表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Levelモルフ  作者: 太陽
第五章 『亡国潜入』
137/237

第五章 第八話 『単騎侵入』

「――――」


 音もしない、光もない通路の中を歩く一人の存在がいた。

 手に持つ二刀の剣は血に塗れており、それが地面に跡をつけるかのようにしてポタポタと流れ落ちていく。

 ここに来るまで、幾度となくモルフとの戦闘をしてきたその男は、全くの無傷でやってこれたのだ。


『日本にキミが殺したいと願う相手がいる。近々、大部隊を連れてその敵アジトへと進行する作戦を組むつもりだ。可能ならば、キミにその斥候役を頼みたい』


 日本に来る前、アメリカで重役についていた男にそう言われた桐生はすぐさま行動を開始した。

 風間に連絡すべき案件でもあったのだが、気持ちが逸ってしまった桐生は、単独での行動をすることに先駆けてしまっていた。


「ようやく、奴と決着をつける日がきたんだな」


 長く、険しい道のりだった。

 ここまでくるのに、一体どれ程の年月が掛かったか。

 当時、風間と結託したあの日からすれば、それは大きな進歩だった。


「これは……俺一人で付けるべきケジメだ。……あいつらには悪いがな」


 桐生は、新しく出来た仲間達と過ごす内にその心も変わっていた。

 自分の命さえあればそれで良かったあの頃とは違い、今は守りたい者も多くなってしまっている。

 だからこそ、桐生は一人でここまで来たのだ。


「この世界のルールは単純。奪うか奪われるかのどちらにいるか……。だがな、リアム。お前は俺から仲間を奪っていった。それだけは絶対に……許さない」


 かつて、桐生が自身に思い込ませていた行動基準。そして、桐生の周りにいた仲間達を殺したリアムを、彼は絶対に許しはしなかった。

 いつしか、強さという意味で乗り越えたいという決着の理由は彼の中では変わっていった。

 今は仲間達を殺したという復讐の対象として、リアムを見ていたのだ。


「待っていろ、リアム。これがお前の罠であろうが、俺は絶対に負けない」


 この状況ですら、もはや罠である可能性も考慮していた桐生は歩みを止めなかった。

 敵アジトの中へと踏み込んだ桐生は、ここからどう行動していくかももう決めていたのだ。


「――監視カメラは無し。いや、進めば見つかるだろうな。ゲリラ戦になるのは確定か」


 周囲の様子を確かめ、まだ人の気配を感じなかった桐生は慎重だった。

 ここからは対人間を想定した戦闘になることは間違いない。

 だから、これまでのように大っぴらに動くわけにはいかなかったのだ。


「司令塔を叩く前に、まずは混乱を与えてやる」


 方針が決まった桐生の行動は早かった。

 敵にとって、これほど面倒な相手はいない。そう思い込ませる為に、桐生が選んだ行動とは――、


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 同時刻、地下の監視カメラが張られた画面を眠たそうに見る人間達がそこにいた。

 彼らはそこで、地上にいるモルフが侵入してきていないか、その確認を取っていたのだ。


「――なぁ、俺そろそろ仮眠取りたいんだけど、お前に任せてもいい?」


「ふざけんな、俺も仮眠取りたいんだよ。休憩している奴らが戻ってくるまで我慢しろ」


「なんだよ、ったく。日本はブラック企業が多いって聞くけど、崩壊しても変わんねえな、おい」


 愚痴を溢しながら、彼らは休憩に入れないことを怠そうにして監視カメラの画面を見続けていた。

 彼らはそもそも、モルフの侵入のみを重点的に見張る役割で、人間の侵入は頭にはまるで入っていなかった。

 その理由は単純で、地上のモルフをどうにかしてここまで来る人間がいるなど到底ありえないことだと認識していたからだ。

 特に、この地下の真上に位置する地上は植物型モルフがテリトリーとして張っており、対策すらしていない人間はビルの側面に張り付いている巨大化した花のモルフの鱗粉によって眠らされ、そのまま人間の姿をした植物型モルフに捕食されるのがオチだったのだ。

 だから、彼らはそこまでの想定をしていなかったのである。


「あーあ、こんな役割、早く終わらしたいよなぁ」


「て言っても、もう二日の我慢だろ? その後に最終作戦に移行するって話だし、もう少しの辛抱だな」


 もう少しでこの退屈な役割から解放される。

 それだけを頼りに、彼らは監視役というこの役割を最後まで果たそうと頑張っていた。

 これが一生続くのであれば、さすがに文句の一つは言っていただろうが、その役目ももう終わるのならば何も言う必要もない。

 そうして、監視カメラが映し出される画面を見ていた時だ。


「――ん? おい、なんか第三セクターの監視カメラが動いてないんだけど」


「……あー、電気不良か何かじゃないか? そんな設備も良い場所じゃないしな。仕方ない、俺が見てくるからちょっとここで見といてくれよ」


「寝たらごめんな?」


「通信電話掛けまくって睡眠妨害してもいいんならな」


 最後にそう言い返され、「うえ――……」と唸る監視役の男だったが、そんなものは気にしない。

 とりあえず、第三セクターの監視カメラの不良の原因を探るべく、男は立ち上がり、動き出した。


「――と、そうだ。なぁ、一応この状況について報告しておかないといけないし、それだけ頼めるか?」


 たとえ、原因が些細なものだとしても上への報告は絶対。それをもう一人の相方へと任せようとして振り向いた時だった。

 ここで待機するよう命じたその男は、テーブルに突っ伏すようにして顔を埋めていた。


「おい、マジで寝たんじゃないだろうな?」


 こちらの問いかけにも反応しない様子を見て、本当に寝たのではと思い、苛立たしげにしながら、とにかく叩き起こそうと近づいた。


「――ん?」


 何か、違和感を感じた。

 こちらの声に全く反応せず、ピクリとも動かない相方の姿にだけではない。

 目を凝らしてよく見てみると、男の足元には何かが溢れ落ちていた。

 目覚まし用のコーヒー、ではない。

 赤く鉄臭い匂いを残したソレは本来、人間の体内にあるべきもので――、


「おい、嘘だろ?」


 言葉に出すより先に頭の中で認識したと同時、後ろに気配を感じた。

 そして、首に何か鋭利な物を当てがられた。


「動くな」


「――っ!」


 後ろを取られ、事の重大さを理解した時には既に遅かった。

 監視カメラの不良の原因も、全ては人間の手によるもの。今、後ろにいる人間の手によるものに違いなかった。


「俺の質問に答えろ。余計なことを話せば、即座に殺す」


「――な、なんだ?」


「ここは何だ? 電気系統等、全ての管理をしているのがこの部屋か?」


 後ろにいる謎の男の問いかけに、正直に答えるべきか判断に迷う。

 その一瞬の躊躇いが、首に当てがられた刃を押し引かれ、首から血が流れ出ていく感覚を味わい、途端に焦り出す。


「わ、分かった。答える! お前の言う通り、ここは全ての施設に対する電気制御をしている管理施設だ。ほとんどは侵入者を見張るだけの役割でしかないがな!」


「――ほう」


 嘘偽りなく答えて、首に当てがられた刃が少しだけ離れる。

 ギリギリ命を繋いだことに安心し、それでも危険なことに変わりはないことに心は恐怖に流されそうになっていた。

 あまりの躊躇の無さに、そして、どうやってここまでやってこられたのか、その異質さに怯えていたのだ。


「なら、もう一つだけ答えろ。――リアムはどこにいる?」


「リ……リアム? あの男は……」


「答えろ」


 再び刃を押し当てられ、本気であることを瞬時に察することが出来た。

 仮にここで情報を引き出すことが出来なかったとしても、別の人間から聞き出すという強い意志を感じたのだ。


「リアムは……ここから一番遠い位置……第六セクター付近にいる筈だ」


「――そうか。それさえ分かればいい」


「な、なぁ、命だけは見逃してくれよ。俺だってこんな組織、本当は――」


 通るかどうかも分からない命乞いは、最後まで話し通すことは叶わなかった。

 首に熱い感覚が急に込み上げ、呼吸も出来なくなり、それと同時に胸の部分に冷たい液体の感触が感じられた。


 それが何なのか、理解することは間に合わない。

 ――既に自身が死んだことも。


△▼△▼△▼△▼△▼


 準備は整った。

 全てはリアムを殺す為だけに考えた作戦。

 この作戦は、時間との勝負でもある。

 どれだけ早く敵勢力を無力化できるか、それに掛かっているのであった。

 制限時間は約五分。それが、桐生が自由に動ける時間であった。


「ん? なんだ、電気が――」


「おい、誰か第一セクターの制御室へ――」


 急に周囲が暗闇になり、焦った構成員達は最後まで話し切ることは出来なかった。

 それがたった一人の侵入者によるものだと気づくわけもなく、首を真っ二つに斬られ、絶命する。


「どうなってる!? 誰か、制御室へ連絡しろ!?」


「む、無理です! 子機にも反応がありま――ぐぁっ!」


 人間は明るい場所で、光の無い暗闇の中に突如、立たされると何も見えなくなってしまう。

 これは、目で光をとらえ、脳で像として処理する機能の切り替えが追い付いていないことが原因でもあった。


「おい、どうした!? 返事をし――っ!」


 周囲の明るさに応じて、目で見る景色をより鮮明にする為に切り替えようとする。

 暗闇の中で目が慣れるという現象が正にそれだった。


「な、何かがいるぞ! 侵入――」


「おい!? 何なんだよ!?」


『暗順応』と呼ばれるものだが、これは暗闇の中でも僅かな光を捉えようと、目の中にある細胞が光を感じる物質が増えることによって起きうるものだ。


「何も……何も見えねぇ。どうなっているんだ!?」


「おい、皆。なんで返事しない。まさか……死んだのか!?」


 暗順応を起こし、人間の目が暗闇の中でも見えるようになるまで、およそ五分。

 それが、奇襲を掛ける意味で桐生が考えた作戦だった。

 全施設の電気を消す直前、桐生は先に目を閉じることによって暗順応をしていた。

 目が慣れているか慣れていないか。それは、戦闘においてみても大きな違いがある。

 人間の五感において、脳が処理する一番の感覚は視覚が占めている。

 それをいきなり封じ込められれば、予測もしていない人間は大体パニックになってしまう。


 ……風間の時の経験が活きたな。


 桐生も同じようにして一度だけ視界を塞がれ、無力化された経験があったからこそ考えついた作戦であった。

 かつて、風間を殺そうとして逆に返り討ちに遭い、閃光手榴弾による発光で桐生の視界を奪ったことが正にそれだ。

 知らない武器とはいえ、何が起きても瞬時に対応できる桐生が隙を作らされたのだ。

 その経験があるからこそ、この作戦が活きるという確信があった。


「――――」


 その時、桐生は後方から鋭い感覚を感じた。

 戦場において、幾度となく感じたことのある感覚。それが、人を殺す時に放たれる殺気であることに気づいた桐生は――、


「――ちぃっ!」


 暗闇の中、後ろを確認する暇もないと即座に判断した桐生は側に見えていた障害物の陰へと飛んだ。

 その瞬間、銃弾が桐生がいた足元へと飛び、間一髪で避けきることができた。


「――貴様が侵入者か」


「――――」


 ドスを効かしたような低い声が聞こえ、それが桐生に対して言っているということは明白だった。

 銃持ちであることを判断した桐生は、現れた敵の排除方法を考える。


「仲間は何人いる? この場所を知っているということは、他にも知る人間はいるはずだ」


「わざわざ答えると思うか?」


 答える義理はない。

 そう返答を返した瞬間、桐生は感じていた殺気がより一層強まる気配を感じた。


「ならば、直接お前の体に聞くまでだ」


 その声を聞いた途端、桐生は嫌な予感を覚えた。

 今、桐生は物陰に隠れてやり過ごしていたが、この場所に居続けてはいけないという直感が働いたのだ。

 事態は一気に動き出した。

 桐生が動き出そうとした瞬間、隠れていた障害物が急に爆ぜたのだ。


「――っ!?」


「同胞を殺した罪。その身で贖うがいい」


 距離を取るように桐生は物陰から飛び出し、正体が不明であった敵の姿を捉えた。

 大柄な男だった。

 両の腕には鋼鉄製のガントレットのようなものがあり、全身には鎧を身に付けている。

 異様だったのは、今、桐生が隠れていた障害物を破壊したのがそのガントレットによるものだったのだ。


「辺鄙な武器を持ってやがるな。それで戦うつもりか?」


「お前に言われたくはないな。この戦闘スタイルはあくまで銃を持つ者に対して有効なもの。そして、お前のその武器とも相性は悪い」


「……なるほどな」


 確かに、あの鎧とガントレットがあれば銃持ちに対しても有効だった。

 銃弾を防ぎ、近距離において敵を薙ぎ倒す意味での武装なのだろうが、銃弾が効かないとなれば桐生の剣も通らないことは明白なのだ。


「ここに来たことを悔いるがいい。貴様は死罪に値する」


「――死罪? 何を言っている」


 粗方、敵の情報を絞り込めた桐生は剣を構えた。

 一対一を望むということであれば、それは桐生からしても好都合。考えることも一つで済むのだ。

 そして、四メートルの距離の中、桐生は敵へと向かって言った。


「死ぬのはお前だ。お前達はやりすぎた」


 それが、戦闘開始の合図となる。

 桐生は剣を構えて、初速から一気に敵の懐へと踏み込んだ。


「――っ!?」


 桐生のその瞬発力に敵は予想外だったのか、咄嗟に両の腕に嵌め込まれたガントレットで防御の姿勢を取る。

 全身に着た鎧を加味すれば、桐生の剣戟は通らないことは明白。だから、桐生はあえて剣を使わず、真下から蹴り上げるようにガントレットを回潜って敵の顎を打ち当てる。


「がっ!?」


「――ふっ!」


 巨体が一瞬、宙に浮き、それでも桐生は攻撃の手を緩めない。

 そのまま相手の腹部へと鎧ごと蹴りを決め込み、距離が離れた。

 様子を見て、よろめいていることを確認できた桐生は持っていた剣でガラ空きになった頭部へと刺突をぶち込もうとするが――、


「なめ、るな!!」


 桐生の刺突を、敵は力を振り絞るようにしてガントレットで軌道を逸らし、間一髪で防いだ。

 無理をして攻め込む必要がないと考えた桐生は、再び距離を取る。


「頑丈だな」


「――名を、聞こうか」


 今までと違い、敵の男は桐生の名を聞こうとした。

 単に、侵入者の情報を得る意味での問いではない。

 桐生の強さを見抜いた上での問いかけだったのだ。


「桐生。桐生大我だ」


「俺はエドワード。エドワード・アッシュフォードだ」


 互いに名を名乗り、エドワードは再びガントレットを構える。

 それに合わせるように桐生も両の剣を構え直した。

 単なる殺し合いではない。敵の強さを認めた上で、桐生も本気で相手することを決めた。


「行くぞ」


「こい!」


 掛け声が上がると同時、桐生とエドワードは動いた。

 今度は格闘術ではない。桐生は右腕に握った剣を振りかぶり、最速でエドワードの首を跳ね飛ばそうとする。


「甘い!」


 唯一の弱点を読み切ったエドワードは、桐生の剣閃をガントレットで受け止めようとする。

 そして、真っ向から受け止めたエドワードはもう片方の腕を桐生へと向けた。


「――っ!」


 その動作が何を意味するか、桐生は瞬時に判断した。

 それが間違いであろうがなかろうが、なりふり構わず桐生は上体を後ろに逸らす。

 そして、ガントレットの隙間から弾丸が射出され、桐生は寸前のところでこれを避けた。


「なっ!? これを避けるだと!?」


「一度、お前が銃弾を飛ばす所を見ていたからな。それが無ければ危なかった」


 桐生は一度だけ、エドワードが銃弾で後ろから撃ってきたことを覚えていた。

 銃弾を使ったにもかかわらず、なぜか彼の装備に拳銃らしきものが見当たらなかったことが、隠し持っている可能性という予測を立てられたのだ。


「――――」


「ちぃっ!」


 全ての手数を出し切ったエドワードは近距離戦闘の体勢に入る。

 対する桐生は――、


「お前は強い。それは認めてやるよ」


 右手に持つ剣を逆手に持ち替え、左手に持つ剣の剣先をエドワードへと向ける。

 この戦闘が桐生との初めての出会いであるにもかかわらず、エドワードはより一層警戒を強めた。

 恐らく、理解したのだ。

 今の桐生の戦闘体勢。そこから繰り出される動きこそが、正しく彼の本気なのだということを。


「いくぞ」


 その掛け声が合図だった。

 エドワードの視界から一瞬で桐生の姿が消え、完全に見失ってしまう。


「なっ!?」


 壁を、天井を蹴るような大きな音が乱打していく。

 目で追えない程の超スピードで翻弄し、エドワードも桐生の動きを目で追えてすらいない。


「クソッ!」


 エドワードは、桐生がどこから攻撃を仕掛けてくるのか分からなくなり、あえて目で追おうとするのを諦めた。

 その代わり、両の腕に嵌め込まれたガントレットを前へと突き出し、桐生が攻撃を仕掛けてくるタイミングに反撃することを選ぶ。


「来るなら来い! 俺のこの装甲を打ち破れるものならな!」


 どれほど速く動こうとも、全身鎧と化したこの装甲を打ち破ることは出来ない。

 その絶対的な確信を持って、エドワードは待ちに徹した。

 しかし――、


「――っ!?」


 いつの間にそこに現れたのか、桐生はエドワードの足元へと屈み込み、そこから左手に持つ剣を振り上げようとしていた。


「ああああああああっ!!」


 たまらず反撃に出ようと、エドワードは右腕を振り落とそうとする。

 このまま相打ち狙いだとしても、エドワードは装甲による防御力がある。

 そうなれば、生き残るのはエドワードの方になると確信を掴んだその瞬間――、


 桐生は振り上げようとした剣を装甲の手前で空振り、そのまま回転するように身を翻す。


「――っ!?」


「終わりだ」


 振り落とされる右拳をギリギリで躱し、逆手に持った剣がエドワードの左腕の関節部分へと向かう。


 装甲の隙間部分へと刃が届き、桐生の剣閃はエドワードの左腕を切断した。


「ぐ、あああぁぁぁあっ!!」


 たまらず叫び、失った左腕部分の切断面を抑え付けながらエドワードは尻餅をつく。

 もはやそれすら致命的な隙を与えることになろうと、痛みに抗うことで精一杯になってしまっていた。


「ぐっ、ぅぅう」


 血が溢れるほどに地面へと落ちていくのを見ながら、エドワードは目の前へと顔を向けた。

 そこには、切先の刃を目の前へと向ける桐生の姿があった。


「最後に言い残すことはあるか?」


「――――」


 決着はついた。

 もう、今からどんな抵抗をしようが無駄な足掻きになると、エドワードは確信したのだ。

 痛みに顔を歪ませ、彼は震える唇を噛み締めながら桐生の顔を見た。


「悔いはない。貴様と戦えて……良かったぞ」


「――そうか」


 抵抗の意思を見せないまま、桐生に殺されることを選んだエドワード。

 桐生はそのままエドワードへと向けた剣を振り上げた。


△▼△▼△▼△▼△▼


 もう、桐生が作戦として立てていた制限時間の五分はとうに過ぎていた。

 電気は未だ点いてはいないが、それでも周囲の暗さから目が慣れるには十分すぎる時間であったのだ。

 つまり、もう今までのような奇襲は通用しなくなる。

 それを理解していた桐生の次の作戦は、少し違っていた。


「混乱に混乱を与えてやる」


 立ち止まることなく、走りながら移動していた桐生はエドワードとの戦闘後、かなりの数の敵を葬っていた。

 敵全体へ桐生の情報が回る前に、敵の姿を視認した桐生は即座に殺しにいっていたのだ。

 つまり、敵は侵入者の存在にこそ気づいていても、その正体については把握出来ていない筈。

 最終目的であるリアムですら、桐生が乗り込んできたことを知るはずもなかった。


 既に、桐生がいる場所は第四セクターと呼ばれる付近にまで来ていた。

 道中、出会い頭の敵は全て葬ったことで、敵戦力の大多数を削ることにも成功している。


「それでも、リアムを倒さない限りは意味がない……」


 だが、桐生はここまでやっても安心こそしていなかった。

 いくら敵の数を減らそうと、リアムさえ生き延びてしまえば、奴は何度でも立て直そうとしてくるはず。

 それは、リアムの性格を知っている桐生だからこそ分かる考えだった。


「奴は第六セクターにいる。ここまでくれば……っ!」


 リアムの位置を事前に聞いていた桐生は、とにかく敵の数を減らすことに注力していた。

 元凶であるあの男以外の敵を殺せば、奴との戦闘時にも邪魔が入ることはなくなる。

 そうなれば、メキシコ国境戦の時のように、奴らのこれ以上の暗躍は防げるのだ。


「――――」


 桐生は整備された通路の先を走り抜け、広間へと出た。

 六つの丸みを帯びた巨大な支柱があり、それ以外の障害物らしきものは何もない。

 桐生はそこで初めて、足を止めた。

 人の気配を感じたからだ。


「――誰だ?」


 人影が見えた。

 コツコツと床を歩く音を聞きながら、人影はこちらへとゆっくり近づいてくる。

 心がざわめく。これまでの雑魚とは違う威圧感を感じた桐生は剣を構え直した。


「久しぶりだね、桐生」


「――――っ!」


 声を聞いて、桐生の警戒度は一気に最大限へと押しあがった。

 たとえどけだけの年月が過ぎようが、その声を一度たりとも忘れたことはない。

 銀髪をたびなかせ、その腰には一本の剣を携えた男。

 何度も桐生を打ち負かし、一度も勝つことが出来なかった、世界で一番強いと思わせた男。

 これまでの桐生の作戦に対しても、俗事だと思わせるかのような尊大な態度。


 桐生は一度たりとも忘れたことはない。

 何一つ変わらない姿で現れたその男が何者か、桐生は気持ちを落ち着かせるようにしながら言葉に出す。


「リアムっ!」


 約十年という歳月を経て、彼らは再び対峙する。

 これより始まるは、生き死にを賭けた死闘。

 桐生とリアムの約束が果たされる時が来たのだった。



更新遅れました。

次話、7月1日20時投稿予定。

ここからクライマックスであり、明かされていなかったモルフの全てが明かされる瞬間でもあります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ