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Levelモルフ  作者: 太陽
第三章 『メキシコ国境戦線』
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第三章 第十三話 『碓氷氷華』

 苛立たしい苛立たしい苛立たしい。

 なぜだ。なぜ、私だけがこんな目に合う。こんなふざけたガキに……矮小で、仲間一人助けられないクソガキにどうして殺されなければならない。

 ふざけるな。何の取り柄もない癖に、なぜお前が『レベル5モルフ』の力を持っている。

 あの女か? あの忌々しい、私でもなれなかった『レベル5モルフ』の力を持った女、イリーナが与えたのか? だとすれば、はらわたが煮え繰り返る。

 どうしてだ。どうして、お前達は特別なんだ。

 私は何も特別な人間じゃなかった。

 特別でありたかった。

 科学者として博士号を取得して、国から手厚い厚遇を受けて、そうして私は選ばれたんだ。

 お前達、無知で蒙昧な弱者とは違う。選ばれた人間。特別な人間だった筈なんだ。

 組織からスカウトされて、モルフというウイルスの研究を任され、この世界で初めての研究結果を得られた。御影島の住人を実験体にすることも、何の躊躇もなかった。むしろ、栄誉なるウイルスの被験体になれるのだ。光栄だと思われて当然の筈だ。

 なのに、あの女が、あの女が現れてから、私の立ち位置は大きく変わった。

 イリーナ、日本に来てからは世良と名乗り、『レベル5モルフ』という唯一の感染段階に辿り着いた者。

 なぜ、あの女がそれになれて、私にはなれない? ありえない、許されない、信じられない。

 私ならなれる筈だ。特別な人間である私なら、同じように『レベル5モルフ』へとなれる筈なのだ。

 だが、研究結果はどう足掻いてもなれないということだった。

 モルフのウイルスを投与したとしても、不出来な出来損ないになってしまう。

 そんなのは嫌だ。

 私が見つけたのだぞ。なら、私になれない筈がないのだ。

 どれだけ研究に研究を重ねても、『レベル5モルフ』になれる条件は分からなかった。

 初めて、挫折を覚えた。

 そして、憎しみも覚えた。

 他の誰も、何も信用できない。

 私は努力した。

 日本という国全体を実験場として、国自体を滅ぼすことにだって成功した。

 それだけやっても、『レベル5モルフ』の到達条件は分からなかった。

 そうして私は、組織のナンバー3の称号を手に入れることが出来た。

 だが、足りない。何もかもが足りない。

 更に苦々しい思いをしたこともあった。

 組織内で三人、『レベル5モルフ』に到達した者が現れたのだ。

 苛立たしい。殺してやりたい。でも、殺せない。

 たとえ挑みにかかったとしても、返り討ちにされるだけだ。イリーナならまだしも、あの三人には絶対に勝てない。それは、戦う前から分かっていたことだ。

 ならば、どうする? 何もせず、今の地位に甘んじることしかできないのか? そんなのは違う。

 私は他とは違う特別な人間であることを証明しなければならない。

『レベル5モルフ』の条件を見つけ出す為に、私はなんだってした。家族だって被験体にして、探りだそうとした。しかし、それでも分からなかった。

 なぜだ。どうすればいい。これ以上、何を試せばいいというのだ。

 苛立たしい苛立たしい苛立たしい。

 この世の全ての人間を殺し尽くしてやりたい。

 組織のことなど、本当はどうでもいい。ただ、利用価値があるから乗ってやったにすぎない。組織がここまで動かすことが出来たのも私のおかげなのだぞ。なのに、なぜ私は特別になれない。

 なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。

 考えても考えても、答えは出ない。

 そうして自暴自棄になりながら戦線に出てみれば、懐かしい者がいた。

 あの男だ。御影島で生き残り、軍隊に入ったとされるあの男。生きていたことには驚いたが、それ以上にその命を嬲ってやりたくなった。

 あの男だって、御影島で友人をほとんど失った男だ。でも、あいつの周りにはまた仲間がいた。

 気持ち悪い。どうせ失う癖に、一丁前に調子に乗りやがって。

 だから殺してやった。お前はこの世界でちっぽけな存在だと思い知らせてやりたかった。

 なのに、あの男と殺し合いになった時に気づいた。

 あの男は『レベル5モルフ』だった。

 どういうことだ。なぜ、お前がそれになれる?

 何も持たない、何の取り柄もないお前が、なぜなれるのだ。

 殺したい殺したい殺したい。

 あの顔面をぐちゃぐちゃにして、バラバラになったその肉塊を踏みつけてやりたい。

 結果的にはどうだ。私は返り討ちにされ、今も炎に焼かれてしまっている。

 死ねよ死んでしまえよ。私じゃなく、お前が死ぬべきなんだ。

 私は特別な人間だ。お前は特別なんかじゃない。

 特別な私が死んで、お前が生きていい筈がない。

 そんな目で見るな。私がそこらにいる出来損ないのような、そんな目で私を見るな。

 嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない。

 なんでだ。なんで、お前達は特別なんだ。

 何も分からず、死にたくない。

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!

 この私が、こんなクソガキに殺されて――ぇ。


△▼△▼△▼△▼△▼


 メラメラと燃え盛る炎を見ながら、修二は立ちすくんでいた。

 もう、碓氷は何もしてこない。何も、出来なかったのだろう。


『この瓶が何かって? ガソリン入れてんだよ。対モルフ専用武器の効き目が弱かった時の万が一に備えてな。まあ、危ないってのは分かるけど、メリットはあるんだから許してくれよ』


 記憶に浮かび上がる光景。

 出水が念のために所持していたガソリンの入った瓶。それが無ければ、碓氷を焼き殺すことは出来なかっただろう。

 隊員達、皆で考案した対モルフ専用武器。そして、出水が残してくれたガソリンの瓶があってこその今の結果だ。


 全ては、皆のおかげだった。


 碓氷に勝つことが出来たのは、修二一人の力などでは決してない。

 出水が、隊員達皆の力があった上での勝利だ。


「仇は、討ったぞ――」


 修二は一人、誰もいないその場所でそう呟く。

 勝利を喜び合う仲間ももういない。

 後味は最悪と言ってもいいほどであった。

 修二にとっては全てを失ったようなもので、得られたものなど何もない。


 今思えば、シャオの言うことは間違っていなかったのかもしれない。

 復讐をしたところで、何の意味もない。

 頭ではそれを理解したくなかった。


 でも、後悔はしていない。

 碓氷は殺すべき相手だったのだ。話し合いのできるような相手ではない。正真正銘のクズ同然の相手だった。


 だから、迷う必要はない。

 もう決めたのだ。誰も、誰かを頼ってはいけない。

 修二と一緒にいれば、いずれ失ってしまう。

 ならば、誰かと行動を共にする理由なんてないのだ。もう二度と、誰かを失うところなんて見たくない。


「残るは、奴らの組織だけだ」


 全ての元凶。そいつらを完全に潰すことで、修二は初めて目的を達成することができる。

 

「一人でも良い。もう誰の力も借りない。俺が……奴らを滅ぼしてやる」


 もう、誰も修二を止める者は周りにいない。

 その決意は恐ろしく固く、強固なものとなって、彼は動き出す。


 その時、彼の目の前にいた燃え盛る炎の中、碓氷氷華は力無く倒れる。

 彼女を固定していた鋼線も焼き切れ、ここからでももう見えるぐらい彼女の体は黒炭と化していた。

 それを見ていた修二は、もはや勝利の余韻にすら浸らず、蔑んだ目で見届けると、


「地獄で先に待っていろ。お前の仲間も一緒に連れてってやるからよ」


 もう、修二自身も自身が天国に行ける人間だとは考えていない。

 何かを成す為に、手段さえ選ばぬ覚悟を決めた彼の前では、どんな卑劣な方法を取ることも躊躇さえしないつもりだった。


 たとえ、それが周囲の反感を買うことになろうが、もうどうでもいい。

 彼の頭の中には、復讐という二文字しか残っていなかったのだから。


△▼△▼△▼△▼△▼


 この一日を終えて、メキシコ国境線での戦闘は終幕を迎えた。

 その日の夜に、メキシコ政府より軍の撤退命令が発令されたからだ。

 そんなことを気にするまでもなく、難民として押し寄せてきていたメキシコ国民は、一人残らずアメリカ側が確保することとなったが、彼らの末路も悲惨なものだった。

 いくら隣国とはいえ、モルフ感染者がいる可能性。また、日本のように難民受け入れの体制が出来ない以上は、強制送還をする以外に方法が無かったのだ。

 メキシコ国内は現状、モルフ感染者がいたるところにいて、もはやそれを抑えることすら不可能な段階まできている。

 そんな場所に送り返されば、国民の命なんてものは絶望に等しいものであった。

 世界各国からは人権等における非難が相次いでいたが、アメリカ政府側の発表として、メキシコからの宣戦布告無しの交戦を行ったことに対して、アメリカ側から支援することなど有り得ないとの見解であった。

 対するメキシコ側は陰謀論を唱えることとなっていたが、その真偽は明らかにされていない。

 結局、モルフ感染者を莫大的に増やしたことによって国家は崩壊。かつての日本のように、無秩序となった地帯となって、周辺各国は感染者を国境へと入れないように躍起になっていた。


 誰も、どこの国も、自国のことしか考えておらず、メキシコを救おうと考えた国は一つもなかった。


「これが、お前の理想とする終わり方か?」


「…………」


 外の者が部屋の中の声を聞くことも出来ない防音完備を施された部屋の中で、二人の男が会話をしていた。

 だが、どちらも余裕があるわけではなく、その表情は沈んでいた。


「……俺の失態だ」


 桐生は、自らの責任であることを目の前にいる風間に伝えた。

 風間はそんな桐生の発言を聞いて首を振りながら答える。


「いや、違うな。本来なら予想出来たことだった。この事態についてはな。まさか……単身で補給地点に攻め込んで来る者がいるとは」


「被害はどうなったんだ?」


「負傷者は軒並み殺されたよ。加えて、どこからやってきたのかも分からない『レベル4モルフ』の強襲の影響で、前線部隊に連絡すら出来なくなってしまった」


 突如、現れた大量のモルフと一人の人間によって、補給地点は撤退を余儀なくされた。

 あの最悪な状況により、前線に出ていた桐生、神田第一部隊と笠井第二部隊に連絡が出来なくなってしまっていたのだ。


「それに、どうやら電波妨害を引き起こした者がどこかにいたようだ。御影島の時と同じような、な」


「……一人だけ、それらしい大仰な荷物を持つ者と相対はした。周りの雑魚を片付けている間に逃げられたがな」


 桐生がレオと名乗る男と大量の『レベル4モルフ』との戦闘中、遠目に援護射撃をしてきていたエレナと呼ばれる女性がその荷物を持っていたことに桐生は気づいていた。

 しかし、それが何の機材か判断がつかなかった桐生は、優先順位をエレナに絞ることが出来なかったのだ。


「奴らは、何故か周囲にいるモルフに襲われなかった。その時、聞いた情報によれば、『M5.16薬』と呼ばれる薬を使ったようだが、何か分かるか?」


「報告を聞く限りでは、それを使えばモルフに襲われない体質になるそうだね。それも、散弾銃を片手で扱えるぐらいの筋力強化を得られるとか……まるで『レベル5モルフ』だな」


 聞くだに、非常に厄介な物を作られたものだった。

 レオという男の話に間違いがなければ、奴らは無条件にモルフを使役できるということなのだ。

 その意味がどういうことなのか、彼らは分かっていた。


「笠井修二は『レベル5モルフ』になってもモルフに襲われている。それを加味すればもっと厄介だ」


「だね。それで、その笠井修二君はどういう状態なんだ?」


 風間の問いに、桐生は腕を組んで目を閉じた。

 むしろ、こっちの方が深刻だとも言わんばかりに、彼は思い詰めてもいた。


「俺の管理不足も相まってな。隊員は出水陽介を残して全滅。その代わりに俺達が探していた重要人物、碓氷氷華と遭遇し、殺したようだが……精神状態は良いとは言えない」


「……殺した、のにか?」


「俺は復讐する人間の気持ちは分かる。表面的には取り繕っているが、あれは、あの目は復讐を誓った者の目だ。あのままにしておけば、奴は取り返しのつかない行動を取りかねない」


 ともすれば、修二がこれから何をしようとするか、その行動パターンはある程度読めてもいた。

 タケミカヅチ第二部隊は隊長を残して全滅。仲間を失い続けてきた彼の性格を読むならば、単騎行動というのが有力だろう。


「笠井修二の管理は俺が継続するか? その方が確実でもあるがな」


「ヘタをすると、噛みつかれかねないがな」


「そんなもん、俺ならどうにでもできる。力尽くでもな」


 力尽くで抑えること自体は、桐生からすれば問題は特にない。

 だが、それは別の意味でリスクも伴ってしまうことに両者は気づいていた。


「そんなことをすれば、もう彼を使うことは出来なくなるな」


「怪しむ人間も出てくるだろうからな。非常に面倒なことだ」


 笠井修二を強制的に隔離すれば、内部にいるかもしれない内通者に怪しまれる恐れがある。

 それを懸念していた二人は、あくまで最善ではなく、最悪の手段として挙げていたのだった。


「内通者が誰かは判明していないのか?」


「まだ……ね。だが、気になる情報はあった。予想通りというべき事態だったがね」


「なに? 何があった?」


 桐生が問いかけたところで、扉をノックする音が聞こえて、二人は会話を止めた。

 この部屋は特殊な作りをしており、カラオケルームのように外には音が漏れない作りになっている。

 その為、二人の声は第三者に聞こえないようになっているのだが、二人は慎重に顔を合わせて、


「入れ」


 指示を出して、扉の外にいた者が中に入ってきた。

 誰か、と思っていたが、それは心配する必要のない人間であった。


「笠井修二君、か」


「お疲れ様です。少し、尋ねたいことがありまして」


「ほう、なんだね?」


 風間は、修二の問いかけに耳を傾けようと聞く姿勢に入った。

 彼の表情は桐生が話していた通り、優れていたものではなかったが、一人で尋ねに来ることは珍しいことでもあった。

 先ほどの問題について、話し合えるならばそれもありだと考えていた風間だったが、修二の聞きたいことはまるで別だった。


「椎名はどこにいるんですか? どこを探しても見当たらないのですが」


「――彼女のことか」


 問いかけの意味を理解し、風間は頬杖をついて、少しだけ間を開けた。

 椎名真希は、今回のメキシコ国境線での作戦には参加しておらず、この日本自治区で待機とされていた。

 その理由は明確で、二人いる『レベル5モルフ』を作戦に参加させるなど、リスクが高すぎるとのことだったのだが、それを伝えたのは風間本人であり、それを知るのはタケミカヅチ部隊の日本人メンバーは把握していた事実であった。


「彼女はここにはいない。今は、別の場所にいる」


「――は?」


 呆気に取られた修二は、みるみるうちにその表情を強張らせていく。

 その返答の意味を理解出来ない様子だったのだ。


「彼女には別の作戦についてもらっている。とても重要な任務にね」


「――っ! どうしてですか!? ここに残すって言ったのはあんたの筈だ!」


「理由は二つある。任務の詳細は話せないがね」


「ふざけるな! 危険に晒すだけ晒して、何かあったらどうするつもりなんだ!」


 激昂し、今にも胸ぐらを掴みかかりそうになる修二を桐生が前に立ちはだかり、制止させた。

「落ち着け」と、桐生が言っても、修二は落ち着くことが出来ない様子だった。


「価値が無くなったから捨てるのか!? あんたにとって、俺達は捨て駒なのかよ!?」


「――それは違う」


 強く言い放ち、風間は修二の追撃をかわしていく。

 こうなれば、どうしようもないと考えた風間は、修二へと本当のことを話そうとした。


「理由は二つあると言っただろう。君は今回の作戦において、本当に椎名真希をこの場所においていくことが適切だと思っていたのかい?」


「どういう……ことだ」


「予想通りのことが起きたから、この際、君にも話すがね。今回の作戦中、我々は全ての兵力を作戦に投入した。それはつまり、この場所の警備が手薄になるということだ。その意味を理解できるかな?」


「――――」


 言われたことの意味を吟味したようで、桐生に止められる修二の手の力は弱まっていった。

 ようやく落ち着いた様子を見たことで、風間は本題に入れると考えることができた。


「実はね、今回の作戦中、我々がいない隙にアメリカの要人の何人かが訪れていたようなんだ。それも、椎名真希が居住している地域を徹底的にね」


「なっ!?」


「間違いなく、彼女を探していたのだろうね。それを予測して、我々は椎名真希を国外に一度飛ばす必要があった。当然、彼女の護衛には少数精鋭になる者達がついている」


「国外って……どこへ?」


「それは話せない。作戦の詳細については現時点ではね。だが、それを椎名君が果たすことが出来れば、人類にとって大きな希望になる可能性があることでもある。それが二つ目の理由だ」


 話せるギリギリの部分まで伝えた風間は、それ以上は話せないという雰囲気の様子で、口を閉じた。

 しかし現在、ここに椎名がいないという事実自体が、彼を焦らせていることも事情から理解出来ていた。


「俺も、その任務につかせて下さい」


「無理だ。お前の情報がどこまで敵に把握されているか分からない現状、そのリスクを犯すことは出来ない」


 桐生がそう口を出して、修二は対抗するように桐生を見た。


「俺が前線で遭遇した碓氷は、俺のことを知らなかった。つまり、敵はまだ、『レベル5モルフ』は椎名だけだと思い込んでいる筈です」


「そこにいたのが本当に碓氷一人ならばな。誰か一人でもそこに潜んでいれば、もう敵には知れ渡っているんだぞ。それに、お前はそこで見知らぬ相手と遭遇したと聞いているが?」


 桐生の言っていることは、事前に聞いていた情報の一つでもあった。

 笠井修二は碓氷との戦闘中、ある男に助けられたと話していた。

 シャオという名前からして、中国人であることは判明しているが、その実態は掴めていない。

 敵か味方かもわからない現状、危険人物になりうる可能性があることは事実だったのだ。


「それでも……俺は……っ!」


「耐えろ、というのが難しいことは分かっている。だが、今は椎名君を信じてやってほしい。彼らが目的の者を連れてくることが出来れば、君達の問題も含めて解決できる兆しがあるかもしれないからね」 


 気持ちはわかる。

 それでも今は抑えろと、風間は修二に念押しした。

 本当ならば、椎名達の任務に就かせてやりたいのは山々ではあったのだ。

 だが、状況はあまりにもギリギリを辿っており、これ以上のリスクを負えないことも現実としてある。

 ただでさえ、椎名を国外に出すなど、敵側の思慮の裏を突いた賭けに近い作戦なのだ。

 もしもこの作戦がバレてしまえば、目的の者と椎名真希という重要人物を奪われてしまい、人類はモルフというウイルスに敗北する結果が生まれる。

 それほどに、風間も慎重にならざるを得ない状況に追い込まれてしまっていた。


「俺達の問題が解決するっていうのは……?」


「上手くは話せないが、そのままの意味で受け取って貰えればいい。ただ、このことは元々、私と桐生、椎名真希のみが知る機密案件だ。他の誰かに知られれば、この作戦は無に帰すと考えてもらえると助かる」


 詳細は話せない。

 とはいえ、これを誰かに話せば、修二の大切な人を危険に陥らせると、暗に風間は告げた。

 卑怯な物言いだが、大人しくしてもらうにはこう言わざるを得なかった。


「……今は、分かりました。先ほどは失礼をし、申し訳ございません。このことは誰にも言わないようにします」


「頼んだよ、笠井君」


 そうして、修二は何も言わずに部屋を出て行く。

 一件落着かと見えるその一連の流れに、風間はため息をついて、


「――彼は、変わってしまったね。きっかけは碓氷氷華か?」


「だろうな。元々、あいつはこれまでに何度も仲間を失うところをこの目で見てきた。それも、今回は自分を慕う者達を失ったんだ。その反動は復讐者に身を投じるには十分すぎる」


「復讐……か」


 復讐とは愚かな行為である。

 同じような意味で、国家間においては報復という行為もあるのだが、個人となれば話は変わる。

 悲しみは怒りへと変わり、怒りは殺意へと変容させる。

 数々の死を目の当たりにした風間や桐生だからこそ、それは理解できる。

 だが、それはあまりに愚かな行為である。

 復讐に身を投じた人間の末路は、必ず不幸に落ちる。そんな人間を何度も見てきた二人は、笠井修二が良くない方向へと突き進もうとしていることは、たとえ本人が取り繕っていても丸わかりであった。


「今、現状は彼を監視するほかにないだろうな。こちらで何人か監視を回す。君も、少しだけ休みたまえ」


「なぜだ? 俺に任せておけば、人員が少なくて済むだろう?」


「君も復讐に身を投じていないと証明できるのかい?」


「――――」


 その一言に、桐生は押し黙った。

 沈黙は肯定だと受け取るように、風間は桐生へと再確認するように続けた。


「君の望みは私も知ることだ。利害が一致する以上、止めはしないさ」


「……わかっている」


 それ以上、二人は何も言葉を交わすことはなかった。

 司令官と戦闘員。二人の中にあるのは信頼か、それとも――。



第三章は意外と情報量が多い部分となっています。


あと、今回で明らかにしましたが、『レベル5モルフ』はモルフに襲い掛かられます。

世良望のように、モルフを操るようなことでもしない限りは、モルフの捕食対象になるのです。

それとは相対して、『M5.16薬』はモルフに襲われない体質になるといったものです。

確かに、『レベル5モルフ』の一部分の能力を行使できるという点では間違いがないですが、再生能力もないですし、そもそも身体能力の差が歴然としています。

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