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Levelモルフ  作者: 太陽
第四章 『人類の希望』
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第四章 第七話 『デイン・ウォーカー』

 ミラとのギリギリの戦いから逃げ果せて、デイン達はダーランの都市の東側、ダンマームと呼ばれる地区まで来ていた。

 どれほど走ったのか、もうそんなことは覚えてもいなかった。

 ミラとヴェノム、この二つの脅威から逃れる為に、デイン達はただひたすらに走り続けてきたのだ。


「はぁっはぁっ、デイン……ちょっと待って……っ!」


「どうした? 早くしねえと奴らがまた追いかけてくるんだぞ」


「うん……そうなんだけど、ごめん。ずっと走りっぱなしだったから疲れちゃって……」


 膝に手を突き、限界の意思表示をする椎名に、デインは深くため息をつく。

 仕方のない話だった。椎名は『レベル5モルフ』とはいえ、ミラのような人間離れした身体能力を持っているわけでもない。

 むしろ、ここまでついてこられただけでも称賛に値するものだ。


「たく……仕方ねえな。少し休むか」


「大丈夫……かな?」


「お前が休みたいって言ったんだろ? 身を隠しさえすればよっぽどでもない限りは見つからねえよ」


 デインはそう言って、椎名の肩に手を回し、建物の陰に連れて行く。

 椎名は申し訳なさそうな表情をしながら、されるがままデインに連れられていくのだが、そこに否定の感情はないように感じる。

 デインも何も思うわけでもなく、とにかく椎名を休ませることを大前提に行動していた。


「デインって体力あるね」


「あ? ……まあ、暗殺稼業していたって言ったと思うけど、実際はそんな華麗に殺し回ってたわけでもないからな。どっちかというと泥臭いことが多かったからこそ身に付いたものだ」


「……どうして、人を殺そうとする仕事をしようとしたの?」


 椎名のその発言に、デインは目を伏せた。

 建物の陰に身を置き、椎名を壁に背を預けさせたデインは椎名の隣に座り、こう聞き返した。


「人を殺すっていう行為を咎めたいのか?」


「――そう、かもしれない。でも、何か理由があったんじゃないかなって……」


「理由なんかねえよ」


 間も置かずにそう答えたデインに、椎名は息を詰まらせる。

 デインの心を少しでも理解しようとした上での椎名の心遣いだったのだが、今この場では嘘を吐くつもりは毛頭なかった。


「俺が人を殺す仕事なんてしてたのは、単に金になるからだ。金があれば、この世界はどうにだって生きられる。俺はただ、それだけの為に生きてきた。お前の考える仕方のない理由なんてもんはどこにもない」


「……そう、なんだ」


「幻滅したか? でもな、それがこの世界の現実だ。お前の国がどれほど平和ボケしてたのかは知らないが、外の世界ってのはな、それだけ汚れてるんだよ」


 デインの言葉に嘘はない。

 暗殺稼業をしていた理由は、ただ金になるからというそれだけの薄汚い理由だったのだ。

 誰かの為にだとか、仕方なくといった綺麗事でのものなどでは決してなかった。

 だから、椎名の交渉にも応じたまでのことだ。

 億ともなる金が手に入れば、少なくとも人生を何周しても使いきれないビッグチャンス。そんな端的な理由のみで乗ったに過ぎなかったのだ。


 本音で椎名に伝えたデインであったが、椎名は顔を空に上げ、少し間を置くとこう答える。


「私は……デインのことを幻滅なんてしないよ」


「――なんで?」


 理解できないその返答に、デインは何故かとそう問いかける。

 それが支離滅裂した理由を述べるのであれば、正しい自分の姿を伝えるつもりだったのだ。

 しかし、椎名はデインの顔を見ないまま、空を見つめてこう言った。


「だって、デインは私を助けてくれたもん」


「は?」


「あの時、ヴェノムやミラから私を助けてくれたでしょ? もし、デインに人の心がなかったとしたら、助けようとなんてしないよ」


「いや……だからそれは金の為で」


「金でもなんでもいいよ。お金は大事だし、そんな理由は別に汚くもなんともない」


 金の為に椎名を助けた。それでさえも嘘偽りはないのだが、椎名は頑としてそれを正しいことと肯定する。

 その返答にデインは戸惑っていたが、椎名は続けてこう話そうとする。


「デインはミラと相対していた時、私を逃がそうとしたでしょ? 私からすれば、あれだけでもあなたを信用するには十分だよ」


「――――」


 椎名が合流したあの時、デインは確かに椎名に来るなとそう言った。

 自分でもどうしてそんなことを言ったのか、正直なところ分かっていない。椎名だけを逃がしたところで、デインはあの場で殺されていたのは間違いなかったからだ。

 そんな行動をしたことを、椎名の言葉で思い出したデインは沈黙した。沈黙し、椎名も何も話そうとはしないまま少し時が経った頃だ。

 デインは閉じていた口を開き、椎名に話をしようとする。


「……俺が暗殺稼業に身を染めたのは、今から五年前のことだ」


「――え?」


「まあ聞けよ。俺が住んでた国はここよりも、お前の国よりも遥かに治安が悪い場所だった。親なんて知らねえし、食べる物すら手に入れることは困難だった」


 自らの過去を話しながら、デインは自分の手を見つめる。

 小さくない、一回り大きなその手で握り拳を作り、デインは続けていく。


「俺の最初の仕事は、地区を治める役人を殺すことが始まりだった」


 全ての始まり。デインは過去を振り返りながら、当時の事を話し続けていく。


△▼△▼△▼△▼△▼


 デイン・ウォーカーという名は、誰かにつけられたものではなかった。

 親もいないデインは元々、名前などなく、孤児同然の身の上だった。

 デインという名は、ゴミ捨て場を漁っていた時、その時に見つけた捨てられた書籍の作者から取ったものだった。

 自国の公用語でも、全ての文字を把握してしているわけではなかったデインだが、人の名前だけはなんとか読めたデインは特に何も考えることなく自分の名前をそれに決めた。

 どうして名前を決めようと考えたのか、それは単純な話だ。

 この国は自国民に対する人権状況が良くなく、いわゆる圧政を強いている国だった。

 名前の無い者は基本、強制労働者として扱われ、地獄のような日々を過ごす羽目になる。名前のある無しで立場が決まるわけではないが、無ければ強制労働者になるのは必然的なのだった。


 資源で言えば、天然ガスが豊富というところぐらいだが、経済的に言えば破綻寸前には近い。

 それだけ、この国を取りまとめているお偉いさんが能無しとも言うべきなのだろうが、実際はそうなるようにさせていたのだろう。

 この国は監視の目が強く、他国からの旅行者であってもそう自由に動き回れるような土地ではない。

 圧政を強いていると言えば簡単な物言いだが、その表現は的確だった。


「クソ、ロクなもんがねえな」


 デインは生きる為に、毎日食料を求めてゴミ漁りをしていた。

 食べ物は生きる為には必須であり、生命活動を維持していくには無くせないものだ。

 デインと同じ立場で餓死寸前の者が食べ物を持ち歩いていたのを見た時、それを奪い取ったこともある。

 酷なことだが、この国では助け合いなんてものは自分の首を絞めるだけだからだ。

 ともあれ、今日も変わらず今日を生き延びる為に残飯を探していたその時であった。


「ゴソゴソと、そこで何している?」


「――っ!」


 後ろから声を掛けられ、デインは咄嗟に振り向く。

 警戒していた筈なのに、その気配に気づかなかったことは迂闊だった。もしも、この国の警備に関わる者だったならば、顔を見られたのは非常にマズイ状況だ。

 そうでなくても、顔を見られた以上は生きて帰すわけにはいかない。

 デインは緊張感に身を包ませながら、ナイフを取り出して声を掛けてきた相手、コートを着てメガネを掛けている男性へとナイフを向けて威嚇する。


「――そう身構えるなよ。何も取って食おうなんて考えちゃいないさ」


「何者だ?」


「身なりからこの国の上級階級にいると察するのはさすがだね。だが、安心したまえ。俺はキミの味方だ」


 優しい声色でそう話す男に、デインはそれでも警戒を解かない。

 そうやって騙して、連行しようとする者はこの国には何千人でもいる。

 何者であろうと、今この場ではデインの敵だとそう認識する以外にはなかった。


「殺す」


「随分と好戦的だな。余計にキミとは話がしたくなるよ。――きたまえ」


 男が指で挑発をするように、くいくいっと指を曲げる。

 そのつもりだと考えながら、デインは切れ味の悪いナイフで男へと斬りかかった。


「うらぁ!」


「迷いもなく殺しにかかるか。良いね」


 デインの横振りを、男は寸前でサイドステップをして躱す。

 その瞬間、男はデインの足を掛け、そのまま転ばせる。


「ぐあっ!」


「まだまだ経験は足りないが、殺すことに躊躇がないのは評価するよ。その上でキミに話したいことがあるんだが?」


「うるっせぇ!」


 デインは男の話を聞くまでもなく、持っていたナイフを男の顔面目掛けて投げる。

 直撃すれば、間違いなく頭蓋骨ごと貫通するであろうその攻撃を、男は迷いなく左手で刃を掴んだ。


「くっ」


「さて、これで武器は無くなった。そろそろ話を聞いてくれないかい?」


「俺を……どうするつもりだ?」


「治安当局に連行すると? そんなもったいないことはしない。キミにはぜひ、うちのレジスタンスに加入してほしいんだ」


「レジスタンス?」


 聞き慣れない言葉を聞きながら、デインはついこの前、自身の名を決めた時に使った書籍の内容を思い出す。

 その内容にも、レジスタンスという言葉は使われていた。その意味は、反抗勢力だ。


「この国を根底から覆し、腐った政府を滅ぼす。俺達はそういう組織なんだよ」


「――――」


 男の話を聞きながら、デインはその場から立ち上がる。

 武器もないこの状況では、無体で飛びかかったところで勝ち目はないだろう。

 かといって、ここで逃げてしまえば、治安当局に通報される可能性は高い。

 八方塞がりな状況で、デインは男の話を聞こうとした。


「キミのその迷いもなく殺しに掛かる気概を俺は買いたい。よかったら、ついてきたまえ」


「こないといったら?」


「その時はキミを殺すまでだ。通報して俺達のことを話されたらそれも困るからね。互いに弱味を握っている以上、デメリットはないだろう?」


 自らをレジスタンスと名乗った以上、デインを通報する理由はない。リスクを承知で、この男はデインに誘いを掛けてきていたのだ。

 面倒なことにはなったが、この男についていく以外に選択肢がないデインは、話に乗ることにした。


「――わかった。話だけなら聞く」


「話が早くて助かるよ! 俺の名はボリス・クリエヴァだ。キミの名前は?」


「――デイン。デイン・ウォーカーだ」


 自分で勝手につけたその名を、デインは名乗った。

 ボリスはデインの名を聞くと、ニヤリとした顔をしてデインの肩に手を置くと、


「なるほど、あの作家の名前を借りたのか。結構結構、よろしくね、デイン」


「――――」


 全てを見透かされ、そう話すボリスにデインは口を噤んだ。

 やましいことがあるわけではないが、名前の経緯を問われれば、なんとなく嫌な気持ちにはなってしまう。

 ともあれ、そう気さくに接するボリスと行動を共にし、デインはボリスの言うレジスタンスの本拠地へと連れていかれた。

 そこは、どこにでもあるような住宅地の一軒だ。

 ボリスはノックも無しにドアノブを回し、中へと入っていく。


「さあ、来たまえ」


「来たまえって……どう見てもお前の家じゃないよな?」


「? 何を言っているんだ? 俺達のホームだよ」


 ボリスはふざけているのか、首を傾げながら不思議そうに顔を顰める。

 いよいよ、ただの頭のイカれた野郎なのかと考え始めたデインだったが、その考えはすぐに霧散する。

 ボリスは二階へ上がる階段の床、その木製の一枚の板を指でなぞり、ゆっくり押すと、


「さぁ、ここが俺達のアジトだ」


「――え?」


 ボリスがそう言った瞬間、デインとボリスが立っていた床が沈む。

 音は大きくもなく、まるで電気の力で動いたかのようにゆっくりと下へと下がっていったのだ。


「すごいだろう? キミは見たことないかもしれないが、これは他国でも採用されているエレベーターの仕組みを活用して作られたものなんだ」


「えれべーたー?」


「いわゆる、階段を使わずに真上か真下にしか上下しない移動機器だ。こちらは動かずとも、勝手に上り下りしてくれるから便利なんだよ。それに、こうやって身を隠すのにもね」


「――――」


 ボリスの話を聞きながら、デインはそのエレベーターとやらに見惚れていた。

 この国では電子機器を見ることは然程あるわけではない。

 ここまで科学技術が発展した物をこの目で見たことに、感動していたのだ。


「すげえ……」


「はは、キミには珍しかったかな? でもね、キミがそう感じるのは実はおかしな話なんだよ」


「おかしい話?」


「そうだ」


 エレベーターが止まり、ボリスは地下のコンクリート製の床に足をつける。

 デインも降りろと言わんばかりに、ボリスは腕で合図を出し、デインは木製の床から降り立った。


「本来ならば、この程度の技術は知っていて当たり前なんだよ。でも、キミは知らない。キミだけでなく、キミと同じような立場の人達もね」


「どうして、知らないことになってたんだ?」


「――この国のせいさ」


 ボリスはその一言を放った瞬間、重たい空気がデインを包み込んだ。

 その感情は怒りだろうか。

 ボリスから漂うヒリつく気配は、迂闊に声すら掛けられないほどの殺気を伴っていた。


「貧困、差別、教育放棄。この国の偉いと気取っている奴らは、自国民をゴミクズのように扱い、そのクセに自分達は裕福な毎日を過ごして生き続けている。他国との干渉を避けているのも、自分達の悪行を指摘されない為なんだよ」


「――――」


「労働の対価に金を得る。これは何もおかしいことではない。でもね、労働の対価に痛みや死を得る。そんな不条理な国があって良いとキミはそう思うかい?」


「……思わねえな」


 ボリスの言う不条理な国とは、今デイン達がいる国そのものだ。

 レジスタンスが結成される理由も、今となれば分からなくもない。


 ボリスは立ち止まり、デインも釣られるようにして立ち止まる。

 気づけば、そこは広間だった。

 広間には、ボリスの仲間らしき屈強な肉体を持った男達がいて、皆が一様にこちらを見ている。


「――皆、聞いてくれ! 今日は新しい仲間を連れてきた!」


「おい、何勝手に仲間にしてんだ」


 デインがそうツッコミを入れるが、そんな流し目を無視するが如く、ボリスは続ける。


「俺達にとって、忌むべき政府のブタ共を殺す可能性のある人間の一人。デイン・ウォーカーという青年だ。仲良くしてやってくれ」


「――おい、ちょっと待ってくれ」


 聞き捨てならない発言を聞き、デインは真剣な顔つきでボリスに問いかけようとする。

 今、ボリスは何と言ったか。忌むべき政府のブタ共のところはまだいい。だが、その続きとなるそいつらを殺すのがデインと聞いて、聞き捨てるわけにはいかなかった。


「俺に暗殺しろって言ってるのか?」


「もちろん、そのつもりだ。適任だと俺は考えているが?」


「捨て駒という意味でか?」


 ボリスの真意を問いただすように、デインはそう聞いた。

 なぜ、入ってきたばかりの新参者にそんな大役を任せようとするのか。それは、一番危険な役割を任せ、自分達は見守るというやり方に他ならないのだ。


「いいや、違うな。間違っているぞ。デイン」


「何が?」


「キミは俺達の仲間だ。何があっても、見捨てるなんてしないさ。――俺も行くからな」


 ボリスは笑うかのように笑顔を見せていたが、その目は笑っていなかった。

 デインはその時、直感した。ボリスという人間は、今の政府に対してかなりの恨みを持っている。

 見捨てるつもりはないとのその言葉も、恐らく偽りではないだろう。

 本気で、この国を変えようと目論んでいたのだ。


「それで、そろそろ話を進めようぜ。俺があんた達に手を貸したとして、俺に何のメリットを寄越すつもりなんだ?」


「おお、良い質問だね。キミの言う通り、何もボランティアでやってくれなんて言わないさ。キミには暗殺の手伝いをしてもらう対価に金を与えようと考えているよ」


「……金」


 報酬の話をしながら、ボリスは金を引き合いにデインへとそう話す。

 悪くない話だ。この国では労働者が得られる賃金は雀の涙にも満たない。

 報酬の額にも寄るだろうが、リスクの高い作戦になる以上、莫大なものには違いないだろう。


「金さえあれば、人間は生き続けられる。食べ物、娯楽、投資。本来、それはこの世界で生きる人間が正当に得られる権利なんだよ。私たちはそれに嘘はつかないよ」


 ボリスはそう言いながら、デインの手に紙束を渡す。

 それを見た時、デインは驚いた。それは、目も眩むかのようか大金だったのだ。


「おい、マジかよ」


「それは前金だ。キミのことを信用する意味でのな。成功報酬はそれの二倍の金額を渡すことを約束しよう。どうかな?」


 前金に合わせ、これの二倍の報酬を渡すと言ったボリスに、デインは衝撃を受ける。

 並外れた報酬になることは予想がついていたが、いざ目にするとなると手が震える。

 デインが仮に普通に生きて働いたとしても、一生掛けてもこの前金の金にすら届かないのが実状なのだ。

 だからこそ、デインは欲に駆られた。


「おもしれぇ、乗ったぜ」


「良い返事だ。では、作戦の詳細について話そうか」


 ボリスはニヤリと笑みを浮かべながら、すぐ側にあった椅子に座る。

 木製のテーブルに肘を突き、向かいの椅子に座るよう手招きされ、デインは何も言わずに席についた。


「俺達がはじめに暗殺対象とするのは、この地区の治安維持局管理部門総括、ケリム・シェビーロフという男だ。大層立派な役職に思えるだろうが、性格は残虐。強制労働者が働く様を自ら視察し、鞭打ちで殺すようなクソ野郎だ」


「どうやって殺すつもりだ?」


「ふ、あまり気にはならないか。そうだな、奴の行動パターンはある意味で読みやすい。毎日の如く、強制労働者を虐めにいくその瞬間を狙う。警備は労働者を監視する人間のみだから、武装した政府の犬共も多くはない」


 どうやら事前に情報をまとめていたらしく、ボリスは相手の戦力と大まかな状況の詳細を話していく。


「俺達は壁で隔たれた外壁から一気に突入し、ケリムの護衛を叩く。キミにはケリムを任せたい」


「そのケリムって奴は戦闘に長けてたりするのか?」


「いや、そこまでは分からないな。安心したまえ。キミが仮に殺し切れなくとも、俺達が警備の者達を制圧すれば、すぐにでも手を貸すさ」


 万が一の時は助けを寄越す。

 まるで、仲間を守る為に言うかのようなその話し口に、デインはボリスの話していることが嘘のようには聞こえなかった。

 百パーセント成功する作戦というわけではない。

 しかし、成功すればそれだけの大きな対価がデインには返ってくる。

 それが分かれば、もうデインにとってはどうするかの答えは決まりきっていた。


「いいぜ、やってやろうじゃねえか」


「――やはり、キミは面白い」


 頬杖を突きながら、ボリスは笑う。

 デインとボリスはアジトにいる他のメンバー達と顔を合わせ、本作戦の概要について共有をしていった。


△▼△▼△▼△▼△



 場面は変わり、デインがレジスタンスのアジトへと行ってから二日が経った昼の出来事だ。

 そこは、強制労働者達が無理矢理働かせられる施設だ。地面は砂漠地帯を埋め立てしている為、砂地となっており、強制労働者達が逃げられないよう、四方は五メートルもの外壁で覆われており、まるで牢獄のような場所であった。


「さあー、キビキビ働きなさい! あなた達に出来ることは手を動かし続けること! 動かなくなった者はもう者ではない! もはやそれは物だ! つまりはゴミ! ゴミになりたくないのなら、一生懸命体を動かし続けるのです!」


 語尾が裏返る声を出しながら、羊の毛皮を刺繍で編み込んだ帽子を被り、丸メガネを掛けた男、ケリムは大声を上げて強制労働者達に叱咤激励をしていく。

 叱咤激励、とはここではもっと厳しい言い回しにはなる。

 ケリムの足元には、見せ物であるかのように強制労働者であるボロボロに傷つけられた屈強な男が倒れていたのだ。


「動けない者は速やかに! この男と同じようにゴミになります! なりたくないでしょう? 生きる為に、あなた達はこのゴミよりも有能にならないといけないのです!」


 ケリムはそう言いながら、足元にいた男の頭を踵でグリグリと踏みつける。

 普通ならば、痛みで悶絶するかのような扱いだったが、足元にいた男はピクリとも体が動いていない。

 それもその筈で、既にその男は息絶えていたのだ。

 そのやり方は単純で、同じようになりたくなければ体を限界まで動かせと見せつけていたのだ。

 当然、強制労働者達は愚痴の一言も発さず、体力の限界を超えてでも体を動かし続けている。ケリムに殺されない為に、否が応でも働き続ける他になかったのだ。


「ほら、そこぉ!」


 ケリムが指を差し、その声にビクッと体を震わせる青年がいた。

 その青年は自分の体重よりも遥かに重い、発電用の器具を持ち運んでいたのだが、体力の限界が辿り着き、膝に手をついていたのだ。


「私のさっきの言葉、覚えてますか?」


「す、すみません!」


「質問に答えない……ダメですねぇ。あなたもゴミ箱行き確定ですね」


「ひっ」


 ケリムのその非情なまでの決断に、青年は怯えるように声を漏らす。

 青年は尻餅を突きながら体全体を震わして、ゆっくりと近づいてくるケリムを見ることしか出来ない。

 恐怖で体が動かなかったのだ。それに、たとえ動けたとしても頭では理解している。

 どこに逃げようとも、逃げ道なんてものはないということを――。


「だ、誰か――」


 青年は助けを求めて、自分と同じ立場の強制労働者達へと目線を向ける。

 しかし、誰一人青年へと助けに行こうともせず、目も暮れずに手を動かして働き続けていた。


「ゴミに目を向ける者はここにはいませんよ? さぁ、皆さん。早くこのゴミを処理して下さい」


「い、嫌だ……」


 絶体絶命な状況下で、青年は怯えながら後退りする。

 こちらへと近づいてくる長棒を持った監視員達に、青年はこれから自分がどうなってしまうかを予感してしまう。

 あの長棒で袋叩きにされるだけならまだいい。しかし、それは青年が死ぬまで行われるという狂気の処刑だ。

 生きたい。ただ生きたいだけなのに、どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。

 死にたくない。死んでしまえば、この世界から自分という存在が消えてしまう。


 思えば、散々な人生だった。

 子どもの頃から満足に食べる物もなく、ガリガリに痩せ細った自身を見つめて、どうしてこんな辛い毎日を過ごさないといけないのかと考えなかった日はない。

 どうして、こんな辛い目に遭ってまで自分は働かせられるのか。

 裕福な暮らしを何度も夢見てきた。

 でも、そんなものは夢想であり、自分には手の届かないものだ。

 お金も、食べ物も、娯楽も何もない。楽しいことなんか、何一つなかった。

 それでも、彼は生きたかった。

 どれだけ辛くても、死ぬことだけは許容できないと、本能でもって心が叫んでいたのだ。


「へへ、ボロ雑巾になるまで叩き潰してやるぜ」


「おいおい、怯えるぐらいならちょっとは逃げてみろよ。まっ、追い詰めて必ず殺すんだけどな」


 こちらへと近づく監視員達はそんなことを言いながら青年に絶望を更に与えようと、わざと声を掛ける。

 痛ぶることが趣味なのか、青年からすればその考えは全く持って理解が出来なかった。

 監視員達は青年の目の前まで近づくと、ニヤニヤとしながら長棒の感触を手で確かめる。


「おい、覚悟はいいか?」


「ひっ」


「ひっ、だってよ。おい、やっちまおうぜ」


 その場から一歩も動くことが出来ず、青年は手を上げて防御の姿勢を取るが、どうせ意味がないことは分かっていた。

 恐怖に怯え、目を閉じて、されるがまま叩き殺されるとそう思っていた。

 しかし、いつまで経っても長棒で叩かれることはなかった。

 何が起こっているのかも分からず、青年は薄く目を開けて状況を確かめると、


「――え?」


 二人の監視員は、青年を叩き潰そうともせず、何故かその場に横たわっていた。

 その背中からは、止めどないほどの血が流れ出ており、青年は一体何が起きたのか不思議に考えていると、


「胸糞悪い奴らだ。ボリスの言う事も一理あるな。これは」


 青年の目の前に、全く見知らぬ男が立っていた。

 年は自分と変わらないが、身長は自分よりも高い。

 その手にはナイフのような物が握られており、刃からは監視員達を刺したであろう血が垂れていた。


「あなた、何者です?」


 ケリムは突如現れた謎の男に問いかけるように、丸眼鏡を縁を触る。

 その表情には焦りこそないが、突然の乱入者に予測がついていない様子だ。


 青年の目の前に立っていた男はケリムへと目をやると、こう言った。


「お前を殺しに来た男だよ。恨みはないが……いや、俺の連れがあるようだから代わりに殺すってとこだな。覚悟しろよ、クソダサ帽子」


「――ほう」


 目の前に立つ男はケリムに臆することもなく、そう言い切った。

 青年にとって、いきなり現れたその男は眩しく、輝いて見える。


「時間がねぇ。さっさとケリをつけてやるよ!」


 男はその瞬間、全速力でケリムへと向かって走り、ナイフでもって斬りかかった。



デインの元いた国は、実はある国をモデルにしています。

これまで登場したキャラもそうですが、出身は基本、その国でつけられる名前からちなんでつけていることがほとんどです。


追記ですが、仕事にかなり追い込まれており、予定していたよりも投稿がかなり遅れております。

帰宅時間がもう日を跨いでることもザラなので、休日も通院などで中々手がつけられない状態です。

気力で一週間以内に投稿してやろうとしていますが、第四章後半はかなり投稿頻度が遅くなる可能性があります。

個人的な意思で最後までやりきりたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。

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