」
「――――」
レスターがテオを見やりながら、選択を委ねる。
引き金を引くか引かないか。今、この時でさえ、危険は多いこの場所で余裕もあるわけではないが、それでも時間が無為に流れつつあった。
そして、テオは選択する。
「――リキッドモルフについての情報を教えろ。セルゲイ、お前の疑惑は晴れたわけではないが、とりあえず今は何もしないでおいてやる。ただし、妙な真似をすれば、即座に射殺するからな」
「……了解」
「ということだ、烏丸。とりあえず、ここから離脱しながら話を聞くから話せ」
『分かりました。リキッドモルフはクリサリダがモルフのウイルスを改良することで生まれた人為的なウイルスです。その特性は、まず人間に感染させることが必須条件となります』
銃を下ろし、そのまま移動の指示を出して、烏丸がリキッドモルフに関する情報を出していく。
『感染した人間は液状化し、弱点である頭部を狙っても死ぬことはありません。しかし、その状態のリキッドモルフは大した害意はありません』
「害意はない……か。さっき、取り込むとかなんとか言ってたが、それがリキッドモルフの特性か?」
『仰る通りです。まず、感染した人間は自身を液状変異する為に、蝶が羽化する前の蛹になります。この状態はほとんど無防備の為、完全に液状化するまでは殺すことも容易。しかし、液状化さえしてしまえば止めることは不可能になります』
「蛹って……気持ち悪いなぁ」
フィンが不快な表情を見せながら、リキッドモルフに関する情報を聞いてそう声を漏らす。
正直、その点についてはテオも同感だった。
明らかに今までのモルフとは違うその特性を聞いて、対抗策を考えるどころか気味の悪さに目が入ってしまうのだ。
『その後はテオバルトさんが仰った通り、液状化したリキッドモルフは他の生きる生物を求めて動き出します。それが人間であろうがモルフであろうが、動物や虫でさえも同じ捕食対象になります』
「それで……あんな馬鹿でかい怪物になるってか?」
『ええ、巨大化した生物はモルフと同じように人を襲い、目に見える全てを殺しにかかります』
聞くだにふざけた話だった。
単なる人型モルフならまだしも、虫や動物にも感染させて巨大化するのなら、数次第では制圧が困難にとなりうるのだ。
テオはそれを含め、もう一つ気になることがあった。
「じゃあ、なんでそのリキッドモルフとやらはこのイラクにいる?」
もう一つの疑問とは、そのリキッドモルフがなぜこの場所にいるのかということであった。
日本支部周辺に生息するのがそれだとしても、こんな遠くの辺境の地にそれがいるのは明らかに妙だったのだ。
『考えられるとすれば……あのトラックの積荷に混じっていたか、もしくは別の国でばら撒いたリキッドモルフ達がここまできたかのどちらかでしょう。私としては前者が有力だと考えていますが……』
「お前も知らないということだな。――よし、分かった。全員、聞け」
ある程度、リキッドモルフに関する情報の確認を取ったテオは、その場にいる隊員達の方へと顔を向けた。
周囲の警戒をしていた隊員達も、テオからの指示が飛ぶことを察知したのか、全員がテオの方へと顔を向けていた。
「クリサリダ側の考えはまだ分からない。だが、情報の共有が無いという事実は遺憾とも言わざるをえないものだ。今はとにかく、任務の遂行を優先とするが、問題であった証拠の隠滅とウイルスの確保は済んでいる。このまま、俺達はこの国から離脱し、アジトへの帰還を目的とする」
「脱出の手段はどうするんだい?」
「良い質問だ、サーシャ。烏丸からの情報によれば、この先のイラク国境沿いに迎えのヘリを寄越しているとのことだ。俺達はそこに向かい、離脱をする」
「となると……まだ歩くってことっすね」
フィンが愚痴るようにそう言い、テオは否定することなく頷いた。
ここから国境沿いまではかなりの距離になるが、車のような移動手段もない為に、徒歩での移動がメインになってくるだろう。
その間、道中でのモルフとの交戦リスクは間違いなく避け難いものにはなるが、文句を言ったところで何も変わりはしない。
今出来る最善を尽くそうと、テオは自分達の目標を隊員達と共有して確認を取った。
「前衛はフィンとセルゲイが、真ん中は俺とレスターが歩く。サーシャは後方を見てくれ」
『私は何かすることありますか?』
「お前はこのままクリサリダ側の動きを確認してくれ。奴らが俺達を裏切る可能性もありうるからな」
『なるほど……了解しました』
烏丸に自分の役割を確認させるように、テオはそう指示した。
テオは烏丸がどっち側なのかの確証はついていない。あくまで牽制の意味を込めた指示と、烏丸の動きを注視する為の手段でもあったのだ。
これでクリサリダ側が烏丸に何か指示を出した時、烏丸がどういう動きをするか、逆に何もしなければしなければで間者の可能性の疑いは出てくるが、どう動くかだけでも分かれば僥倖なのであった。
「よし、それじゃあ進むぞ」
目的が定まったテオは先に進むことを選ぶ。
やることはイラクからの離脱。サイレントハウンド部隊にとっても、正念場になる状況でもあった。




