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Levelモルフ  作者: 太陽
第五章 『亡国潜入』
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第五章 第二話 『合成変異種』

「――――」


 辺りを見渡しながら、笠井修二は現状を再確認する。

 共に海に飛び込み、逃げた仲間達の姿はどこにもなかった。

 溺れ死んだ可能性もあるが、それは考えたくもない可能性だ。

 修二が提案したことでもあるが、あの最悪な状況から逃れるには海に飛び込む以外になかった。

 恐らく、別の場所にいると仮定して、動く他にないだろう。


「武器は……まだあるな」


 装備としてあったアサルトライフルも、なんとか手持ちには残っていた。

 一度、水没した以上は使用できなくなる可能性もあるだろうが、アレックスが言うには最新式のものらしく、絶対ではないが水に浸かっても使用は可能とは聞いていた。

 修二が持つアサルトライフルとは別に、父の形見であるサブマシンガンの方も無事ではあったが、元々少ない弾数を失わなかったのは運が良かったことだった。

 あとは、安全の確保に尽きるのみだ。


「あのカマキリのような奴にだけは気をつけないとな……」


 修二はあの状況下の中、冷静な判断が出来ていなかったのだが、今なら分かる。

 あのカマキリ型のモルフは、突然目の前に現れたのだ。

 他は別として、あのタイプのモルフだけが同じようにそうだった。

 気配を消すなどというものではなく、姿全体を見えなくする。

 まるで、カメレオンのように擬態をして背景に溶け込むことが出来る能力を持っているのだとすれば、今、この近くにいたとしても不思議ではなかった。


「まずは、どこでもいい……民家の中に入るか」


 身を隠せる場所を探し、修二は近くに見えていた家屋に入った。

 恐らく、ここは海水浴場だった場所であり、修二が入ったのは海の家のようなものだろう。

 かなりボロボロになっているが、浮き輪や水着などが立て掛けられていた。


「クソッ、かなり水浸しになったな」


 水を吸い込み、隊服が重く感じるので、すぐに脱いだ修二は脱水だけでもと着ていた隊服を絞り、水を落とす。

 着替えたい思いはあるが、さすがに敵組織のアジトに攻め込む以上は防弾チョッキがあるこの隊服を捨てるわけにもいかない。

 渋々、ある程度水を吐き出させたその隊服をもう一度着直し、修二は窓から外の様子を確認する。


「さて、どうやってここから移動するか……」


 アイザック隊長からは、どこに向かえばいいかの詳細はあらかじめ聞いておいている。

 問題としては、組織のアジトの詳細な位置のみだが、これは先に進んでから考える他にないだろう。


「当面の問題として、敵が感染した人間に留まらないこと……だな」


 今回、出くわしたモルフは、人間が感染した相手だけではないということだ。

 カマキリのような敵は、人間からモルフに感染した際に虫として生きていたカマキリを取り込んだからああなったと修二は仮定している。

 だが、海に飛び込む前に後ろにいた巨大クモは、明らかに御影島の地下研究所で見たものと同じだ。

 つまり、人間だけでなく、虫や動物にもモルフは感染するということはまず間違いないだろう。


「敵は九千万に収まらないってことか……。そりゃあ、他の国が攻めてきてもどうにもならないわけだ」


 人間だけでなく、動物や虫にも感染するとすれば、その数は尋常ではないだろう。

 他国が日本領土に侵入し、全滅した原因はここにあると見て間違いない。

 既に、日本から撤退することすら難しい現状だ。

 どこから侵入しようが、危険は変わらないということだろう。


「アイザック隊長達のことは今は置いておくしかない。とにかく、俺だけでも先に進まないと……」


 今の状況ならば、修二は単独で行動が出来る。

 思惑とはかなりズレたが、これで修二の考えの通り、単独での潜行は可能となった。

 もしも、アイザック達が生きていたとして、修二と合流出来ていなくとも、先に撤退をしていてくれるかもしれない。

 一番最悪なのは、修二を探す為に動こうとすることだが、彼らの存在を見つけ出せない以上、考えても仕方のないことだろう。

 とにかく、先に進む為に修二は移動の準備を開始した。


「多分、ここは人工島か何かだろうな。随分と流されたもんだ」


 砂浜を越えて、遠くに橋が見えることから、ここが離島であることは見て取れる。

 遠くには、日本でも有名な遊園地が見えることから、ここがどの位置に属するのかの大まかな部分を理解することが出来た。


「泳ぐわけにもいかねえし、渡るしかないか」


 内陸へと進むためには、どうやってもあの橋を渡らざるを得ないのが問題だった。

 逃げ場がないのと、一方通行であることからモルフにとっては格好の餌場であるだろう。

 もう一度、海を泳いで渡るにはその後のリスクも大きくあるので、修二は今一度、自身の手持ちの武器を見直した。

 使える武器はアサルトライフルが一丁。弾薬は十分にあるが、交戦したとして使用するにはかなり後で不利にはなってしまう。

 弾倉にも限りがあるので、無闇矢鱈には使えなかった。

 もう一つあるとすれば、それは父の形見であるサブマシンガンだが、弾薬はアサルトライフルとは形状が違う為に、装填されている分しかない。

 つまりは、当初の予定通り、モルフとの交戦を避けながら進むしかない状況にあった。


「時間が惜しい。今はとにかく、進むしかない」


 時が経てば経つほど、交戦のリスクは跳ね上がる。

 とにかく、今はやるべきことをやるしかないと、修二は橋へと向かっていく。

 四、五百メートルはあるその橋は、特に景観は変わっている雰囲気はなく、置き去りにされた車両がちらほらとある程度だった。

 障害物として利用できるのは利点ではあるが、銃声音が聞こえればモルフ達はすぐにでも集まってくるだろう。


「――慎重に進まないと」


 ゆっくりと、勇み足で修二は置き去りにされた車両を軸に進んでいく。

 敵の気配を感じないのは僥倖だが、それが不安に感じることもある。

 なにせ、さっきの奇襲に関しては、そこにいた全員が敵の気配を感じ取れなかったからだ。

 もしもここに、あのカマキリ型のモルフが現われれば、いつ首を刈り取られるかも分かったものではない。


「――――」


 心臓の鼓動が早くなる感覚を覚えながら、全神経を集中させて前へ前へと修二は進む。

 そして、橋の真ん中部分まで問題なく足を進めた辺りだろうか。

 橋の道路中央に、何かがいることが見て取れた。


「あれは……なんだ?」


 それは、生きているようには見えなかった。

 橋の道路中央にある、三台の放置された車の側面に何かが同化していたのだ。

 まるで、蝶に羽化する前の蛹のような、色合いだけで見れば同じとは思いたくないほどグロテスクな見た目をしている。

 だが、その蛹のようなものの中に、確かに何かがいた。

 心臓が脈打つような動きを見せて、それは車にへばり付いている。


「ロクなものじゃないのは確かだな。下手に刺激するのも違うだろうし、とにかく放っておくしか――」


 蛹のような何かは放っておこうと先に進もうとした時だ。

 後方から、何かが駆けるような足音が聞こえた。


「――っ!」


 目視する前に、修二は真横に避けるように飛んだ。

 その判断は正解だった。

 先ほどまで修二がいた場所に、白い色をした化け物が突っ込んできたからだ。


「まさか……『レベル4モルフ』か!?」


 そこにいたのは、禍々しいまでに全身が白くなっていたモルフ。人間が感染し、通常で言えば最終感染段階に踏み込んだ『レベル4モルフ』であった。

 白眼を剥きながら、そのモルフは修二に向けて凶悪な牙を見せつけてきていた。


「クソッ!」


 戦闘は避けられないと、修二はアサルトライフルの銃口をモルフへと向ける。

 その瞬間、合わせるようにモルフは修二ではなく、横っ飛びして射線から逃れるように動き出した。


「――速い!」


 実際に、修二が『レベル4モルフ』と交戦したのはこれが初めてであった。

 話には聞いていたが、ここまでのスピードであることまでは目にするまでは分からなかったのだ。

 

「けど、当てられないほどでもない!」


 銃口を向け、それに合わせるように『レベル4モルフ』が横っ飛びしようとした瞬間、修二は動いた先の着地地点を読み切り、躊躇わずに引き金を引いた。


「――――ッッ!」


 狙い通り、着地地点に飛んだモルフは頭部に弾丸を貰ったことによってもがき苦しむ。

 感染段階が低いモルフならば、今の攻撃で即死していたのだが、おそらくは頭部が硬いのだろう。致命的なダメージを与えたわけだはなかった。


「硬えな、おい!」


 アサルトライフルを使用した以上、どうにかして短期決戦に持ち込みたいのが修二の思惑でもあった。

 戦闘が長引けば、銃声音に釣られるようにして他のモルフが集まりかねないからだ。


「でも……これで終わりだ!」


 集中放火を浴びせるようにして、修二は動きの止まったモルフへと銃撃を止めない。

 いくら頭部が硬かろうと、いずれは死に至るのは目に見えていた。

 そうして、なす術もなくモルフが死に至る直前、最後の足掻きを見せようとしたのか、モルフは飛んだ。


「なっ、マジかよ!?」


 まだ息があったモルフは、後方へと飛び、車両の上へと飛び移った。


「甘いんだよ!」


 それさえも着地地点を一瞬で読み切った修二は、焦ることなく銃口を向けて銃撃を開始する。

 距離が開いたこともあり、全ての弾丸が命中するわけではなかったが、モルフの頭部には命中していた。

 弾丸は車とモルフの胴体、そして頭部にも当たったことにより、車両の上に飛び移ったモルフはそのまま力無く倒れる。


「倒した……か?」


 初めての『レベル4モルフ』との戦闘だったが、修二は気を抜かなかった。

 モルフのしぶとさは、修二自身が一番良く分かっていたからだ。

 ゆっくりと近づき、銃を構えたまま、修二はモルフの生死を確認しようとした。

 微動だにもしないモルフを見て、それが死んでいると判断がついた修二は、一息ついた。


「よし……急ごう。移動しないと奴らが集まってくる」


 懸念の通り、修二は急ぎ移動を開始した。その時であった。


「え?」


 修二が戦闘を開始する前、あの時、先に進もうと判断したのは間違いではなかった。

 下手に刺激を与えれば、どうなるか分からない。

 その懸念は間違いではなかった。


 修二が車両を通り過ぎようとしたその時、車両にへばり付いていた蛹のような何かに動きがあったのだ。


「――っ!」


 全身が凍りつくような、鳥肌が立つ感覚を修二は覚えた。

 あの時、『レベル4モルフ』が車両に飛び移った時、修二は全ての銃弾をモルフに当てることは出来なかった。

 その一部は車両にも当たってしまい、衝撃が蛹の方へといってしまっていたのだ。


 判断を間違えたことが裏目に出てしまう。

 ベリベリと剥がれるような音を聞きながら、蛹の中から何かが出てくる。


「なん……だ?」


 ブヨブヨとした粘膜を纏いながら、蛹の中から人型の形をした歪な物体が現れる。

 人型の姿をしていることから、それが人間の感染者であることは見て取れた。

 しかし、どの感染段階にもない手順を踏んだ進化の形態であることが修二の中で強烈な不安を駆り立てる。


「――――」


 修二は、それが出てくるまでにその場から離脱すべきであった。

 興味があったから残っていたわけではなく、足が動かなかったのだ。

 こんなことは初めてではない。

 初めて、モルフに遭遇した時でさえも、同じ感情は抱いていた。

 人間ならば、誰しもが持っている感情。恐怖という感情が。


「――――」


 修二は目が合った。

 人型の姿をし、武器らしい武器も持たないその存在へと銃口を向けたまま、様子を窺っていた。

 感染段階すら分からない以上、修二は出方を窺う以外に何も出来ない。

 呼び名すらないその化け物は修二を見ると、そのまま後ろを向いた。


「――っ!」


 隙を見せた化け物へと、修二はすぐさま発砲を開始した。

 とにかく、すぐにでも倒すべきだと考えていた修二は、同じモルフだということを前提に頭部を狙う。


「な……に?」


 撃たれたことに対して微動だにもせず、その化け物は悠然と歩く。

 効いていないわけがない。

 命中はしているし、弾は確実に貫通している。

 なのに、痛みを感じる素振りも、効いているような様子さえ見せなかったのだ。


 そのまま、化け物は歩みを止めずに自らが生まれた場所――蛹の抜け殻がある車両部分に手をつく。

 正確には、車両の上に転がる『レベル4モルフ』の死体へとだ。


「何を……している?」


 目の前に生きた人間がいるにもかかわらず、その行動に出た意味が分からなかった修二は、言葉が通じないことは分かっていてもそう口に出してしまっていた。

 化け物は『レベル4モルフ』の死体に触れたその瞬間、何が起きたのか、化け物自身の体がみるみると溶け出した。

 それは、液体へと変化するかのようにして、『レベル4モルフ』の死体を覆うようにそうなったのだ。


「――っ!」


 何か嫌な予感を感じながら、修二はどうすべきかを迷う。

 ここで倒すべきか、いや、そもそも倒すことができるのか。

 今のうちに逃げることが正解なのではないかという逡巡がありながらも、修二の足はまだ動くことは出来なかった。


「何をしているんだ!? 早く逃げるよ!」


 遠くから声が聞こえて、修二は橋の奥に見えるその存在を見た。

 そこには、海に飛び込み、離れ離れになっていた仲間の一人、レインがいたのだ。


「レインさん!」


「走れ! 奴が生まれ変わる前に逃げるんだよ!」


 焦るようにそう指示を出すレインに、今まで止まっていた修二の足はようやく動いた。

 レインのその言葉は、まるで何が起きているのかが分かっているかのような口ぶりだった。


「レインさん、あれは一体……?」


「話は後。とにかく、この橋を渡りきるよ!」


 状況が読み込めない修二は、レインに急かされるようにして橋を渡り切ろうと共に走った。

 幸いにして、銃声音からモルフが集まってくる気配は見えてこなかった。

 しかし、問題なく橋を渡り切れるとそう考えていた時だ。


「っ! レインさん、伏せて!」


 修二がレインへとそう促した瞬間、後方から猛スピードで駆けてくる足音が聞こえてきていた。

 咄嗟にレインを庇い、そのまま二人して地面に倒れ込んだ時、修二達の真上を何かが通過した。


「あれは……」


 何かが襲いかかってきたということだけが分かり、修二はその襲撃者を見る。

 そこには、『レベル4モルフ』の見た目をしたモルフがいたのだが、何かが違っていた。

 その全身には粘膜のようなブヨブヨとしたものがあり、何よりその姿は――、


「さっき、俺が殺した『レベル4モルフ』?」


 それは、先ほど修二が頭部を撃ち抜いて殺したモルフだった。

 頭部には弾痕がしっかりあり、確実にそうと思わざるをえない確信があった。


「生きていたのか!?」


「いや……違う」


 修二の推測に、レインがすぐさま否定の言葉を投げかける。

 彼女は修二より先に立ち上がり、『レベル4モルフ』へと銃口を既に向けていた。


「あれはもう死んでいる。それは間違いないよ。あれを動かしているのは……別の何かだ」


「どういう……ことですか?」


「さっき、あんたも見ただろ? 人型の姿をした液状化した化け物を」


「――じゃあ、あれは?」


 レインの説明に、修二は目の前のモルフが何者なのか、理解ができてきた。

 一連の流れを見てきた修二だから分かる。

 殺した筈のモルフが今も動ける理由、それは――、


「あの液状化した化け物が、モルフを取り込んだんだよ。しかも、厄介なのはその性質を引き継いでいることともう一つ……」


 レインが続け様に言葉を発しようとしたその時、目の前にいた『レベル4モルフ』が動き出す。

 生きていた時と同じ、いや、それ以上のスピードで真っ直ぐ修二の方へと向かってきたのだ。


「――っ!」


 咄嗟にアサルトライフルを盾にし、モルフの噛みつきをガードした修二は競り合いにもつれ込んだ。


「なんだ……こいつ! 力が……っ」


 本気で対抗しているにもかかわらず、押され気味になるほどの力で喰らいつこうとするモルフに対し、修二は思わずそう零した。

 まるで、体重差が二倍近くあるかのような人間と押し合いをしているような感覚でもある。


「う、おらぁ!」


 押し合いに負けそうになり、そのまま噛みつかれそうになった修二は、右足でモルフの腹へと蹴りを決め込み後退させた。

 仮に傷を負ったとしても感染することはないが、それでも致命傷を負わされる危険性は高かったが故の判断だ。


「レインさん!」


「離れてな!」


 レインの指示に合わせるように、修二も下がる。

 そして、距離の開いたモルフへとレインが銃撃を開始。頭部だけでなく、全身へと弾丸が撃ち込まれたモルフは、そのまま橋の隅へと追いやられる。


「今だ! 海へ蹴り飛ばせ!」


「――っ!」


 レインの狙いをすぐさま理解した修二は、よろよろとふらつくモルフへと向かって全速力で走り、跳び膝蹴りを頭へとぶち込んだ。

 その衝撃に吹き飛ばされたモルフは、背中から橋の下へと落ちていき、海へと落ちていった。


「はぁっ、はぁっ、やった……のか?」


「死んでいるとは思えないけどね……。とにかく、早く移動するよ。ちんたらしてるとまた奴らが出てくる」


 ここに留まっていてもリスクが高いと暗に伝えるように、レインはすぐさま移動を促した。

 修二も同意見であることを考えていたので、レインの後をついていくように橋を渡り切る。


「あれは……何なのですか? さっきの口ぶりだと、レインさんは何か知っているように感じましたが……」


 話す暇がないことは、修二も分かってはいた。

 それでも、今の心のわだかまりを解消したい思いで修二は聞いたのだった。


「私も……全容を把握しているわけじゃない。あの後、海に飛び込んで皆と離れ離れになってからのことになるからね」


「……アレックスさんとアイザック隊長は?」


「残念だけど……また見つかっていないよ」


 レインがそう言い、アイザックとアレックスはまだどこにいるかは分かっていないということは理解した。

 レインが一人でいたことから二人の生死も気になっていたが、死んでしまったというわけではないことだけは修二の中でも安心材料にはなっていた。


「続けるよ。私は船着場がある所で陸に上がれた。そして、身を隠しながら先に進むことに決めたのだけど、その道中で妙な奴を見つけたのよ。あんたがさっき見ていた気持ち悪い蛹みたいな奴さ」


「――――」


「蛹から生まれたのはあんたがさっき見ていた人型の姿をした化け物だった。モルフなのかどうかは今となっては分からないけど、奴はそのまま歩き出していったわ。後をつけていくと、奴の目の前にはモルフに感染したらしい野犬がいた」


「――感染した野犬、ですか。どうやって見分けがついたんですか?」


「全身の毛が抜けた野犬なんてそうは見ないよ。あんたも一度見れば、間違いなくあれがモルフに感染した犬だってことは見分けがつくはずさ」


「――――」


 レインの説明に、修二も黙る他にない。

 全身の毛が抜け落ちた野犬、それが本当ならば、人間の感染段階である『レベル4モルフ』と酷似しているのだ。

 動物や虫に感染するということは、これまでの経験からも既に把握はしている。

 だが、人間よりも足が速い犬などが感染しているとなれば、もはや修二達は自分達の置かれた状況がどれほど危険なものなのか、想像に硬くなかった。


 しかし、蛹から生まれたあの人型の化け物がそれでどうしたのか、その先をレインに促そうとする前に、彼女は先に答えた。


「正直、目を疑ったさ。あのドロドロした人型は、いきなり野犬に覆い被さるようにしたんだ。その後、全身が液状化して……野犬も見えなくなった」


「……液状化」


「そうしたら、どうなったと思う?」


 レインに問いただされ、修二も答えが出ない。

 先ほど、同じように『レベル4モルフ』に覆い被さっていた現象を目の当たりにしたが、それまでだ。

 その後、どうなったのかを考えるとするならば、死んだ筈のモルフが生き返ったという結論しか出てこなかったのだが。


「一体化するように混ざり合ったあの化け物と野犬は、いきなりその体を肥大化させたんだよ。サイズも比べ物にならない……そりゃあ、ギネスにでも載るような規格外の大きさになってね」


「――は?」


 その先を聞いた修二は、思わず唖然とした。

 サイズが大きくなった。その現象が、修二の考えとはまるで違うものだったからだ。


「あのカマキリも……頭がでかい化け物も恐らく同じさ。あの液状化した化け物が一体化して大きくなって、人を襲う化け物となった。――空を見てみなよ」


「――あれは?」


 レインが空を指差して、修二も上を見る。

 遥か上空に、何かが飛んでいたのだ。

 暗くて識別は出来ないが、蝙蝠や鳥のような、そんな形状をしていることは分かる。

 だが、いくら遥か上空だとしても、見分けがつく。

 あの大きさの蝙蝠や鳥が、この世界に存在する筈がないのだ。


「あれも全部そうだよ。ようやく合点がいったさ。どうして、日本がモルフの蔓延る巣となっても、戦闘機の絨毯爆撃でもすればいいものを放置していた理由がね」


「…………」


「機動力は分からないけど、あれがいる限りは堕とされてもおかしくはない。そういう考えもあったのだろうね」


 もう、この日本は帰るべき場所ではない。

 そう暗に伝えられたかのような説得力さえ修二は感じられた。

 空からの爆撃も、地上からの制圧も無理がある。

 絶対とは言い切れないが、それでも国の軍隊が半壊する恐れがあるのならば、手を出そうとしないのは当然の帰結だ。


「今、分かることは、あの蛹みたいな化け物が生き物と混ざり合い、巨大なモルフへと化けること。詰まるところ、合成変異種とでも呼べばいいのかね」


「合成変異種……」


「とにかく、隊長達を探すにはリスクが果てしなく高い。だから、私たちだけでも先に進むよ。もう、こんな作戦はさっさと終わらせて帰りたい」


 そう言ったレインの表情には、疲労のような様子さえ見受けられた。

 無理も無いだろう。いくら任務とはいえ、暗殺対象に辿り着くまでの道のりの危険が異常染みている。

 隠密に進む必要があるとはいえ、それさえままならないほどの脅威が今の日本にはあるのだ。

 こんなことが分かっていれば、誰も参加しようなどとは思わないはずだ。


「……行きましょう」


 修二はそれ以外に何も言えず、レインと共に先に進むことに決めた。

 合成変異種。その脅威は、修二達が見てきたのはあくまで一端に過ぎないことは十分に分かっていた。

 生き物であれば例外なく変異させるということは、これから出会う可能性のあるモルフは全て未知の能力を持った生物ということになる。

 生存率など、もはやゼロに等しいことは修二だけでなく、レインにも分かっていたのだ。


 だが、それでも進むしかなかった。

 ここまで来た以上、撤退の選択肢はない。任務という枷が、レインの心を縛っていることを修二は理解していた。

 だが、修二は違う。修二がここまで来た理由は、任務という名誉ある行動の果てにあるものではない。

 日本を、罪のない人々をここまで無惨な化け物へと変え、仲間達を殺した敵組織を滅したいという復讐心のみが、彼を今も動かしていたのだった。


次話6月9日19時投稿予定

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