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Levelモルフ  作者: 太陽
第四章 『人類の希望』
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第四章 第十三話 『背水の陣』

本話はデイン視点での話になります。

「クソッ! あのバカ……勝手に先走りやがった……っ!」


「な、何がどうなっているのでしょう?」


 椎名とミラが地上で向き合っている状況を見ながら、デインは窓から様子を見ていた。

 シーラも何が何だか分からない様子だ。

 それもそうだろう。しかし、途中から割り込んできたデインでも、さっきの状況はなんとなくだが気づいていた。

 ミラはデインに化け、椎名達に近づいてきたのだ。

 だから、シーラにはデインがなぜ二人いるのか、それが分からなかったのだ。


「わけわかんねえだろうけど……さっきお前達が一緒にいた俺は俺じゃない。俺に化けていた敵なんだよ。もっと正確に言えば、お前達を殺そうとしていたって言えば分かりやすいか?」


 一概に敵と言われても信じられないだろうと考えたデインは、シーラにそう情報を伝える。

 あの時、椎名が決死の飛び降りを敢行しなければ、シーラ達はまず間違いなく殺されていた。

 たとえ、デインが合流出来たとしてもその結果は変わらなかったとは思う。


「そんな……でも、あの人はカルラを見つけてくれたんですよ?」


「あいつが? クソッ、余計な混乱を招きやがる」


 カルラを見つけたのがミラだということを聞いて、デインは唇を噛む。

 だとすれば、カルラはデイン達を誘き出す為の餌みたいなものだったのだ。


「ともかく、椎名をミラと戦わせるわけにはいかない。俺も地上に降りて応戦するから、お前達はこのホテルの安全な場所に隠れてるんだ」


「安全な場所って……」


「どこでもいい。最悪、お前達だけで生存者がいる隠れ家まで帰られるならそれが一番だが……危険が大きすぎることも事実だ」


 外もホテルの中も、モルフがいることはデインがこの目で見てきたから知っていることだ。

 シーラ達だけ先に逃げさせたとしても、それで逃げ切れる保証はまるで無い。

 椎名の意思を汲み取るなら、シーラ達はどこかに身を潜めることが最良の余地なのである。


「ともかく行くぞ。安全かは分からねえけど、上の階にはモルフはいなかったんだろ? どこかの部屋にお前達を匿うから、俺達の戦いが落ち着くまではジッとしてるんだ」


「わ、わかりました」


 デインの指示に従い、シーラはカルラと共に身を潜めることに決めた。

 百パーセント安全とは言い難いが、それでもシーラ達に地上までついてこさせるわけにはいかない。

 匿える部屋を探そうと、デインは階段へと顔を向けたが、


「っ、マジかよ……」


 デインが見た階段の先、下り階段からモルフが登ってきていたのだ。

 全身の皮膚が剥がれ落ち、赤黒い肉が見えるそれは、『レベル3モルフ』だということに、デインは即座に気づく。


「おい、走るぞ! 上の階に走れ!」


「は、はい!」


 シーラはデインの指示の下、上り階段を駆け上がっていく。

 その瞬間、階段を登ってきていた二体の『レベル3モルフ』が動き出す。


「お前らの相手は俺だ!」


 シーラ達を追いかけようとする『レベル3モルフ』の前に立ちはだかり、相手をしようとするデイン。

 しかし、想定外はそのすぐ後に起こる。


「なっ!?」


 二体いた『レベル3モルフ』の一体が跳躍し、まるでバッタのように壁の側面へと飛んだのだ。

 そのまま、モルフはデイン目掛けて特攻を仕掛けてくる。


「ちぃっ!」


 変異した右腕の刃を寸前で避け、モルフはデインの後方へと飛び込んでいく。

 桁違いの速さを見せるモルフに、デインは違和感を感じていた。


「風呂場で見た『レベル4モルフ』と同じ動き……だと?」


 一階の大浴場で戦ったあの全身色白の怪物、『レベル4モルフ』と同じ動きをする『レベル3モルフ』に、デインは疑問を感じた。

 あの俊敏な動きこそが、『レベル4モルフ』が持つ一種の特性だと思い込んでいたのだが、このモルフはそれと同じ動きをしていたのだ。


「……まさかと思うが、お前ら、二種類の感染段階があるのか?」


 即座にそう判断したのは、モルフの感染段階の移行に関して、デインに疑問があったことがそうだった。

 『レベル3モルフ』は元々、全身の皮膚が剥がれ落ち、その全身の部位を変異させて襲いかかってくるのが通例だ。

 しかし、『レベル4モルフ』はなぜか、その見た目自体に変異の様相がなく、皮膚も残っていた。


 それはつまり、『レベル2モルフ』と『レベル3モルフ』から『レベル4モルフ』へと移行する二パターンがあるのではないかというのが、デインの推測だったのだ。


「クソッ、そんなこと聞いてねえぞ」


 新たに飛び出す情報に、デインは歯噛みする。

 恐らく、椎名自身もこの情報は知らなかった筈だ。

 知っていれば、事前に共有している筈であるからだ。


 そうこうしている間に、もう一体の『レベル3モルフ』が動き出す。


「くっ!」


 両腕がカマキリの鎌のような形状をしたその武器で、デインの胴体を生き別れさせようと振り抜くモルフに、デインはその場から跳躍して避ける。

 あと一歩、遅れていれば、胴体ごと真っ二つにされていたとこだ。


「あっぶねぇ……、テメェはただの『レベル3モルフ』だな?」


 一体目より鈍い動きをするモルフに、これが『レベル3モルフ』であることを瞬時に理解したデインはナイフを取り出す。


「弾は無駄に出来ねえんだ。お前らにはこの獲物だけで戦ってやるよ」


 ナイフを逆手に構え、デインは二体のモルフを見据える。

 決して、余裕があるわけではない。

 『レベル3モルフ』も『レベル4モルフ』も、デインからすれば普通の人間を相手にするより遥かに厄介な相手だ。

 だが、銃無しで下にいるミラと戦えるわけでもなく、この場はナイフのみでなんとか切り抜ける以外に方法がなかったのだ。


「こいよ!」


「――――ッ!」


 デインの挑発に合わせるが如く、先に動き出したのは亜種型の『レベル4モルフ』だ。

 その場で跳躍し、とてつもない速度で間合いを詰めてきて、デインを切り刻もうと右腕の刃物を振りかぶる。


「単調なんだよ、テメーは!」


 デインはモルフの持つ刃物にナイフの刃を合わせるわけでもなく、あえて寸前で避け、ラリアットを決めて地面に転がした。


「――――ッ!?」


「おらぁっ!」


 隙を見せた『レベル4モルフ』へと、デインはナイフを突き刺すようにして振り下ろす。

 だが、その瞬間をもう一体いた『レベル3モルフ』が見逃さない。

 カマキリのような刃で、デイン目がけて振り抜こうとしたのを見て、デインはナイフを振り落とす動作を中断。その場で後ろに下がり、事なきをえる。


「――なるほどな」


 トドメを刺すのを邪魔されたことに苛つくわけでもなく、デインは冷静でいた。


「思ったよりも連携がしっかりしてるじゃねえかよ。……でも、一つ面白いことを思いついたぜ」


 笑みを浮かべて、デインは言葉も通じないモルフ達へとそう告げる。

 言葉による駆け引きはモルフには通じない。

 だが、それ故にデインはモルフにある弱点があることをその場で気づく。


 そうこうしている間に、地面に寝かされていた『レベル4モルフ』が立ち上がり、再びデインへと狂気の形相を向ける。


「一番始めに仕掛けてくるのはお前だろ? さっさとこいよ」


 再び、手で挑発を仕掛けて、デインは右手のナイフをモルフから見えないように手を後ろに隠す。

 そして、『レベル4モルフ』はその場で跳躍し、天井へと張り付く。

 張り付いたと同時、天井を蹴って今度はデインの喉笛を噛み切ろうと飛び込むが、


「――っ、らぁっ!!」


 その動きを読み切ったデインは右へ一歩動き、モルフとのすれ違い際に右手のナイフで『レベル4モルフ』の首を刈ろうとナイフを振り下ろす。

 直撃した刃が肉を抉るが、切断までには至らず、その場で動きが止まる。


 その瞬間を狙い、『レベル3モルフ』がデインへと向けて刃を振りかぶろうとしたが、デインはそれを見計らい、


「ご愁傷様」


 デインはナイフから手を離し、階段の方へとバックステップをした。

 そうして、どうなるかは明白だった。

 モルフには人間のような知性を持ち合わせているわけではない。

 普通ならば寸止めする動きを、『レベル3モルフ』は躊躇うこともなく刃を振り抜き、そして――先ほどまでデインのすぐ傍にいた『レベル4モルフ』へと刃が振り抜かれる。


「ギャアアアアッッ!」


 刃を受けた『レベル4モルフ』は叫び声を上げ、その体から血が舞う。

 右半身の半分近くまで抉り込まれた刃をどうすることも出来ずに、『レベル4モルフ』はその場から動くことすら出来ない。

 そして、それは『レベル3モルフ』も同様で、振り抜いた刃を抜くことも出来ない状態だった。


「まずはテメェからだ!」


 その状況で、デインは遠回りに動き、『レベル3モルフ』の後ろへと回る。

 そして、動くことも出来ない『レベル3モルフ』へと向けて、もう一本のナイフでもって首を切断しにかかる。

 当然、ガードすらままならなかった『レベル3モルフ』は首にナイフを受け、その勢いで首を完全に切断された。


「よしっ!」


 確実に息の根を止めたことを理解したデインは、倒れる二体のモルフを見て、安堵する。

 もう一体の『レベル4モルフ』は、既に死んでいたようだった。

 恐らく、先ほどの『レベル3モルフ』の刃が脊髄にまで届いていたのだろう。見る限りでは、再生もしていなかった。


「なんとかなったか」


 目の前の脅威を取り払ったことにホッと息を吐いたデインだが、そうも言っていられない。

 まずはシーラ達の安全の確保。そして、入口前で戦闘を繰り広げているであろう椎名の応援に回らなければならない状況だったからだ。


「あの二人をまずは探さねえと……」


 時間に余裕はない。

 とにかく、上の階へと逃げていったシーラ達を探そうと、階段を上ろうとしたデインだったが、そこで彼は足を止めた。


「……なんだ? この音は?」


 奇妙に感じたのは、その音が重なって聞こえてきたことだ。

 幾つもの足音が重なって聞こえるようなそれは、徐々に近づくように感じ、デインは額に汗を浮かべる。


「冗談……だろ?」


 疑心は確信へと変わっていき、階段を上ることが出来なくなる。

 少しずつ音が大きくなっていくその連続した足音の正体。それは、間違いなくモルフが階段を駆け登ってきているものだ。

 それも、ほんの数体なんてものではなく、大勢で一斉に階段を上って来ているような雰囲気だ。

 だとするならば、このまま階段を上っていったとしても、上にいるシーラ達が危険に晒されるだけだ。

 そうでなくても、デインが生き残れる確証があるわけでもない。


「クソッ! 悪夢かよ!」


 都合の悪すぎる状況に、思わず呻きたくなる。

 言わば、背水の陣とも呼ぶべき最悪の状況だ。このままここに居続ければ、さしものデインでもモルフとやり合える保証はどこにもなかった。


 ――シーラ達を見捨てなければの話だが。


「……いや、ダメだ」


 最善手を常に考えるデインは、シーラ達を見捨てようとするその手段を頭から振り払う。

 それをすれば、デインが生き残る方法は確かにある。

 だが、なぜそうしないのか、それは、彼の心境の変化も相まってのものでもあった。


「ここであいつらを見捨てたら、何の為にここまで来たんだ」


 椎名と出会い、それが彼を変えたわけでもない。

 ただ、ここまでやって、彼女達を見捨てるのならば、一体何の為にこんな寄り道をした意味があったのか。それを思えば、見捨てるという選択肢はデインの中には鼻から視野に入れるわけにはいかない。


「上等だ。やってやるよ」


 覚悟を決めたデインは、モルフの血に塗れたナイフを振る。

 作戦なんて無いに等しい。自殺覚悟の判断をした自分に辟易しながらも、デインは階段の下を見据える。


 今も椎名は、ミラと直接対決をしているはず。

 ここで躓けば、デインも椎名も終わりだ。

 考えるんだ。この最悪の状況から覆す最善の手段を――。


「――きたな」


 もちろん、そんな手段が思いつく間もなく、複数の足音の正体が階段の下から現れる。

 そこにいたのは全員の肌が白く、血色の無い姿をしたモルフ、『レベル4モルフ』がいたのだ。

 『レベル4モルフ』はデインを視認した直後に勢いを殺さず、真っ直ぐ突っ込んできた。


「ワンパターンなんだよ!」


 タイミングを見計らい、デインはこちらへと噛みつこうとしたモルフの口の中にナイフを突っ込み、一瞬で無力化させる。

 そのまま腹部を蹴り上げて、ナイフを引き抜いたデインは構え直す。

 階段下へと転がり落ちたモルフは、後方から更に現れる『レベル4モルフ』と接触して、勢いが止まる。

 隙を見たデインは、すぐ傍にあった消化器を手に取ると、


「これでも食らいやがれ!」


 ホースの先を階段下へと向けて、リン酸アンモニウムの粉が噴射する。

 本来であれば、火の元を消化する為の用途としてあるそれが、モルフの足止めに役立ち、こちらへと迫りくるモルフは一体もいなかった。

 時間稼ぎには有効だが、これが決定打にはならない。

 それを理解していたデインは、動きを止めずに次の行動に出る。


「らあっ!」


 粉塵から逃れるようにこちらへと向かってきたモルフへと躊躇なくナイフで斬りかかり、再び白い粉塵の中へとモルフを追いやる。

 一見するとめちゃくちゃな戦いになっていたが、これが見事にハマっていたのか、デインを襲いくるモルフは一体たりともいなかった。

 しかし、そんな状況に安堵などしていられない。

 白塵の中、モルフの姿はその体色の色と相まっていて数がわからないのだ。


「クソッ! 十体以上はいやがるな!」


 正確な数は分からなくとも、階段下に幾多ものモルフがそこにいることだけは推測が出来ていた。

 時間稼ぎが出来ていても、粉塵が収まってしまえば、もうデインには『レベル4モルフ』と対抗する術ない。

 そう焦っていたその時、デインの頭の中である思いつきが浮かぶ。


「待てよ……」


 それは、今の状況下で使える作戦であった。

 暗殺任務をこなしていたデインの過去の中に、ボリスから聞いた奇襲作戦の一部に、粉塵爆発を用いたものがあった。

 今、この場でなら、粉塵を利用してモルフを一掃できるのではないか? そう考えていたデインの行動は早かった。


「これで……終わりだ!」


 すぐさま、暗がり時に使用する為に携帯していたマッチを取り出して、着火させたデインは粉塵の中へ投げ込むが――。


「爆発……しない!? なんでだよ!?」


 デインの投げた燃えるマッチ棒は何も反応を示さず、そのまま白塵の中へと消えていくだけだった。

 デインは知らなかったのだ。消化器の粉の成分であるリン酸アンモニウム。その中身は火に反応しない無機化合物であったことを。


「ちくしょう! 仕方ねえ!」


 状況は悪化していき、白塵が徐々に収まっていく気配を感じたデインは覚悟を決めた。

 死ぬ可能性があるリスクを背負って、階段下の踊り場を駆け抜けようとして、白塵の中へと突っ込んだのだ。


「――ッッ!」

「ギィッッ!」


「っ!」


 すぐ傍からモルフの呻き声が聞こえるも、ただの一体もデインに攻撃を仕掛けてくることはなかった。否、どのモルフも、デインが迫ってきたなどと気づいてすらいなかったのだ。

 踊り場を駆け抜け、そのまま折り返して下の階へと走ったデインは、賭けに成功したことに気づく。

 白塵を抜けた先にモルフがいなかったのだ。

 今、後ろにいるモルフがほぼ全てであり、奴らさえ片付ければ、この場を切り抜けることができる。


 本来であらば、このまま一階へ目指すという選択肢もあったデインだったが、その選択を彼はしなかった。

 そんなことをすれば、上の階にいるシーラ達にモルフが襲いかかりかねないからだ。


「しかし、もう策なんてねえぞ……」


 たとえどれだけ足掻こうと、この場をどうにかする術がない。

 『レベル4モルフ』の異常な身体能力に、ただの人間であるデインが対抗することなど不可能に近いのだ。

 そして、それは今相対しているモルフの数を見れば、余計に明らかなことである。


「一体、何が俺を奮い立たせてんだろうな」


 窮地の状況の中、デインは意味もなくそう呟いた。

 本当に、無駄なことをしている。今は人生最大のピンチである筈であるにも関わらず、こうやって感慨に耽ることをするなど、デインらしくない。

 あの二人のことをそこまで気にしているデインもそうなのだが、どうしてそこまでしてやるのか。

 デインは、自分の身さえ良ければ他人のことなどどうでもいいと考える人間だ。

 それが、どうしてこのような身を犠牲にしてでも戦う意志を見せようとするのか、自分でさえ分かっていなかった。


 活路はない。後ろを見るな。

 例え、この先に未来がなかろうと、もう後ろを振り返ることは許されない。

 ボリスは言った。


『働きには必ず見返りがある。これは当然の帰結だ』


「……あぁ、その通りだぜ」


 白塵が収まり、姿が見えないでいた『レベル4モルフ』の姿が露わになる。

 数は七体。たった一体でも勝てるか怪しい奴らを、ここで全員殺すのは不可能だ。


 だが、それでも――。


「諦めるには……まだ早いよな!」


 瞬間、デインは持ち手のナイフを強く握り締めて、『レベル4モルフ』のいる踊り場へと颯爽と突っ込む。

 まだこちらを視認できていない『レベル4モルフ』の首筋を刈り、一気に一体目の命を絶った。

 だが、そこまでだった。


「がっ!?」


 視覚外にいた『レベル4モルフ』に腕を噛まれ、デインは苦鳴を上げた。

 そして、三体目、四体目と、デインの肩や脇腹へとモルフが噛みつき、デインは動けなくなってしまう。


「離せ!」


 左足で脇腹へと噛み付いた『レベル4モルフ』を蹴飛ばし、少しだけだが体が動かせるようになる。

 まだ、まだ終わっていない。終われない。

 時間稼ぎじゃない。ここでこいつらを殲滅するんだと、強き意思をもってデインは戦おうとする。


 いくら噛まれようと、デインはモルフに感染することはない。

 そのアドバンテージを活かして、デインは特攻の判断をしたのだが、結果としてはかなり危ない状態だった。

 噛みつかれる顎の強さが尋常でなく、引き離すよりも痛みが強すぎたのだ。


「ああああああっっ!!」


 叫び、それでも痛みに耐えながらデインは無理矢理にでも腕を動かして、持ち手のナイフでモルフの喉を切り裂く。

 ――これで二体目。あと五体も『レベル4モルフ』がいる状況で、これではかなり厳しい。

 血に塗れながら、デインは歯を食いしばり、更にナイフを振り回す。


「らぁっ!!」


「グッギャァァッ!!」


 無闇矢鱈に振り回したナイフは運良く、モルフの目を切り裂き、噛み付いていたモルフの歯が肩から離れる。

 ――あと四体。痛みで根を上げそうになりながらも、デインは意識だけは手離さないよう気を確かにする。

 もう少し、もう少しなのだ。

 痛みから楽になりたいと考えながらも、デインはモルフを殲滅するべくして、ナイフで『レベル4モルフ』の口の中へと押し込み、後頭部を貫通させた。


「っっ!!」


 そして、残り三体となったその時だった。


 自由になったデインへと向けて、『レベル4モルフ』が一斉に飛び掛かってきたのだ。


「クソッ!」


 どうすることも出来ず、同じ傷口へとモルフが噛みつき、離れない。

 想像以上の痛みが全身を駆け巡り、デインは叫びを上げる。


「がぁぁぁぁぁっ!!」


 このままではダメだ。なし崩しに倒されて、『レベル4モルフ』に食い殺される。

 感染しないという体質が、余計に痛みを直に受けるという事実を受け入れられず、デインは目を剥いて抗う。

 しかし、どうすることも出来ずに、モルフに地面へと倒されそうになったその時であった。


「ギャッッ!」


「っ!?」


「デインさん!」


 突如、目の前にいた『レベル4モルフ』が、横合いから飛んできた椅子をぶつけられ、背中から壁へと吹き飛ばされる。

 椅子をぶつけたのはシーラだ。


「シーラ!!」


「デインさん! 大丈夫ですか!?」


「っ! ダメだ! こっちに来るな!」


 デインがそう言い返した瞬間、投げ飛ばされた椅子によって壁へと吹き飛ばされた『レベル4モルフ』がシーラを捕捉して動き出す。


「っ! くそがぁぁぁっ!」


 一体だけ、デインから離れたことで、動ける状態になったデインは、足で噛み付いてきていたモルフを蹴飛ばし、シーラへと襲いかかるモルフを追う。

 しかし、間に合わない。純粋なスピードで言えば、『レベル4モルフ』の初速はゴキブリ並みといっても過言ではない。


 このままではシーラが殺される。

 スローモーションのように時が動きながら、デインはある賭けに出た。


 持ち手のナイフを投げる姿勢に入り、そのまま勢いよくシーラに襲い掛かろうとした『レベル4モルフ』の後頭部目掛けてナイフを投げつけたのだ。


「ッッ!」


「寝てろ!」


 後頭部にナイフが刺さり、そのまま地面に前倒しになった『レベル4モルフ』の後頭部のナイフの柄を勢いよく踏みつけ、速殺した。

 目の前でグロテスクな光景を見せつけられたシーラはたじろいでいたが、デインには余裕がない。

 後ろを振り返り、残り二体の『レベル4モルフ』を見て、血を垂れ流しながらデインは拳銃を取り出した。


「いい加減に死にやがれってんだぁぁぁっ!!」


 半ばキレ気味のデインは拳銃を発砲し、『レベル4モルフ』の頭部を狙うが、デインは忘れていた。

 『レベル4モルフ』は異常なまでの身体能力でもって壁へと天井へと飛び、糸も簡単に銃弾を回避したのだ。


「――っ! クソッ!」


 冷静な判断が出来ていなかったと言わざるを得ない。

 正確には三体いる『レベル4モルフ』だが、一体は目潰しをしてすぐには動き出せない。

 しかし、残り二体が健在な以上、この状況はデインとシーラにとっては死を意味するようなものだ。


 どれだけ足掻こうと、どれだけ頑張ろうと、デイン達に勝ち目なんてなかった。

 地面に倒れている『レベル4モルフ』の後頭部に刺さったナイフを抜き出す時間もない。

 こちらへと飛び掛かろうと、前傾姿勢になる『レベル4モルフ』を見て、デインは舌打ちをした。


「ちっ……ここまでかよ」


 デインの選んだ選択は諦めだった。

 もう、ここから巻き返す手段なんてありはしない。

 死を受け入れて、あとは椎名に託すしかないだろう。

 最悪、デインが死んでしまっても、デインの血液だけでも回収すれば、まだどうにかなる可能性があると彼女は考えてくれる筈だ。

 デインの命は、ここで散るのだ。


 口元をデインの血で濡らしながら、『レベル4モルフ』は動き出そうとする。

 最後の瞬間を悟りながら、デインはその時を待った。


 そして――、


「――――」


 前傾姿勢になり、こちらへと飛び掛かろうとした『レベル4モルフ』。――その体勢のまま、二体は同時に地面へと倒れた。


「は?」


 デインは何もしていなかった。他の誰かが介入して助けを出したわけでもない。

 ならば、一体何が起きたというのか――。目の前で倒れた『レベル4モルフ』はピクリとも動く気配がなく、完全に息絶えていた。

 そして、それは二体だけに限らなかった。


「目を潰したあの野郎も……死んでる?」


 ナイフで目を切り裂き、一時的に戦闘不能にした三体目の『レベル4モルフ』も同様に、いつのまにか地面に倒れており、動く気配がない。


「何が……起きた?」


 全く予想外の展開に、デインは目の前の現実に理解が追いついていない。

 あまりにご都合展開に過ぎると考えたデインは、ある可能性を思い浮かべて、シーラの方へ顔を向けると、


「下がれ! 毒ガスの危険があるかもしれない!」


「は、はい!」


 デインに言われた通り、シーラは通路の先へと後退する。

 デインも急いでシーラの後を追うが、痛みでそれどころではなく、壁に背を預ける状態での移動となった。

 それに気づいたシーラは、すぐにデインの方へと駆け寄ると、


「だ、大丈夫ですか!?」


「心配……すんな。こんなもん、椎名がいりゃあどうにでもなる。それより――」


 早くこの場から離れなければと、後ろを振り返るデイン。

 あの場で、『レベル4モルフ』が一挙に倒れた原因が毒ガスによるものであれば、この場からいち早く退避しなければとそう考えていたのだが、


「毒ガス……じゃないのか?」


 デイン達の身には、何一つ異常が起きないことに気づいたデインは、『レベル4モルフ』が死んだ原因が毒ガスではないということが分かった。

 だが、そうであるならば一体何が起こったというのか。

 

「シーラ……お前の目にはどう映った?」


「え? え、と、突然、目の前であの化け物が倒れたように見えましたが……」


「だよな……」


 見間違いではないことを理解したデインは、痛む体を無理矢理にでも起こして、『レベル4モルフ』がいた階段の踊り場へと歩み寄る。

 そこには、変わらずモルフの死体が横たわっているだけだ。


「奴らに寿命でもあるってのか? いや、そんな情報は聞いたことがない」


 何か理由があるはずだと、デインは『レベル4モルフ』の死体を観察する。

 一見して分かることは、どのモルフも外傷が特になく、ただ口元にデインの血が残されているのみだった。


「わけわかんねえが……倒せたのならそれで都合が良い。シーラ、あの娘はどうした?」


「カルラは上の階の一室に隠れさせています。上には化け物がいなかったので、多分大丈夫だと思います」


「オッケーだ。お前も今からカルラと合流して一緒に隠れてろ。俺は椎名と合流する」


「あの化け物と戦うんですか?」


 化け物と、そう言ったシーラに、それがミラのことを言っているのだとデインにはすぐに伝わった。

 既に満身創痍のこの状況で、デインが向かったところで状況が好転するとは思えないが、それでも椎名一人でミラと戦わせるわけにはいかない。

 椎名はデイン達からミラを遠ざける為に一人、ミラと立ち向かっていったのだ。

 見捨てるわけにはいかない。


「あの馬鹿に一人で戦わせるわけにはいかないからな。俺の傷もあいつがいたら手当てしてくれるし……安心しろ。必ず戻る」


「わ、わかりました」


 シーラは椎名の超速再生能力について知る由はないが、そこは話さない方が良いだろう。

 シーラからすれば、デインの今の状態は危険といっても過言ではないのだが、引き止める理由もなく、デインの指示に従って、カルラのいる上の階へと向かっていった。


「さて……と」


 肩や脇腹から血を垂れ流しながら、デインはゆっくりと階段を降りていく。

 本当は、もうバックれたいぐらいにしんどい状態だ。それでもデインが動こうとするのは、彼の信条ありきのものだが、それは他の誰にも理解できないだろう。

 ここまできて、ここまで痛い目にあって、今更放棄するなど、デインには考えられなかったのだ。


 そして、拳銃の残り残弾数を確認しながらデインは下の階層へと降りていき、


「死ぬんじゃねえぞ、椎名」


 現状がどうなっているか分からない彼女の身を案じながら、デインは一人、ホテルの入り口を目指して歩き出す。

 


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