第五章 第五話 『残酷な選択』
「ここは……ここら一帯は、モルフに感染した植物達が獲物を捕らえるテリトリーなんだよ」
「な……っ!?」
アレックスの説明に、修二は目を見開いて驚いた。
植物がモルフに感染する。それは、今までのことを考えればありえない話ではなかった。
人間だけではなく、動物や虫でさえも感染し、修二達へと襲い掛かってきていたのだ。
ともすれば、アレックスの言うように修二達が寝てしまっていたのは、今、この周辺に張り巡らされていた植物達に関係しているということになる。
「奴ら……どういう原理か分からねえが、粉みたいなものを撒き散らしてくるんだよ。一瞬、それで俺も落ちかけたんだが、アイザック隊長の早い判断が功をなしてな。だから、今ガスマスクを被ってそれを防いでいるんだ」
「粉……まさか、花粉か?」
どういう原理かは分からないが、修二達は睡眠作用のある粉を吸引したことにより、こんな場所で眠ってしまっていたのだ。
道理で、迂闊すぎていたわけだ。
修二だけでなく、レインも同じくして眠ってしまうなど普通はおかしい。意識が混濁してしまったことで、判断が上手く出来なくなってしまったのが要因でもあったのだが、してやられた気持ちであった。
「でも、もう敵のアジトまでもう少しの所まで来ている……ここで撤退なんて……」
「ああ、ここまできて撤退なんてクソ喰らえだ。でも、状況はそうも言ってられないらしいぜ」
アレックスは上手く立つことが出来ない修二の肩を持ち、動かそうとした。
アイザックも同じくしてレインの肩を持ち、すぐさま移動を開始しようとする。
すると、アイザックは修二達を見て指示を出した。
「急ぐぞ。もうこちら側の位置は掴まれているはずだ。このままだと、植物どもが何か手を打ってくるのは間違いない」
「うっす。修二、立てるか?」
アレックスにそう聞かれ、修二は足に力を入れて確かめようとした。
少しずつではあるが、目覚めた時と比べればまだ動ける方にはなってきていた。
それでも全力ダッシュが出来るかと問われれば難しいところではあるが、いつまでも肩を持ってもらうわけにはいかない。
「アレックス、俺は大丈夫だ。すまない」
「お、そうか? じゃあ、俺はレインの方をなんとかするよ」
アレックスは修二が動けることを理解すると、アイザックの肩にもたれかかっていたレインへと肩を貸しに向かった。
レインも目覚めてはいたが、顔色が悪く、立つのもやっとの状態となっていた。
まだ万全ではないとはいえ、修二よりも調子が悪いのは個人差なのだろうかと考えはするが、レインをアレックスに預けたアイザックは修二へと近づくと、
「笠井、災難だったな。無事で生きているとは思わなかったぞ」
「アイザック隊長……俺も同じです。日本がここまで酷いことになっているとは思いもしませんでした」
「ああ。だが、今はここから離脱する方が先決だ」
「……撤退、ですか?」
時間が無いことをわかってはいつつも、撤退の可能性を考えた修二はそのことを問いただす。
もしもそうであるならば、修二はここで一人でも先に進む選択肢を取らざるをえなかった。
ここまできて撤退など、ありえないのだ。
修二がこの日本にきて、何の目的があってここまできたのか、それは彼自身が内に秘めた思いあってのものだ。
「……撤退はない。だが、まずはこの植物どものテリトリーから抜け出さない限りは敵の本拠地にも近づけないことは事実だ。だから、まずはここから急いで離れるぞ」
「……了解です」
撤退の指示では無いことを確認した修二は、ビルの入り口へと先行するアイザックの後をついていく。
その後ろを、レインを肩に預けたアレックスがゆっくりと歩きながらついてきて、修二達は移動を開始した。
「外もかなり危険だ。人間体のモルフはいないが、あちこちに植物が建物に張っているからな」
「でも……俺たちがこのビルに入るまではそんなものは無かったですよ?」
「恐らく、ここに来る途中からお前達が幻覚を見せられていたんじゃないのか? 自分の目で外を確かめてみろ」
「これは――」
外を見ると、そこはもはや別世界のようだった。
暗闇の中でも良く見えるぐらい、建物の外側を埋めるかのように植物達が張り巡らされていたのだ。
ただ、急成長しただけでここまでなるとはとても思えなかった。
どう見たって、ここが森林の中にいるのかと思わせるぐらいの緑がそこにあったのだ。
「どう……なってるんだ、これは?」
「最初は、俺も人間がいなくなった末路の果てかと思っていた。だが、それだけでここまでならないと気づいたのは、他にも要因があったのだがな」
「他の要因?」
修二がそれを聞くと、アイザックは首をくいっとある方向へと向けて、修二もその方向を見た。
見ると、建物の壁付近に何か大きな出っ張りのようなものがある。
一つだけではない。あらゆる箇所にそれがあり、ゆらゆらと揺らめいて、まるで生き物のように蠢いていたのだ。
「あれは……?」
「あれが、粉を撒き散らしていた原因だ。拡大スコープで見てみたが、花の蕾のような形をしていた。大きさは見ての通り、尋常ではないがな」
「じゃあ、あれのせいで俺とレインさんは……」
「あれだけとは思えないがな。とにかく、そのリスクを防ぐ為にも、さっさとここから離れるぞ。奴らがお前たちを眠らせて、その後どうするつもりだったのか、それが分からない以上、ここに残るのはあまりにも危険すぎる」
アイザックの考えを聞いて、修二も同じ考えに至った。
確かに、あの蕾のような何かがモルフだということには違いないだろう。
問題は、あの粉を獲物に吸引させて眠らした後、どうするつもりだったのか、それが分からないことだった。
ただ眠らせて終わりとは到底考えられない。
モルフの残虐なまでの生き物に対する殺害衝動は、修二の過去の経験から見ても酷いものだ。
だからこそ、アイザックが感じる不安は良く分かるのだ。
「了解しました。じゃあ、今すぐここから――」
「しっ!」
モタモタしない内に移動しようと、修二が同調しようとした時だ。
アイザックが壁に身を隠し、修二も、後ろにいたアレックスとレインも建物の壁に張り付くように身を隠す。
そして、修二も気づいた。ここから数百メートル先から、何かがこのビルへと向かって近づいてくるのを。
「なんだ、あいつは……?」
「……戦闘準備」
暗闇の中、その姿が鮮明になる前に、アイザックは修二へとそう指示を出した。
今、戦闘が出来るのはアイザックと修二の二人だけだ。
レインは動ける状況にはなく、アレックスもレインを守るのに戦闘に参加できるほどの余裕はない。
これは、かなりヤバい状況だ。
今、こちらへと真っ直ぐ向かってきているということは、修二達の居場所を向こう側は把握しているということになる。
モルフか、それとも敵勢力の一人か、どちらにしても守る対象がいるこちら側が不利なことは必死になる。
「アイザック隊長、マズイです。敵はこっちに気づいている」
「……分かっている。修二、お前はレインとアレックスを連れて先にいけ」
「は?」
「俺が囮になる。ここで全滅のリスクを負うくらいならそれが最善だ。お前たちは先に進み、任務を遂行してリアムを――頼む」
「ふ、ふざけないで下さい! ここに……ここにアイザック隊長を置いていけと言うんですか!?」
そんな手段を、修二が許せる筈がなかった。
仲間を置いて先に向かうなど、この絶対的最悪な状況下でしてしまえばどうなるか、経験則からみても明らかなものなのだ。
「時間がない! お前もここに来るまでに見てきただろう!? この日本にいるのが、人間の姿をしたモルフだけではないということを! ここでモタつけば、奴らが途端に集まってくるだけなんだぞ!」
「……っ、だとしても……俺はっ!」
「――クソッ!」
覚悟が決まらない修二を見て、もう時間が残されていないことを理解したアイザックは、アレックスの方を見る。
「アレックス、レインはどうだ?」
「走るのは難しいっすね。会話までは出来るようですが、今は安静にさせたいので無理は出来ません。隊長……もう腹を括るしかないです」
「……ああ、そうだな」
レインの容体を確認したアイザックは、再び壁に寄り添いながらビルの外側を確認する。
もう、戦闘を避ける術は残されていなかった。
ビルの中は植物に囲まれており、階段でさえ植物に埋め尽くされ、通ることが出来なくなってしまっているのだ。
実質、逃げ場が無い状況であり、このまま戦闘をする以外に選択肢は残されていなかった。
アイザックは、修二へと顔を向けないまま小さな声でこう伝えた。
「笠井、お前に一つだけ忠告しておく」
「……はい」
「お前の、仲間を犠牲にしたくない気持ちは俺にも分かる。だが、戦いにそんな綺麗事は通用しないことを覚えておけ。生かすなら、個ではなく数ということもな」
「――――」
アイザックのその言葉に、修二は何も返すことが出来ない。
言いたいことを身に沁みるほど良く分かっているつもりだ。
ここで全滅するリスクが高い以上、一人でも多く生きる確率を上げることを優先することは、どんな軍隊であっても取る選択肢である。
だが、それでも修二はその選択肢を選ぶことが出来なかった。
何がなんでもたった一人の犠牲も出さずにしたいという、アイザックの言う通り、綺麗事のような考えを修二は持っていたのだ。
その背景に、どれほどの仲間の犠牲を修二が見てきたかなど、アイザック達には知りえなかっただろう。
どちらにせよ、アイザックの話していることに変わりはなかっただろうが、修二は気持ちがブレかけてしまっていた。
正解の無い選択肢を迫られ、本当に自身のその選択が正しいのかどうか、迷いが生じてしまっていたのだ。
「……見えてきたぞ。笠井、構えろ」
「――っ、はい!」
今は、自身の選択を迷っていられる時間はない。
直ちに目の前の脅威を排除することだけを考え、修二はアサルトライフルの銃身を持ち直した。
そして、数百メートル先からこちらへと近づくナニカが暗闇の中でもその姿が露わになってきた。
「なっ、なんだ……あれは?」
「――っ!」
その全身を見た時、全身に総毛が立つかのような感覚になった。
形は人型だ。だが、何かおかしかった。
全身に植物のツタや枝を纏い、顔も、その身体さえも見えない化け物がこちらへと向かって歩いてきていたのだ。
「まさか……あいつの目的って」
「どういうことだ、笠井?」
何かに気づいた修二に、アイザックが問いただした。
修二は、唾を呑み込んで自らの推測を語った。
「あいつがこっちに向かっている理由……それって、俺達が眠っているのをそのまま捕食か何かしようとしていた可能性もあり得るんじゃないでしょうか?」
「……なるほどな。あれも植物型のモルフということか」
その推測が正しければ、あの植物型のモルフが真っ直ぐこちらへと向かってくる理由も辻褄が合う。
ならば、あのモルフはまだ修二達が起き上がっているということを把握していない可能性だってありうるのだ。
「アイザック隊長、俺に行かせて下さい。能力が分からない以上、まずは様子見をした方が良いです」
「出来れば、それを出される前に決着をつけるのが得策でもあるが……一理あるな。いいだろう。ただし、絶対に無理をするな」
「了解です」
アイザックの返事を聞いた修二は、即座に身を隠していた壁から外へと身を乗り出し、数十メートル先まで来ていた植物型モルフと対面した。
こちらの存在に気づいた植物型モルフは、歩いていた足を止め、こちらを向いていた。
「まずはそのドタマをぶち抜いてやるよ」
様子見と言ったが、修二は迷わずモルフの弱点である頭部へとアサルトライフルの銃口を向ける。
何かしてくる前に決着がつくなら、それに越したことはない。
そうして、修二はすぐさま引き金を引き、数発の銃弾が全て植物型モルフの頭部へとヒットした。
撃ち抜かれた植物型モルフはよろめき、そのまま背中から地面に倒れる。
「やった……か?」
油断はしていないが、思ったよりも手応えを感じられた。
『レベル4モルフ』と違い、修二が撃った弾丸が貫通する程、頭部の硬度がそれほどになかったのだ。
これで倒せたのならば、わざわざアイザック隊長を囮にするまでもないだろうと、そう考えていた時だ。
倒れていた植物型モルフに動きがあった。
「まだ生きているのか」
上体だけを起こした植物型モルフの頭部へと、修二はもう一度アサルトライフルの銃口を向け、再び引き金を引いた。
同じように頭部へと命中し、植物型モルフはそのまま地面に力無く倒れる。
「今度は手応え以前に、確実に即死レベルだ。これなら――」
確実に仕留めたと、そう考えていた時だった。
植物型モルフはその体をビクンと痙攣させ、もう一度立ち上がろうとした。
「な……に?」
まだ動けるということに、修二は思わず後ろへと一歩下がる。
しぶとさなんてものじゃない。これは、明らかにおかしかった。
あれほど弱点である頭部へと弾丸を撃ち込んで、なぜまだ立ち上がることが出来るのか、その理由がわからなかったのだ。
「――っ! クソッ!」
片手を地面につけて立ち上がろうとするモルフへと、修二は更に銃弾を浴びせる。
脳漿のようなものが飛び散ってもなお、植物型モルフは弱る様子も見せないまま、その顔面だけを修二へと向けていた。
「死なない……だとっ!?」
三度目の発砲で、修二はようやく気づいた。
この植物型モルフにどれだけ銃弾を浴びせたところで、何の意味もないということを。
「アイザック隊長! 今すぐ移動を開始しましょう! コイツは……コイツはダメだ!」
迷わず、修二はここから移動することをアイザックに伝える。
このままジリ貧のようなことを続けていれば、いずれは周辺にいるモルフが集まってくることを警戒したのだ。
その声を聞いたのか、アイザック達の動きは早かった。
ビルの入り口から身を乗り出し、すぐにでも移動を開始しようとし始めたのだ。
「笠井! ソイツを足止めしろ!」
「了解! ――っ!?」
アイザックの指示に従い、立ち上がろうとする植物型のモルフへと近づこうとした時、修二は足元に違和感を覚えた。
地面に張り巡らされた植物のツタが修二の右足に絡みついていたのだ。
「なんだよっ! クソッ!」
まるで、捕らえようとするかのように、次から次へと地面にあるツタが修二の足へと絡みつこうとしていく。
焦った修二は、立ち上がろうとしたモルフへと一発だけ銃弾を当てて無力化し、腰に直してあったナイフを左手に握った。
急いでツタを切ろうとし、右足に絡み付いたツタを切っていく。
「……よしっ!」
なんとか動けるようになった修二は、目の前の植物型モルフを無視して、アイザックの元へと合流しようとした。
「アイザック隊長!」
「……囲まれている」
「え?」
アイザックのその声を聞いて、修二も気づいた。
いつの間にか、修二達の周りを取り囲むように植物型モルフが近づいてきていたのだ。
「おいおい、どうなっているんだよ。これ!?」
アレックスが焦るようにそう叫び、移動の足を止めようとしたのを見た修二は、即座に反応する。
「ダメだ! 足を止めたら地面のツタが絡みつく! 足を止めるな!」
「――っ!」
修二のその叫びと同時、地面に張り巡らされた植物のツタがアレックスの左足へと絡み付いた。
「アイザック隊長!」
「分かっている!」
すぐさま反応したアイザックはナイフを取り出し、アレックスの左足に絡み付いたツタを切った。
切ること自体はそこまで難しくはない。
だが、そのタイムロスが一番の問題だった。
その間にも、周囲にいた植物型モルフがアイザック達へと迫っていたからだ。
「ちぃっ!」
その状況に舌打ちした修二は、アイザック達へと近づく植物型モルフへと銃弾を浴びせる。
少しでも時間を稼ぎ、アイザック達が動けるまでに奴らを近づけないようにした修二だが、そこで気づいた。
修二とアイザックの直線上、その向こう側からアレックスへと近づく植物型モルフの存在に。
「アレックス! 後ろだ!」
「しまっ――!」
もう目の前まで迫っていた植物型モルフに、修二はアサルトライフルで抑え込もうとしたが、無理だった。
なぜなら、その植物型モルフの立ち位置は修二とアイザックの直線上の向こう、射線が通らない場所にいたからだ。
「アレックス!」
声を出してももう遅かった。
アレックスもアイザックも、不意に近づいた植物型モルフに対抗できる余地はない。
植物型モルフが顔面に纏わりつくツタの間から黒い牙を向け、アレックスへと襲い掛かろうとして――、
「っ、ああぁぁぁぁぁあ!!」
寸前、アレックスに肩を抱えられていたレインがアレックスの前に立ちはだかり、植物型モルフの牙を真っ向から受けた。
レインの左腕に噛みつかれ、そのままお互いに動きが止まる。
「レインさん!」
「く、そがぁぁぁぁっ!」
左腕に噛みつかれたレインは、そう叫びながら右足で植物型モルフの腹部へと蹴りを決め込み、後ろへと後退させた。
しかし、レインはモルフへの攻撃を直接的に受けてしまい、尚且つ、完全調子でなかったことから、地面に膝をつく。
「クソッ! アレックス、レインを!」
「はい!」
「笠井、このまま突っ切る! 援護を頼むぞ!」
「りょ、了解!」
アイザックの指示に、アレックスと修二は即座に従った。
アレックスはレインの肩を持ち、修二は近づいてくる植物型モルフへと銃撃を浴びせて足止めをしていく。
どいつもこいつも、弱点である頭部にヒットしているにもかかわらず、まるで効いていないかのように立ち上がろうとする。
「走れ! まずはこのテリトリーから離れるんだ!」
「っ、はい!」
アイザックが先導し、その後をアレックスが足を引きずるように動いて、修二が迫り来る植物型モルフを足止めしていく。
とにかく、がむしゃらだった。
足を止めれば、ツタが修二達の足を止めに来る以上、動き続けることは必須であり、更に言えば、どんどんと植物型モルフの数は増していく勢いだったのだ。
制圧は不可能と判断した一同は、負傷したレインと共にこの場から一刻も早く離脱する選択を取った。
そして、彼らは地面に植物がない、人通りのない路地まで走ってきた。
「はぁっ、はぁっ」
全員、息切れが激しく、それでも追跡者がいないかの確認は怠らなかった。
今のところ、あの植物型モルフの姿はなく、上手く撒けたということは理解出来た。
しかし――、
「レイン! おい、しっかりしろ!」
アレックスがレインの肩を揺さぶり、安否を問うが状況は最悪だった。
植物型モルフに噛まれたレインの左腕からはとめどなく血が出ており、止血すらままならないのだ。
それが何を意味するのか、修二は痛いほどよく分かっていた。
レインは感染してしまったのだ。
意識が朦朧としている以上、その兆候が出始めている段階にきており、このままではいずれ、レインがモルフになってしまうのは時間の問題だった。
「クソッ、クソクソッ!! 俺の、せいで……っ!」
アレックスは、先の戦闘でレインに庇われたことを悔しく思い、地面を何度も殴りつける。
それを見ていた修二も、アイザックも言葉を投げかけることが出来ない。
モルフ感染者が味方に現れた以上、取るべき選択肢は限られていたのだ。
「あんた……のせいじゃ……ないよ。どの道……私は足手まといだった……。アイザック隊長……」
「……なんだ?」
レインはアイザックへと顔を向けて、半開きになったその眼で何かを訴えかけようとした。
もう、一刻も猶予もない。
だから、修二でさえもレインがこの後、何を言おうとするのかは予測できていた。
「弾は……まだ残っていますよね……?」
「ふざけるな!!」
その言葉に怒りの声を発したのは、修二でもアイザックでもない。
レインの傍らにいたアレックス自身だった。
「俺は……俺は認めない。こんな結末、絶対に認めてたまるか!」
「アレックス……」
悔しさを滲ませながら、アレックスはレインの判断を否定しようとする。
こんな結末を認めたくないのは、修二自身も同じだ。
出来るなら、レインが助かる道を模索したい。
でも、その方法が現状無い以上、レインの判断はある意味正しい手段でもあった。
修二達の手でレインの息の根を止めろと、そう言っていることを。
「もう……私には先が無い……。笠井……あんたは……私がこの任務に参加した理由を……知っているよね?」
「……はい」
「あんたに……託すよ……。絶対に……リアムを……あのクソ野郎を……」
修二はレインがこの任務に参加した理由を知っていた。
だからこそ、レインは修二に託そうとしたのだ。
自分の意思を継いで、任務を全うしてくれと、そう言って――。
「レインさん……」
「あんたは……あんたなら出来る筈さ……。同じ……奪われた過去を持っているあんたになら……私の意思を……託せる」
「――――」
レインは修二の過去の詳細を知っているわけではない。
ただ、修二がこの日本にきて、思い出の土地を見てきたのを彼女は知っている。
だから、レインはあえてそう言ったのだ。
レインの人生を奪い、世界を壊そうとする男。
修二のクラスメイトや仲間を殺した首謀者である男。
リアムの命を殺ってこいと。
「俺は……」
「あんたが……気に病むことはないさ。短い間だったけど……あんたは良い奴だったさね……」
「レイン……さん……」
もう、動くことさえままならないレインの姿を見て、修二は歯を食いしばった。
こんな結末は、修二も認めたくなかったのだ。
誰も死なせず、この任務を全うしたいという思いは、このメンバーの中で一番強くあった。
仲間が死ぬところをまた見ないといけない状況に陥った修二は、自身の心が死んでいくかのような衝動に駆られていく。
「アイザック……隊長」
「……ああ」
目線で訴えかけるレインの言葉に、アイザックは懐から拳銃を取り出す。
それをどうするつもりなのか、その場にいた修二もアレックスも分かっていた。
「ま、待ってくれ、隊長! 本当に……本当にやるんですか!?」
「――これが最善だ」
「仲間じゃないのかよ!? レインは、俺たちの――」
アレックスがそう言った瞬間、アイザックはアレックスの胸ぐらを掴み、壁へと勢いよく押し付けた。
力強いその手で壁に当てられたアレックスは、思わず咳き込み、そして、
「俺が好きでこんな手段を取りたいと、お前はそう思っているのか?」
「――――」
「誰が好き好んで、仲間の命を奪おうなんて考えている。これは……俺の判断だ!」
「――すみません……」
怒鳴るアイザックの剣幕に、アレックスは顔を下に向け謝罪した。
アイザックはアレックスの胸ぐらを掴んでいた手を離し、レインへと目線を向ける。
「レイン、最後に……言い残すことはあるか?」
「……そうさね。最後の言葉……か」
最後の言葉と投げかけられたレインは、暗闇の中、まだ暗い空を見る。
そして――、
「私を産んでくれた父さんと母さん……多分、ロクでなしだったんだろうけど……今も生きているのか分からないけど……それでも……」
レインの言葉を誰一人、目を離すことなく黙って聞いていた。
今までに見てきたぶっきらぼうな表情ではない、緩んだ表情で彼女は続けた。
「私を産んでくれて……ありがとう……」
「――――」
その言葉を最後に、レインは目を瞑った。
アレックスは地面に蹲り、その体を震わせながら頭を地面に強く押し付ける。
修二はレインから一切、目を離さずにいた。
そして、アイザックは持っていた拳銃を握りしめ、レインの頭部へと向け――、
「レイン、すぐに俺達も後を追う。だから、安心しろ」
「――――」
銃声音が鳴り、修二達はまた一人、大事な仲間を失った。
次話、20日19時投稿予定




