第五章 第十二話 『魂を受け継ぐ者』
コツコツと歩く音を鳴らしながら、周囲の警戒をしつつ銃を構えながら歩く青年、笠井修二は敵組織のアジトへと一人、潜入していた。
地下通路を歩きながら気づいたことは、この地下通路は照明が点いており、紛れもなくここが敵組織のアジトだと確信がついていたことだ。
「アイザック隊長とアレックスは無事に帰れたかな……」
修二は、地上で離れたアイザック達のことを気にかけていた。
短い間とはいえ、修二にとっては大事な仲間だ。
もう、誰も死ぬところを見たくなかった修二は彼らと決別し、一人で決着をつけることを選んだ。
だから、彼らには無事に日本から脱出してほしいと、修二は心の底から願っていた。
「俺は……もう皆のところには戻れないかもな……」
独り言のように口ずさみながら、修二は自身の選択が命取りになることを悟っていた。
それでも構わなかった。
ここで敵組織の殲滅を、もしくはリアムという男を殺すことが出来たならば、少なくとも世界で起きているモルフウイルスのテロは限りなく抑えられる。
頭を潰して組織が空中分解するかどうかは定かではないが、一番の元凶さえなんとかできれば状況は変わるはずだと、そう信じて彼はここまできた。
だから、ここで死ぬことも許容して彼はここまで進んできたのだ。
「あとは……桐生さん。一体、どこにいるんですか?」
もう一つ気になっていたこととすれば、桐生の所在である。
日本に到着し、敵組織のアジトに来るまでは結局、彼と出会うことはなかった。
まだ地上にいるのか、それとも既に潜入しているのかは分からないが、安否が不明なことは修二の中でも不安であったことだ。
しかし、だからといって桐生の居場所を探すことを最優先にするわけにもいかなかった。
もうここは敵組織の構成員が多くいる危険地帯であり、修二にももちろん、そんな余裕はない。
最短最速で目標となるリアムという男を見つけ出し、殺すことだけを考え、彼は歩き続けていく。
「――それにしても静かだな。本当にこんなところにいるのか?」
あまりの静けさに、修二は違和感を感じていた。
電気の照明があることと、モルフの存在が確認できないことから間違いなくここがアジトであることは分かっていたが、誰一人見つからないというのは妙であった。
少しずつ歩いていくと、修二は地面に何かが倒れているのを見つけ出す。
「あれは……人?」
遠くから見てもわかったが、修二の目線の先に人が倒れているのを確認できた。
一人だけでなく、数人近くの人間がそこに倒れており、地面には血の血痕が埋めるように広がっていた。
「死んでいる……のか? でも……なんで?」
ピクリとも動かないことから、死んでいることは判別できたが、なぜここで死んでいたのかがすぐに理解が出来なかった。
まだ死んで間もないことも、渇いていない血を見て判断出来、修二はふとある可能性を思いつく。
「まさか、桐生さん?」
この死体が敵組織の構成員の一人であるならば、殺した可能性が高いのは桐生ぐらいであった。
そして、それは確信に変わっていく。
「この傷痕……間違いないな」
死体を確認すると、剣で斬りつけられた痕が残っているのが見えた。
つまり、修二がここに来るまでに桐生は先に潜入し、敵組織の構成員を次々と葬っていたのだ。
となれば、桐生はこのアジトの中にまだいるということにもなる。
「急いで合流しないと――」
単独での潜入は修二も同じだが、ここにいるとなるならば話は別だ。
急ぎ合流し、共に戦った方が作戦の成功率は上がる。
一人でやると決めた修二だが、それでも異次元の強さを持つ桐生に対しては見方が違っていた。
彼と一緒ならば、たとえどれだけ絶望的な状況だろうと打破できる自信があったからだ。
すぐさま行動しようと、修二は駆け出そうとしたその時――、
「キミがリーフェンの話していた青年か」
「――っ!?」
突如、声が聞こえた修二は銃を構える。
通路の先、別れ道となるそこから一人の男がゆっくりと顔を出した。銀髪の長い髪が特徴的で、腰には一本の長刀が携えた男だった。
修二は一度も出会ったこともない人物だが、思い当たる人物が確かにあった。
レインから聞いた今回の作戦目標である人物。その特徴と一致していたのだ。
「――お前が、リアムか?」
「おや、私を知っているのかな? 光栄だね」
「――――」
「キミが来ていることもさっき気づいたからね。迎えもなしに済まなかった。ぜひ、キミとは話がしたかったんだ」
リアムはそう言って、戦う意思がないことを証明するように両手を上げた。
修二はリアムへと銃口を向けた状態だが、今なら殺せる確信さえあった。
「私にその武器は意味がないよ。だから、話をしないかい?」
「……なに?」
修二が引き金を引こうとしているのを予測したのか、リアムはそう言った。
ハッタリだと、最初はそう考えてもいたが、油断は出来なかった。
かつてはアメリカ陸軍を半壊させた男だ。
銃を持つ精鋭達を退けさせた実力を持つ以上、言っていることに妙な説得力さえ感じさせていた。
「今日は運がいい。まさか、こうして同志と会えるなんて考えもしなかったからね」
「同志?」
「ああ、そうだよ。キミと私は同じ志を灯す同志さ。モルフウイルスの特異点となる存在――その意味でもね」
「……今、なんて言った?」
聞き逃してはならない単語を聞き、修二は全身に強い悪寒を感じ取った。
モルフウイルスの特異点。それは修二自身が身をもって理解しているものだ。
リアムは修二に対し、同志と言った。その意味にモルフウイルスが重なるとするならば、リアムの言いたいことはつまり――、
「私はキミと同じモルフウイルスの特異点、『レベル5モルフ』の力を持つ者だよ。出会ってすぐ気づくところかと思われたが……どうやらまだキミは『レベル5モルフ』の力を引き出し切れていないようだね」
「なん……だと?」
次々と情報量が多い発言を聞きながら、修二は体が硬直するように強張る。
この男が『レベル5モルフ』であることもそうだが、一番の問題はそこではない。なぜ、この男が修二を『レベル5モルフ』であると断定したのか、そこが疑問だったのだ。
「ふむ、どうやら何がなんなのかが分からない様子だね。いいさ、キミには特別に教えてあげよう」
「――――」
リアムは薄く微笑みながら、腕を組む。
腰に携えた長刀に一切触れていないことから、彼には全く戦闘の意思がない様子だ。
それさえ、修二からすれば違和感であるのだが、リアムは続けていく。
「キミのことはリーフェンから聞いている。しかし、なぜ私がキミを一目見ただけで『レベル5モルフ』と断定したのか、それは私の能力にも関係するところだが、本来は『レベル5モルフ』の力を持つ者は誰にでも備わっているものだよ」
「――どういうことだ?」
「『レベル5モルフ』の力を持つ者は直感的に相手を『レベル5モルフ』かどうかを区別することができる。キミも私を見て何か感じたものはないのかい?」
そう問いただされ、修二はリアムから目を離さずに見続ける。
確かに、初めて見た時から感じていた悍ましい気配を修二は感じ取っていた。
それは、あの日本で『フォルス』から椎名を取り戻そうとした時、ヘリに乗っていた女と同じような感覚をだ。
それと同じならば、あの女はやはり『レベル5モルフ』だったということにもなる。メキシコ国境戦でももう一度遭遇し、尋常ではない身体能力で修二を追い詰めたあの女も同じくして――。
「キミに出会えて良かった。安心しなよ、キミの息苦しい生活はもうすぐ終わりを迎える。新しい世界があと少しで開かれるのだからね」
「……何を言っているんだ?」
「モルフだけが生きる世界がもうすぐできるということだよ。世良がやろうとしていた素晴らしい世界がもうすぐ……と言えばよく分かるかな?」
「――なっ!?」
世良の名前を出され、修二は目を見開く。
リアムは自身の目的を簡単な言葉で言い直したのだろうが、それだけで修二はすぐに理解することができた。
世良は世界をモルフウイルスで侵食させ、モルフだけが生き残る世界を作ろうとしていた。
それと同じことをしようとしているのならば、修二は驚かざるをえない。この男は修二にとってどういう存在なのか、どれほど危険な存在なのかを理解させるには十分すぎるものだったからだ。
「我々の組織、『クリサリダ』は世界を股にかけて新たな世界を作ることを目的としている。そして、我々の組織にとっても今回の作戦は最後の任務ともなるだろう」
「お前は……お前が……これまでやってきたことの元凶……」
「元凶とは酷い言い草だな。あくまで今までの作戦は前段階に過ぎない。成功しても失敗しても、大して変わることもなかったがね」
リアムの言葉を聞き、修二は怒りに心を震わせていた。
一体、どういう心境でそんなことを言えるのか、修二の心の内など知る由もない様子で話し続けるリアムに、修二は苛ついてさえきている。
この男は修二の母国を、友人達を殺した元凶なのだ。
それさえ些細なものだと言い張るのなら、修二は許すことなど到底できないものであった。
「何で……そんな風に言い切れる。何人殺したと思っているんだ……」
理解も出来ない狂人を前にして、修二は言葉を詰まらせるように吐き出す。
モルフウイルスによって死んだ人間の数は計り知れない。殺したことに対して、何一つ心に響くものがないというのは異常すぎるのだ。
「人間の命など、生物という観点からすればほんの一部に過ぎない。キミはそんなことを論じようとでも言うのか?」
「奪うことが問題だって言ってんだよ! 何で分からないんだ!? 人を殺しておいて、まだ……まだこれ以上何かしようって言うのか!? 何で……そんなことができるんだ……」
「命を奪うというのならば、人間だってやってきたことだろう? 人間も自分達が生き延びる為に他の生物を殺し、種の存続を図ってきたじゃないか。我々がやろうとしていることも同じことだよ」
「――ふざけるな」
とことん相容れないことを理解した修二は、リアムへと銃口を向ける。
この男だけはどうあっても許してはならない。
理想の世界を作る為だけに、人間を滅ぼそうというのならば、修二の敵に変わりはない。
話すことすら意味がないと感じた修二は、今にもリアムへと発砲しようとするが、
「……そうか。そういうことか」
リアムは何かを理解したように、悲しそうな表情を修二へと向ける。
何を考えているのか、それさえ理解したくもないが、彼は続けた。
「桐生もキミも、人間と長くいたのが問題なんだな……そうか」
「――桐生さんを知っているのか?」
「なら、仕方ないな。やはり、我々の計画はなんとしてでも成功させなくては――」
修二の言葉を無視するように、リアムは独り言のようにそう発していく。
ロクでもないことを考えているのは間違いないが、雰囲気が変わったことにより修二はアサルトライフルの銃身を強く握り、リアムへと撃ち込もうと照準を合わせる。
これ以上の会話は無意味だと考えた修二が引き金を引こうとした時だった。
リアムと修二の間の天井が突如崩れ落ち、そこから一人の男が降りてきた。
全身に痛々しいまでの傷跡を残し、二本の剣を携えた男。それは、修二もよく知る男の姿であったが、様子が違っていた。
「――桐生、さん……?」
「ほう、まだ生きていたのか」
生存を喜ぶのも束の間だった。全身が血塗れのまま、桐生は修二を見ずにリアムへと突っ込む。
何が起きたのか、修二は確かめることも出来ず、桐生を止めることもできない。
「リアムッッ!」
「キミも大概だな。いい加減、諦めたらどうだ?」
その瞬間、リアムは長刀を抜き、桐生の剣での攻撃を防いだ。
あの桐生の攻撃をリアムは簡単に防いだことに修二は驚いた。いくら『レベル5モルフ』とはいえ、世良でさえ圧倒した桐生を止めることが出来る存在を修二は見たことがなかったのだ。
そして、二人は一気に動き出す。
剣と剣がぶつかり合い、互いに譲らず、他の誰かが割り込む余地すらないほどの戦闘が繰り広げられる。
「ああああっ!!」
「もうキミに用はない。帰るべき場所に還りたまえ」
リアムはそう言って、桐生の剣戟を軽く受け流していく。
どうして、桐生があれほどの傷があるのかを聞く暇もない内に、形成は一気に動いた。
リアムは桐生の攻撃を寸前で躱し、そして――、下から振り上げるようにして長刀で桐生の胸を斬った。
「――ぁ」
修二はその様子をただ見ていただけだった。
桐生の持つ片方の剣が折れ、そのまま修二の前へと倒れる。
「桐生……さん?」
目の前の現実に、修二は呆然としていた。
あの桐生が、誰よりも強く、負けることもなかったあの男がもう立ちあがろうともしなかったのだ。
これは、本当に現実なのか?
そう思うほどに、修二は結末を認めることが出来なかった。
修二はゆっくりと腰を下ろし、桐生に触れる。
「……嘘だ」
冷たい感触と赤い血の液体の感触が、修二の手に感じられる。
修二の頭の中では、未だに桐生の今の惨状を整理し切れていない。
「か、さい……。どうして……ここにいる?」
桐生は掠れ声になりながら、修二を見て驚くようにそう聞いた。
まるで、修二がここに来ることを、桐生を追って作戦に参加していたことを知らなかったようにだ。
「……そう……か。やはり、全部……罠だったんだな……」
何かを悟るようにして、桐生は修二から目を離し、何もない天井を見やる。
桐生の考えも、言葉の意味も修二には理解が出来ない。いや、そんな余裕すらなかった。
そもそも、桐生が死にかけているという現実を、修二は直視すら出来ていないのだ。
「笠井……お前は……」
「――――」
桐生が何かを話そうとして、修二はただ耳を傾けていた。
一体、何を話そうとしているのか、それさえも分からぬまま、呆然とした様子でただ聞こうとしていた。
「お前は……生きろ。俺の……分も……死んでいった……仲間達の分まで……」
「――生きる?」
「……そうだ。だから――」
桐生はこれまでに見たこともない笑顔で、掠れ声のまま修二に話しかけ、右手に握られた一本の剣を修二の胸に押し付けた。
力強くもなんともない、優しく渡すようにして、桐生は修二に一本の剣を無理矢理渡そうとする。
修二は両手でそれを掴み、桐生を見続けていた。
「お前に……俺の魂を……想いを託す。必ず……生き延びろ……」
桐生はそう言って、修二に剣を託して手を地面に下ろす。
後悔すらないその様子を見て、修二は何がなんだか理解できなくなっていた。
ただ、頭の中にあるのは、桐生が自身に剣を託したということだけだ。
「桐生さんの……魂? 想い?」
手に残された剣を見ながら、修二は桐生の言った言葉を反芻していく。
何を言っているのか、修二には何も分かっていない。
なぜ、そんなことを言っているのかも分かっていない。
どうして、桐生が力無くして倒れているのかも分かっていない。
何の為に、桐生は修二に剣を託したのか、それさえも分かっていない。
ぐちゃぐちゃになった心の内では、感情すら無いに等しいほどになっていた。
それを理解するのは、桐生が修二にもう一度目を向けてからのことであった。
「後は……頼む。押し付けて悪いが……さよならだ……」
「――え?」
桐生は最後にそう言って、薄く目を閉じた。
今まで動いていた胸の呼吸も、今は完全に止まっていた。
その事実は、その結末はどういうことなのかを理解させるようにして、修二は言葉を詰まらせる。
――桐生が死んだ。
その一つの結果が、今、修二の目の前で起きていたのだ。
それまで、何も分かっていなかった修二も、今となっては理解出来ている。
修二の手は震えており、何も言葉を発することもできない。
「残念だ。彼は私が作る世界で生きられる可能性のあった存在であったにも関わらず、最後は死ぬ結末を選んだのだからな」
今まで介入すらしてこなかった男、リアムはそう言って落胆するように声を出した。
「でも、私は桐生の選択を馬鹿にすることはしないよ。彼が選んだことだ。後悔が無いのならば、それは良いことだからね」
続けて、リアムは修二に聞こえるようにそう話していく。
それを聞きながら、修二はリアムの方を見ずに、ただ桐生の亡骸へと顔を向けたままだ。
しかし、彼の中では如何ともし難い感情が巡っていっていた。
「さて……もう私を邪魔する者はいなくなった。笠井君……かな? キミも私と共に行こう。新たな世界の創造に、キミの存在も必要だからね」
リアムは修二にそう言い、修二へと手を伸ばそうとした。
五メートル先まで空いた距離で、彼は修二にこちら側につけと勧誘してきているのだ。
まるで、同意の上であるようなそんな態度に、修二も心を決めていた。
ゆっくりと立ち上がり、修二は右手に桐生から託された剣を握り、左手には父が残したサブマシンガンを握っている。
そして、リアムの手を取りにいくかのように動き出そうとし――、
「――ん?」
リアムの視界から一瞬で修二の姿が消失し、リアムは長刀を構えた。
そして、リアムの背後から首を斬り落とそうとする修二の攻撃をギリギリで防ぐ。
「――その動きは……」
何かに驚くリアムに、修二は止まらない。
目にも止まらぬ速さで壁を、天井を蹴り、狂気の形相でリアムを殺しにかからんと攻撃を仕掛けていたのだ。
今までに無かったほどの身体能力を発揮し、修二は本能に従うようにしてリアムを殺そうとしていた。
「ははっ! そうか、それがキミの能力か!!」
喜びに満ちた表情を向けながら、リアムは修二へとカウンターを仕掛けて長刀を振り抜く。
修二は間合いに入る直前、左足で地面を大きく蹴り上げ、バク転をしてこれを躱す。
「その動きは知らないな。だが、確信がいったよ。キミの能力は他者の動きをトレースし、自分のものに出来るというものか! 素晴らしい!」
「――――」
リアムの言葉など耳にも入らない修二は、リアム目掛けて真っ直ぐ突っ込む。
蛇のように剣を振り回して、その乱撃をリアムは長刀で受け流していく。
「それは世良の動き……いい、いいぞ! もっと引き出してみろ! 『レベル5モルフ』の力を!」
余裕すらない状況で、リアムは修二の攻撃をギリギリで防いでいく。
修二はリアムの間合いに入りながら、剣を逆手に持ち直して、連撃を加えていく。
その瞬間、予備動作無しでリアムは長刀を振り上げ、押し返されるように修二は後退した。後退し、追撃しようとリアムは動き出そうとしたが、その足を瞬時に止めた。
修二が左腕に持つサブマシンガンの銃口をリアムへと向けていたからだ。
「――っ!」
焦ったリアムは一歩も動かなかったその場を跳躍し、修二の撃つ弾丸を躱していく。
「死ね、死ね死ね死ねっ! 死ねぇっ!」
怨嗟の声を振り撒きながら、修二は再びリアムへと斬りかかろうとする。
とんでもない超スピードで動き出すその動きは、桐生そのものだった。
体勢を崩したリアムに修二は剣を振り下げ、その胴体を真っ二つに切り裂こうとしたが――、
「だが、まだ遅いな」
リアムはその体勢から長刀で修二の攻撃を防ぎ、押し返す動作だけで修二を吹き飛ばした。
踏ん張るように地面に着地して、修二はリアムへと顔を向けた瞬間、リアムは修二の目の前までいつの間にか接近し、そして――、
「キミの私に対する怒りの意味も、当然理解し難いものだ。だから、こうしよう」
リアムの斬り上げに対処もできず、修二は防弾チョッキごと斬られ、胸から腹の部分にかけて血が飛び散った。
「がっ、ああぁぁっ!!」
壮絶な痛みに悶絶しながらも、修二はリアムから目を離さなかった。
まるで野獣のような気迫で持ってリアムを威圧し、意地だけで持ち直そうとしていた。
しかし、あくまで威勢だけだった。
なぜか、修二の足に力が入らず、その場から動くことができなくなってしまっていたのだ。
「ふむ……やはりリバウンドは大きくあるようだね。それは好都合だ」
「ぐっ、おおぉぉぉっ!!」
リアムが修二の状態に気づいたことで、修二は無理矢理にでも体を動かそうとする。
このままではやられ放題だということも理解した上でもあったのだが、リアムはなぜか近づいてこなかった。
彼は修二から背を向けると、顔だけはこちらへと向けて言った。
「キミも桐生も、人間と長くいすぎたことで余計な感情が生まれてしまった。だから、キミから奪うことにするよ。キミと共に過ごした者達を殺すことによってね」
「――なっ!?」
平静に、淡々とした様子でリアムはとんでもないことを言い放つ。
修二は目を剥きながら、この場から立ち去ろうとするリアムを追いかけようとするも、膝から足が崩れ落ち、動くこともままならない。
「全てを失い、その時にキミも気づく筈だ。キミの過ごした日々など、所詮は些細なものだということにな」
「や、めろ……」
「やめないよ。私は必ずキミから全てを奪う。そして、モルフだけが生きる世界を創造した時、キミは気づくだろう。私のしたことが正しいことにね」
「やめろぉっ!! リアム!!」
修二の築き上げたものを、仲間達を殺そうとするリアムに、修二は怒り狂うように叫ぶ。
しかし、届かない。どれだけ叫ぼうと、どけだけ動かない足に力を込めようとも修二はリアムを止めることが出来なかった。
そして、リアムは修二から目を離し、一度だけ立ち止まると言った。
「このアジトはもう捨てる予定だ。私がいなくなる頃にはこの地下ごと爆発し、全ての痕跡は消え去ることとなるだろう。アメリカで待っているよ」
リアムは最後にそう言い残し、その場を立ち去っていく。
今、この満身創痍な体で、たとえ無謀だと言われようとも修二はリアムを死に物狂いで止めたかった。
しかし、そうすることはできない。全身の体内に鉛でも詰め込んだかのような異常な状態に、動かしたくとも動かせなかったからだ。
「く……そ」
何もできない自分に腹が立ちながらも、修二はリアムに対する殺意が収まることはなかった。
必ず殺してやると、そう決意しながらも、彼の体が動くことはなかった。
「くそぉっっ!!」
結果、唇を血が出るまで噛み締めていた修二は一人、その場で蹲ることしか出来ない。
その傍らには、修二の師匠でもあった桐生の遺体が横たわっており、その事実が彼を極限まで苦し続けることとなった。
次話、締めです。『堕ちて堕ちてその先へ』 7月14日20時投稿予定。
一応、最終章は少しずつですがストック作っていってます。といってもまだ8話分ぐらいというところですが……。




