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Levelモルフ  作者: 太陽
第四章 『人類の希望』
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第四章 第九話 『信用するために』

資格試験が終わったので投稿頻度を上げられる……かもしれないです

「……とまあ、こんな感じでな。それからはたくさん人を殺してきたよ。何度も言うが、金の為ってやつだな」


「――そう、なんだ」


「ボリスとはそれ以来会っていない。生きているのか死んでいるのか知らねえがまあ……ふ、あいつと出会わなかったら、俺は今この時は生きていなかっただろうな」


 軽く、小一時間は話していただろうか。

 デインは椎名と物陰に潜みながら、自身の過去を打ち明けていた。

 感動も共感も出来ない、それは自身のルーツの元を語るのと同義なデインの過去だった。

 デイン自身も、共感してもらおうという気はないし、そんなつもりで打ち明けたわけでもない。

 ただ、椎名に知ってほしかっただけなのだ。デイン・ウォーカーという人間が、どういった人間性の持ち主なのかということを。


「どうだ? これだけ聞いても、俺が良い人だと思うか?」


「――――」


 デインの話を黙って聞いていた椎名はその問いに何も答えなかった。

 当然だろう。成り行きとはいえ、デインが人を殺してきた理由が本当に金だけの理由だったのだから、失望していたとしても何らおかしくはない。

 一度知ってしまった味を、そう簡単に覆せなかったのはデインの生き方が証明していたのだ。

 金さえあれば、大概のことはなんとでもなる。

 そう考えて、今の今まで生きてきたのだから、今もそれを変える気は全くもってデインの中にはなかった。


「……私は、別にデインのことを良い人だなんて最初から思っていなかったよ」


「ん?」


「だって、それを言ったら私だって同じ。あなたと一緒で、良い人なんかじゃないから」


「はっ! そりゃ面白いな。じゃあお前は人殺しと手を組むつもりだったってことか」


「そうじゃなくて――」


 自分も同じだと語る椎名に、デインはわざと嫌らしい物言いでそう言ったのだが、椎名は間違いを正すように一言間を置いて、


「あなたは生き残る為に人を殺してきただけでしょ? 決して、意味の無い殺しをしてきたわけじゃない。それなら、私は何も咎める気はないってこと」


「……金の為でも?」


「だって……デインのいた国って、それだけ酷い環境だってことはもう聞いたもん。私が同じ立場でもどうしていたか分からないし」


「――一応、聞くけど、俺と同じ良い人じゃないってのは?」


 デインの身の上を聞いて、それでも意見を覆さない椎名に、自身と同じ理由について問いかけた。

 椎名が人殺しをしたという話は聞いたことがない。むしろ、そんなことは出来なさそうな雰囲気さえあるので、違和感があったのだ。


「私も過去に……助けられたかもしれない人達を見殺しにしたことがあるの。それは、自分が助かりたいっていう本音が見え隠れしていたことも、今になったら分かる……」


「見殺し、ね。」


「その結果、私は『レベル5モルフ』っていう力を手に入れてしまったんだけど、それも同じ。そんな力があっても、私は誰一人救うことも出来ないまま、何人もの人を死なせてしまった……」


「それは、仕方ないことなんじゃないのか? お前の能力は俺以外に使っても意味がねえんだろ?」


 椎名の能力、超速再生能力はいわばデインと椎名自身のみにしか使えない欠陥能力に等しい。

 それ以外の人間に使っても、モルフウイルスに感染し、今までに出会ってきたゾンビ集団と同じになってしまうのだから使えない能力だった。

 それを知っていたからこそ、今まで見殺しにしてきたと言っている椎名のそれは仕方のないものだと考えたのだが、


「でも、誰かが傷つく前に私は動けた筈なの。それが出来なかったのは、自分可愛さだってことには違いないんだよ」


「――――」


「だから、私もデインと同じで良い人なんかじゃない。それに、私にとって悪い人達っていうのはあなたとは違う。さっき出会ったミラや世界の人々をモルフウイルスに感染させた人達のことの方が圧倒的に許せない。だって……彼らがしていることって、一体何の意味があってしていることなの?」


「それは……確かに分かんねえな」


 椎名にとっての悪人とは、ミラ達のような者達のことを言っていた。

 確かに、奴らは何の大義があって人間達をモルフウイルスに感染させようとしているのか、そこは不明だ。

 意味のある殺しと意味のない殺し。そこが、椎名にとっての許容できる心の定義ということだ。


「まあ、お前がそういうなら分かったよ。短い時間だけど、信用には値するしな」


「――うん」


「それを踏まえてだけど、ミラってやつについて共有しときたいことがある」


 デインは本題に入ろうと、ミラについての話をしようとした。

 むしろ、この情報はデインの中だけに留めてはいけないものだった。


「あの女、お前と同じ『レベル5モルフ』だったわけだけど、どういうことだ? 何でお前とは全く違う能力になってる?」


 そう。そこが一番デインの中で引っかかっていたことだった。

 どうして同じ『レベル5モルフ』なのに、椎名の超速再生能力はミラは持っておらず、椎名はミラの擬態能力を使えないのか。椎名がまだ隠していて、擬態能力を使えるというのなら少し話は変わるが、恐らく使えない筈だ。

 使えたのだとしたら、事前に共有していないとおかしいのだ。

 そうすれば、今までの窮地に至っても使える場面はあった筈であり、そもそも超速再生能力だけを説明するのは辻褄が合わない。

 その詳細について、デインは椎名に問い詰めると、彼女は難しい顔をしながらこう答える。


「実は……私も彼女が『レベル5モルフ』って聞いて、別の能力を持っているんじゃないのかって考えてたの」


「何? どういうことだ?」


「私、過去に別の『レベル5モルフ』の人間と相対したことがあるんだ。彼女が使ってた力も、私には無い力だったから……」


「――その能力ってのは?」


「モルフを操ることが出来る力だよ。それで千体近くのモルフに襲われたこともあったし」


「おいおい……マジかよ。まだそんな化け物が控えてるってのか? さすがに笑えねえぞ」


 能力を聞いただけで目眩がしそうな勢いだった。

 そんな能力を持った化け物が追加で現れれば、さすがにデインでもどうしようとなかったからだ。

 しかし、デインのそんな様子に椎名は首を振って、


「大丈夫。もうその子は死んでいるよ。だから、その能力を持った人が現れることはないと思う。多分だけど……」


「ヒヤヒヤさせんなよ。そんな奴がいたら絶対死ねる自信しかねえからな。……とはいえ、モルフを操る能力と速攻で回復する力。それに擬態能力、か。やっぱり、『レベル5モルフ』の力ってのは何か裏がありそうだな」


「……私もそう思う」


 デインのその言葉に、椎名も同調した。

 同調したということは、考えることは同じなのだろう。『レベル5モルフ』の力を持つ者がどうしてそれぞれ違った能力を有しているのか、共通することがあるとすれば、それは身体能力の極限なまでの向上だ。

 椎名の場合は、元々のステータスが低かったことから良くて平均軍人の能力程度が限度らしいが、それでもミラと同じようなものだ。

 問題なのは、何故能力が違っているのかだ。


「感染条件に関係しているのか、それとも個体差によるものかは分からないが、初見では対応が出来ないのがキーだな。ミラの時は運良く見破れたのがでかかった」


「彼女……擬態能力を使ってるって話してたけど、私と一度会ってたことがあったんだよね」


「そこんとこはお前の方が詳しいだろうよ。まあ、あんな芸当をされたら俺でも気づかねえよ」


 日本でミラは椎名と会っていたそうだが、その詳しい詳細についてはデインも知らない。

 もっとも、その時はミラも擬態能力で椎名の仲間に化けていたとのことなので、気づかなかったのは無理がないだろう。

 あの完成度の高さは、目の前で見ていたデインでも驚愕に値するものだったからだ。


「そこも含めて一つ、聞いてもいいか?」


「どうしたの?」


 デインは人差し指を立てながら、その一つの問いかけが重要であることを示した。

 それは、これからを左右する意味での大事な質問だった。


「お前、まだ隠してることあるよな?」


「――え?」


 デインは真剣な表情で椎名に問いかける。

 隠していること、それは確信があってのものだった。


「別にいいぜ。俺はお前を信じることにした。だからこそ、お前の口から話して欲しいと思ってた。答えないんなら、当ててやろうか?」


「えっと、ごめん。何のことを――」


「お前とミラ以外にも、『レベル5モルフ』の奴がいるんだろ?」


 その問いかけは酷くシンプルであり、直球なものだった。

 虚を突いたその質問に対する椎名の反応は、デインからしても予想通りのものだつた。

 驚き、そして平静を保とうとする挙動。それは、イエスと捉えるには同義なものだった。


「隠さなくていい。もう気づいているんだよ、お前が話した内容の裏を取ればな」


「ど、どうして……?」


「分からねえか? お前がこんなところにいるのがその答えだよ」


 答え合わせをしていくようにして、デインは勿体ぶりながらそう答えた。

 椎名は訳もわからない様子だが、もうデインには既に分かっていたことだ。


「お前が『レベル5モルフ』であること。そもそも、そんな重要人物がこんな場所に来て、俺に会いに来たってのがもう不自然だった。おかしいと思わなかったか? お前のバックにいる連中がどうしてそんなリスクを切れたのかを」


「それは……私をアメリカから一旦離す意味で……」


「へぇ、逃した割には警備がザルすぎないか? 今となってはお前をお守りに来た連中も機能していない。本来ならば、是が非でもお前を守れる人間を側に置く筈なのにな」


 結果的に、椎名を守るべくしていた三人の護衛とやらはその全員が消息不明となっていた。

 少数精鋭という名目だったとしても、それは余りにも役に立ってなさすぎていたのだ。

 だとすれば、一つの仮説が生まれる。


「もう一人の『レベル5モルフ』持ちに絶対的な護衛がついている。そうじゃないのか?」


「――っ」


「それに、語るに落ちてるよ。お前がアメリカから逃れる為にという名目でここに来たってことは、奴らに狙われてたってことだろ? それは、お前に対する警備が薄いという証拠なんだよ」


 一つ一つ、答え合わせをしていくようにしてデインはそう話を続けていく。

 椎名のバックについている連中は、別に椎名だけを警備を手薄にしたかったわけではなかったのだろう。つまり、仕方なくそうなったと考えるのが自然だ。

 そして、奴らに狙われていたというのならば、もう一つの仮説もまた浮かび上がってくる。


「さっき、ミラはお前のことを重要視していた。それは、奴らにとって『レベル5モルフ』という存在は敵味方関係なく必要という意味だ。そういえば、過去にお前は奴らに攫われた経歴もあるって言ってたしな」


 ミラは椎名のことを殺す気はなかった。それどころか、捕獲さえ目論んでいたように感じたのだ。

 そんな組織を相手にしているにも関わらず、椎名の警備がザルなのは何かが引っかかっていたのだ。

 つまり、椎名の属している側には最低でももう一人、『レベル5モルフ』がいて、致し方なくデインとの交渉に出向かせるというやり方を取ったのだとしたらまだありえる可能性だった。


「それでも、お前が向こう側に捕まるリスクはお前のバックの連中はごめん被りたいのだろうけどよ。どうだ? 何か間違っているか?」


「――――」


「一つ確認しておくが、これは俺とお前の問題だぞ。俺はお前を信用することに決めた。だから、お前も俺を信用する意味で包み隠さず話せ。じゃないと、俺はここで降りるからな」


 お互いを信用し、その為にお互いの隠し事は全て話すこと。それが、椎名と行動を共にするという条件であることをデインは今になって伝える。

 別に、もう一人『レベル5モルフ』の存在が椎名以外にいたとしても興味があるわけではなかった。

 ただ、それも含めて隠していることは全て話すということが重要なのだ。

 隠し事がある時点で、デインはその人間を信用しないと決めていたのだから。


「――分かった。話すよ」


「おう」


 話すつもりになった椎名に、デインは短く返事を返し、追求を止めた。

 あとは椎名が話すのを待つだけだった。


「確かに、私ともう一人、『レベル5モルフ』になった人はいるよ。その人は……私をずっと守ろうとしてくれて、守ってくれた人。デインの言う通り、すごく強い人が護衛についているの」


「そいつも何かしらの能力を持ってたりすんのか?」


「ううん、私が知る限りでは、その人は何の能力も持ち合わせていない。あるとしても、ミラと同じ再生能力を持っているだけなの」


「……どういうことだ?」


 的を得ない回答を聞いて、デインは訝しむ。

 『レベル5モルフ』の力を持つ以上、それなりにイカれた能力を持っているだろうというのがデインの見解だ。

 その人間が何の能力も持っていないのだとすれば、どうして超速再生能力を有する椎名を危険な役回りに回させたのか、そこがまた疑問となって浮かび上がってきていた。


「その人はね、まだミラ達の組織には存在がバレていない筈なの。それでも確証がない以上、一旦は一番強い護衛をつかせて、相手の出方を窺ってる状況なんだ」


「……なるほどな。それなら納得いく。んで、お前に白羽の矢が立ちそうだからアメリカから離したってことか」


 椎名の言葉に、すぐ先ほどまで浮かんでいた疑問が解消された。

 要は、その『レベル5モルフ』持ちの人間は敵側から認識されているのか分からないということなのだろう。だから、警備を重点にし、手薄になった椎名を狙われない為に国外へ逃がした。

 スパイのいる可能性を、向こう側も認識しての判断ということだろう。だが、今回のその裏を敵に取られたということにもなる。


「ミラって奴が現れたってことは、奴らにお前の情報は流れてたってことになるな。流れてた原因はミラの能力によるものかもしれないが、そこは答えが出ないな」


「そう……なんだよね。まさか、弓親さんに化けてたなんて、知りもしなかった」


 スパイは十中八九、ミラが化けていた椎名の身内ということにも当て嵌められるが、そこに確証はない。

 答え合わせをするには、情報を共有していた連中との状況の照らし合わせが必要になる。


「だとすれば、アメリカに戻る以外に選択肢はないだろうな。お前が隠していることはそれで全部か?」


「うん。他ははじめに会った時に話したことが全てだよ」


「了解だ。――じゃあ、改めて俺とお前は信用し合う仲だな」


 デインは信用するという言葉を投げかけ、椎名に手を差し出す。

 これで椎名も了解すれば、あとはデインもやることは決まっていた。絶対にアメリカまで向かい、その上で椎名と共に行くこと。

 その間は、何があってもデインは椎名を守るつもりだった。

 差し出された手を、椎名は物憂げな表情を浮かべながらゆっくりと握ると、こう言った。


「デイン、一つだけ約束してもいい?」


「ん、なんだよ?」


「絶対に、私以外に『レベル5モルフ』の人間がいることを他言しないでね」


「……どうしてだ?」


 約束と言ったその内容に、デインはどうしてかと問い詰めた。

 もちろん、他の誰かに話す気はなかったのだが、その意味はデインにとって、考えの範疇外のものだった。


「もしも、私以外のそれを知っている人にバレた時、デインが殺されちゃうかもしれないから……」


「……口封じってやつか?」


「それもある。仮にミラにバレた時も同じで、敵側にそれを知られたら、状況は一変すると思うの。どちらにしても、デインと私にとっては最悪の事態を招きかねないから」


 なるほど。それはつまり、もう一人の『レベル5モルフ』持ちの人間が今の状況を一変しかねない大駒というとこだ。

 敵であれ味方であれ、その情報が漏れることがあれば、デインだけでなく、椎名の身の危険にも繋がりかねない。

 彼女はきっと、そう伝えたかったのだろう。


「分かった。元より話すつもりはないが、そのつもりでいてやるよ。信用するって言ったばかりだしな」


「――ありがとう」


 デインの心からのその言葉に、椎名は約束してくれることに感謝した。

 少なくとも、デインは椎名自身を信用すると決めた。他の連中に至っては話が変わるが、それでも椎名だけは別だ。

 その上で、デインは話を続けようとした。


「ちなみにだが、もう一人の『レベル5モルフ』の人間ってのは、お前が連れてきた三人の連中は知ってるのか?」


「ううん、知らない。それを知っているのは私を含めて五人……いや、六人、かな。本当に少数しか知らないことなの」


 となれば、椎名が隠していた理由にも説明がつく。

 ごく少数しか知らない情報を、事前にデインに知らせるわけがなく、隠していたということだ。

 知る意味がないこともそうだが、それならば余計に他言するわけにはいかなくなる。


「了解だ。じゃあ、これからについて考えるか。大前提としてだが、消息不明になったお前の仲間、そいつらと遭遇しても、絶対に不用意に近づくなよ」


「え、なんで?」


「なんでって……ミラが化けている可能性があるからだよ。あいつらの顔を俺が知る訳じゃないけどな、少なくとも連絡が途絶えた理由が定かじゃないんだ。ミラと鉢合わせた可能性もなくはない」


 そう、これがこれからの指針を決める上で、一番に決めないといけないことであった。

 ミラの擬態能力は、その全身を他人の姿にそっくりそのまま変異させることができる。見破ることが困難な以上、ここにいる二人を除く全員を疑う必要があったのだ。


「その三人以外も同じだ。誰と遭遇してもそいつをミラと一番に疑え。あの能力はそれだけ厄介なものだからな」


「――分かった。それと、ヴェノムについてはどうする?」


「あいつも問題だな……。ミラから逃げる前に奴から聞いた情報では、あいつがヴェノムを連れてきたってことには間違いがなかった。ヴェノムが現れたら、近くにミラもいると断定した方がいいだろうよ」


 ミラは自身の口でヴェノムは自分が連れてきたと言った。

 これまでのヴェノムの追跡も、ミラが誘導したと考えれば、近くにミラがいるのはまず間違いないだろう。

 その上で、作戦を考えておかないといけないのも事実だった。


「まず、大前提としては他人を疑うこと。もう一つは、俺を少しでも目を離してまた再開することになった時――その時も俺を疑え。俺もそうする」


「ミラが化けてる可能性があるってことだよね?」


「ああ、安直だが、悟られない形で合言葉を決めておこう。間接的に聞けよ。出会った時、どちらかが『問題なかった?』と聞け。聞かれた側は『違う』と答えろ。的外れの答え方をすることで、この合言葉は成立するからな。覚えたか?」


「うん。分かった。『違う』だね」


 即興だが、これは通用するものだろう。

 普通ならば問題ありかなしかで答えるだろうが、化けたミラに聞いた時、どちらかで答えられる恐れがある。

 そこで、質問の答えになったいない答え方をすることでお互いがミラでないことを証明する。

 違っていれば、それはもうミラであるということになるのだ。

 聞く側がミラの場合、偶然にそう聞かれる可能性があるが、これについてはある保険を掛けることにした。


「念のため、聞く側が万が一ミラだった時、その時はそのまま合言葉通りに答えていい。その後、聞く側は『はいはい』と答えるんだ。それでお互いがミラでないことを証明できる」


「確かに、それなら証明できるね。違ってた時はどうするの?」


「そうだな……。俺が聞く側でそうなら隙を突いて殺しにかかるが、お前は隙を見て逃げろ。逃げ切れそうになければ、叫んでもいい。そうすれば、俺が近くにいるだろうから合流できるだろうしな」


 合言葉通りにいかず、相手がミラであることが明らかだった時、その時は椎名には逃げるようにと伝えた。

 あの超次元の速度で動くミラから逃げ切れるとは思えないが、あの女は椎名を殺そうとはしない筈だ。

 椎名が『レベル5モルフ』であり、特別視している現状は逃げる選択肢を取っても問題はないとの見解であり、デインに限っては違う。

 デインの場合は、必ず殺しに掛かってくるだろうから、逆に隙を突いて殺すというのがデインの策略でもあったのだ。


「上手くいくかは分かんねえけどな……」


 これはあくまで事前策であり、成功するかもわからないハリボテの作戦だ。

 不安は大きいが、デイン達に出来ることがあるとすればそれくらいしかない。

 一番は、ミラに出会わないことがそうなのだが、奴は絶対に逃がさないと言ってのけた。

 どうあっても、ミラとの再会は避けられないと頭では気づいていても、あの女を殺せる術は現状、思い浮かぶものもない。


「それで、どうする? アメリカに行く為の手段がない以上、迂闊には動けないよね……」


「――一つだけある」


「え?」


「この先、ずっと先に空港がある。そこなら、移動手段としての飛行機やらなんやらがある筈だ。それを使って、アメリカへ飛ぶしかない」


 この国から脱出する為の手段として、デインは空港の飛行機を使うことを提案した。

 地を足で行くには、アメリカは途方もない距離だ。しかし、飛行手段さえあれば、今の不安も何もかもが取り除けられる。

 空中にいれば、さしものミラでさえも追跡は出来ないからだ。


「でも……操縦とかってできるの?」


「いや、全く。誰か一人パイロットを脅してでも操縦させるしかないんじゃないか」


「うーん……気乗りしないね」


 何の罪もない人を巻き込むことを、椎名は乗り気ではなかったのだろう。

 そんなことを言っていられる状況ではないというのがデインの見解なのだが、ここは無理にでも承知させるしかない。


「死ぬよりかはマシだろ? 俺達がいなくなればそれこそ人類の存亡危機に繋がるって言ってたんだ。それくらいは許されるだろ」


「……そう、かな」


「そうだよ。お前、今の俺達の立場がどういうものか分かってるのか? 替えが効くものでもないんだ。なら、使えるものはなんでも使わないとどうしようもないぞ」


 綺麗事だけでどうにかなる状況では決してない。

 椎名のその優しさは、いつかデイン達の首を絞める行為だと気づかせる意味での説得でもあった。


「……分かった。じゃあ、せめて手荒なことだけはやめてあげてね」


「状況にもよるが善処してやるよ。じゃあ、当面の目的は空港に向かうってことで問題ないな?」


「うん」


「あと一つ共有しておこう。ミラがお前に化けてた時、奴は自分の組織の名前を言ってた。クリサリダって名乗ってたが、何か知ってるか?」


 最後に、デインはミラが話していた組織の名称について椎名に問いかけた。

 思えば、敵の素性については何一つ知らない身だ。何か手がかりがあるのならば、それも事前に知っておきたい。


「クリサリダ……初めて聞いた。意味は蛹、だよね」


「知らないか。気持ち悪い組織名だが、何か意味があるかもしれないな。有名どころの組織じゃないなら、規模はでかくないかもだが」


 クリサリダの意味は蛹。それは蝶などの昆虫が成虫になる前の静止形態を指すものだ。

 そこにどんな意味があって組織名にしたのかは定かではないが、名の知れた組織ではないのなら、そこまで大きくはない組織だろうというのがデインの見解だった。

 だからこそ、ここまで暗躍してこれたと考えるのも自然ではあったのだが、ミラと対峙しても、その脅威の度合いは強い。


「ミラは俺という存在を特に毛嫌いしている。クリサリダの連中がここにたくさんいるのならば、中々動きづらくなりそうだな」


「じゃあ、急いでここから脱出しないといけないね」


「ああ、俺と椎名の存在についても、向こうはもう共有されてる可能性が高い。時間が経てば経つほど、こっちが不利になる」


 この国の人民がモルフウイルスに感染している現状、クリサリダの構成員がいる可能性は否めない。

 他国から流れ出てきた人間の感染と推測していたのだが、ミラやヴェノムのような化け物がいる現状だ。狙って、この国にモルフウイルスをばら撒いたと考える方がまだ可能性が高いだろう。

 その上で、早くこの国から出ないとデイン達の生存リスクがどんどんと上がっていくことを椎名に共有していた。

 国土は広いが、それでも見つかってしまえばデイン達にはどうすることも出来なくなりかねないからだ。


「じゃあ、そろそろいくか。そうこうしている間に、もうすぐ夕方だしな」


「夜になったらあまり動かない方がいいと思う。夜目が効いていないと、モルフに襲われた時のリスクが高いから」


「そりゃ有益な情報で助かるよ。あいつらに眠気とかねえのかな?」


「ないに決まってるでしょ」


 軽いジョークのつもりだったのだが、椎名は怒った調子でデインを叱る。

 ともあれ、椎名の言うことにも一理あるだろう。夜になれば、モルフと交戦した時の危険度は今までよりも上がる。

 今の今まで、人らしい人を見ていないことが証明している。この辺りにも、モルフがいることは間違いないのだ。


「よし、行くか」


「うん、まずは空港に……だね」


 当面の目標、空港に向かい、そこで飛行手段を手に入れることを目的として二人は動き出す。

 時間は夕刻。陽が沈む前に、なんとしても空港まで辿り着かなければ、デイン達にとっては大きな危険が付き纏ってくるだろう。

 しかし、それはどちらにしても同じことだというのに、デインだけは心の中で気づいていた。



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