第四章 第二十話 『デイン・ウォーカーVSヴェノム』
ヴェノムとの邂逅はこれで四回目。そのいずれもが、逃げる形となって直接的な戦闘をすることはなかったのだが、今回は違った。
逃げる事は出来ず、退路も絶たれたこの現状では、デインはヴェノムとの一騎討ちを受ける他になかったのだ。
しかし、不思議と恐怖はなかった。
最後の最後まで、立ち塞がる障害にはうんざりこそすれども、ヴェノムとはいずれは戦うことになることは分かっていたからだ。
奴は先ほど、通路を破壊して落ちそうになった時に、以前に身につけていた鎖付きの鉄球を落としていった。
正真正銘、無手での戦闘になるこの戦いだが、それでも体格差は圧倒的にヴェノムの方が上だ。
あんな巨体で殴りかかられでもすれば、たった一発でも致命傷は避けられない。
そんな絶望的な状況でも、デインは臆することはなかった。
「こいよ、デカブツ」
「ブオオオオオッッ!」
指を曲げてヴェノムを煽った瞬間、ヴェノムはデイン目掛けて真っ直ぐに突っ込んでくる。
ラグビーで見るようなタックルで持って、デインの体へと直接、その巨体でぶつけようとしたのだが、デインはこれをギリギリ寸前で避けた。
「おらっ! こっちだ!」
ヴェノムの攻撃が空回りに終わり、そのままデインの方へと振り向こうとしたその時、デインはヴェノムの大きな巨体へと強烈な殴打を食らわす。
一発、さらに一発と、その一回の殴打に重みを乗せて、ヴェノムの腹部へと何度も攻撃を当てていく。
「――ッッ!」
その様子から見て、一切ダメージがないわけではなかった。
デインの攻撃に怯み、徐々に後退しながらヴェノムは反撃をしてくることはない。
やられっぱなしで終わるわけにいかなかったヴェノムは、その右腕を振りかぶるが、
「おせぇ!!」
デインはすかさず、右腕の拳を強く握って、ヴェノムの顎目掛けてアッパーを食らわす。
それを受けたヴェノムは更に怯み、振りかぶる拳を緩めてしまう。
「当たればでかいが、そんなもんが俺に当たると思うな!」
体勢が崩れたヴェノムを見計らい、デインはさらに追撃を加えようとしてヴェノムの頭部へと渾身の一発を決めた。
ボクシングで階級を分けているには理由がある。
それは、体重差における試合がどれほど危険であるかというものだ。
たったの十キロの重さの違いでも、その重い方が殴る拳は重みが違う。
軽い方はどれだけ殴ろうとしても、重い方にはダメージが通りにくいのだ。
だから、体重差を均等にさせることでフェアな勝負へとさせるようにしていたのだ。
今回の戦いは、そのフェアを無くさせたようなものだ。
デインの攻撃にダメージこそあれども、決定打にはなっていない。逆に、一発でもヴェノムの攻撃がデインに通ることなどあれば、それで決着がついてしまう。
「おおらぁっっ!」
よろめき、若干の脳震盪を起こしたのか、頭をブンブンと振り回すヴェノムに、デインは休む間を与えない。人体の急所とも言われる箇所に的確に重い拳をぶち込んで、ヴェノムを一歩ずつ後退させる。
しかし、ヴェノムもやられっ放しでは終わらない。
「――――ッッ!」
至近距離まで近づいてきていたデインへと向けて、その両腕をなりふり構わず振り回し、デインを接近させないようにさせる。
そうされたことで、デインも離れざるをえなくなり、ヴェノムとの距離が開く。
「ちっ」
舌打ちをして、再びファイティングポーズを構えて、隙を見ようと見計らうが、ヴェノムは乱打戦へともつれこませようとさせないつもりだったらしい。
その大きな腕を大きく振り上げ、地面へと打ち下ろしたその瞬間、通路が大きく揺れる。
「うおっ!」
「――ッッ!」
微妙なバランスで保っていた通路が揺れたことで、バランスを崩すデイン。
あわや、地面ごと崩れて落ちるところではあったが、そうはならなかった。
しかし、体勢が崩れたその瞬間を見計らい、ヴェノムはデイン目掛けてタックルを仕掛ける。
「く……そがぁぁっっ!!」
一発でも受けてはならないという制約がある中で、デインはヴェノムのタックルから避けるという動作をするわけもなく、真正面から対抗しようとした。
無謀という他ならないその選択は、客観的に見れば間違いであったと見えざるをえない。
しかし、ヴェノムの攻撃は直撃することはなかった。
デインはその場からジャンプして、ヴェノムの肩に手を乗せて真上を通り過ぎる。
「あっぶねぇ……」
華麗な身のこなしでヴェノムの攻撃を避けたデインは、ヴェノムの攻撃を回避できたことに安堵する。
今更ながらに考えたことだが、ヴェノムには若干の知性らしきものが備わっていることに気づく。
デインの動きを止めさせる為だけに地面へと殴りつけたあの判断も、モルフの性質には当てはまらないのだ。
「自我が残っているのか? いや、『レベル5モルフ』とは何かが違う気がする」
モルフには人間の頃の意識が残ることはない。
多少の学習能力があることはこれまでの戦闘から見ても分かることだが、ハッキリとした知性を持ち合わせているところは見たことはなかった。
ならば、あのヴェノムは、モルフの中でも何か特殊な感染段階に属するものだということだろう。
それが何かはデインには分かっていない。
分かったところで、この戦いの結末へと向かう為の糸口に繋がるとも思えなかった。
「拳銃は効かない……けど、使わない選択肢はないか」
腰にかけた拳銃に手を掛けたデインだったが、このタイミングで使うのは悪手だと考えたデインは手を離す。
ヴェノムには、ライフル銃でさえ効かないということは以前の逃走劇の経験から見ても分かっていることだ。
かといって、今ある拳銃がまるで役に立たないわけでもないだろう。
使い所が今じゃないからこそ、少しでもヴェノムのことを分析する必要があった。
「弱点があればってところだが、あんな強靭な筋肉にナイフで首を刈るのも厳しい……どうする?」
モルフの弱点である脊髄を狙うにしても、ヴェノムのあの分厚い筋肉を通り越して切り落とすには無理がある。
弱点をカバーされている現状、消耗戦になることは必至なのであった。
「さっさと滑走路へ向かわねえと、モルフがどんどんと現れる……ちくしょうが」
このまま、ヴェノムと戦い続けることは良くない。
時間だけが過ぎていけば、せっかくの脱出手段であるリックの自家用ジェット機に乗ることさえできない。
ヴェノムを無視することができない以上は、何か、ヴェノムを足止めする為の策が必要なのであった。
「ブオオオオオッッ!!」
「――っ!?」
手を考えている最中、ヴェノムは一気にその場から動き出した。
両手を大きく広げ、デインの逃げ道を塞ぐようにして真っ直ぐに突っ込んでくる。
「マジかよこいつっ!」
通路の横幅の広さは約三メートルもあるかどうかだ。
逃げ道を塞ぐようにして迫り来るヴェノムに、デインは避けることが出来ない。
すかさず、デインは腰の拳銃を手に取るが、それを撃つことは間に合わなかった。
ヴェノムの巨大な手に腰を掴まれて、そのまま宙へと浮かせて、足が地面から離れてしまう。
「離しやがれっ!」
ジタバタと踠いてみても、まるでピクリとも動かない。
動きを封じられたことで、デインは焦ってしまう。このままではなすすべなく殺されてしまうことを予感したからだ。
「ぐっ……がぁぁぁぁぁっっ!」
万力のような握力でデインの腰を握り潰そうと、ヴェノムのその巨大な手に力が篭る。
地獄のような痛みが全身を駆け巡る中、デインは手だけは動かせることに気づき、咄嗟に手に持っていた拳銃をヴェノムの顔へと向ける。
「は……なせぇぇぇっっ!」
銃口で狙いをつけたのは、ヴェノムの目だった。
なりふり構わず引き金を引いて、ゼロ距離で目に銃弾を受けたヴェノムは手の力が抜けて、自身の目を抑える。
「オオオオオッッ!!」
「はぁっはぁっ! クソッ!」
手を離されたことで、デインは地面にそのまま落ち、痛む腰に手を据える。
あと少し遅れていれば、腰の骨をバキバキに折られていたところだ。
目から血を流して悶え苦しむヴェノムを見たデインは、それが全くのノーダメージではなかったことに気づく。
加えて、ヴェノムは片目を黒いアイマスクのような装飾を纏っていたので、残った片目を撃ち抜いたことは、今は目の前が何も見えていないことでもある。
「――チャンスだ」
デインの姿を捉えられていないこの瞬間が勝負だった。
逃げの選択肢は取らない。ここでヴェノムを倒すことだけを考えて、デインは再び、ヴェノムの腹部へと向けて、強烈な拳を打ち付ける。
「――ッッ!」
「らぁぁぁぁあっっ!」
防御の姿勢を取ることも出来なかったヴェノムは、デインの攻撃に怯み、徐々に後退していく。
ヴェノムの後ろは、ちょうど破壊された通路の穴が拡がっていた。
ここは、高さでいえば約十メートルは下らない。
そんな高さから落とされでもすれば、さしものヴェノムでもただでは済まない筈だ。
ここが正念場だと、デインは休むことなく何度も殴打を繰り返し、ヴェノムを足場の無い通路へともつれこませようとする。
「落ちろぉぉぉぉっっ!!」
「――ッッ!!」
限界まで力を振り絞り、ヴェノムを足場ギリギリまで追い込んだデインは、最後の一発を決め込もうと重い拳をぶち込もうと腰を低く構える。
しかしその時、ヴェノムはやられっぱなしでは済まさせないと考えたのか、反撃をしようと腕を振りかぶる。
「うおっっ!?」
ギリギリ寸前で避け切り、後ろへと後退したデインだったが、このままヴェノムに体勢を整えさせるわけにはいかない。
すかさず、拳銃を銃口をヴェノムの頭部へと向けたデインは、ヴェノムを見据えて一言、こう告げた。
「さよならだ」
ドンッと、低い重低音が鳴り響き、拳銃から銃弾が飛ぶ。
銃弾は見事にヴェノムの頭部へと当たり、撃ち込まれたヴェノムは後ろへと倒れ込もうとする。
そして、一切の受け身すら取れないヴェノムはそのまま真っ逆さまへと落ちていき――、
ズドンッッと、大きな衝撃音が鳴り響いた。
「はぁっはぁっ……」
拳銃を地面へと向けて、デインはその場で膝をついた。
――倒した。その感慨は、この激闘を制したという達成感を彼は得られたのだ。
これで、デイン達に立ち塞がる障害は全て排除することができた。
あとは、椎名達と合流してリックの自家用ジェット機に乗り込むだけだ。
「長かった……ようやく……だな」
足に上手く力が入らず、それでも力を振り絞って立ち上がったデインは、足場のない通路の端まで歩く。
断絶された通路の下を見ると、そこには動かなくなったヴェノムがいた。
あれほどの巨体だ。自身の重量と地球の重力による落下の衝撃には耐えられなかったのか、ヴェノムはピクリとも動こうとはしない。
「はぁ……」
重く息を吐き、これまでの疲労がデインへと重く伸し掛かる。
よくよく考えてみれば、オーバーワークにも程がある一日であっただろう。
椎名と出会い、数々のモルフを相手にしてはヴェノムにも追いかけられ、加えて『レベル5モルフ』であるミラとの戦闘。
それらを踏まえても、ホテルであった幾多もの『レベル4モルフ』との激闘やこの空港での戦闘を考えてみれば、よくここまでやりきったものだと思える。
正直言って、このまま三日ぐらいは眠りこけたい思いではあったのだが、今はまだその時ではない。
まだ、デインにはやるべきことが残っていたのだ。
「早く……椎名達の元へと行かねえと……」
急いで椎名達と合流して、この国から脱出すること。それが、デインの最後の仕事だと考えて、重い体を動かそうとするが、上手く体が動かない。
そもそも、破壊された通路からどうやって向こう側へ渡ればいいかも分からない。
体力を限界まですり減らし、戦闘を終わらせたことによる安堵感がデインの力を抜いていき、徐々に眠気が襲ってくる。
「ちくしょう……まだ……まだダメだ」
脳がダメだと否定していても、体はそうはいかない。
体を動かそうとしても、全く動くことが出来なかったデインは、その場で倒れ込む。
ようやく終わらせた。終わらせたのだ。
なのに、こんなところでギブアップなどと、許せる筈がない。
ガクガクと震える体に、自身が発熱していることも感覚だけでよく分かる。
水が飲みたい。ゆっくり休める場所が欲しい。
体がそれを求めていても、一人では何もすることができないデインは、通路の床に身を預けるようにして動かなくなってしまう。
「――っっ!!」
襲いくる眠気にデインの意識が途絶えようとするその時、微かに声が聞こえた。
「――イン。デイン!」
その女性の声は、何度も聞いた声だ。
椎名がここまで戻り、デインを助けにきたのだ。
「月島さん! デインを頼みます! 後ろは私が……っ!」
「――解だ!」
途切れ途切れに聞こえる声に、今がどんな状況なのかも分からなかったデインだったが、これだけは分かる。
次に目を覚ました時、デインはきっと助かったのだということに――。
そして、デインはそのまま安心するようにして眠った。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
『――よう、起きてるか?』
聞き覚えのある声を聞き、デインの視界には見覚えのある風景が映し出される。
そこは、デインが唯一、安息できる場所としていたボリス達レジスタンスのアジトであった。
デインの目の前には、かつての相棒であるボリスがいて、俯いた体勢がいたデインをテーブルに肩肘をつけた状態で見てきている。
『お前が来てからはや半年……早いものだな。時の流れってのは……』
他愛の無い会話だが、デインにはこの記憶が残っていた。
ボリス達、レジスタンスと手を組んでから地域の有力者達を暗殺してきたその当時の記憶だった。
『殺しには慣れたか? 初めて殺しをした時はケリムとだったか……あの時のような嫌な感じはもうないだろう?』
『――――』
『所詮、人殺しとはそんなものだ。一回、人を殺せば、その嫌な感触はなんともなくなる。俺もそうだったからな』
『――――』
『このレジスタンスも、お前が来てから大きく変わった。改めて礼を言うよ、デイン』
『――――』
ボリスの言葉に、デインが何かしらの返答をしていたのだが、デインはこれを思い出せない。
結果、口パクのように何かを話しているように見えたのだが、なぜかボリスの言葉だけはハッキリと覚えていた。
感謝される謂れなんてない。むしろ、感謝しているのはデインの方であった。
あの時、デインはレジスタンスに入る前は路上のゴミ同然の存在だった。
それが、暗殺を重ねることによって豊かな生活を手に入れることができた。
ボリスと出会うことがなければ、きっとそれは手に入ることがなかった生活だったのだ。
『――お前にだけは話しておこうと思っているんだが……少しだけいいかな?』
『――――』
ボリスが何かを伝えようとしているのか、尚もデインの返答は記憶が曖昧で思い出すことができない。
本当に、他愛の無い会話だった筈だ。
なのに、これだけはハッキリと覚えていた。
『私もお前も、今の自分がやっていることが正しいことなのか、それは分からない。だから……これだけは覚えておいてほしいんだ』
当時の記憶をなぞりながら、ボリスは続けて何かをデインに伝えようとする。
恐らく当時も考えていただろうが、まどろっこしいなとは思いつつも、デインはボリスの言いたいことを聞こうとその言葉を待った。
『――俺が道を踏み外したと、お前がそう見えた時には……俺のことを止めて欲しいんだ』
『――――』
『不満か? 自分でどうにかしろってのは……何も言い返せないな。まあ……もしもの話だ』
ボリスの言うことがいまいち伝わらなかったデインは、当時の自分と同じように疑問に表情を浮かべていた。
でも……なぜか、それが心残りであったことには違いなかった。
なぜ、そのようなことをデインに言い残し、彼はデインと決別したのか、その理由は考えても答えが出ることはなかった。
巡る巡る世界の時の流れに逆らうことも出来ずに、デインもボリスも生きる為に戦った。
レジスタンスを抜けて、一人で生き抜いてきた時も戦った。
椎名真希という女性と出会い、自身の特異体質と引き換えにアメリカへ行くと決めてからも戦った。
戦い、戦い、戦った果てに得られるものは果たして身の丈に合うものなのだろうか?
死に物狂いで手に入れられるのは目も眩むような莫大な金だが、それは本当に対価に見合ったものなのか?
モルフウイルスという存在を知って、ミラや椎名との出会いでデインは気づいていた。否、気づかないフリをしていた。
この世界を救わないことには、デインの未来がないということに――。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「――――」
目を覚ました時には、そこは硬い地面の上だった。
デインはその場から起き上がると、まだ痛む腰に手を当てながらも周囲を見渡す。
「デイン! 良かった、目が覚めたのね!」
「椎名……」
「月島さん! 清水さん! 大丈夫です。デインが目を覚ましました!」
デインの状態を見るや、喜ぶようにして月島と清水にその状況を伝える椎名に、デインは目を丸くした。
「ここは、どこだ?」
「リックの自家用ジェット機だ」
デインの疑問に答えたのは月島だった。
彼は、その手にサブマシンガンを持った状態でデインの元まで近づくと、
「板東のことは聞いている。あいつは……お前の為に成すべきことを果たしたとな」
「……恨んでいるか?」
デインを庇い、自分を犠牲にして先に進んだことを了承したのはデインだ。
そのことを聞いてきたということは、事情も知っているのだろう。
仲間であった月島に思うことがあっても、殴られても仕方のないことだと考えていたデインだったが、
「……言っただろう。あいつは成すべきことを果たしたと。お前の責任じゃない。板東のことを気に病む必要もな」
「気に病んでなんか……いねえよ」
減らず口のようにしてそう返したデインだったが、それが嘘だということが月島は気づいていたのだろう。
それ以上は何も言うことはなかった。
「それで……もう飛び立ったのか?」
「いや、まだだ。準備に少しだけ滞っていてな。でも安心しろ。外にいるモルフは俺たちがここに隠れていることに気づいていない」
「――そうか」
どうやら、まだ空港内にデイン達がいるようだった。
窓の外へと目をやると、確かに月島の言う通りだった。
滑走路には何体かのモルフが闊歩して歩いているが、こちらには近づいてきていない。
あとは、ここから速やかに飛び立つことができれば、もうデイン達に憚る者はどこにもいないだろう。
安心したと同時に、周囲の人数を見たことでデインは一つの疑問が浮かび上がった。
「何人生き残った?」
「リックさんは今、コックピットで準備をしているよ。ラジェスさんと一緒にいた人達は皆、リックさんを守ってやられちゃったって……。だから、ここに残っているのは――」
「俺達だけ……か」
椎名が簡潔に状況を伝えて、デインはすぐに理解することができた。
今、ここにいるのはデインと月島、清水と椎名にリックの五人だけということだ。
「避難民は無事に飛行機で飛ばせたのか?」
「ああ。空港内で半数近くはモルフにやられてしまったが、無事に飛び立てたよ。――皮肉にもな」
「無事に飛び立てた……人数通り乗せられたってことか」
「…………」
もしも、空港内の避難民が全員無事に飛行機に乗れたとしても、その全員が乗れる保証はまるでなかった。
月島の言う皮肉にもとは、空港内でモルフにやられた避難民がいたからこそ、飛行機は無事に飛べたということだ。
それは、結果的には上手くいったことなのかもしれないが、本意ではなかった結末だろう。
だが、デインもそんなことに後悔なんてものはするつもりはなかった。
「――終わったことにつべこべ言っても仕方ない。まだ、俺達にはやるべきことがあるんだからな」
「随分と合理的だな」
「当たり前だ。俺がいないと、もっとたくさんの人間が死ぬんだろ?」
デインさえ生きていれば、世界中で起きているモルフ騒動は鎮圧できるかもしれない。
だから、今ここで起こった犠牲は止むなしだと、そう暗に伝えたデインだったが、間違いでもなかった。
「お前の言う通りだ。――だからこそ、俺達もここまで命を張ってきたんだからな」
「はっ、話が早くて助かるよ」
デインに同調して頷く月島に、デインは投げやりに鼻で笑う。
正直、笑っていられなきゃやっていられなかった。
周囲の人間がどれほど死のうが、デインには関係なかったのだが、今となってはその考え方は少しだけ違う。
自身の中にある特異体質が世界の運命を変えるかもしれないという重責が、少しずつだがデインを変えていっていたのだ。
「いつ、飛び立てるんだ?」
「それは分からないが、もうじきにというところだろう。安心しろ、もう戦いは終わったのだからな」
「――そうかい」
はやる気持ちがあったのは、今がまだ地上にいたからだということもあった。
しかし、もう戦う必要がないということを知らされ、デインも落ち着くことができた。
あとは、リックの準備が整うのを待つだけだ。
「これで……ようやく終わりだな」
長かった一日が終わり、デインの目的もこれで達成される。
まだ、疲労が蓄積した状態だったデインは、安息するように深く息を吐いた。
――これで終わる。そう考えていたのは、ここにいた全員が感じていたことであった。
純粋な殴り合いを書きたかったのですが、よくよく考えてみたらヴェノムに一発でも殴られたらKOされるじゃん……って書きながら気づきました。
あと、デイン自身は知らない事実ですが、ヴェノムは『レベル5モルフ』のなりそこないに近い感染段階です。
なので、普通のモルフとは違う動きをしているという不可思議な点はそこに当てはまっていました。
やはりというべきか、あと一話で第四章は完結となりそうです。
第四章の内容とは全く関係ない別視点での話で一話か二話分投稿することになりそうですが、一応、最終章へ繋がる部分にもなるので、本編と捉えていただく形になります。




