第四章 第十一話 『娘の居場所』
シーラが話した娘の特徴。それは、椎名とデインが一度出会っていた子どもの特徴とまるで当て嵌まっていた。
偶々なのかもしれない。もしかすれば、似た子どもがいただけだと思いたかったが、決して無視できるようなものでもなかった。
しかし、その子どもの正体は椎名とデインは一番よく分かっていた。
「デイン、その子って……」
「ああ、あの時、俺がナイフを渡した時の子どもと当て嵌まる。でも、あれはミラだった」
デインが手渡したナイフ。それはその後、デインの腹部に刺さる形となってミラに返された。
ミラ自身も言っていたことだ。幼き子どもの姿に化けて、ヴェノムを追跡させたこと。あれは、決してシーラの娘なわけがない。
だとすれば――、
「シーラの娘に、ミラが出会ったということか」
「擬態能力……」
ミラの擬態能力は、他者の姿をそっくりそのまま模倣することにある。ならば、シーラの娘はミラと出会ってしまったのだ。
あんな化け物と対峙して、その後どうなったかなど、調べるまでもない。
「生きているわけがない」
「――――」
「あの人間嫌いだぞ? 小さい子どもでも生きて帰すと思うか?」
ミラの性格を考えれば、子どもでも容赦なく殺そうとする筈だ。
だとするならば、これ以上シーラの人探しに付き合う意味などない。なぜなら、生きているわけがない人間を探す必要などないのだから。
「――でも、まだ死んでいるかも分からないよね?」
「……本気で言ってんのか?」
「私も無茶苦茶なことを言ってるのは分かってる……。でも、もし生きていたら……」
「仮に生きていたとしても、俺達にどうやって判別しろって言うんだ。ミラだったらその時点で終わりなんだぞ?」
もし、仮にシーラの娘を見つけ出せたとして、それがミラの可能性を拭う方法がない。
ミラと遭遇してしまえば、シーラを連れている以上はかなりの足手纏いになるのだ。そうなれば、全滅の可能性も十分にありうるだろう。
「――私なら分かる」
「は?」
「一度だけ……いや、ミラと対峙した時に気づいたの。『レベル5モルフ』同士なら分かる、特有の気配があった。あれなら――」
「相対すれば分かるってことか」
その特有の気配とやらはデインには理解しかねるが、嘘ではなさそうであった。
少なくとも判別に使えるのならば、椎名は今以上に大事な存在ともなる。
「シーラはどうなんだ?」
「あの人からはそんな禍々しい気配は感じない。だから、大丈夫だと思ったの」
「……それを先に言えよ」
さっき銃を向けた意味がなくなるだろうと、そう考えながら頭を抱えそうになる。
ともあれ、そういうことなら話は早い。
最短最速でシーラの娘を探し出し、さっさと隠れ家とやらに帰すこと。そんなことをしたところで助かる保証など何もないのだが、デインにとっては助けてもらった借りもある。
手に持っていた拳銃をホルダーへ直し、シーラへと向き直ったデインは、
「あんたの娘の捜索についてだが、ハッキリ言わせてもらうぞ。この化け物だらけの地帯で生存している可能性はかなり低い。それでも探すと、そう言うんだな?」
「……はい。私にとってはカルラは自分の命よりも大事な娘です。絶対に諦めたくありません」
「――よし」
娘の名前をカルラとそう言ったシーラに、デインも覚悟を決めた。
本当に時間がないことは承知の上だ。回り道をすることに嫌悪感こそあるが、やると決めたからには絶対にやり通す。
デインは周囲の様子を確かめながら、椎名とシーラに手招きをする。
「行くぞ。手がかりは特にないけど、子どもなら多分、怖がって暗がりにでも隠れてるだろ。泣き声とか聞こえたらすぐに知らせろよ」
「うん!」
「――はい!」
デインの指示に、二人は気持ちの良い返事でもって返す。
戦闘面において、シーラには期待はしていないが、娘の見た目について一番良く知るのは彼女自身だ。
デイン達の見た少女が本当にシーラの娘であるカルラとは限らないだろうし、シーラを置き去りにするわけにはいかない。
ともあれ、三人での行動となったことに、デインは深く息を吐く。
この時、デインは頭の片隅である引っかかりがあった。
それが何なのかまでは分からない。しかし、シーラの娘に関することで何か、何か大事なことを忘れているような気がしていたのだ。
「まあ……今はいいだろう」
考えたところで、すぐには答えが出ないことに気づいたデインは、一旦忘れることにした。
それが、どれだけ重要なことなのかも気づかずに――。
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デイン達が居る都市は、ダンマームと呼ばれるネパールの中でも人口密度が過密とも言うべき場所であった。
住んでいるのはお金持ちぐらいの人間ばかりだが、それでも賑わいに溢れた都市だった。
しかし、そんな賑わいはかつてのものであり、今となっては殺風景なものとなっていた。
人の姿はどこにもなく、代わりにいるのは人の姿をした化け物達の群勢。モルフウイルスに感染し、元の原型すら失った『レベル3モルフ』の集団ばかりだったのだ。
「なぁ、あいつらって本当に頭が弱点なのか? どいつもこいつも頭部にヘルメットみたいなの被ってるんだが……」
「肉体が変異して頭部を守ってるんだね。でも……ここまでしっかりガードされてるモルフが多いのは私も気になるかな……」
椎名が目を見張っていたが、デインからすれば戦闘する意欲も立たない。
身を潜めながら、ダンマームの都市の中を歩いていたデイン達であったが、そこらかしこにいるモルフの感染段階は皆『レベル3モルフ』だったのだ。
しかも、気味が悪いのはその姿形だ。
腕や脚はそれぞれに違った変異の様相をしているが、頭部だけは統一されているかのようにガッチリと硬い何かで覆われていたのだ。銃弾でさえ弾きそうなあの頭部を、簡単には打ち破れないだろう。
とはいえ、戦闘する意味はデイン達には特になかった。シーラを連れて移動している現状、守りながら戦ってしまうとジリ貧になるからだ。
そうでなくとも、デインと椎名だけで殲滅できる数ではない。
「とにかく今は忍んで動くしかないだろうな。あんなのとやり合ってる時間はない」
「……そうだね」
椎名も状況を察したのか、デインに同調してそう返した。
デイン達の後ろに隠れていたシーラは震えていたが、無理もないだろう。元より、こんな危険地帯に一人で出てくる勇気は買っても、怖いのは事実なのだ。
あとは、シーラの娘をどうやって見つけ出すかだが、
「シーラ、娘と逸れたのはどこら辺かってのは分かるか?」
「カルラを見失ったのは一つ目の避難拠点に行っていた時です。大多数の人が集まっていたのですが……急にあの化け物が現れて、その混乱の隙に見失ってしまって……」
「なるほどな。それはどこだ?」
「ここからですと近いです。旅行者の方々がよく使うホテルがある所なんですが……」
娘を見失った経緯を知りながら、デインは辺りを見渡していく。
ここからだと、一番近いので一つだけ大きなホテルが目に見える場所にあった。
避難拠点としてあったそうだが、突然のモルフの襲撃により、恐らくは避難拠点としては機能していないだろう。
だが、手がかりが見つかっただけでも十分だ。
「もし、娘が移動を繰り返していなければ近くにいる可能性は高い。まずはあのホテルを目指すぞ」
「うん」
「わかりました……」
シーラは小さな声で返事を返していたが、あのホテルに向かうことに恐怖を感じているのだろう。
ただでさえ、襲撃にあったということは目の前で人が喰い殺される現場を見てしまった筈なのだ。
トラウマとしてあってもなんらおかしくはない。
「しっかりしろよ。娘を探し出すんだろ? あんたがしっかりしないといけないんだからな」
「……はい」
「ちょっと、デイン。言い過ぎだよ」
椎名に叱られる形となり、なぜかチョップを頭に食らわされる。
何も言い過ぎというわけでもなく、本音でそう言ったつもりだったのだが、彼女にとっては言い過ぎに感じたのだろう。
「あのな、命よりも大事な娘を探そうとしているんだぞ。だったら覚悟も無しに一緒に行くわけにはいかないだろ?」
「シーラさんの気持ちを考えなよ。デインの言うことも一理あるけど、余計に怖がらせちゃったら意味ないじゃない」
そう言われてシーラの方を見てみたが、確かにさっきよりも体が震えていた。
逆効果になっていたというのならば、確かにデインにも非があるだろうが、デインはあまり客観的に物事を言える立場でもない。
まして、相手の気持ちを考えて言葉を口にするなどもっての外だ。
「シーラさん、大丈夫ですよ。私達がついてますから」
「ありがとうございます……椎名さん」
「まあ……ガス抜きはお前に任せるよ」
椎名がシーラの心の調整をしてくれるなら、それが一番良い。ホテルへ向かってモルフに万が一取り囲まれることがあったとして、そこでパニックになられても困る。
そう考えれば、さっきのデインの言動は良くないものなのかもしれないが、そんなことは気にしない。
「とりあえず、進むぞ」
一同はモルフに見つからないよう、ゆっくりと避難拠点であったホテルへと向かっていく。
道中、何体かの『レベル3モルフ』の姿は見受けられたが、そこはなんとか見つからないように上手く躱すことで戦闘を避けることができていた。
シーラもデイン達のことを信用して、黙ってついてきてくれた。
全く知らない異国の人間を信用できるその度胸も凄いが、余裕がなかったのだろう。銃で脅されても、逃げなかったのが良い証拠だ。
デイン達はそのまま見える場所にあったホテルへと近づき、そしてようやくその入り口近くまで接近することが出来た。
「ここか――」
「人はどこにもいないね」
椎名の言う通り、周囲には人がいる気配はまるで感じられなかった。
そこらかしこに血の跡があるということは、襲撃があったのは本当なのだろう。
遺体の姿がないのは奇妙にも感じたが、それはおそらく感染してモルフになったからだ。
つくづく、モルフウイルスという厄介さは頭が痛くなるほどである。一度でも感染すれば助かる術はなく、時間が経過していくことによってその脅威度は増していく。
倒すこともできなければ、絶対数は増え続けるばかりなのだから嫌になりさえする。
「まあ、ここにいないだけマシか」
モルフの姿がここいら周辺に見当たらないのは僥倖であった。
襲撃が起きた時、大混乱になった人々が逃げたのを追ってのことか、この場所に残るモルフはいなくなったのだと推測していたが、その真偽は確かではない。
「俺が子どもの立場で考えるなら、一刻も早く安全な場所を目指そうと考えるのが自然だ。だとすれば、もう機能していないホテルの中にいる可能性はあるかもな」
「――うん、私もそう思う」
「同じくそう思います」
人の立場になって考えるなど初めてのことだったが、その推測に対しては椎名とシーラも同じ考えのようだった。
母と逸れたのならば、探そうとする可能性も考えられるが、モルフという殺人マシーンがいたと考えれば自分の身を守ろうとする可能性は高い。
なにせ、まだ十歳にも満たない子どもだ。不安と恐怖に心を支配されてしまえば、安全ではないにしてもこのデカいホテルの中に逃げ込もうとするのはありえないことではない。
「隈なく探すとなると交戦は避けられない。でも、上手くやれば囲まれる危険は取り除ける。そのつもりでいくから、いちいちビビったりするんじゃねえぞ」
「――はい」
デインの言葉に一番早く返事を返したのはシーラだった。
デインもシーラに対して言ったつもりだったが、彼女はその意図を汲み取ったのだろう。
戦闘の際にパニックになられれば、それはそれでデイン達も動きづらくなる。
事前に伝えておくことで覚悟を決めておけば、多少の不安は取り除ける筈だ。
とりあえず問題なさそうだと考えたデインはホテルの入り口へと歩き出し、椎名達もその後ろをついていく。
そして、カルラの捜索をする為にホテルの中へと入っていった。
「やっぱ、人はいないか」
「静か……だね」
ホテルの中は人っこ一人いない奇妙な光景となっていた。
バリケードの一つもないということは、やはり避難拠点としてはまるで使われていなくなってしまったのだろうが、襲撃に遭った以上は仕方のないことだろう。
エントランスは電気も点けっぱの状態で、荒れた形跡もなく、宿泊者を迎える為の心を安らげさせるようなメロディーも鳴っていた。
「こうしてみると普通のホテルに見えるけど……本当に誰もいないんだよね?」
「気を抜くなよ。カルラが仮にここに逃げ込んだとしても、他の人間も同じくしてこのホテルに逃げようとした連中はいる筈だ。――だとすれば、モルフも自然にこのホテルの中に入っていくだろうからな」
「……確かにそうだね」
「二人はあの化け物について詳しいようですが……あれは何なのですか?」
シーラがデイン達の会話に入り込むようにして、モルフのことについて尋ねてきた。
思えば、シーラはモルフに関する知識は何もない。
なぜ、このような事態になったのかもわからなければ、モルフが何者なのかも知らないのだ。
「ああ、あれはウイルスによって人間が感染した成れの果てだよ。アイツらに噛まれたり、傷つけられたりしたらお仲間入りになるって感じのな」
「どうして……この国でそんなことが……」
「テロリストが起こしたってのが有力だろうな。詳しいことは俺も椎名も分かってないよ」
クリサリダと呼ばれる組織がこの状況を作り出したのは明白だが、そこまで伝えようとすれば長話になるのは確実の為、あえてデインは大まかな部分のみ知っているという体で話す。
突然、何も無かった日常が壊されれば、シーラの知りたい欲求も理解は出来るが、知らなくていいこともある。
そこは椎名も同じ意見だったのか、デインの言葉に何も言おうとはしなかった。
「じゃあ……カルラもあのような化け物になっている可能性もあるってこと……ですよね?」
「それは、一番あんたが考えたらダメな想像だ。可能性としてはあるかもだが、俺達はあんたの娘を助け出す為の手伝いをしてるんだ。不安はあるだろうが、それを考えるのはやめとけ」
シーラの娘であるカルラがモルフになっている可能性はどちらかといえば高いだろう。
しかし、そんなことを意識して進んでいては、本当に現実化しかねない為、デインはシーラにそんなことを考えるのをやめろと伝える。
ただでさえ、リスクの高い捜索を行なっているのだ。
今はただ、カルラの生存を意識して進む方が能率は良い。
「二手に分かれたいところだが……それは出来ないからな。一階をまずは調べて、その次は二階のフロアを見ていこう」
時間がない以上、二手に分かれるのが得策ではあったのだが、ことこの状況において椎名と別行動を取るわけにはいかない。
もしも別行動を取って再会した時、デインか椎名のどちらかがミラに化けていれば、その時点でもかなり不味い状況になりかねないからだ。
しかし、そんなデインの提案に、椎名は何かを考えるようにして俯き、そして、
「私は……二手に分かれた方が良いと思うよ」
「リスクが高いのは分かってるのか?」
「うん。それは分かってる。だから、さっき合言葉を決めたじゃない。それに、ミラが万が一化けたとしても、それは私の可能性が高いと思う」
「――どうしてそう思った?」
根拠を聞こうと、デインは椎名に問いかけた。
だが、それは単純明快な理由であった。
「彼女が狙うとしたら私じゃなくてデインだと思うから……。だから、私はシーラさんと一緒に動くよ。そうすれば、一緒にいることで私の方の疑いはまず無くなる」
「あのクソ女の狙いが俺……か。まあ、それは言えてるな」
デインをあそこまで毛嫌いしていたミラが、デインを一番に殺そうと考えるのはまず間違いない。
それに、別行動を取ったとして、椎名とシーラが一緒にいれば、椎名側がミラが化けて出ることはありえないのだ。
奴が化けられるのは一人だけ。二人も同時に化けることは出来ない以上、シーラの存在がいるだけで片方は疑いが晴れる事ができる。
そして、デインを狙い撃ちする以上はミラは椎名に化ける可能性が高い。
ならば、化けて出てきたとしても判別はすぐにつく。
「その場合、シーラを必ず守り通すことが前提だぞ。シーラがいなかった時、俺はお前を間違えて撃ちかねない」
「……そうだね、それは任せて。絶対、守り切ってみせるから」
「まあ、そこは信じる以外に何もできねえか」
シーラがいることが大前提な以上、後のことは椎名に任せるしかない。
となれば、残ったデインは一人行動ということになるが、デインとしてもそれについては異論がなかった。
「じゃあ、俺は一階を見る。お前達は最上階から順に下がっていこう。合流は隈なく捜索を終えた中間階層ってところだな」
「分かった。……デイン、分かってるかもだけど、無茶だけはしないでね?」
「そのつもりだ。大金を目の前にして死ねるかよ」
何があろうと、死ぬつもりはない。
デインにとっては、自分の人生を賭けた大勝負みたいなものなのだ。
こんな寄り道でくたばるなどあってはならない。
「エレベーターを使うなよ。逃げ道がないからな」
「うん。じゃあ階段で行くね。シーラさん、行こう」
「はい」
デインの提言に肯定の返事を返した椎名は、そのままシーラと共に階段がある方へと向かっていった。
エントランスで一人となったデインは、「ふう」と息を吐くと、
「とりあえず、一階の捜索だな」
デインは一階から順に上の階を捜索する役目だ。
自らのやるべきことを頭に入れたデインはそのまま一階の中を捜索しようと動き出す。
一階を捜索していきながら感じたことは、かなり広かったことだ。
食堂や事務室、休憩室や大浴場などが一挙にあるから故の仕方なさだろうが、デインは一階だけの移動だけでかなり時間を取られていた。
「今のところ、何もいなかった。あとは大浴場だけ……か」
食堂も事務室も、他のフロアもカルラの姿はなかった。
モルフの姿もなかったので都合は良かったが、何も手掛かりが無かったのは堪えてしまう。
残されたのは大浴場のみだが、正直な所、カルラがそこにいるとは期待していない。
隠れる場所としては、他にももっと良い場所があるだろうと考えていたからだ。
それでも、デインとしては一階の全てをチェックする必要性があった為、調べないという選択肢はなかったのだが、
「なんか……蒸し暑いな。どうなってんだ?」
大浴場がある場所まで来ると、その更衣室の中は異様な熱気に包まれていた。
まさか、今も誰かがいるわけでもないだろうにとそう考えていたが、違和感だけは残り続けていた。
そのまま、デインは開いていた大浴場の中へと入っていったが、
「おいおい、なんだよこれ」
大浴場の中はこれでもかというぐらいの熱気に包まれており、湯気で前が見えなくなっていた。
薄らと見えるのは、そこが密室であったことだ。
逃げ道の無かった湯気は換気されることもなく、部屋の中を充満し、視界を完全に妨げていた。
「こんなところにいるわけないだろうけど、念の為だ。――おい! 誰かいるか!? 助けに来たぞ!」
いるかどうかもわからない生存者に向けて、デインは声を上げてそう語りかけた。
もし、誰かがいるのならば何かしらのアクションはあるだろうと考えての判断だったのだが、
「誰も……いねえか」
返事は返ってこず、デインはこの大浴場には誰もいないのだとそう判断しようとしたその時、物音が聞こえた。
「――誰だ?」
何か物が倒れるような音だった。
自然的に起きた雰囲気はなく、何かがいるとそう考えたデインだったが、
「カルラ……か?」
思わず、シーラの娘の名を口にして、デインはその正体を探ろうとした。
怖がって返事を返せなかったのだとしたらあり得る話ではあったのだが、未だに返事を返してこないのは違和感ではあった。
そして、物音が聞こえた先、湯気で見えないそこから、その正体が露わになる。
「……なんだ、こいつは?」
カルラではない。
子どもなんて小さな姿でもなく、人間とは思えない見た目をしたそれは、紛れもなく化け物だと瞬時に理解した。
いや、姿形は人間に近いのかもしれない。
全身の色は肌色なんて色がついたものではなく、蒼白に染まり、血の気が抜けたかのようなものだ。
加えて、頭部には髪の毛の一本もなく、全身の毛という毛がそこには存在していなかった。
デインが知る由もなかったが、それはさながら、椎名のいた日本の心霊映画に出てくるようなお化けに近い見た目というのが、解釈として正解なのかもしれない。
「おいおい……冗談だろ?」
デインは一歩後ろに退きながら、状況の悪さに悪態を吐く。
なぜなら、その化け物は一体だけでなく、二体いたからだ。
デインももう気づいてはいた。その化け物がモルフであり、その感染段階がどの段階に属するものなのかも。
全ての感染段階の特徴については、口頭のみだが椎名から聞いている。
だから、それを目の当たりにしただけで正体を把握できたのだ。
このモルフの正体が、『レベル4モルフ』であることを――。
「椎名が言っていた奴か。これは逃げられねえな」
二体の『レベル4モルフ』はデインの動きを見計らいながら臨戦体制に入ろうとしている。
『レベル5モルフ』を除くモルフの中では最上位の感染段階である以上、ここから逃げ切れるとは思えない。
戦闘は避けられないと感じたデインは拳銃を握りしめた。
「やってやるよ。きやがれ!」
デインが拳銃を構えたと同時、『レベル4モルフ』は呼応するようにしてデインへと襲いかかる。
投稿頻度は変わらずですが、地味にストックを作っていたりします。
普段はスマホで一話分を作り、それをパソコンに送って編集する流れでやっていたりもします。
ただ、まれに見る時間なしにそのまま投稿するときもあったりするので、中々これが難しい……。
次話からはかなり違和感を感じさせる内容にしています。シーラの娘であるカルラについて――デインの違和感については、語らずとも状況が説明していくでしょう。




