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Levelモルフ  作者: 太陽
第四章 『人類の希望』
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第四章 第十四話 『椎名真希VSミラ・ジノヴィエフ』

「うん、一先ずは上々ね」


「……はい」


 息切れを起こしながら膝をついていた椎名は、アリスからの言葉を受けてなんとか返事を返す。

 対するアリスは全くと言っていいほど疲れを見せていないのだが、それだけの実力者であることを椎名も知っていた。


「椎名ちゃんが私に稽古をつけてほしいって言ってからもうすぐ一年だけど、初めの頃に比べてかなり変わったわね。才能あるわ」


「……そんなこと、ないです。きっと、私が前より動けているのは……モルフの……」


 椎名がアリスの弟子になって約一年。アリスの元で格闘術を指南してもらい、強くなった自信こそあったが、その力は自身の才能だと考えていなかった。

 類稀なる動きこそすれども、それは『レベル5モルフ』の身体能力強化が生み出した賜物でしかないと気づいていたからだ。


「そうかしら? 確かにそれもあるけど、その力で体を動かしているのはあくまで椎名ちゃんの意思よ。なら、ちゃんと自分の強さにも自信を持たなきゃダメよ」


「まだまだです。私は……もっと強くならないといけないですから」


「はやる気持ちは分かるけど、焦るのは良くないわよ。それは戦闘において、一番足を掬われやすいからね」


 焦っているとの指摘に、椎名も頭の中では理解していた。

 時間は有限だ。アリスがこうやって椎名の稽古に付き合ってくれる時間もずっとあるわけではない。

 本来のアリスの職業は要人の護衛の任務というフリーエージェントでもあった。

 良くても、一ヶ月に三回だけ椎名と会うことができる程度であり、稽古につく時間もさほどあるわけでもなかったのだ。


「私との稽古の時間を気にしてるんだったら、もう少し間隔を短くするのに上と掛け合うことは出来るわよ?」


「いえ……それは申し訳ないので……」


「謙虚ねぇ。椎名ちゃんらしいけど」


 アリスは笑みを浮かべながら、椎名の頭を撫でてそう言った。

 アリスは優しかった。稽古をつけてもらう時も、足捌きから格闘術に至るまでの教え方も丁寧だ。

 厳しさでいえば、実際の戦闘時の躊躇を無くす為の動きを頭に叩き込ませるぐらいのものだが、椎名としてもそれは十分に理解している。


 元々、椎名は人を傷つけることをしたくない部類の人間だ。

 アリスもそれを分かってのことか、あえて護身術として身に付けさせようとしているが、椎名の心の中は違う。

 本当は皆と一緒に戦いたいのだ。

 自分だけが守られる側でいたくなく、誰かに迷惑も掛けたくない。


 その為に、アリスには椎名の人を傷つける為の覚悟を指南してもらっていたのだが、簡単にはいかなかった。


「椎名ちゃんには私の使う格闘術の六割ぐらいはもう教えたわ。でも、それを使う分にはまだ足りていない」


「……まだ、躊躇っているから、ですよね?」


「そう。でも、椎名ちゃんに絶対出来ないことではないのよ、これはね」


「どうすればいいのでしょうか?」


 答えが見つからず、椎名はアリスへと問いかける。

 自分で考えることが一番大事なことは分かっていたが、それでも椎名には分からなかった。

 必ず、蹴りを入れる時でもどこかでストッパーが掛かり、威力が半減してしまうのだ。


「簡単な話よ。椎名ちゃんが窮地に陥ったら……たったそれだけでなんとかなるわ」


「窮地に……?」


「うん、あなたが追い込まれれば追い込まれる分だけ、頭の中で掛かるストッパーは必ず外れる。今まであなたの動きを見てきたけれど、椎名ちゃんは戦える人間だってことは私には良くわかるのよ」


「――――」


 追い込まれれば、必ず椎名は本来の実力を出し切れる。

 その言葉は、実際にその状況にならないと分からないことだが、半信半疑な部分はあった。


「だって、私は出水君や神田君とも戦ったことがあるけれど、出水君は椎名ちゃんと同じような感じだったわ。彼だって今は人を撃つことに躊躇しない側になっているわけだし、同じことよ」


「あの出水さんが……」


 出水達と戦ったことがあるというのは、恐らく日本にいた時、彼らが隠密機動特殊部隊にいた時のことを言っているのだろう。

 同じ境遇だったということに驚きを隠し得なかったが、だとすれば椎名が追い込まれる状況は必ず必要になってくる。


「こればっかりは誰しもが必ず通る道ね。でも……私はあなたにこれだけは伝えておきたいのよ」


「なんでしょう?」


 アリスはその場で屈み込み、椎名の顔を見上げながらこう言った。


「――もしも、誰かを傷つけることに思うことがあるのなら、その時はこう考えるの。あなたの大事な人、守りたいと考える人のことをね」


「それは――」


「いるでしょう? あなたを必死に守ろうとしてかれた人達のことを」


 返事を返すまでもなく、椎名は頷いた。

 守りたい人はたくさんいる。

 これまで椎名を取り返す為に奔走した日本の人達。

 そして、今も想いを寄せている彼のこともだ。


「それだけ考えたら後は大丈夫。椎名ちゃんなら絶対に出来るから」


「――はい」


 アリスからのアドバイスはそれまでだった。

 本当にそれだけでなんとかなるのか、それは椎名にも分からなかった。

 しかし、それでも椎名は信じることに決めた。

 これからの自分の為に、皆の為に何が出来るのかを――。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼



「ははっ! じゃあいくよ!」


「――――」


 合図と共に、ミラはその場から動く。

 初速から目で追いつけない程のスピードで椎名を翻弄し、視界から消えた瞬間、椎名はその場から横っ飛びした。


 その瞬間、椎名が先ほどまでいた場所へとミラが爪を振りかぶり、土が抉れる。


「勘がいいねー。でも、俺の攻撃を避けるだけじゃ何も出来ないよ?」


「そんなこと……分かってる!」


 ミラの言動が煽りであることには気づきつつも、椎名はミラ目掛けて上段蹴りを決め込もうとする。

 しかし、ミラはこれを伏せる動作だけで躱し、カウンターの如く、爪を振り被る。


「――っ!」


 攻撃を予期した椎名は両手で体を庇い、腕に装着されたガントレットでミラの爪による切り裂きを防いだ。


「良い感じに戦いになってるじゃん。すごいねー、前まではそんなこと出来なかった筈なのに、誰かから教わったの?」


「――――」


 会話に入るまでもなく、椎名は尚も追撃を加えようと飛び膝蹴りの姿勢に入る。

 それを予想したのか、ミラは後ろへと跳躍し、一気に間合いが開いた。


「俺はねー。もっと、キミのことを知りたかったんだ。お姉様がキミを愛していたっていうことも含めてさ」


「あなたは……世良ちゃんのことを知っているのね」


「そう、確か世良望って名乗ってたんだっけか? 俺はお姉様のことはイリーナって名前で呼んでたから、知らなかったんだ」


「世良ちゃんもあなたも……どうして世界を壊そうとするの?」


 意味のない質問であることは分かっていた。

 かつての世良も、修二から聞くには本性が性根の腐ったものだったということは聞いている。

 どうしようもない信念を持ち合わせている者に、そのことを聞いてどう返ってくるかなど、椎名に理解出来るわけでもないのだが、それでも聞きたかったのだ。


「簡単な話さ。キミは疑問に思わないのかい? この世界の矛盾についてさ」


「矛盾?」


「この世界は、人間は嘘で塗り固められた化け物だからだよ。誰も彼もそう。皆嘘ばっか言って、自分達が上にいると勘違いしている。その点、モルフは違う。俺もお姉様と父様も、誰も嘘なんか吐かない。だからいらないんだよ、嘘ばっか吐いてペルソナを被ってる人間なんてさ」


「……あなたが何を言っているのか、私には分からない」


 問いただした質問の返答は予想通り、椎名には理解し難いものだった。

 嘘を吐いて生きている人間。そんなものを人間全体に当て嵌めていることもそうだが、たったそれだけで人類を危機に陥らせるなど、もっての他だ。


「そうかなー? でも、きっと分かってくれると俺は信じてるよ? この世界を滅ぼしたその時、きっと椎名ちゃんもね」


「っ! 気安く、私の名を呼ばないで!」


 会話の間、椎名は回し蹴りでミラの側頭部を狙うが、ミラはギリギリ寸前のところで躱す。

 そして、再び両者は攻撃体勢に入り、動き出した。


「世良ちゃんも……あなたも……どうかしてるよ! どうしてそんな簡単に人の命を奪えるの!? どうして……あなた達が命を奪った人達のことを悲しむ人達がいることに気づかないの!?」


「それも嘘で固められた仮面さ! 本当にその人達が悲しんでるって、キミはそう思うのかい!? 心の内を見てきたとでも言うのかい!?」


「思うに決まってる! ……私も、そうだったから!!」


 一度喰らえば致命傷になりかねない爪による切り裂きを、骨さえ砕けるであろう強烈な蹴りを互いに紙一重で躱しながら、二人は言葉をぶつけていく。

 決して相容れなくとも、絶対に理解されなくとも、椎名は止まらない。止まりたくなかった。


「私の家族も……父さんや母さんを殺しておいて……どうしてそんなことを言えるの!!」


 瞬間、右足での蹴りを躱したミラへと、椎名はその勢いで空中に半回転し、左足でミラの側頭部を蹴り落とした。


「がっ!」


「あなたは……あなた達は私から大事な人達をたくさん奪った! 嘘で固められた仮面? 今の私を見て本当にそう思うの!?」


 怒りの限り叫び、椎名は左足を踏み込み、その場から跳躍する。

 そして、体を回転させて遠心力を加えたその状態でミラの脇腹へと旋風脚を決め込み、骨が割れる音が鳴る。


「――ぐっ!」


 直撃した勢いを殺すことも出来ずに、ミラはそのまま地面を転がっていく。

 普通の人間であれば、既に死んでいてもおかしくないほどのダメージをミラは負っていただろう。

 肋骨が数十本は折れたであろう椎名の蹴りは、折れた骨が肺に刺さっていて当たり前の状態だったからだ。


「はぁっ、はぁっ!」


 息切れを起こしながら、椎名は倒れるミラから目を離さない。

 これほど、感情的になった椎名を見たことがある人間はどこにもいなかった。

 彼女が怒る時など、幼馴染であるリクや修二も見たことがなかったのだ。


 だが、それも必然だったのかもしれない。

 大好きだった家族を殺し、仲が良かった友達を殺し、日本をめちゃくちゃにした元凶の一人がこうもふざけた言い分をしているのに、椎名が怒らないわけがなかったのだ。


「あなたは絶対に許さない。私があなたを捕まえる」


 ――殺すとは言わない。

 もっとも、椎名自身がそこまでする覚悟がないのもそうだが、どうあっても生かしたまま、彼女には償って欲しかったのだ。


 アリスから言われた躊躇は椎名にはもう無かった。

 絶望的でさえ言えた先ほどの状況に追い込まれたことで、椎名は覚醒したのだ。


「ははっ……さすがは俺と同じ『レベル5モルフ』。やるなー」


 ミラはそう言葉を発しながら、上体だけを起き上がらせ、愉悦さえ込めた表情で椎名を見る。

 動きはかなり封じられた状態の筈だ。

 肋骨を折った感覚は、蹴りを入れた椎名だからこそ良くわかっている。

 だから、ミラが再生能力で回復するまでは動けないと判断し、攻撃を仕掛けようと動き出した椎名だったが、


「どれがキミの友達かなー?」


 ふと、そう呟くミラの姿が、その直後に大きく変化していく。

 顔の造形が定まらなくなり、腕や足が細く太く変異し、椎名がミラの動きを完全に止めようとすぐそこまで迫るが、


「――え?」


 それは、椎名を惑わすには十分すぎていた。

 ミラは自身の姿を変異、変貌させ、椎名真希自身が知る者。笠井修二の姿へと変えたからだ。


「っ!?」


「彼は確か日本でキミのことをえらく気にしていたからねー。図星でしょ?」


 本当の笠井修二ならば絶対にしないであろう狂笑をその顔に浮かべ、ミラは少し前屈みになる。

 それを見た椎名は瞬時に危険を予測し、立ち止まったと同時に後ろへと後退する。


「へえー、カウンターを読んだんだ? でも残念だったね。俺のこの姿に惑わされなかったら、確実に無力化できたのに」


「――――」


「俺、上手く化けてる? 確かー、笠井修二だったかな? 彼のことを良く知るわけじゃないけど、キミにとって大事な人なんでしょ? どうかなー? 声も姿も何もかも同じだよ? 試しにこの姿で人でも殺してみようか?」


 本気なのか、冗談なのか分からないぐらい呆気らかんとした口調でミラはその場から立ち上がる。

 動揺していた椎名も、そこでようやく気づいてしまった。


 ミラの擬態能力。それは、見たことがある人の姿をそのままそっくりトレースすることが出来るというもの。

 今、笠井修二の姿にミラが化けたのは、椎名が知る人物へと化けることで動揺を誘い、少しでも時間を稼ぐ為だったのだ。

 時間を稼ぐということはつまり、ミラが再生能力で動ける状態になるまでの時間稼ぎであり、それはミラからして功を成すものとなってしまった。


「しっかし、油断したなー。俺、椎名ちゃんのこと少し侮ってたよ。あんな強烈な蹴り、生きてて初めて食らったし」


「――――」


「でもでも、お互いの仲を深める為なら俺はそんな些細なことで怒りはしない。次はどうしようかー?」


 ミラは余裕のある様子で、笠井修二の姿をしたままにそう語りかけてくる。

 対する椎名は俯き、ミラの問いかけに返事すら返そうとしない。

 いや、聞くことを拒むような姿勢だった。


「――ん? どうしたの?」


「……あなたは」


 ミラからは、椎名の表情は窺うことが出来なかった。

 ただ、何かを話そうとしていることを理解していたミラは、身構える姿勢も取らず、直立した状態で耳を傾けていた。

 そして、椎名は――、


「あなたは最低よ……」


「あはっ! 突然、どうしたんだい? 俺が何をしたのかなー」


 酷く冷徹に、冷たい声音でそう言った椎名の心境が理解出来なかったミラは、疑問をそのまま口にする。

 椎名は怒っていた。

 その理由はただ一つ。ミラが擬態能力を使って笠井修二の姿に化けていたこと。

 なぜ、それで怒っていたのか、それは彼女がデインに化けていた時とは少し状況が違う。


 他人の姿に化け、人を騙し、そうしてミラは翻弄してきた。

 たった一回だけの人生を食い物にし、好き放題にするその悪辣な行為を椎名は許せなかったのだ。

 極め付けは、笠井修二の姿に化けたことで椎名が躊躇してしまったことでもある。

 誰かの姿に化けることで人間の心を揺さぶるその行為を椎名は許さない。


「――――」


「――ん?」


 椎名の違和感に気づいたミラは、そこで警戒心を少し上げる。

 単純な実力差で言えば、椎名とミラには圧倒的な差がある。

 椎名がミラと戦えていたのは、ミラが椎名を殺す気がなかったことでもあったのだ。

 ミラは遊んでいたようなものだが、しかし、今の椎名の様子を見た時、ミラは背筋に悪寒を感じた。


「何だ?」


 強者との戦いの時、その者達にしか分からない雰囲気というものがある。

 ミラがその雰囲気を感じたことがあるのは、生きていた中で二人だけ。父と妹だ。

 どちらもミラよりも強く、ミラにとっては家族のような存在でもある。

 その二人と同等の雰囲気を感じ取ったミラは、笠井修二の擬態を止め、いつもの自身の姿に戻ろうとする。


 紅い髪を肩まで伸ばし、ミラは椎名を力強く見据えた。


「何をするつもりかな?」


「――――」


 この時、ミラには椎名が何をしてくるかが読めなかった。

 椎名真希の能力はどんな傷であろうと瞬く間に再生することができる超速再生能力。それ以外にあるものといえば、人並みに少し外れた身体能力のみだ。

 『レベル5モルフ』の力は大きくその二つの能力に大別される。

 だから、これから起こる椎名との戦闘をミラが予測出来るわけもなかった。


 今、椎名真希は全てを解放する。

 『レベル5モルフ』の力の一つであり、そして、アリスが懸念していた躊躇いのその全てを――。



今回、本当は分けるつもりがなかったんですが、二話分に分けています。

次話投稿予定はこの一日後です。予定はいつも通り一時頃にする予定です。

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