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Levelモルフ  作者: 太陽
第五章 『亡国潜入』
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第五章 第六話 『裏切る覚悟』

 心とは、何なのだろうか?

 心とは、人間のみに許された特権なのだろうか?

 心とは、どうして崩れゆく為に存在するのか?


 ボロボロ、ボロボロと脆いクッキーのように崩れる心とは、一体何の為にあるものなのか、いくら考えても答えが出ることはなかった。

 心が無ければ、こうも苦しむことはなかったのかもしれない。

 肉体的な痛みと精神的な痛み。その片方に大きく痛みを伴ったとして、ここまで苦しいものだというのなら、心なんて必要なかった。

 何も考えず、何も感じず、無で居続ける方がずっと楽な気がしたのだ。

 でも、心が無ければ楽だという意識も感じなかっただろう。

 結局、どうすれば良かったのかなど、考えたところで意味なんてなかった。

 心を持つ以上、人間はその心と向き合って生きていく以外に手段はないのだから。


△▼△▼△▼△▼△▼


 誰一人、言葉を発することもなく、路地裏の細い通りを歩く三人のメンバーがいた。

 五人いたメンバーはもう残り三人まで減り、その空気は重苦しい。

 たった数分前の出来事だ。

 仲間の一人であるレインがモルフウイルスに感染し、仲間の手で葬ったのだから、意気消沈しているのは当たり前のことであった。


「――――」


 笠井修二は、この日本に来てから――いや、日本に来る前から決めていたことがある。

 仲間が死ぬところをもう二度と見たくなかった彼は、一人で敵地へと向かう決心があったのだ。

 なのに、もう二人も目の前で仲間を失った場面をこの目で見てしまった修二は、これからどうするべきなのか、判断に据えかねていた。

 このままアレックスやアイザックと共に行動して、本当に大丈夫なのだろうか? と。

 アイザックは最後、レインにこう伝えた。


『レイン、すぐに俺達も後を追う。だから、安心しろ』


 この言葉は、アイザックだけではない。

 ここにいるメンバー全員が、この任務で死ぬという意識があった故での言葉だ。

 もちろん、修二としても死ぬ覚悟は出来ていた。

 『レベル5モルフ』の力があろうと、無敵のような能力を持っているわけではない。

 それとは別に、アレックスやアイザックが死ぬのは、修二としてはごめん被りたい結末であったのだ。

 どうあっても先に進む以外の選択肢を取れない以上、その場面はいずれやってきてしまう。

 だから、当初考えていた離脱の選択肢を、修二はもう一度考え直していた。


「――アイザック隊長」


「なんだ、笠井?」


「奴らのアジトはこの先にある。でも……植物型モルフのテリトリーがそこに張り巡らされていることはこの目で確認が取れました」


「……ああ、だからなんだ?」


 アイザックは、修二の言葉に何かの意図を感じたようで、要点を聞き出そうとした。

 敵組織のアジトは、もう目の前のところまできている。

 だが、植物型モルフのテリトリーがそこにある以上、簡単には近づくことが出来ない状況であり、手詰まりでもあったのだ。

 つまり、どうあっても植物型モルフとの交戦は避けることができない。

 それは、あのギリギリの死闘をまたも演じないといけなくなってしまうことであり、仲間の死のリスクが高いという証明でもあった。


「まさか……このまま無策のまま進む、なんてことはないですよね?」


「…………」


 修二の問いに、アイザックは何も答えない。

 恐らく、無策だったのだろう。

 今、彼らを動かしているのは任務を続行するという意思の強さだけだ。

 それだけでなんとかなるほど甘い状況ではないことを、修二は分かっていた。


「なら、どうするつもりなんだよ。他に手があるってのか?」


 アレックスは、覇気の無い表情で修二へとそう聞いた。

 彼はレインに庇われ、彼女が死ぬ瞬間を見たのだ。

 だから、今の彼の士気の低さは至極当然のことだというのは、修二にもよくわかっていた。

 しかし、アイザック達と同じく、修二も何か手があって進言をしたわけではない。

 正直、誰がどう見たって撤退すべき状況だったのだ。

 不死の能力を持つ植物型モルフがいる以上、無数のモルフを切り分けて先に進むなど無謀すぎる。


「こんなとき……対モルフ専用武器があれば話は変わっていたのにな……」


 対モルフ専用武器とは、かつて修二が率いていた部隊、タケミカヅチのメンバー達と一緒に考案した武器だ。

 それがあれば、火器に弱いモルフに対して少しは役に立つのだが、修二達は持ち合わせていない。

 急遽、集められたメンバーであることもそうだが、この部隊は元々、アメリカ側の部隊の一つであり、修二が持つアサルトライフルもアメリカ側から支給された物だったのだ。

 時間さえあれば、風間司令に確認を取ることで対モルフ専用武器を持ち出すことも可能だったのだが、無いものを考えたところでキリがない。

 今は、どうやって植物が張り巡らされている東京首都直下を乗り越えるのかを考えなければならないのだ。


「無策で進む前に、何か手段を考えましょう。時間が無いことは承知しています。でも……このまま行き当たりばったりで死んでしまえば、それこそレインさんの意思さえ無下にしてしまう」


「……それも、そうだな」


 修二の意見に、アレックスは同意の意を示した。

 レインの過去は、修二のみしか知らないことだ。

 だからレインの死の間際、修二に自分の意思を託そうとした。それを簡単に失わせないためにも、無謀な手段で進むことはしたくなかったのだ。


「アイザック隊長、それでも構いませんか?」


「ああ、構わない。だが、どうする? どれだけ銃弾をぶち込もうが奴らは死なない。それに、ここに奴らが来ないということは、地面に張り巡らされた植物が俺達の位置を割り出しているんだ。簡単にいくとは思えないぞ」


「そうですね……」


 アイザックの指摘通り、簡単にはいかない。

 不死である植物型モルフに、地面に張り巡らされた植物。特に、地面の植物は足を止めてしまえばツタが足に絡み付こうとして足止めしてくるという厄介な特性もある。

 足を止めなければ絡み付くこともないのだが、撃つ間は足を止めなければ上手く銃弾を当てることが難しいという問題もある。

 修二の腕ならば、動きながらでも当てることはさほど難しいことでもないのだが、アイザックとアレックスの場合、乱戦になれば厳しくなることは事前に聞いていた。

 銃を使うこちら側としては、かなり相性が悪いということは先ほどの戦闘で皆が痛感していたのだ。


 状況を打開する為、作戦を考えていた修二達であったが、ふとアレックスが懐から何かを取り出した。


「おい、アレックス。今がどういう状況か分かっているのか? タバコなんか吸ってるんじゃねえ」


「いや……すみません。どうせ死ぬんなら、最後に一服ぐらいしたくて」


「まだ死ぬと決まったわけじゃない。さっきの笠井の話を聞いていなかったのか?」


 アレックスはどうやら喫煙者らしく、日本では見かけないような銘柄のタバコを取り出していたのだが、アイザックがそれを諌めようとした。

 モルフが音に敏感な能力を持っていることは知っているが、匂いに関しては不明な部分が多い。

 血の匂いに釣られて動くことはあるそうだが、タバコの煙がどうなのかまでは怪しい部分はあるだろう。

 だが、それを見た修二はふと、何かを思いつき、


「アレックス、タバコを持っているってことはライターもあるのか?」


「ん、ああ。持ってるよ」


「それだ!」


「どうした、笠井?」


 何かに気づいた修二は、声を上げて表情を変えた。

 アレックスとアイザックは、修二の考えが分からなかったようで、修二の顔を見ながら尋ねようとした。


「モルフは火器に弱い。正確には、火に敏感なのですが、植物を身に纏うモルフならもっと効くはず。それなら、まだ手段はあります!」


「火に敏感……聞いたことがなかったな」


「俺もっすね。そんな情報は聞いたことがない」


 二人とも、モルフが火に弱いことの情報は知らなかったようだが、それも仕方ないだろう。

 実際、思い付きで作った対モルフ専用武器でさえ、直近のメキシコ国境戦で初めて使用されたものである。

 そのすぐ後に日本に来ることになったのだから、情報が回っていないのはごく自然なものだった。


「詳しくは話せませんが、俺はモルフと何度も対峙したことがあります。その経験上、奴らが火に弱いことは証明された事実でした。だから、ここは俺を信じて欲しいです」


「なるほどな……。いいだろう、その賭けに乗ろうじゃないか」


「でも、どうするんすか? ライターで火炙りなんてそんな手間のかかるやり方は出来ないでしょうし」


「お前は馬鹿なのか?」


 アイザックにそう言われたアレックスは思わずムッとしたが、もちろん修二としてもそんな使い方をするわけではない。

 要は、着火剤になるものさえあれば問題なかったのだ。

 この周辺は、燃えるものとしてはうってつけに過ぎる。

 だから、修二の考えていたことをアイザックもすぐに理解してくれたのだろう。


「すぐに消える程度では話にならないからな。まずは火を起こせる材料を探すぞ」


「――はい」


 修二の作戦に、アイザックはすぐに移り掛かろうと動き出した。

 アレックスはまだ理解できていなかったようだが、アイザックと共に燃え移りやすいものを探そうとしていたので問題ない。

 後は、修二がどうするかだ。


「これで……なんとかなる」


 修二の作戦には、もう一つの目的があった。

 それを伝えなかったのは、修二自身が抱えるもう一つの目的があってこそだった。

 やるなら、このタイミングしかない。

 決心がついた修二は覚悟を決めようとする。

 こんなことをすれば、生きて帰ることが出来た時にぶん殴られてもおかしくはないだろう。

 それでも構わない。

 修二はもう、二度と仲間を失わせたくなかったのだから――。


△▼△▼△▼△▼△▼


 建物と建物の間を吹き抜ける風が、目の前の景色を揺らめかせる。

 コンクリートで出来た建物の側面に張り巡らされた植物が、地面に張り巡らされたツタが、その全てが生きているかのように揺れる。

 何も、植物達はただそこにいるわけではなかった。

 どれだけの時間が過ぎようが、本能では今か今かと獲物がテリトリーに入るのを待ち続けていたのだ。

 これが、モルフの厄介な特性の一つであった。

 一切の休む時間もなく、常に獲物を捕捉する為に活動をし続ける。

 世界中にモルフが蔓延ることになれば、生き残った人間は皆、休む暇もなく恐怖に怯えなければいけなくなるだろう。


 そうはさせない為にも、今、この日本で隠れ続けている敵組織の殲滅は不可欠だ。

 ここで必ず奴らを止める。

 そう心に決めた修二の覚悟は硬かった。


『準備はいいな?』


「――はい」


 無線機から聞こえるアイザックの声に、修二は声を返す。

 修二の足元の先、その地面には植物が張り巡らされており、植物型モルフのテリトリーの目の前に来ている。

 銃器の類はその手に持たず、代わりに火がついた木材をその右手に修二は持っていた。


「よし、やるぞ」


 作戦の開始を知らせるように、修二は迷わず右手に持っていた燃え盛る木材をテリトリーの中へと投げ込んだ。

 そして、目論見通り、彼らの作戦の第一段階が始まる。

 テリトリーに投げ込まれた燃える木材が、地面に張り巡らされた植物へと燃え移ろうとしていたのだ。

 始めは、燃え移るまでに時間こそかかっていた。

 あくまで着火剤の役割でしかなく、オイルのようなもので無い限りはすぐに辺り一面に燃え移ることはありえないだろう。

 だが、それでも十分だった。

 次第に、地面に張り巡らされた植物へと燃え移っていき、メラメラと消えることなくオレンジ色の炎が広がっていこうとしていた。

 その時だった。テリトリーに侵入した獲物を、それを壊そうとする者を排除しようとするべく、修二の周りには植物型モルフが集まってきようとしていた。


「来たな……」


 修二は、もう片方の手に握られた燃える木材を植物型モルフへと向ける。

 最初は威嚇のつもりだったのだが、これは無意味だった。

 植物型モルフは火にビビる様子もなく、修二へとゆっくり近づこうとしていたのだ。


「知性が無い以上、これは意味がない……か。でも、関係ない」


 威嚇が無意味と判断した修二は、足の動きを止めないまま、右手に拳銃を構えた。

 そして、一番近い植物型モルフの頭部へと向けて、一発だけ銃弾を撃ち込む。

 銃弾を撃ち込まれた植物型モルフは後ろへと倒れ、それでも立ち上がろうと地面に手をつく。


「今だ!」


 その瞬間を逃さないように、修二は倒れ込んだ植物型モルフへと一気に近づき、左手に持つ燃える木材をその足に近づけた。


「――よしっ!」


 接触したと同時、すぐに離れて様子を窺った修二はそう声を上げた。

 植物型モルフの足に燃え移った炎は、地面の植物とは違い、一気に全身へと燃え移り始めたのだ。

 そして、もがき苦しむように植物型モルフは地面を叩きつけながら、そこから更に地面の植物へと燃え移ろうとしていく。


「ここまでは想定内……あとは、コイツら全員が火に燃え移るのを待つだけだ!」


 一体の植物型モルフへと火が燃え移ったことを確認出来た修二は、そのままその場所から移動するように走る。

 わざわざ、ここにいる全ての植物型モルフに火を当てる必要はない。

 地面に燃え移る炎が植物型モルフに触れさえすれば、そこから勝手に燃え上がっていくのだ。

 ならば、修二から何か手を打つ必要もないわけであり、無茶な賭けに出ることもないのであった。


「アイザック隊長とアレックスは……っ!?」


 植物が張り巡らされる地面を駆け回りながら、修二は周囲を見渡す。

 別行動を取ったのは、一箇所に固まらず、別の場所から火を移すことによって、多角的にこの地帯を燃やし尽くすという算段でもあったのだ。

 互いにサポートが出来ない危険もあったのだが、スムーズにこの作戦を成功させる必要があるというアイザックの判断もあって、修二は渋々了承することとなっていた。


「あれは――」


 遠くを見ると、この暗がりの中、灯りのようなものが見えた。

 電気すら点かないこの街の中、灯りがあるということはその原因はたった一つだ。


「アレックス!」


「修二か!? お前の作戦通り、上手くいってるぜ!」


 灯りの場所へと走って近づいて行くと、そこには修二と同じように地面の植物へと火を移すアレックスの姿があった。

 彼のいる場所は、修二のいた場所よりも火が盛っており、側から見れば大火事のような惨状となっていた。


「アイザック隊長は!?」


「今は分からねえ! でも、どこかで俺たちと同じように作戦を実行してる筈だ!」


「よしっ! ここはもう十分だ! 移動して合流しよう!」


「おう! っと、待った!」


 移動を促す修二の指示に、アレックスは止まれの合図を出す。

 少し離れた場所、植物が地面に張り巡らされていない地面の上に植物型モルフがこちらへと近づいてきていたのだ。


「あれだけはどうにかしようぜ。どうせ死なねえだろうけど……」


「そうだな」


 植物が地面に無い以上、あの植物型モルフが燃えることはない。

 それを理解した修二は即座にアサルトライフルを構え、植物型モルフの頭部へと向けて銃弾を放つ。

 そして、植物型モルフはそのまま地面へと倒れ込み、また立ち上がるかと思われたが――、


「ん?」


「どうした、修二? さっさと行こうぜ」


「いや、待て……。動かない?」


 頭部を撃ち込まれた植物型モルフは、地面に倒れたままだ。

 いつもなら、そのまま立ち上がろうとするのだが、その気配はまるでない。

 その様子は、まるで死んでいるかのように感じられた。


「倒した……のか? でも……何で?」


「おい、今はそんなことを考えてる時間は惜しいだろ? 後にしようぜ」


「いや……待ってくれ。もしかして、植物型モルフが生き返る理由って……まさか……?」


 何かを思案する修二に、アレックスは急ぐよう促すが、それでも修二は考えようとする。

 これは、後にしていい問題とは思えなかったのだ。

 植物型モルフが死ななかったのは、テリトリー内にいた時だった。

 今、倒れて動かない植物型モルフは、植物が張り巡らされていないコンクリートの地面の上にいる。

 それはつまり――、


「まさか……地面の植物共が再生を促していたのか?」


 もしそうだとすれば、この情報は値千金のものとなる。

 今まで見えてこなかった植物型モルフの弱点。それが分かれば、修二達がやろうとしていることはその弱点を突くことと同義だったのだ。


「おい、修二っ!?」


「ああ、もう大丈夫だ! アイザック隊長と合流しよう! もう……絶対に助かる!」


「助かるって……何か思いついたのか?」


「後で話すよ! とにかく、それは隊長と合流してからだ!」


 当初の予定通り、合流を急いだ修二達はそのままテリトリー内を駆け抜け、アイザックを探す。

 大まかな位置は事前に話し合ってはいるが、動き続けなければならないこの状況下では、あまり当てにはならないだろう。

 そして、走り続けていた修二達の先にアレックスを見つけた時同様、灯りが見えた。


「アイザック隊長!」


「笠井、アレックス。無事か!?」


「問題ありません! 首尾は!?」


「順調だ。このままいけば、この一帯はいずれ火の海になる筈だ」


 特に身の危険が無かったことを確認できた修二は安心した。

 この作戦の一番の問題。それは、アレックスやアイザックに何かあってしまうことだったのだ。

 もしも感染でもしてしまえば、レインと同じように生き残った者が手を下さないといけない状況になってしまう。

 それが無いことを確認できたことで、作戦の八割型はクリア出来たも同然だろう。


「よし、ではこのままテリトリー外へ出て様子を窺うぞ」


「うっす」


「…………」


 テリトリー外へ出て、植物型モルフのテリトリーを焼き尽くすのを見届けた後、そこから敵アジトへと潜入するのが修二達の作戦であった。

 だが、そう指示を出された修二はその場から動こうとしない。


「どうした、修二? まだ何かあるのか?」


「隊長、植物型モルフについてですが、奴らの弱点が分かりました。奴らは、地面に張り巡らされた植物を介して、再生を促していたのです」


「……そうか。ならば、この作戦でもう問題はないな」


「ええ、ですから、隊長とアレックスには伝えないといけないことがあります」


 修二は、アイザックやアレックスへと顔を向けないまま、歩き出す。

 周囲は、テリトリーを焼き尽くす炎が今も燃え広がっていたのだ。

 修二はアイザック達へと一定の距離を保ち、そして振り向く。


「おい……何のつもりだ?」


 アイザックだけは修二の意図に何かを感じ取ったのだろう。

 少なくとも、今、修二がやろうとしていることは読めたようだった。

 だが、もう遅い。


「ここまで、ありがとうございました。後は俺に任せて下さい」


「――っ、待て!」


 アイザックが修二へと手を伸ばした瞬間、修二は地面に何かを落としていた。

 それは、一つだけではない。

 小さな缶状のそれを地面に落としたと同時、煙幕が広がり始めたのだ。


「なっ、どうしたんだよ!? 修二!」


「笠井、命令だ! 今すぐ戻れ!」


 一瞬にして姿が見えなくなった修二に、アレックスとアイザックは焦る。

 こんな状況で何を考えているのか、それを理解出来るはずもなかった。

 そして、煙幕で周りが見えず、その場から動けずにいたアイザック達は、煙の中から声が聞こえた。


「俺はもう、誰も死なせたくない。もう、これ以上死なせない為にも、俺一人で奴らとの片をつけます」


「ふざけるなっ! お前一人にどうにか出来る相手じゃあ――」


「俺は、『レベル5モルフ』なんです」


「は?」


 一切の迷いもなく、煙の中にいる修二はそう答えた。

 この事実をすぐに鵜呑みにはしないだろう。

 でも、もう隠し続ける必要もなかった。


「俺は、かつてこの日本の中にある辺境の島でモルフに感染した人間。感染したままでも生きられる特異点なんですよ」


「な、何言ってんだよ、修二?」


「アレックス、隠していてすまない。でも、これが真実なんだ。奴らの目的には、必ず俺の存在もあるはず。だから、俺一人でなんとかしないといけないんだ」


「ま、待てよ! なら、一人じゃなくったって!」


「それは無理だよ。もう……限界なんだ。これ以上、誰かが目の前で失うところを見るのは……」


「……笠井、今ならまだ間に合う。単騎行動をする前に戻ってこい」


「――無理です。俺はもう、覚悟を決めました。もう誰も失わせたくない。その為に、裏切る覚悟を」


「意固地になってんじゃねえよ! そんなことをして何になるんだ!? お前一人でどうにか出来るわけでもないだろ!?」


「――もう時間がありません。俺は先に行きます。アイザック隊長、アレックスを連れて日本から先に脱出して下さい。今ならまだ引き返せる」


「……ふざけるな」


「……すみません」


「おい、修二! 待てよ!」


 謝罪の声を聞いて最後、修二の声が聞こえなくなってしまう。

 それは、もう既に先へと進んでしまったということだった。


「アレックス、煙幕が収まり次第、笠井を追うぞ」


「は、はい!」


 アイザックの表情は怒りに満ちていた。

 当然だろう。ここまで付いてきた部下がいきなり単独行動に走り出したのだから、無理もなかった。

 煙幕さえ収まれば、すぐにでも動き出し、修二の後を追う。

 それだけを考え、煙幕が収まるのを待っていたアイザック達であったが、


「なっ!?」


 煙幕が収まり、視界が開いた瞬間だった。

 先ほどまでは無かった、燃え盛る炎が道を塞ぐようにそこにあり、アイザック達の行く手を阻んでいたのだ。

 ただ自然に燃え移ったとは考えにくい。

 どう考えても、これは修二がやったものであった。


「あの野郎……全て最初から仕組んでやがったな……」


「ま、まさか……っ?」


「この作戦を思いついた時辺りだろうな。いや……もしかすると、奴はここに来るまでのどこかで俺達から離れようと考えていたのかもしれない」


 アイザックは、修二の考えを読み解くようにそう推測した。

 全てはこの時の為に、周りを生かし、後の問題は一人で解決するという意思が垣間見える手段だったのだ。


「アレックス、一つ確認しておくことがある」


「……なんすか?」


「過ぎたことをグチグチ言うつもりはない。これから――どうするかだ」


 アレックスへとそう聞いたアイザックの表情は真剣そのものだった。

 これからどうするか。それは、各々の判断に任せるという知らせでもあった。


「俺はお前がどうするつもりなのか、何を選んでも止める気はない。笠井の言う通り、俺達はこのまま撤退するか……もう一つの選択肢もある」


「そりゃ……そうですね……」


「この一帯はもうじき焼き尽くされる。どの道、放っといていても問題はないだろう。だから、今聞く。進むか、退くか――」


 周囲を燃え盛る炎が照らし、二人だけになった部隊の行く末を決めようとアイザックは考えていた。

 ここから撤退するのならば、戦闘リスクさえ負わなければ問題なく帰ることは可能だろう。

 だが、進むことを選べば命の保障はできない。

 アレックスもそのことを承知の上だったようだ。

 彼は、数秒だけ俯き、少し考える素振りをすると顔を上げた。


「俺がどうするか……分かっていて聞いてましたよね?」


 アレックスはこれまでの余裕の無い表情ではなく、笑顔のままそうアイザックへと聞いた。

 それを見たアイザックも、アレックスと同様に少し笑う仕草を取り、そして――、


「そうだな。それを聞くのは野暮だったようだ」


 彼らは今後の指針を決めた。

 その方針を、ここにいない笠井修二は知らない。

 そして、その結末がどうなるかも彼らは知らなかった。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 同刻、日本国内の中であるはずのない電気の灯りが灯ったある一室で、一人の男が閉じていた目を開いた。

 彼の傍らには、戦闘時に使用する長刀が置かれており、それ以外には何もない。

 長い銀髪をまとめることもせず、男はその顔をゆっくりと天井へと向ける。


「――来たか」


 何かの気配に気づいた銀髪の男は、薄く笑みを浮かべた。

 侵入者の気配を察知した銀髪の男は、傍らに置いた長刀を手に取り、部屋を出て行く。

 彼が察知した気配の者は誰のことか、それは――。



次話、24日20時投稿予定

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