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Levelモルフ  作者: 太陽
第五章 『亡国潜入』
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第五章 Phase0 『サイレントハウンド部隊』

 とある一室の中、背もたれがほとんどないダイニングチェアに座りながら、テーブルに置かれた紅茶を嗜む男がいた。

 彼にとって、この時間は幸せのひと時でもあり、一種の趣味にもなりつつあった。

 男が紅茶好きなどと、生まれの国からすれば珍しいと貶されるだろうが、ここにはそんな野暮なことを言う連中はいない。というより、言わせないように圧力を掛けていたのだが、それはまた別の話だ。

 ともかく、彼はこの静かなティータイムをどれだけ長く過ごしていられるか、そこに大きな満足感を見出していたのだ。

 ――と、そう考えていた時だった。


「テオ、ちょっと話があるんだけど」


「……嫌だ」


「嫌だじゃないよ。ガキくせえこと言ってないで聞け」


「嫌だよ。なんなんだよ、どうせ嫌な任務でも言い渡されたとか言うんだろ? いつもそうだ。俺のティータイムの時を狙ってんのか? いくらなんでも性格悪すぎるぞ」


「前半は丸々正解だけど、後半の性格悪いってのはアタシに言ってんじゃないでしょうね?」


 ティータイムへ割り込み、話を持ち出した金髪にウェーブを掛けた女性はこちらを不満げに睨みつけていた。

 もちろん、八つ当たりのつもりで言ったのだが、さすがにこの女を怒らせるのは分が悪すぎるので早々に手を上げて降参した。


 ティータイムの楽しみを奪われた男の名はテオバルド・フィンガー。今、先程の会話から見ての通り、テオというニックネームで仲間達から呼ばれていた。


「それで? 嫌な任務までは分かったけど、どういう内容なんだよ、サーシャ?」


「いつも通りの後片付けだね。しかも、今回は結構タチが悪い」


「……マジかよ」


 今回はと言われたことで、テオは大きくテーブルに頭をつける。

 実際、これまでにも何度か汚れ仕事は請け負ってきたが、彼女の口からタチが悪いなどと言われると相当のものだろう。

 金髪を背中まで伸ばした女性、サーシャ・アリエフは狙撃手を生業としているが、テオが評価しているのは本来はそこではない。

 サーシャは意外と直勘が鋭く、窮地に追い込まれた時も彼女の判断に救われる展開は今までに数知れなかった。

 実際の戦闘において、戦闘員の実力が結果を左右するとは考えていない。本当に左右するのは、こういった特殊な才能を持つ者がいるかどうかだとテオは考えていた。

 あと、関係はないが胸が大き――、


「次、セクハラ紛いの考えをしたら片目潰すよ?」


「怖っ! なんなの、お前のその直感!? あと片目は潰さないで下さい!」


 部下の評価を心の中で呟いていたにも関わらず、本当に心外な気持ちにテオはなっていた。

 と、ふざけた気持ちでいるとサーシャがアイスピックを取り出したのでテオは真剣な表情に移り変わる。


「で? 任務の詳細は?」


「中東のとある町でウイルスが蔓延。ここは情報にはない区域だ。故意に起こしたものとは考えずらいだろうね」


「細菌が漏れたか……ほんと、最近の運送業者は仕事も出来ないのかよ」


「一番面倒なのは、ウイルスを運んでいた連中から音沙汰がないことだね。多分、感染したのだけれど、国側に身元を探られると厄介なことになる」


「バレたらどうなんの?」


「まあ……任務を言い渡された後だから、バレると私達も上から消されるでしょうね」


「――ざけんな」


 いよいよ理不尽染みた論理を聞いたテオは、苛つくようにそう吐き捨てた。

 どうやら、ふざけている場合ではないとテオも考えたのだろう。コップに残る紅茶をそのままにし、立ち上がると、


「レスターとフィン達を呼べ。作戦を練るぞ」


「了解」


 早々に動き出そうと、テオ達は休憩室を後にした。


 そして、同じ建物内にいる仲間達を呼び、作戦会議室へと集まる。

 テオはホワイトボードの前に立ち、ペンを取り出して図を描いていく。

 その様子を見守るように、呼び集められた者達はテオの方を向いていた。


「――よし。じゃあ話を進める。サーシャから聞いていると思うが、また厄介ごとだ。俺達は今からイラクへ向かい、馬鹿どもがやらかした後始末をする。任務の目的はウイルスの回収と馬鹿どもの証拠隠滅。ここまで言えば分かるな?」


「うわぁ、また焼き殺すんすか? あれ臭いがエゲツないからキツイんですけど……」


「やらなければ焼き殺されるのは俺達だぞ、フィン。それでもいいのか?」


「どっちも嫌っすね……」


 煮え切らないフィンの言葉を聞いたテオは無視してホワイトボードに向き直り、図に作戦概要の中核となるものを書き足していく。


「作戦中、最も気をつけたいのはイラクの軍に見つからず、目的を達成させることだ。見つかった時点で問答無用で殺されるだろうし、そもそも勝ち目がねえからな」


「隊長、その辺の状況はどうなっているんだ? イラク軍ももう動いているとか?」


「いい質問だ、レスター。イラクという国自体、今は内戦処理の最中にあり、正直なところ民衆のモルフ化に対応が出来ていないというのが現状だな。今も上層部じゃ責任の押し付け合いがされているとの噂だ」


「……つまり、今がチャンスと?」


 察しの良いレスターの返事を聞き、テオも否定することなく頷いた。

 レスターは部隊の中でも頭が良く、隊長であるテオのサポートとしての役割が強い。

 各々に役割こそあるが、役に立たない者などこの部隊にはいない。

 例えば、フィンに至ってもメンバーの中で重量級武器の扱いが一番上手く、突撃兵としての役割で苦難を乗り越えた実績もある。

 少々、臆病な部分は否めないが、それでも他に替えられない大事なメンバーの一人であった。


「俺達は向こうの国の輸送トラックに忍び寄り、そこから目的地まで近づく予定だ。何か質問がある奴はいるか?」


 テオの問いかけに、一同は何も言わずにいた。

 それを了解の合図と取ったテオは、この中でまだ一人、一度も声を出していない男を見ると、


「セルゲイ、お前は新人でもあるが、まがりなりにも俺の部隊の一員だ。何か言うことは?」


 テオはそう言って、セルゲイと呼ばれるハンチングを被った背の高い男へと進言させようとした。

 セルゲイは普段は無口だが、任務を忠実にこなそうとする気概は見受けられ、仲間達からの評価も悪いわけではない。

 ただ、意見を出すことが極端に少ない為に、テオとしてはこういった作戦会議には何かしらの意見を出して欲しいと考えていたのだ。

 全員がセルゲイの方へと向き、静寂の中で彼はゆっくりと口を開いた。


「――中東は俺も何度か経験したことがあります。今回の任務の場所も、一度だけ行ったことがあります」


「――へぇ」


 感心するかのように、テオは薄く笑みを浮かべた。

 聞いておいて正解だと考えたテオは、手に持っていたペンをテーブルに置くと、


「よし、じゃあセルゲイが道案内をしろ。分かんなかったら分かんなかったで別に構わん。全員、準備をしろ」


「あ、テオ。ちょっと待ってくれ。俺からも話がある」


「なんだ? レスター」


 レスターが割って止めに入ると、彼は一回り大きめのタブレットを取り出す。


「上層部からの指示で臨時で一人、サポート要員をつけるとのことらしい。その紹介を今してもいいか?」


「サポート要員? これ以上増えてもリスクが大きくなるだけなんだが……」


「いや、どうやら現場には来ないらしい。あくまで経路の情報や脱出ルートをその場で教えてくれるとのことだ。とにかく、向こうと映像越しに繋ぐから話だけでもしてくれ」


 レスターはそう言って、タブレットをテオ達へと向ける。

 相手と繋がったのか、女性が一人、画面に映し出される。


『はじめまして、烏丸京香と申します。レスターさんから聞いていると思いますが、あなた方サイレントハウンド部隊のサポート要員としてクリサリダより派遣されました。よろしくお願いします……テオバルトさん?』


「……日本人か?」


『そうですよ。珍しいですか?』


「ああ、日本人は俺達のことを恨んでいるんじゃないかと思ってな」


『たしかに日本には思い入れもありましたが……我が身さえあれば特に気にしないですよ。それに、私はせいせいしてます。家族と会うこともなくなりましたから』


 烏丸と名乗る女性は、長く伸ばした黒髪を指で弄りながら平静とした様子で答えた。

 彼女の生まれ育ったであろう日本という国は既に崩壊しており、クリサリダがばら撒いたモルフウイルスによって魔境と化していた。

 テオ達は直接的にその任務に関わったことはないが、組織に属する以上は同罪みたいなものだ。

 かといって、テオが罪悪感を感じているかどうかはまた別の話だが。


「……まあそんなことはいい。あんたが目的地までの経路と情報をくれるのなら助かるよ。何か聞きたいことはあるか? 部隊の情報なら渡すが」


『事前に情報共有は済ませてあるので問題ありませんよ。ただ、一つ確認しておきたいのは、あなた方達はM5.16薬を投与済みで?』


「あんな気味の悪い注射なんて打てるかよ。たしかに、モルフには襲われなくなるだのは聞いたが、肝心の副作用については聞かされていない。デメリット無しであんな都合の良い代物が作れるわけもねえからな」


『なるほど……。つまり、モルフとの交戦は避けることは出来なさそうですね』


「俺達があんなヒョロヒョロ共に遅れを取ると?」


 威圧感さえ感じる雰囲気を漂わせながら、テオは画面越しにいる烏丸を睨みつける。

 『M5.16薬』を投与していれば、作戦がスムーズに進むことは間違いないだろうが、テオはそれを了承しなかった。仲間達も含め、そのような意味深なものを投与することに気が引けていたのだ。

 元々、『M5.16薬』はモルフウイルスのワクチンになりうるものではない。

 あくまで、投与者がモルフに近づく為のものであり、感染したとしてもモルフにならないというわけではなかったのだ。


『まあ、私もそれを投与しているわけではないから同じですよ。投与していないからといって否定しているわけではありません』


「化け物にわざわざ近づこうとする連中の考えなんて知ったこっちゃねえからな。おかげさまでこんな任務ばっかさせられる羽目にはなったが……」


「日本支部から外されましたもんねー。かといって、周りにモルフだらけのあんな場所、俺らも願い下げっすけど」


 フィンがテオの考えと同調するようにそう言った。

 実際、テオ達の部隊はその大元であるクリサリダの組織からはみ出したに近い扱いとなっている。

 本丸である日本支部にいないのも、テオが『M5.16薬』を投与することを断ったことが関わっていることも事実であったのだ。


「……ともかく、俺達は俺達のやり方で任務を遂行する。あんたは経路の情報と脱出時のルートを教えてくれるだけでいい。それでいいな?」


『はいはい。わかりましたよ。元よりそのつもりですが、あまり怒らないで下さいね。こう見えて繊細なんですから』


 烏丸は最後にそう言って、確認すべきことはもうないとの姿勢を取った。

 テオは烏丸から視線を逸らし、隊員達へと視線を向けながら、


「よし、じゃあ出発の準備を進めるぞ。さっさと終わらせて俺は紅茶を飲みたいんだ」


『あら、私も好きですよ。趣味合いそうですね』


「そりゃ良いことを聞いたが、これ以上は時間がもったいないからな。現場でのサポート頼むぞ」


『わかりました。では――』


 烏丸からの映像が途絶え、以上で作戦会議は終了とした。

 一同も納得したのか、特にこれ以上話すこともなく作戦の準備に入ろうとしていく。


「それにしても……俺達はいつまでこんなことをやらされるんだ?」


 テオとしては、さっさと任務を終わらせたいこともあるが、一番として気にかけていたのは上層部の考えでもあった。

 切り捨てられたわけではないが、任務としてはやることの内容があまりにもリスキーすぎる。


 元々、テオ達の部隊であるサイレントハウンド部隊はその名の通り、追跡部隊として挙げられ、目標を暗殺する為に戦闘を限りなく少なくして活動する部隊でもある。

 それが、ウイルスの後始末に関わる任務ともなれば、愚痴を言いたくなるのも必然なのであった。


「場合によっては切り時も考えないといけないか……」


 テオは組織であるクリサリダに不信があった。

 連中が何を考えてこんなことをしているのか、そもそも、何か信条があって組織が構成されたものでもない。

 テオ達にとっては金になる感覚でしかない為に、今の組織の考え方は目に余る部分も多少なりともあったのだった。


「まあいいか。とりあえずさっさと終わらせることだけ考えよう」


 テオは目の前の任務のことだけを考え、一旦、今の組織に対する悩みについては放っておいた。

 彼にとって、クリサリダとは何なのか、クリサリダにとってテオ達は何なのか、それを知るのはまた後のことである。


△▼△▼△▼△▼△▼


 イラクと呼ばれる国は、治安が良い悪いで説明するには難しい、いわゆる不安定な状態にあった。

 アメリカとの戦争にも発展したイラク戦争に至っては、バグダートへの攻撃の激しさもあり、子どもから大人に至るまで多くの犠牲者さえ生まれた。

 長き時を経て戦争は終結し、アメリカ軍は撤退したが、それで全てが丸く治まるわけでもなかった。

 内乱に次ぐ内乱。それらが活発に活動したことによって、一部の都市は占領された状態になっており、無秩序状態ともなっていた。

 アメリカの力を借り、どうにか反乱勢力を掃討こそしてはいるが、その全てを排除することは叶わない。残党が少しでもいれば、そこから新たな反乱分子を増やそうと目論見を立てようとして終わりが見えない状況にもなっていたのだった。


 そんな情勢の中、テオ達サイレントハウンド部隊はイラクの中でも珍しい、草木の生える地帯の中を歩いていた。

 街が見えてはいるが、テオ達はあえて街の方へと進まず、外側を一周するように歩くような形で進んでいた。


「しっかし、エルビルってこんな自然豊かなんすね。他とはエライ違いですよ」


「たしかに、モスルやバグダートは砂地だし、基本は平らな荒野ぐらいしかない印象だからな。首都と違ってそうなのは何かあるのか? レスター」


「簡単に言うと治安の差かな。毎日、爆弾テロなんて起きる場所で高層ビルの建設なんてしないだろう?」


「なるほど」と相槌を打ちながら、テオは妙に納得していた。

 確かに、治安の悪さがあってこそのあの殺伐とした雰囲気を生み出したのだとすれば何もおかしくはない。

 情報でしか聞かないが、住んでいる近くで一日一人以上は死人が出てもおかしくないようなめちゃくちゃな時期もあったらしい。


「かといって、エルビルでもそれがないわけではないんだがな。……今となっては不憫としか言えないが」


「そりゃ言えてるな」


 レスターが遠回しにそう言ったのに対し、同感の意を示したテオはエルビルの町並みを遠目に見た。

 今、テオ達はクリサリダの構成員の所在が途絶えた地点の近くまで来ている。情報との照らし合わせから、モルフウイルスが漏れた可能性が高いとのことだが、この情報が間違っていなければ、すぐ近くにあるエルビルに被害が無いのはまずありえない。モルフウイルスによって感染した人間が多数いると考えれば、街の外周を歩くテオ達の判断は間違っていなかったのだ。


「まあこれも、烏丸の発案でもあるが……」


「実際、どうなの? あの女、信じられる?」


「日本人は仕事には忠実と聞く。監視の可能性も疑われるけどな」


 サーシャの問いかけに、テオはハッキリとそう言った。

 実のところ、テオ達は烏丸のことを完全に信用したわけではない。わざわざサポート要員を用意する組織の考えが読めなかったのだ。

 確かに、国側にクリサリダの存在がバレることは組織から見てもマズイ自体は理解出来る。

 だが、そもそもモルフウイルスを運搬中の構成員がそんなヘマをするのかという疑問もあったのだ。


「目的地到着後も気を抜くなよ。モルフだけが敵とは限らないからな」


「――了解」


 テオの含みを持たせたその言葉に、サーシャ達は息を呑むように了解した。

 テオのその言葉の意味はつまり、クリサリダ側がテオ達を嵌める可能性のことを言っていたのだ。

 可能性としては薄いが、その薄い可能性はテオ達の意識外を突くには十分なものだった。

 だからこそ、テオは事前に仲間達にはそのリスクのこともあらかじめ伝えておいてあった。

 万が一の為に、抵抗できる状況を作り出せる意識を作り出せば、クリサリダ側の一方的な虐殺の可能性を防げるからだ。


「ストップ」


 先頭を歩くセルゲイが合図を出して、一同は姿勢を低くして立ち止まる。

 普段、無口な彼がそう指示を出したのは只事ではない。何かしらの危険が目の前にあると判断したからだろう。


「モルフの姿を確認。数は二体います」


「よし。フィン、サーシャ。ここから狙撃できるか?」


「余裕っす」


「この距離なら楽勝だね」


 二人の力強い声を聞いて、テオはレスターとセルゲイへと顔を向け、


「残る俺達は周囲の安全確保だ。フィンとサーシャが片付けたら急いで先に進むぞ」


「了解」


 役割を決めた一同は行動が早かった。

 フィンとサーシャは背中に掛けたライフル銃を手に持ち、前方にいる小さな人影へと照準を合わせていく。


「約二百メートルってとこか。風もなし。フィン、いけるね?」


「姉さんがいけるなら」


「誰が姉さんだ」


 フィンの軽口にサーシャは苦々しい表情で返しながら、二人はゆっくりと照準を合わせていく。

 ライフル銃といえど、普通の銃器と比べれば狙撃するのは容易ではない。確実に当てる為に、射角や風の動きを読む必要があったのだ。

 距離が三千メートル近くあるのならば、それとは別に地球の自転の動きや温度、または日光の入り方なども計算に入れなければならないのだが、今回は関係ない。フィンとサーシャからすれば、千メートルもないこの距離から目標を当てることはそう難しくはなかった。


「――――」


 集中力を高めながら、二人はスコープを介してモルフに照準を合わせた。

 誰一人言葉を発しないのは、二人の集中力を切らさない意味もある。少しでも集中力を切らせば、命中率が極端に下がることを全員が理解していたからだ。


 狙撃のタイミングはほぼ同時だった。

 轟音が鳴り、ライフル銃から硝煙が上がる。


「命中。二体とも即死だよ」


「よし、じゃあさっさと進むぞ。今の銃声音で奴らが寄ってくるだろうからな」


 テオの指示に全員、移動の準備を始める。

 モルフの特性も既に熟知していたが故の行動だが、彼らに慢心はなかった。


「今のモルフの感染段階は?」


「1か2のどっちかだね。まだ感染してそこまで時間は経ってない筈だよ」


「なるほどな。念の為、それ以上の奴も出てくる可能性は頭に入れとけよ」


 モルフには感染段階が存在する。

 テオが確認を入れたのは、今後遭遇する可能性の高いモルフの感染段階を考慮する為であった。

 少なくとも、『レベル3モルフ』以上のモルフに出くわせば奇襲を掛けられ、部隊に混乱を招く可能性があったからだ。

 だからこそ、彼らに慢心はなかったのだが、足取りは速かった。


「隊長、この先、恐らく舗装された道路があるはずです。景色に見覚えがあります」


「いいね、セルゲイがいて助かったぜ。全員、目的地までは近いぞ」


 セルゲイの記憶に見覚えがあると聞いて、テオはそのまま真っ直ぐ進むことを選択した。

 今のところ、緊急事態になることは一度もなかったが、ないならないでそれに越したことはなかった。


「テオ、見えてきたぞ。多分、あれだ」


「……あれか」


 レスターの声に、テオ達はその場で身をかがめながら先を見る。

 そこには一台の大型トラックが道路の端に横転するようにして倒れており、傍目から見ても違和感にしか見えなかった。


「トラックが転倒して中身が漏れたか? 確か、モルフウイルスって空気感染はしないよな?」


「いや……組織からの伝達事項によれば、持ち運び用のウイルスは霧状に散布させて吸引した人間を感染させる用途のものもあるそうだ。この暑さから見ても、もしかすると揮発したことによって中身を吸引した可能性もある」


「なんだよそれ……ガスマスクの対策もしてねーのか」


 レスターの言葉に納得こそすれども、確認の準備を怠った馬鹿共に苛立ちさえ覚えた。


「でも、なんかおかしくないっすか? こんな何もない場所でトラックを横転させるなんて、車を運転したことないやつでもそうそうないですよ?」


「……フィン、ナイスだ」


「え?」


 フィンの言葉を聞いて、テオは警戒度を一気に引き上げた。

 確かに、こんな平坦な道でトラックを転倒させるなど、普通は考えられない。

 何かあったからが故の転倒だとするならば、説明がつくのだ。


「考えられる可能性があるとすれば、誰かに襲われたか……」


「その可能性が高いだろうな。エルビルも十分に治安としては悪い方だ。金目の物を盗ろうとした人間に襲われたと見ていいと思う」


 レスターの同調の声に、テオは大きくため息をついた。

 となると、さっきの二体のモルフは金目の物を漁ろうとして感染した人間の可能性もありえる。

 エルビルでも感染の報告が上がっていることから、あのトラック内での感染者が街に流れ着いたと見て間違いないだろう。


「全員、防護マスクを準備しろ。トラック内には俺とレスターが行く。他は周囲の安全の確保を頼むぞ」


「「「了解」」」


 やることが明確になったテオは、すぐにでも任務を終わらせようと隊員達へと指示を出していく。

 そして、彼らは後始末であるトラックへとゆっくり近づき、目的を達成しようと試みていった。

 


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