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Levelモルフ  作者: 太陽
第四章 『人類の希望』
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第四章 第十七話 『交渉カード』

「皆、無事だったんだね!」


 椎名は喜びながら、離れ離れになっていた護衛の三人組と再会を果たす。

 月島、板東、清水。この三人は、椎名を護衛の元、デインへと接触しに来ていた者達だ。

 互いの無事を確認した両者は近づこうとしたが、デインが椎名を止めて、


「デイン?」


「まあ待て。――おい、あんたらが椎名を護衛していた三人組とやらか?」


 デインの問いかけに、真ん中にいた清水が怪訝な顔をしながら前へと出ると、


「せや、お前がデインやな。椎名ちゃんをよくここまで守ってくれたな」


「……あんたらにまずは確認しておくことがある」


 椎名を守ったことを素直に褒め称えようとする清水に対して、デインは警戒した状態のままだ。

 その様子に怪訝な様子を見せていた三人はこちら側へと向けて歩き出そうとするが、


「止まれ」


「あ?」


「止まれって言ったんだ。それ以上近づくんじゃねえ」


「デイン? どうしたの?」


 こちらへと近づこうとする三人に近づくなと牽制し、その行動に椎名も疑問を浮かべる。

 デインだけが、その三人組の一挙手一投足を凝視しながら観察していると、そのまま口を開いて、


「あんたら、俺達と離れてからいつ合流した。正確な時間を答えろ」


「いきなり何だ? それが何か意味があるのか?」


「いいから答えろ。俺達にとっても重要なことだ。椎名、お前にもさっき話したばかりだろ?」


「……あ」


 デインから諭されるようにそう聞かれ、椎名も思い出した。

 たとえ、この場で月島達と合流したとしても、必ず本人達であると最初から信用するな。その理由は、ミラが化けている可能性がゼロではないということだからだ。

 だから、三人の内の誰かが、ミラを追い返したあの時間より後に合流したとするならば、ミラが化けている可能性は高い。

 仮に離れ離れになったあの時からすぐに合流していたのだとすれば、ミラが化けるタイミングはないわけであり、本人達であると信用することができる。

 難しい話ではないのだが、状況を知らない彼らにとっては不思議に感じるのは無理はなかった。


「お願い、月島さん。デインの質問に答えて欲しい」


「……俺達が合流したのはお前達を見失ってから十分後ぐらいのことだ。それが何かあるのか?」


「それじゃあ――」


 月島達の中に、ミラが化けている者はいない。

 それが分かった椎名は安心したように表情を変えるが、デインは未だに警戒を解く様子はなく、


「ここに来るまで、一人でも離れたことはないか? 誰か一人でもだ」


「さっきから何や? 何のことを――」


「いいから答えろ」


 清水が尚も椎名達へと近づこうとして、デインが腰に掛けた拳銃を手に取り、その銃口を清水へと向ける。


「なっ!?」


「デイン!」


 突然の状況に、その場にいた全員に緊張が走る。

 仲間である筈なのに、その行動に出たデインの意図に気づくわけもなく、椎名も驚く様子だ。


「お前達の中に一人でも……一時でも離れた人間がいれば、それだけで疑いが掛けられるんだ。もしこの場にお前がいるなら、俺は容赦なく拳銃の引き金を引くぞ。――ミラ」


「――――」


 デインの確固とした信念を見た椎名は何も言えず、ただその現状を眺めるのみだ。

 デインを責めきれないのは、事情を把握していたからでもある。

 かつて、椎名も同じように、デインと少し別行動をしたあの瞬間でさえ、ミラはデインに化けてきていたのだ。

 事前に合言葉を決めていたからこそ、あの時はミラの正体を暴くことが出来たのだが、今回はそう簡単にはいかない。

 ミラのことを知らない月島達に事情を説明する余裕もなく、互いに動きを出さない。

 そんな様子を見かねて、月島と清水、もう一人だけ少し離れた位置にいた板東と呼ばれる男が口を開く。


「俺達はあの時から離れたりはしていない。モルフのいるこの場所で一人になるなど、命知らずなのだからな」


「……板東」


「ほう。話が早い奴がいてくれて助かるな。つまり、お前達の中にあいつがいないということか」


「さっきから何の話をしてるんや? いまいち俺らには伝わらんぞ」


 拳銃を向けられ、事情を説明されないことにイライラしていたのか、清水が問いただそうとする。

 その怒りもごもっともな反応ではあるのだが、生憎とデインも余裕があったわけではなかったのだ。


「お前達と離れてから色々とあってな。簡単に言うと、そっくりそのまま人の姿に化けることが出来る『レベル5モルフ』とかちあったんだよ」


「なっ!? なんやと!?」


「そいつがお前達の誰かに化けられてちゃ、俺達としてもたまったもんじゃねえ。だから、事情も聞かずに聞いただけだ」


 本当のことを話したデインに対して、その場にいた月島達三人組は驚くような様子だった。

 かといって、簡単に信じられるようなものでもないだろう。

 いくら『レベル5モルフ』が超人的な怪物だからといって、人の姿に化けることができるなど、常識的に考えればあり得ない話なのだ。

 話すことを躊躇っていたのは、そのことが引っかかっていたからに過ぎなかった。


「一つ、いいか?」


 沈黙の中、一番初めに声を出したのは椎名の護衛の三人組の一人、月島聡太だ。

 彼は元より細い目をさらに細めて、デインを見ると、


「お前達は生き残り、ここまで辿り着いた。そして、お前が例のウイルスに感染しない体質の持ち主であると、俺達はそう捉えて構わないんだな?」


 これまでの疑問を問いかけるわけでもなく、一番の優先目標であるデインの体質の証左について、月島は確認を取るように問いただす。


「ああ、それで間違いない。なんなら、ここで椎名の血を俺の中に入れるなりしてくれてもいいぐらいだぜ」


「――そうか」


 それを聞いた月島は、安心したかのように表情を緩める。

 そして、椎名へとゆっくりと近づいて、その頭を撫でると、


「よく頑張ったな。あの時は離れてしまってすまなかった」


「ううん、皆、無事で良かったよ」


「そうだな。とりあえず、まずはアメリカへ発つ為の手段についてだが……」


「何か策があるのか?」


 これからどうやってアメリカへ向かうつもりか、何か手段があるのならと問いかけたデインに対して、月島は首を振ると、


「残念だが、まだ脱出手段を確保出来ていない。どうやら、ここの親玉が飛行場の見張りをしているようでな。簡単にはいかないようだ」


「だろうな。リックって野郎が独り占めしてるってことまではこっちも聞いているよ」


 現状の進展があるわけではないが、やはりというべきか、リックという男が飛行機関連の管理をしていることは確定的だった。

 手段が無いのであれば、これからどうするべきかはデイン達も元より決めていた。


「俺達はこれからリックって奴と話をつけてみる。状況が動くかどうかは分からねえがな」


「せやったら、俺達も行くで」


 リックと話をつけることに対して、清水が同行の意思を示す。

 しかし、それを聞いた月島や椎名が同時に首を振りながら、


「清水さん、今回は私達だけで話をまずはしてみるよ」


「ああ、その方が良さそうだ」


「なんでや? 俺達がおった方が話進みそうやろ? 武装してたら相手もきょどるかもやし」


「それが問題なんだよ」


 清水の疑問に、デインがすかさず横槍を入れて否定する。

 清水以外はわかっているかのような状況にいたが、理由は単純だった。


「奴の前にお前達まで一緒にいたら警戒される。もしも、奴が今夜、飛行場の私物で飛び発つつもりなら、万が一はそれを奪ってやる方がいい。警戒されれば、どうなるかが読めなくなる」


 リックという男がどういった性格をしているかが読めないが、万全を期すなら清水達はいない方がいい。

 もしも、警戒されるようなことがあれば、デイン達は間違いなく目をつけられるだろうし、それは不都合極まりないことだ。

 だから、今回、リックと話をしに行くのはデインと椎名の二人で行こうとそう考えていたのだ。


「交渉のカードはあるのか?」


「……一応、な。意見があるなら聞くが」


 考えがあるというデインであったが、穏便に済む方法があるならばと、月島に問いかける。

 そして、彼は悩む素振りを見せながら、デインへと再び顔を向けると、


「リックのことはよく知らないが、アメリカにいるある男の名を口に出してみるのもいいかもしれない。日本人であり、元は航空自衛隊の所属でもあった男だ。そいつは、他国にいる避難民を援助する役目を兼ねているからな。もしかしたら、リックも知っている可能性がある」


「そいつの名は?」


 話を早く進めさせようと、デインはその日本人の名を聞こうとする。

 そして、椎名だけはその名を知っているかのようにいて、


「多々良平蔵。陸上自衛隊から航空自衛隊に異動した男でもあり、俺達にとってもアメリカに向かう為には必ず、あの人の力が必要になる」


「……なるほどな」


 陸上自衛隊であろうが航空自衛隊であろうが、今はもう失った部隊だ。

 ただ、顔が効く存在であることを理解したデインは、その多々良平蔵と呼ばれる男を引き合いに出すことも一つの交渉カードとして考えていた。


 何はともあれ、リックと話をしに行くメンバーを決めた一同の行動は早かった。

 月島達は一旦、空港のロビーで待機し、外の様子を窺う役目となり、デイン達は管制塔があるとされる別の区画へと向かうことになった。

 外の様子がガラス越しに見えて、夕焼けが海の地平線を照らす様子を見て、歩く速度が早まる。

 時間が有限であることもそうだが、リックがいつ動き出すかが分からないこともそうだったからだ。


「ん?」


 管制塔の入り口へと近づいたところで、見張りらしき三人組が立ち塞がる。

 共に銃を所持しており、デイン達を警戒しながら男達は手でデイン達を止めさせると、


「お前達、何をしにきた?」


「ああ、ちょっとリックって男と話がしたくてな。通してもらえるか?」


「……ダメだ」


「なに?」


 道を阻まれ、デイン達を通さないと見張りの男がそう言った。

 なんとなく、ありうる可能性があったことを理解していたデインであったが、その理由を問いただそうとする。


「なんでだ?」


「関係者以外はここを通すわけにはいかない。リックさんからの指示だ」


「へぇ。お前ら、俺達が誰か分かって言ってんのか?」


「なに?」


「この避難所の問題を解決させるべくいる要人ってことだよ。せっかく、ここから抜け出せるかもしれないのに、そう簡単に追い返してもいいのかって、そう聞いているんだよ」


 挑発する姿勢を崩さずに、デインは見張りの男にそう言った。

 隣にいた椎名は何も言わず、デインに全てを任せるかのようにその場にいるだけだ。

 その言葉を聞いた見張りの男は、デインの一挙手一投足を見て、目を細める。


「信じられんな。今のこの状況を解決させる? そんなことが出来るわけがないだろう」


「ふーん。で、ここにいる避難民を見捨ててお前達だけでも逃げようって考えてんのか?」


「そんなことはしない!」


 声を荒げ、単刀直入に言ったデインの言葉に見張りの男は反論する。

 予想外の返答に、デインも少し驚くが、見張りの男は続けて、


「彼らを見捨てるわけがない。リックさんは避難民の皆をどうするかを考えて、今もこの中で悩んでおられるのだ。言葉を選んで喋ってもらおうか」


「――ちっ」


 状況を把握したデインは舌打ちをして、恨めしそうな様子だった。

 デインの頭の中では、想定外のあることを思い浮かべていた。

 まず、リックが何を考えて管制塔に篭っているのか。この見張りの男の言う通りなのだとすれば、リックは避難民を見捨てずに、ここに残るということだ。

 そして、それ以外にももう一つの可能性はある。


「リックって野郎に、こいつらも騙されているか……だな」


 もしも、この見張りの男達にも内密で、リックが一人、この国から脱出しようものなら、かなり厄介なことになる。

 ただでさえ、リックに会うことも許されない今の状況だ。

 デインとしては、なんとしてもリックと出会い、奴の魂胆を暴く必要性かある。


 だからデインは、ある一つの可能性に賭けた。


「さっきも言ったが、俺達はこの避難所の皆を救う為の手段を知る側の人間だ。それを話す為にも、リックって奴と話をする必要がある。それはわかるだろ?」


「……それでお前達を信用すると?」


「なるほどな。素性も知らねえ俺達を信用できるわけがねえよな。なら――」


 デインは一息入れて、見張りの男と目を合わせる。

 そして、次に出た一言は、


「リックって野郎に伝えろ。多々良平蔵と呼ばれる男から提案があるとな。それだけで伝わる筈だ」


「――――」


 デインの中の最後の交渉カードである日本の男の名を口にして、それを聞いた見張りの男は黙りこくる。

 そして、その場にいた仲間達と一度、顔を見合わせると、


「少しだけ、待っていろ」


「……あぁ」


 デイン達に待つよう指示を出して、見張りの男は管制塔の入り口のドアを開けて中へと入っていく。

 その間、静かに待っていたのだが、ここで椎名が小声で話しかけてきた。


「……大丈夫かな?」


「月島とかいう奴の言うことが正しければ、これで何とかなるはずだ。これでダメなら別の手を考えるしかねえ」


「そうだよね……」


「それよか、お前も戦闘準備だけはしとけよ。何が起こるか分からねえからな」


「それは、モルフ? 人間?」


「――両方だ」


 あくまで念を押す意味で、デインは椎名にそう伝える。

 対モルフに関しては椎名も問題ないが、対人間についてはどうなるかが予測がつかない状況だったのだ。

 特に、ニールの件も含めて考えれば、この空港内で内戦が起きたとしてもおかしくはない状況だ。

 だからこそ、事前に椎名にはそれを伝える必要があった。


 そして、そうこう話をしている間に、管制塔の入り口が開いて、中からあの見張りの男が顔を出す。

 彼は、デイン達を一瞥すると、


「入れ。リックさんから話があるとのことだ」


「……あいよ」


 ようやく、リックとの交渉権を得ることができたデイン達は、見張りの男に言われるがまま、管制塔の中へと歩を進める、

 管制塔の中へと入り、後ろの扉が勝手に閉まる。

 さっきの見張りの男が閉めたのだが、彼は中には入ってきていない。

 つまり、リックと話をするのはデイン達二人だけでということだ。


「お前達が話に聞いていた連中か。俺に話があるとのことだが?」


「ああ、ようやく話が出来るな。リックさんよ」


 対面し、手を後ろに組んだ状態でこちらを射抜くような眼差しで見つめる男、リックがそこにはいた。

 大体、四十前後の見た目をしたその男は、死んだ魚のような目をしていて、それでいて風格はある男だった。

 細身の体型ではあるが、着ているスーツの似合い方も含めて、この国の中でも偉い側の人間であることは見てとれる。


「少しだけ聞いたが、ここから脱出できる手段があると聞いたのだが?」


「――それを話す前に、少しだけ聞きたいんだが、いいか?」


「なんだ?」


 妙な緊張感を場に漂わせながら、デインはリックへと話を始める。

 質問は至ってシンプルなものだ。


「この空港で動かせる飛行機はどれくらいある?」


「……現状、動かせる機体は私の所有物である自家用ジェット機のみだ。他の機体についてもあるにはあるが、燃料の関係から他国へ飛ぶ為の残量が足りない」


「――なるほどな」


「今度は俺からも質問しよう。お前達は何者だ?」


 リックから質問が飛んで、デインは息を呑む。

 返答を間違えるわけにはいかない。ここで間違えてしまえば、ここまで来た意味が全て霧散してしまうからだ。


「俺達はアメリカからの使者だ。元々、この国に用があってきていてな。偶然的にこの国から脱出できなくなってしまったんだが、アメリカにいる要人と知り合いでな。俺達の状況についても、そいつとはもうケリがついてる状態だ。だから、こうして話にきた」


「――――」


「あんたも思うことはあるだろうが、俺達は味方だ。だからこそ、聞きたいんだが、元々あんたはこれからどうするつもりだったんだ?」


 器用に嘘を並べ立てて、デインはリックへと質問を返す。

 どれも、根も歯もない嘘であり、バレれば殺されてもおかしくないことをデインはやってのけている。

 その豪胆さに椎名も内心では驚嘆していたのだろう。身長が自分よりも上のデインを少しだけ見上げていたのだが、そこはリックには悟られない範囲で彼女も無表情を装ってはいた。

 そして、デインの問いかけに対して、リックは後ろ手を組んだ状態で深く息を吐くと、


「私は……最低の人間だった」


「あ?」


「お前達が来る前から、ずっと悩んでいたんだ。私は……本当はこの地獄からいち早く抜け出したい思いで、自身の所有する自家用ジェット機でこの国からおさらばしたいと……心の本音ではそう考えていた」


「…………」


「でも、考えたんだ。私を希望の象徴のように見る彼らの目を見て、そんな残酷なことをしていいのか? と」


「つまり、今は逃げるつもりはないと?」


「いや……分からない。本当に危険な状況になった時、今のような考えをしているかどうかも分からない。手のひらを返して、逃げるかもしれない……。そんな時に……お前達が現れたんだ」


 言葉に詰まらせ、およそ何を言っているのか伝わらない口調でリックはそう答える。

 とても嘘を吐いているような雰囲気が感じ取れない。

 デインはそこで、自らの推測に間違いがあったということに気づいてしまう。

 リックは国民を見捨てて、必ずこの国から逃げ出す算段を企てていたとデインは考えていたのだ。

 そもそもの前提条件は、リックがそう考えて行動する意味があった。それがない以上、デイン達がこの国から抜け出すという算段が出来なくなってしまうのだ。


「……ちっ」


 リックが民間人を見捨てるつもりがないとの判断であれば、デイン達にはリックに何一つ提供できる情報はない。

 ここまで嘘を並べておいてなんだが、また一から脱出手段を考える必要があった。


「それで、先ほど門番にも聞いたが、多々良平蔵が私達を助けてくれるというのは本当かね?」


「……あぁ」


 否定することも出来ず、デインは肯定の返事を返した。

 まるっきりの嘘ではないが、多々良平蔵の名を使うことは、交渉の最後の手段でもあった。

 だが、その前提条件は、リックが今夜に一人で逃げ出すという算段ありきのものでもあったのだ。

 

 今となっては、交渉カードとしてはまるで意味をなさない、ただの嘘を並べ立てているだけの最悪な状況だ。


「あの男がこの国に目を向けてくれたのならば……なんとかなるかもしれないな……。それで、いつ迎えがくる?」


「――っ」


 逃れられない質問を投げ掛けられ、デインは言葉を詰まらせる。

 何も、思い浮かぶ案がない。それは、多々良平蔵という男のことをデインが良く知らないからだということもある。

 リックも知る人物というからには、世界的にも知られる人物ということなのだろうが、生憎、デインは世界情勢には疎い方だ。

 こうなるのならば、事前に椎名に確認すべきであったと、デインは後悔を顔に滲ませる。


 沈黙が数秒間、漂わせたその時であった。

 隣にいた椎名がデインの前に出ると、


「まだ、すぐにはこないです。私達の状況についてももう、多々良さんには伝えてはいますが、救助には最低でも一週間は掛かるかと……」


 まるで、その通りであるかのように、椎名はリックへと現状を伝える。

 しかし、それも嘘だとデインは気づいていたが、椎名はデインの耳元で小声で話しかけると、


「……一応、嘘ではないから」


「――了解」


 椎名がそう言ったことで、先ほど考えていた懸念については解消されることとなる。

 だが、その報告について、リックが納得できるわけもなく、


「馬鹿な……あと一週間だと……。それでは間に合わない」


「何に間に合わないんだ?」


「食料問題だ……」


 解決のできない問題点を挙げて、リックは頭を抱えながら言葉に窮してその言葉を口にする。

 食料問題。それは、戦地においても最も課題とされている死活問題だ。

 外への移動が困難とされるこの状況で、数百人もいるこの空港内での食料配給には必ず限界がくる。

 そして、その期限は一週間では足りないということであり――。


「あと何日分残っているんだ?」


「……二日分もない」


「そんな……」


 一週間の半分も保たないという現状を知らされ、椎名は絶望に打ちひしがれるように手を口に当てる。

 対するデインは真剣な表情のまま、何かを考え込むように聞き入っていた。


「避難民にはこのことは伝えていない。先のことを伝えて、パニックになられても困るからな……」


「そりゃあそうだろうな。そんなことを言ったら、まず間違いなく暴動が起こる」


 リックの判断に同感の意を示したデインは、そのまま歩き出して、ガラスの外を見る。

 もう、既に陽は沈み、外は真っ暗となっている。

 何も見えないわけではなく、夜天光が差し込んで、滑走路の上にある大小様々な飛行機が乱立してあったのがよく見えるのだが、そのどれもは燃料の関係で動かすには無理があるものだ。

 特に、デイン達が目的としているアメリカまで辿り着くには、どう足掻いても頼りないものばかりであった。


「すんなり目的を達成出来ないのが歯痒いな」


 思えば、金に目が眩んでここまで辿り着いたデインであったのだが、その旅路は散々なものだった。

 死ぬ思いをしてまでこの空港まで辿り着けたのにも関わらず、未だに目的を達成できる見込みが見えてこない。

 こんなことになると分かっていれば、きっとデインは椎名に手を貸すなんてことは――。


「――ちっ」


 頭の片隅に小さな引っかかりを覚え、舌打ちをしたデインは後ろを振り向く。


「まだ諦める段階じゃねえ。あと二日もあるんだ。その間に俺達にできることを――」


 やろう。と、そう言おうとした時だ。

 大きくはない。しかし、遠くから何かが壊れたかのような音が聞こえて、


「――?」


 嫌な予感がした。それは、この場にいた全員が表情に出ていた。

 そして、ノックも無しに、外にいた見張りの男が入ってくると、


「リックさん! ダメだ! 空港外に張っていたバリケードが何者かに壊された!」


「なに!?」


「もうここは保たない! 急いで離陸の準備を!」


 最悪の状況を目の当たりにして、この空港から逃げる準備を勧めようとする見張りの男。その言葉から察するに、見張りの男の心中にも、避難民を見捨てる選択肢があったということだ。


「――――」


 呆然とした様子で、リックは動こうとはしない。

 恐らくは、揺れているのだろう。避難民を見捨てたくないという意志は、先ほどデイン達にも話していたところだ。

 その上で、ここから逃げ出したいという反対の意志があることも既に聞いていた事実であった。


「逃げるのか?」


 迷い、苦悶している中、リックの隣にいたデインがふとそう呟く。

 なぜ、この最悪ともいうべき状況の中、冷静でいられるのか。彼は恐れる感情がないのか、平然とした様子でリックの顔を見ながら、


「一度、男が決めたことを捻じ曲げるような奴なら、俺は手を貸さない。俺も椎名も、お前の答えを聞くまでは動かないぞ」


「お、俺は……」


「お前が決めろ。見捨てて逃げるか、戦うか、お前はどうしたいんだ? ここにいる俺達の意見なんか関係ない。お前の心が決めたことを聞かせてみろ」


 あえて、デイン達の意見は関係なく、リック自身の今の気持ちだけを言わせるようデインは問い詰める。

 答えに窮することはわかっていても、デインは知りたかったのだ。

 リックの覚悟を。


「中途半端な答えなんか聞きたくねえ。お前はどうしたいんだ!」


「――俺は」


 顔を下げ、リックは体を震わせながら自らの答えを話そうとする。

 そして、彼の次の言葉は、


「――ラジェス。外にいる見張り達に伝えるんだ。今から避難民達を外の滑走路まで誘導させるようにと……」


「しょ、正気ですか!?」


 ラジェスと呼ばれる見張りの男にそう命令したリックは顔を上げた。

 その表情は覚悟が決まり、もう捻じ曲げる様子はデインにも感じられなかった。

 それを見たデインは「ふっ」と笑い、


「了解だ。椎名、俺達も行くぞ」


「う、うん」


「リック、飛行機の整備員はここに何人いる?」


「数十名ほどいるが……それがどうした?」


「俺達が足止めしている間に、少ない燃料を一つの飛行機にまとめておけ。もしかすれば、それで避難民を別の国に飛ばせるかもしれない」


「……わかった」


 段取りを決めて、デインと椎名は管制塔の出口へと動き出す。

 入り口にいたラジェスは、デインの前に立ちはたがり、鋭い目つきで睨みながら、


「あんた……本気でやるつもりか?」


「腰抜けになりたくねえなら、あんたも手を貸せ。それが、あんたの仕事だろ?」


「――っ!」


 逃げることなど許さない姿勢で、デインはラジェスにそう言い切る。

 本当は、どんな建前があろうと逃げ出したい気持ちが強かったのだろう。

 しかし、デインだけは違っていた。


「行くぞ、椎名! 最後の大仕事だ!」


「そうだね! やろう!」


 戦地に赴く前のテンションとは思えない意気揚々とした様子で、二人の勇者は管制塔を出ていく。

 そして、この国における最後の戦いの幕が上がる。



本当はGW中に連続投稿したかった……。ようやく、明日のみですが仕事が休みなのでゆっくり続きを書いていこうと思っています。

次話より第四章はクライマックスです。

今までと同じように過激な内容になっていきます。

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