表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Levelモルフ  作者: 太陽
第五章 『亡国潜入』
130/237

第五章 第一話 『故国への帰還』

 地平線へ太陽が沈もうとして、空は赤く染め上げられていた。

 時刻は、日本時間で言えば十七時を過ぎた辺りか。波のさざめく音と船を動かすモーターの音のみが聞こえていた。

 船の甲板、その一番先頭に立ち、かつて住んでいた母国の陸地を眺める一人の男がいた。


「ようやく、帰ってきたな」


 懐かしさと共に、辛い記憶も蘇る。

 かつて住んでいたあの場所も、国も、その全てをモルフに奪われた鮮明な記憶。

 多くの日本人の命が奪われ、今もあの列島には命無くした死体が生きた人間を求めて彷徨っているのだ。


 故国への思い出は、語れば長くなる。

 今からでもいい。自らの故国を目にして、より一層取り戻したい気持ちは溢れてくるばかりだ。

 だが、そんなことできる筈もない。

 国単位で動いても、あの国を取り戻すことは未だに叶わなかった魔境だ。

 一体、今の日本がどうなっているのか、この世界の誰にも分からない状況であり、絶対に手を出してはならないというアンタッチャブルな島となっている。

 大規模な空爆作戦でさえ、国連は許可を許すことはなかった。

 それは、アメリカではない別の国が暗躍して、日本領土を取り戻すという名目で奪おうとした国々の結果の果てでもあった。

 陸地からの侵入こそ成功しても、どの部隊も音沙汰が一瞬で無くなり、連絡が完全に途絶えたことがあったからだ。

 相手がモルフとはいえ、瞬時に全滅させられるという悲惨な結末は、もうあの島にいるのはモルフだけとは思えない推測さえ出ていたほどだ。

 しかし、今思えばそれが答えでもあったのかもしれない。

 奴らの根城が日本にあるからこそ、誰の手にも掛けられない魔鏡を作り上げたとするならば、辻褄が合う。

 ともすれば、今、この海域に来た時点でももう危険区域であることは否めないだろう。


「感傷に浸っているのか?」


 後ろから声を掛けられ、振り向くとそこには迷彩服を着た大柄な男。日本領土へ赴く部隊の隊長であるアイザックがいた。

 彼は、船の先頭に立っていた笠井修二を見ながら、腰に手を当てて同じように列島を眺めていた。


「いえ……少し、緊張してただけですよ」


「無理をする必要はない。奪われた故国だろう? 日本人なら誰だってそう思う筈だ。愛国者であるならば、尚更な」


 愛国者。その響きは、修二からすれば少し違う気はした。

 アメリカ人なら、同じように日本が奪われたとしてそういった感覚になるのは理解できる。

 ただ、修二にとって、日本を取り返したいという理由は、単なる私情があるからでもあった。


「あそこには、忘れ物がたくさんあるんです。もう、二年も置き去りにしたままでした」


「――――」


 目を細め、修二はアイザックに顔を向けないまま、陸地を眺めてそう言った。

 忘れ物とは何のことか、アイザックには理解出来なかっただろう。

 修二は、あの日本で墓を作っていた。

 御影島で散ったクラスメイト達、隠密機動特殊部隊の先輩達、そして、父の墓を。

 その全てを置き去りにして、修二は日本を後にしたのだ。

 もはや、土すら踏めないその場所に行くことすらも叶わず、修二は遠いアメリカへと逃げ込んだ。

 だから、取り戻したいのだ。

 モルフというウイルスを使い、今も世界を脅かす敵組織を排除し、もう一度――、


「必ず、取り戻せるさ。俺達がいるからな」


「――――」


 その言葉を聞いて、修二は初めてアイザックと顔を見合わせた。

 どうして、そんな言葉を投げかけたのか、不思議に感じたからだ。


「俺達は国は違えど、同じ人間だ。なら、協力し合うのは当然のことだ。過去の事を思えば、こんなことを言いたくないのだがな」


「過去なんて……俺は何も思っていませんよ。後の時代の俺達には関係ないことですから」


 アイザックの言う過去とは、かつて日本と戦争をした時代のことを言っているのだろう。

 かつて、第二次世界大戦時には、世界で初めて核爆弾を落とし、規模が大きくないとはいえ、、多くの日本国民を死なせたことは小学生でも習ったことだ。

 だが、そんなことは修二は毛ほども気になどしていない。

 元々、あの戦争は日本が仕掛けたものでもあるわけであり、修二はその時代の当事者でもない。

 あの平和だった頃の日本があったのだって、その後の復興から生まれたものでもあるのだから。


「俺も、お前もやるべきことを尽くすのみだ。だから、お前も俺達を頼れ、いいな?」


「――はい」


 最後にそう言われて、アイザックは船内へと戻っていった。

 修二の最後の返事は、顔を見合わせこそしなかったが、肯定として返事を返した。

 それは、彼にとっては苦しい返答に近かった。


「俺は……」


 もう一度、近づく陸地を見て、修二は独り言のように口ずさむ。


「俺は……もう失いたくない。だから……」


 修二はもう決めていた。

 自らに『レベル5モルフ』の能力を宿し、そして、強くある運命力を呪いながら、彼らと共に協力して動くべきかどうか。

 きっと、このまま一緒に居続ければ、間違いなく彼らも失いかねないだろう。

 確証があるわけではない。

 だが、どうあったとしても、もう修二は誰かを失うところは見たくはなかった。


 だから、彼が今後取るべき行動はもう決まっていた。



 作戦の途中で離脱し、一人で敵組織を潰しにいくことを。


△▼△▼△▼△▼△▼


 夕暮れがなくなり、空が暗い夜へと変わりゆく中、修二達は船を陸地へと寄せて上陸への準備を進めていた。

 障害物が然程ない堤防を選んだのは、どこから奇襲をかけられるかのリスクを避ける為でもあった。


「よし、全員降りろ。これより作戦を開始する」


「ふぃー、なんか月面着陸したかのような感覚っすね。いや、そんな経験ないっすけど」


 気の抜けた返事を返したのは、部隊の中でも最も気が軽いとされる男、アレックスであった。

 彼は、いつの間にワックスで固めたのか、髪の毛が整っており、ツンツン頭のように逆立っていた。


「あんた……本当に命懸けの任務の自覚があるのかい?」


 後ろから続くように、レインがアサルトライフルを持ち直しながらアレックスへとそう注意した。

 彼女は彼女で、髪の毛を後ろに束ねた状態にしており、動き易いようにしていた。

 男らしい印象が強いが、実力は本物だろう。

 聞くところによれば、エイム力はこの部隊の中でも随一とも言われているらしい。


「俺は真面目だぜ。なんたって、日本を救う英雄の一人になるかもしれねえんだ。日本のアニメとか大好きだったし、あと日本食も」


「……あんたと話すと馬鹿が移りそうだからもういいよ」


「なんでぇ」と、すまし顔をしながらレインを見たアレックスであったが、その後、アレックスの頭に手を置く巨漢の男が前に立つ。


「隊長、ここからどの方向へ進むつもりで?」


「沿岸部を進みつつ、東へ移動していくつもりだ。ここから目標地点まではかなり距離があるからな」


「了解、です」


 片言のように返事を返したその男は、少し内気な雰囲気の印象があるジェラルドだ。

 部隊の中で、一番の身長とガタイのある大男だが、その考えていることは修二ですらも読むことは難しい。

 なにせ、船での移動中は一言すら発しなかったのだ。

 話しかけにくかったこともあるが、正直なところ、修二はジェラルドが少しだけ苦手だと感じていたこともある。


 そうして、全員が陸地へと降り立ち、最後の一人が降りるのを待つように振り向いた。


「こいよ、修二。ただいまって言うにはまだ早いけどな」


 アレックスは、まだ降りようとしない修二へと冗談めいた言葉で諭して、そう促した。

 降りるのを躊躇しているわけではない。

 ただ、この地に足をつけるというのが、修二にとっては間違いなく大きな一歩となる。

 そうして、深く深呼吸をし、修二は片足を地につけて、そのまま降り立った。


「――――」


 不思議と、帰ってきたという実感は湧かなかった。

 降り立つ地面の感触も、今までアメリカにいた時と大して変わるわけでもない。

 この場所も、修二は特別知るような場所でもないので、感慨に耽る程でもなかったわけではあるのだが。


「思うことはあるだろうが、急ぎ進行を開始するぞ。いつまでもここにいれば、何が襲いかかってくるか分かったものではないからな」


 アイザックは、修二が感傷に浸っていると考えていたのか、そう言ってアサルトライフルを持ち直し、急いで先に進むことを指示した。

 もちろん、修二としてもここに長居し続けることは本意ではない。

 ただでさえ、今の日本は何がいるのか分からない地帯だ。

 今、この瞬間に襲撃があったとしてもなんらおかしくはないのだから。


「じゃ、ちゃっちゃと進みますか。行きましょうぜ、アイザック隊長」


「なんであんたが指示を出しているのよ」


 緊張感の無いアレックスを、レインがため息を吐きながらそう注意して、一同は先に進む。

 帰還用の船は一時、陸から離させ、沖合いにて待機してもらうことになっている。

 単にモルフによる襲撃の対策の一環でもあるのだが、こう考えると船でもう少し先に進むのもありだったのでは無いかと思われた。


「アイザック隊長、ここから目標地点まではどれくくらいの距離があるのですか?」


 修二は、頭の中で疑問に感じていたことをそのままアイザックに問いただした。

 歩きながらではあるが、アイザックは索敵をしつつ修二の問いに答えようとした。


「大体、三、四時間程度を予測している。もちろん、戦闘を視野に入れない意味でだがな」


「それだけかかるなら……もう少し目標地点に船を寄せても良かったのではないでしょうか? 距離的に見れば、戦闘リスクはこっちの方が高いと思いますが……」


「いや、戦闘リスクは近づけば近づくほど危険が上がる。沿岸部を沿って進むのにも理由はあるのだ」


「――――」


 イマイチ理解が出来なかった修二に対し、後ろで後方確認をしていたレインが口を挟もうとした。


「つまり、目標地点付近は船から降りた時点で確実的に戦闘になりうるってことだよ。沿岸部を進むのも、内陸へと極力近づかないための動きってわけ」


「そんなに……危険なのですか?」


「何の為の少数部隊かを考えな。私達は大っぴらに戦闘をしにきたわけじゃない。あくまで目的は対象の暗殺。それを履き違えていると支障が出るよ」


 レインは、作戦の本筋を見誤らないようそう言って、修二も考えを改めた。

 態度には表さなかったが、アイザックやレインの言う通り、ここは日本だ。

 約九千万人近い人間がこの国で死に、その数がまるごと敵としているようなものなのである。

 ならば、たった五人の少数部隊でどうにか出来るわけででもなく、隠密に進むならば、遠回しをしてでも作戦を進めるのがセオリーであることは間違いなかった。


「対象の暗殺……リアムって男のことですよね」


「あまり聞きたくはなかった名前だけどね」


「見た目の特徴とかは分かりますか?」


 レインとの会話になりながら、修二は暗殺対象であるリアムと呼ばれる男の外見を聞いてみた。

 過去の経歴については理解していたが、肝心の外見が分からなければ、暗殺さえ困難になるからだ。


「そうだね。昔と変わっていなければだけど、髪色は銀髪、体格は隊長と大して変わらない。年齢は大体、四十歳ぐらいになる筈よ」


「……てことは、三十の時にリアムは反乱を起こしたということですか……」


「あまり、思い出したくはないけどね。ただ、それだけの並外れた身体能力が奴にはある」


 改めて聞いてみても、信じ難い事実であった。

 リアムという男は、たった一人で集まっていたアメリカ軍隊の半分を蹴散らしたのだ。

 全滅ではないとはいえ、たった一人でそれをして逃げ果せたというだけでも異常じみている。

 それが敵組織のボスと言われているのだから、余計にだ。


「世良や碓氷を従えていたわけだから、弱いわけがないか……」


 思えば、修二が相対した世良や碓氷もかなりの実力者であった。

 たった一人で何人もの人を殺せるのだから、それを従える人間も実力者であっても不思議ではない。

 碓氷に至っては『レベル5モルフ』ではないのだが、その事とは別に考える方がいいだろう。

 モルフの力があろうとなかろうと、化け物みたいな強さを持つ人間はいる。

 それは、桐生という男の存在がある以上、考えられないことではなかった。


「桐生部隊長も先に進んでいるわけだし、急がないとな」


「その桐生って人は修二の師匠か何かか?」


 独り言のように口ずさんでいたその時、アレックスが横合いからそう聞いてきた。

 海側を警戒していた彼であったが、特に危険がないと分かっての会話だろう。


「師匠……そうですね。あの人は、命の恩人でもあって、たった一人の師匠です」


「恩人かぁ。そりゃ心配だよな。たった一人で先にここにいるんだろ?」


「桐生部隊長が負けるところは想像がつきませんが……確かに心配は心配ですね」


「――へぇ、お前がそこまで言うってことはかなり強そうだな」


 驚嘆したかのように、アレックスはそう話すと、前方に立っていたアイザックが振り向き、


「アレックス、今は作戦中だ。お喋りは後にしろ」


「すみません」


 あっさりそう謝罪し、アレックスは自らの担当位置について警戒を続けていった。

 修二は、桐生の心配をしているかと言われればそうなのかもしれなかった。

 いくら白兵戦最強の男と周りから評価されようと、修二達と同じ人間だ。

 疲労だって溜まる筈であり、修二のように傷を再生出来たりするわけでもない。

 今、どこで何をしているのかは分からないが、彼の動向は気になってはいた。


「今のところ、敵の姿は見えないな」


「意外とこの辺は少ないのかもしれないですね。もし、いたとすれば、『レベル4モルフ』が出てくる可能性は高いでしょう」


 アイザックの言葉に、修二がそう推測を立てた。

 モルフの動きは、基本、音に釣られてやってくるというのが基準だ。

 とはいえ、人間の姿も何もない場所ではどういった動きをするのか、そこは情報が足りていないというのも事実ではあった。


「笠井修二、お前はこの島にいるのが『レベル4モルフ』だけだと思うか?」


「――え?」


 質問の意味が分からなかった。

 今、この日本でモルフになっているのは人間のみだ。

 加えて、二年も経過したこの場所では、間違いなく感染段階も最高の『レベル4モルフ』であることは疑いのないことである。

 だからこそ、そういった推測を立てていた修二だったが、アイザックは前方を警戒した状態で続けた。


「俺には……どうも信じられない。他国がこの日本へモルフの制圧に来た時に、どうして資料としてあった『レベル4モルフ』にそこまで苦戦することがあったのか……たとえ苦戦したとしても、情報を共有できる時間ぐらいはあった筈だろう」


「それは……集団で襲いかかられたとかの可能性もあるのではないでしょうか?」


 モルフの恐ろしさは、集団で襲い掛かられた時のパターンだ。

 死すら恐れぬように、縦横無尽に動き回るその特性を活かせば、ありえない話ではない。

 そう考えていた修二だったが、


「一箇所からの侵入ではなく、各地から侵入した部隊の全てが一瞬にして全滅したんだぞ? なら、俺達が今、全滅していないのは偶々か?」


「――――」


 波のさざめく音が、それだけが周囲を支配し、一同は緊張に駆られる。

 もしも、アイザックの言う通り、この日本にいるのが『レベル4モルフ』だけではなかったとするならば、一体何がいるというのか。

 未知の化け物がいるとするならば、たったの五人しかいないこのメンバーでどう対応すればいいのか。

 修二は、今までに考えていたことが前提から崩されて何も言えなくなってしまった。


「何が出てきても、戦う。隊長、そうでしょう?」


 今まで黙っていたジェラルドが、そう言ってふんと息を吐いた。

 意見するのが珍しいと思ったのか、アレックスもレインも驚いたようにジェラルドを見ている。


「ふっ、そうだな。確かに、少し弱気だったようだ。気を引き締めろよ。何が出てきても、俺達ならやれる」


 アイザックはそう言って、再び前方を警戒した。

 修二としても、今まで不安に感じていた感覚が少し和らぐ感覚にはなっていた。

 それを見ていたのか、ジェラルドは修二を見やると、


「大丈夫、俺達がついている。絶対に、守る」


 その言葉は、労いというには優しすぎていた。

 無口な彼の印象は、修二からすれば少し怖いイメージもあったのだが、話してみて思う。

 彼は、修二のことを信頼しているのだろう。

 母国を失い、それを取り戻したいという思いを彼は全力で助けようとしてくれているのだ。


「ありがとう、ジェラルド。俺も、やれることがあれば何だってしますから――」


 元々、修二はこの部隊から離脱するつもりではいた。

 だが、少しだけその考えがブレつつあることに、修二も薄々とだが気がついてしまっていた。


 しかし、その時であった。


「任せるぞ、しゅ――」


 ジェラルドが、今までに見たことない笑顔を作ったその瞬間、修二の視界がブレた。

 否、そうではない。

 ジェラルドの顔が、笑顔のまま斜めに動き、そして――、



 ジェラルドの首が、そのまま空中へと飛んでいき、そのまま海へと落ちていった。


「――は?」


 その場にいた全員が、時が止まったように呆然としていた。

 そして、何が起きたのか、脳がそれを把握した瞬間、アイザックの判断が一番早かった。


「総員、撃てぇぇぇ!!」


 声が轟いたと同時、修二を含む全員が同じ方向へと銃口を向ける。

 それは、いつからそこにいたのか。

 障害物も何もないこの堤防に、突如として現れたその化け物は、もはや姿から歪であった。


 形から例えるとすれば、カマキリが近いのかもしれない。

 だが、大きさも色も明らかに違っていた。

 人間の倍近い体格をしており、前身は赤黒い血肉となっている。

 その腕となる部分には、ジェラルドの首を刈ったとされる鎌の形状をしたものがあり、その片方には血が垂れつつある。

 えもいえぬ腐臭が漂い、どうして今の今まで気づかなかったのか、呼吸さえ躊躇うほどの臭いが立ち込めていた。


「うおぉおぉぉおぉぉお!!」


 アレックスが叫び、全員が同時に発砲を開始した。

 アサルトライフルの銃弾を一挙に受けたそのカマキリのようなナニカは、ブチュブチュと汚い音を撒き散らし、悲鳴すら上げずにそのまま後退していく。


「押し切れ! 海へ落とすんだ!!」


 アイザックがそう指示を出して、修二達は引き金を引いたまま、対象へと銃弾を撃ち続けていく。

 押し切られるように、撃たれ続けたカマキリのようなナニカは後ろへと下がり続けて、そして――、


 何一つ悲鳴すら上げないまま、海へと落ちていった。


「や、やったか?」


「――――」


 周囲にはもう、同じような化け物の気配はなく、警戒こそ解かないまでも、辺りに敵がいないことだけは分かっていた。

 その中で、唖然とした様子で修二は目の前で死んだジェラルドの亡骸を見る。

 その綺麗な切断面からは、未だに大量の血が出続けていた。


「なん……だよ、これ……」


 一瞬すぎる出来事であった。

 どうして、なぜ、何の為に彼が死ななければならなかったのか、それを理解する暇も時間も許してはくれない。


 修二が、彼らに心を許しそうになったところでこれだ。

 目の前で人が、仲間が死に、かつて死んでいった仲間達の死に様がフラッシュバックする。


「また……俺といたから……」


 そんなものは関係ないと、客観的な目線から意見するならば、誰だってそう言うだろう。

 だが、修二自身は違う。

 これまで、修二はどれだけ人の死を目の当たりにしながら、そしてその中で自分だけが生き残ってしまったのか。

 頭の中は、そのトラウマが一方的な考えのまま、自らが誰かと共にしたことで起きた結果だと考え込んでしまっていたのだ。


「修二、早く移動するぞ! 銃声音に釣られて奴らがやってくる!」


 アレックスに腕を掴まれ、それでも修二は呆然とする他になかった。

 

「急げ! せめて、身を隠せる所まで走るぞ!」


「隊長、ダメだよ! 前を見て!」


 レインが前方へと銃口を向けて、修二を含めた全員がその方向を見る。


「――そんな……」


 モルフとはなんなのか。


「ど、どうすればいいんだ……」


 モルフウイルスとは、その特性が再生能力と感染力に限ったものなのか。


「――ックソ!」


 実際に目の当たりにして、全ての謎が解けたかのような感覚になる。

 かつて、この日本でモルフが発生し、渋谷に現れた巨大生物、戦龍リンドブルムは白亜紀に存在していた恐竜の遺伝子細胞を元に作られた存在だった。

 その時、出水がイヴァンと呼ばれる男から聞き出した情報には、気になる点があった。


 あらゆる生物を混ぜ合わせ、その生物の特性を引き継いだのが戦龍リンドブルムの姿であると。


 ならば、モルフの特性には、もう一つの可能性が残されているのではないだろうか。

 生物の特性をそのまま引き継げるのだとすれば、変異する姿にも、その生物の遺伝情報が引き継がれている。

 それならば、目の前の未知の生物の姿にも納得がいくのは道理だった。


 修二達は、周囲を取り囲む異形の姿をした化け物達を見渡す。

 そこには、先ほどのようなカマキリの姿をしたモルフの姿、だけではない。

 カチカチと歯を鳴らし、胴体よりも遥かに大きな頭を持ったリスのような形状をした歪な生き物。


 そして、修二の後方にいたものは、明らかに見たことがあるものだった。

 御影島の地下研究所で見た異形の生物。ハエトリグモにモルフのウイルスを投与し、巨大化したとされるあの巨大クモと全く同じ姿をした化け物がそこにいたのだ。


「――――」


 息を吐く間もない。

 驚いていられる暇もない。

 残された四人の人間はそのまま背中合わせになり、こちらを凝視する異形のモルフ達へと銃口を向けたままだ。


「ど、どうする? これじゃあ、逃げ場が……」


 アレックスが、隊長へと頼るようにして指示を仰ぐ。

 どうやったって、ここを突破するなんて不可能に近いだろう。

 ただでさえ、一体一体の特性も把握出来ていないのだ。

 あのカマキリも、なぜかは分からないが突然、そこに現れたのだ。

 他に限っては、堤防の崖の側面部分に貼り付いていたとするならば納得はいくが、それでも何かしらの能力を持っていても不思議ではない。


「――アイザック隊長、一つだけ切り抜ける方法があります」


「何?」


 修二は、アイザック達へと小言で提案し、そして、その表情が歪む。


「――確かに、それしか無いだろうけど……そこにもモルフがいたら……」


「今は考えていられる余裕はないよ。このまま無惨に殺されるぐらいなら、その賭けに乗るしかない」


「……ああ、そうだな」


 アレックスが最悪の可能性を口にし、レインが現状との比較から見て判断し、アイザックは同じように肯定した。


 そうしている間にも、徐々にだが周囲のモルフ達はこちらへと迫ってきている。

 鎌を揺ら揺らと揺らしながら、大きな頭をしているにも関わらず、小さな口にある歯を未だにカチカチと鳴らせながら、今にもその六本足でもって飛びかかってきそうな、そんな化け物達が本気で獲物を仕留めようと動き始めた瞬間だった。


「行くぞ!! 海に飛び込め!!」


 指示が飛ぶ前に、全員が一斉にすぐ側に見えていた海へと飛び込んだ。

 武器も何もかも、手元に無くなってしまおうが関係ない。

 生き延びる為に、全員が気持ちを同じくして目の前の脅威から逃れようと賭けに出たのだ。


「ガボッ」


 水中の中、修二は掴むモノすらない中、賢明に足掻く。

 水面には、すぐに顔を出すことは出来ない。

 もしかすれば、堤防にいたモルフ達が追いかけてくる可能性だってある。


「ゲボッガボッ」


 肺に溜め込んだ酸素が限界に近づき、それでも修二は水面には顔を出さないよう、必死にその場から離れるように動こうとする。

 レインが言っていたように、海に飛び込むにはリスクがあった。

 もしも、地上だけではなく、海の中にもモルフがいれば、修二達にはなす術がなかったからだ。


「ゲボッガボッ」


 酸素を供給出来ないことから、思考まで上手く働かなくなってきていた。

 鼻や耳の中に海水が入り込み、苦しさと痛みの両方が襲いかかっている。

 もがいてもがいても、手も足も水以外に触れるものはない。

 正常に思考が回らない中、修二は目の前の問題よりも関係のないことを考えてしまっていた。


 ――ジェラルドが死んだ。

 日本を共に取り戻そうと、力になろうとしてくれた恩人だ。一緒にいたから、彼は死んでしまった。違う、殺したのはモルフだ。でも、自分がいなければあの鎌の攻撃を避けられたのかもしれない。無理だ。どの道、この日本に来た時点で生存できる可能性なんて無いに等しい。結局、皆死んでいく。スガ、鉄平、リク、ミカ、白鷺、福井、太一、リュウ、黒木、霧崎さん、来栖さん、織田さん、司馬、犬飼、樹、佐伯、出水――、父さん――。


 相反する感情のせめぎ合いが心の中で起こりながら、修二が今までその目で見てきた仲間達の死に様が順番にフラッシュバックしていく。

 そして、最後に父の姿が思い起こされて――、修二は意識を失った。


△▼△▼△▼△▼△▼


「――げほっ!」


 意識の覚醒は、とても気分の良いものではなかった。

 うつ伏せになりながら、服の内側にまで水が入り込んで体にまで浸かった影響もあってか、気持ちの悪い感覚だった。

 それに加えて、今、修二がうつ伏せになっているその場所は砂浜だ。

 チクチクとする痛みもあって、顔についた砂を払いながら、修二はその場から立ちあがろうとする。


「ここは……」


 周囲を見渡し、修二は現状の確認をしようとする。

 周りを見ても、アイザックやアレックス、レインの姿はどこにも見当たらなかった。



次話、6月6日19時投稿予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ