表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Levelモルフ  作者: 太陽
第三章 『メキシコ国境戦線』
103/237

第三章 第十二話 『意思は死なない』

 目覚めは、激痛と共に襲い掛かってきた。


「うっ、ぐっ――」


 意識が覚醒していくと共に、それは明確な感覚に変わっていく。

 痛い、なんて軽いものではない。

 何かが体内から溢れ出ていくような妙な感覚と喪失感。その両方を感じて、パニックに陥る。


 一体、何が起こっているのか。

 それが分かったのは、目を開けた時だった。


「え?」


 修二の目線の先、左腕と右足首の先が無くなっていたのだ。


「あ、ぐぉぁぁああぁああっ!!」


 痛い痛い痛い。

 思考すら定まらず、少しでも叫んで痛みを誤魔化そうと必死になる。

 傷口から溢れ出るように血が溢れ出て、ショックで気絶しそうになる。


「大丈夫ですか? いや、大丈夫なわけないですよね。とにかく、もっと叫んで下さい。特に、汚い言葉を発しながらね」


「な、ぁっ?」


 修二の目の前に見知らぬ男がいた。背丈は低い、見た目も若そうな青年だ。

 それを見た修二は一種の恐怖に陥る。


 修二は捕まり、捕虜にされたのではないかと。


「ああ、僕は敵じゃないですよ。むしろ、あなたを助けたんですから礼は欲しいところです。まあ、そんな状況じゃなさそうですが」


「敵、じゃない?」


「ええ、ですから今は僕の言う通りにして下さい。クソでもボケでもなんでもいいですから、汚い言葉でもって叫び続けるんです。微々たるものですが、それが鎮痛作用になります」


「――分かった」


 意識が逆転しそうになるが、それを抑えながら修二は言う通りにしようとする。

 この男の言うことが間違いではないと知っていたからだ。


 聞いたことがある。痛みに苦しむ時、とにかく罵るような汚い言葉で叫び続けることによって、痛みを抑える鎮痛効果が働くということを。


「クソッ、クソッ、クソッ! 痛えよ畜生がぁぁぁぁっ!!」


 みっともなく叫び、それが自身の為になることを信じて修二は何度も何度も叫んだ。


「そう、それで良いんです。では、止血治療しますか」


「ま、待て」


 修二は、治療を始めようとする男に対して、静止させようと手で止める。

 それを見た男は、訝しげな表情をして修二を見ると、


「どうしました? このままだと、出血多量で死にますよ?」


「大丈夫、だ……死なない……から」


「これに関しては精神論ではないんですが……」


 ごもっともな意見だが、間違いでもある。

 この男が知るはずがなかった。修二が治療を必要としない理由が。


「ん? ええ? これって……再生してる? あなた、何者ですか?」


「変わった体質しててな。だから、治療はいらない」


「そんな体質聞いたことないですよ……いや、そうじゃない。想定以上、というところですか」


 男は最初、驚くように修二の傷口部分を見ていたが、徐々にそれは納得のいったかのような様子となっていった。

 それを聞いた修二は、その様子に違和感を感じるが、今は自身の治療に専念すべきと考え、後回しにした。


 それから、修二は何度も叫び続けて、体が元通りになるまでそうし続けてきた。

 この間に碓氷に見つけられるリスクも十分にあったが、男が「大丈夫ですよ」と言っていたので、理由は後回しにしてとにかく修二は自身のことに集中していた。


 完全に体が元通りになるまで、十分とかからなかった。


「助かった。礼を言うよ、ありがとう」


「いえいえ、お気になさらず。それでは、少し話を聞かせてもらってもよろしいですか?」


「その前に……あんたは何者だ? 俺はあの時、何があったんだ」


 修二は、碓氷と戦った時の顛末を問いただした。

 あの時、修二は碓氷の攻撃を避けきれないと悟り、一か八かの相打ち狙いを強行したのだ。

 しかし、碓氷のワイヤーが地面を打ち付ける直前、声が聞こえていたことまでは覚えている。


「あの時、あなたはその場に留まっていれば間違いなく死んでいました。ですから、僕が助けたんですよ。あっ、僕の名前ですよね。僕はシャオ。しがない旅人みたいなものです」


「なんで、助けようとしたんだ?」


 修二の声のトーンが低くなり、少しだけ雰囲気が変わる。

 しがない旅人と聞いて、この男が嘘を言っているように聞こえたのだ。

 こんな危険地帯に、旅人なんているはずがない。

 それに、あの状況下で死ぬかもしれない修二を助けて、自分が死ぬかもしれないリスクを負う理由が分からなかったのだ。


「それを聞くと、僕が聞きたいことに関連する話になりますが、それはよろしいですか?」


「……ああ。構わない」


「さっき、僕は旅人ということを話したと思いますが、実際には人探しをしていたんです。正確には僕の姉ですが」


「姉?」


「ええ、血の繋がった唯一の家族です。行方不明になって、もう十年近くになりますがね……」


 シャオと名乗る男の話を聞いて、修二は黙って聞いていた。

 正直、それさえも嘘くさく聞こえてしまう。

 そもそも、話が脱線しているように感じてしまうのだ。


「その姉の噂について……いえ、少々良くない話ですが、闇側に生きる人間の情報によると、彼女が生きているという情報が入ったんですよ。それも、たちまちに傷が塞がるような体質……あなたと同じようになっているというね」


「――――」


「あなたを初めて見つけた時、戦闘中になっていることは見てすぐに分かりました。それぐらいなら放っておこうと考えていたんですが、そうもいかなくなった。あなたの傷口が、再生しているのを見てしまってね」


「なるほどな」


「あの時、あなたと戦っていた女の方が『レベル5モルフ』なんて単語を発していましたが、あのゾンビ共に関係していると聞いて、さすがに放っておく理由にはならないと思ったんですよ。最初、見捨てようとしたことは否定しませんが」


 聞いている内に、理解することができてきた。

 つまり、シャオは行方不明になった姉を探し、その姉が修二と同じ体質であることを認識して、修二を助けた。そういうことだろう。

 だが、一つだけ気になることがある。

 それは――、


「――シャオの姉も、『レベル5モルフ』ってことか?」


「その……『レベル5モルフ』ってのは何かが分からないんですが、それについて教えていただけないですか?」


「それもそうだな……話していいか、と言われると本当はダメなんだけど、助けてもらった恩もある。口外禁止という約束を守ってくれれば話すが、それでもいいか?」


 そうでなくても、話すことは良くはないだろう。

 『レベル5モルフ』自体、そこまで出回った情報ではないのだが、修二が『レベル5モルフ』であることを話すのは明らかに機密情報に触れることだ。

 だが、修二の再生能力を見たことは事実なわけであり、話さなくてもシャオは聞き出そうとしてくるはずだ。

 それこそ、修二の情報がばら撒かれるというリスクもありうる。


「約束します。我々の一族は、約束は絶対という理念がありますから」


 シャオの一族のことは知らないが、その言質を取れただけ、十分ではある。

 そうして、修二はモルフに関する説明をした。

 世界中にテロリスト達がばら撒いているモルフウイルスの詳細。その感染段階と『レベル5モルフ』について、嘘偽りなく、全てを答えた。


 それを聞いたシャオは、信じられないような表情をしていたが、その後、納得するように顎に手を当てていた。


「――そうですか。だから、あなたの腕と足が再生したんですね。初めて見た時、てっきり軽傷に限るものかと考えていたんですが、見たものと、あなたの言葉に間違いはない」


「俺を助けたのは、もしかして姉の行方を知っているかもしれないと考えたからか?」


「それもあります。ですが、僕は知らないことがあまりに多すぎた。だから、今あなたの話を聞いて、利得は得れたと感じていますよ。本当に、ありがとうございます。姉に一歩、近づけました」


 そう説明して、シャオは頭を深々と下げた。

 どこまでが本当で、どこまでが嘘かどうかは分からない。

 だが、修二を助けたという事実は本当だ。

 それだけでも、修二は信じるという根拠になる。


「それと、あなたと同じ隊服を着た男性を見かけましたが、あの人はあなたの仲間ですか?」


「俺と同じ……出水のことか?」


 シャオの話す男とは、出水のことを言っているのかと思われた。

 しかし、そんなことを聞かれたところで、修二は思い返したいわけでもなかった。

 出水は血まみれで動かないことから、既に死んでしまっていると思っていたのだから。


「彼の止血治療も一応、しておきましたよ。とはいえ、意識が戻らないことからも安心できる状態とはいえないですが」


「は?」


 シャオの言葉を聞いて、修二は驚くように目を見開く。


「生きて……生きているのか!?」


「風前の灯火であることには違いないですが、ギリギリ生きていますよ。僕の予想では、あと一日は持つかと思われますが」


「そう……か」


 修二は出水の容態を聞いて、脱力するようにして腕を下ろす。

 出水は生きていた。それが、彼にとってどれほどの救いになるのか。修二は安堵していた。


「ところで、あなたの名前はなんていうのですか?」


「ああ、俺は笠井修二。日本人だ」


「へぇ、日本人とは珍しいですね。聞き耳にしか及んでいませんが、大変だったらしいですよね」


「……ああ」


「あまり、深々とはお聞きしないですよ。僕に言えた義理はありませんが、前を向くことは大事ですから」


 シャオは、同情するように修二へとそう言った。

 それが、修二の中で何かチクリと引っかかりを覚えたのだが。


「ちなみに、ここはどこなんだ? 碓氷の奴はどこに……」


「ここは街の中です。地下の中なので、声は外に漏れていません。あの女も、恐らくまだ街の中にいるでしょう」


「そうか……それを聞いて安心した」


 修二はシャオの説明を聞いて、立ちあがろうとした。


「ちょ、ちょっと? どこに行くんですか?」


「決まってる。あいつを、碓氷を殺しに行くんだよ」


「本気ですか? さっき、殺されかけたんですよ? それに、戦闘の一部始終を見てましたが、あなたじゃ、あの女には勝てませんよ?」


 シャオは単刀直入に、正直にそう答える。

 それでも、修二は止まるつもりはない。勝ち目が薄いことは、百も承知なのだ。


「……それでも、やる。俺はあいつらの、皆の仇を取らないといけないんだ」


「仇討ち、ですか。あまりオススメは出来ないですね。そんなことをしても、何も変わらないですよ?」


「なんだと?」


 聞き逃せない言葉を聞いて、修二はシャオを睨む。

 何を分かっているのか、それを悠然と話すこの男を許せなかったのだ。


「僕も、あなたと同じような状況に陥った時はありました。でも、それは無意味であることに当時は皆が気づいたのです。それは、あなたも同じですよ」


「分かったようなことを、言うんじゃねえよ」


「……そうですか。それも一つの選択です。手伝うことも出来ますがどうしますか?」


 シャオは、そう言って背中の腰に掛けた二本の青龍刀を手に取る。

 そう言うからには、この男もかなりの実力者であるということだろう。

 どれほどのものかは知らないが、それでも修二の答えは決まっている。


「必要ない。あいつは、俺が殺す」


「そうですか。では、話はこれっきりですね。私も、あなたから聞きたいことは聞けましたし、行くことは止めないですよ。どうぞ、気の済むまで頑張って下さい」


 シャオは、修二のやることを咎めるわけでもなく、あっけらかんとそう答えた。

 なんとなく、感じていたことだ。

 シャオのことを心の底から信用できない理由。それは、この男に情らしきものがまるで感じられなかったからだ。

 最初に話していた時も、元々は放っておくつもりだったとも聞いている。


 あくまで、修二を助けたのは自身の有益になる情報を聞き出す為だけ。それ以外は、シャオにとってはどうでもいいことなのだ。


 死にに行くのならば、勝手にすればいい。

 それは、修二にとっては死ぬつもりはないが、一人で戦うことに対しては肯定的だ。


 だから、シャオの言うことに、何も言い返す言葉はなかった。


「助けてくれたことには感謝してる。姉のこと、見つけ出せるといいな」


「ええ、いずれ見つけてみせます。あなたも、御武運を」


 シャオは一礼して、修二は何も返さずにその場を立ち去る。


 彼との邂逅は、これが最期になることをこの時の修二はまだ知らなかった。


△▼△▼△▼△▼△▼


 これが、正真正銘のラストチャンスになる。

 碓氷は恐らく、まだこの街の中にいるはず。

 向こうは修二がまだ生きていると、間違いなくそう考えているだろう。

 以前と違うのは、お互いの位置がどちらにも把握出来ていないことだ。

 以前は、碓氷が修二を捕捉した上での集中砲火を食らったわけだが、今回はそうはならない。


 このアドバンテージを活かす為には、より慎重に動く必要性があった。


「その点は、本当にシャオに感謝だ」


 もしもあの時、修二がシャオに助けられていなければ、修二は五体満足にいかないまでも、そのまま追撃されて殺されていた。

 いくら『レベル5モルフ』の再生能力があろうとも、動けない状態になれば普通の人間と変わらず、脅威にはならない。


 よって、修二にとっては、このまま碓氷と戦っても、勝てないことはほぼ確実的なものとなっていた。


「考えろ、どうすればあいつを殺せる? 普通にやり合っても勝ち目はない。手札が足りないんだ」


 碓氷の武器のタネは割れている。

 それでも、修二に勝ち目がないことは明らかであり、何より、碓氷に勝つ為には、接近戦に持ち込まないといけないのだ。


「あの武器は、遠距離でも近距離でも関係なく使える。鋼線を避けながら、あいつの懐に飛び込むのは不可能だ」


 修二の持つ武器は基本的に射撃武器に偏っており、ナイフ程度ではあの鋼線を瞬時に切ることは難しい。

 対して碓氷は、手を振るうだけで近づく敵を殲滅できるのだ。


「隠れながら戦うことは確定で、後は何か……俺にできることは……」


 武器はともかく、自身に出来ることが何かないかと、修二は考える。

 体術は平均的、それ以外にあるものと言えば、それは『レベル5モルフ』の力のみだ。

 だが、修二はその力を使いこなせているわけではない。

 世良のような超人的な身体能力を発揮できるわけではないのだ。


「でも、その片鱗はあったよな」


 修二は、記憶の中であった出来事を思い出す。

 思えば、気かがりなことはあった。修二が自身の思う動きとは違った、特殊な身体能力を発揮したことはある。


 一つは桐生との対人格闘訓練。

 修二はあの時、桐生に対して自身が動こうとした動きとは別の、超人的なスピードで圧倒したことがあった。

 あの時の動きを一重に説明するならば、それは御影島での桐生と世良の戦いだ。

 世良が桐生へと猛攻を仕掛けた時の動きと、まるで変わらなかったのだ。


「何かトリガーがあるということか? でも、椎名を助けに向かった時も、同じことがあったけど……格闘訓練の時とは状況が違う」


 もう一つ、例を挙げるならば、それは修二が椎名を助けに向かった時のことだ。

 フォルスのアジトで、修二が椎名を助けに屋上へ向かう途中、銃を持った下っ端達に対して発揮したことだ。


 あの時の動きは世良ではない、神田や出水と対人格闘訓練をしたアリスの動きだった。

 あんな動きは、当時の修二には出来っこなかったことだ。

 それを出来たということは、あれも『レベル5モルフ』の動きには違いないはずなのだ。


 しかし、それを発揮してみせた時の状況の共通点が分からなかった。

 ただ分かることは、修二が必死になっていたことだけだ。

 精神論に関わるものならばなんとなく分かるのだが、確実的なものとは言えない。


「どっちみち、俺が自在に扱えない以上は意味ないか……」


 碓氷と戦闘になれば、嫌が応にも必死にはなる。

 ならば、その時の奇跡に祈るのみで、今はそのことを考えるのは筋違いだ。


「なら、俺に出来ることはエイムスキルぐらいか。いや……待てよ?」


 ふと、修二は何かを思いついたように顎に手を当てる。


「碓氷は鋼線を使う。目で視認できない程とならば、かなりの細さの鋼線の筈だ。――ってことは」


 修二は手元にある、ある物を見た。

 それは、出水から借り受けた物だ。


「――――」


 修二は考える。

 これがあれば、もしかすると碓氷を殺せるかもしれない。

 それでも、完全に不意を突いた上での話になるが、やる価値は高い。


「――そうだな。元より、そのつもりだったはずだ」


 迷う必要はない。

 もう決めたことだった。

 修二は何が何でも、例え自分がどうなろうとも、碓氷を絶対に殺す。

 たとえ一人でも――いや、一人じゃない。


「皆の意思は、まだ生きている」


 仲間達の姿を思い浮かべて、修二は立ち上がる。

 彼らの無念を、意思を無駄にしないように、修二は心の中で決めたのだ。


 碓氷を、奴らの組織を根絶やしにすると。


「く、くくく。待っていろよ、碓氷。今からお前を殺してやるよ」


 修二自身は気づいていなかった。

 今の修二の姿は、これまで出会った人達から見れば、もはや別人のような姿であったことを。


△▼△▼△▼△▼△▼


「はぁーい。笠井修二君、どこにいるのかしらぁ? まだ殺し合いの決着はついていないわよぉ? それとも、逃げちゃったのかしら?」


 街中にある、全ての放送用に使われるアナウンスの機械から、碓氷の声が響く。

 その執着心はまるで変わらず、彼女は修二との殺し合いの続きを望んでいた。


「逃げるわけないわよねぇ。友達があんなに無惨に殺されて、それで逃げるなんてあなたらしくない。あなたの復讐心はそんなちっぽけなものじゃないってことは、私が一番良く理解してるのよぉ」


 修二のことを何もかも理解しているかのような、修二からすれば気分の悪いであろう話し口で、碓氷は淡々と話していく。

 この街のどこかにいる、修二に対して――、


「あなたがレベル5モルフだってことは、本当に驚いたわ。だから、尚更決着はつけないといけない……。ああ、これは私の本意で、あなたと同じように本気であなたを殺したいと思っているわ」


 本当は、修二が『レベル5モルフ』だったということを知らなくて、そのまま逃亡されていれば碓氷は無理に追うつもりはなかった。


 だが、彼がその感染段階のモルフであるならば、放っておく気はまるでない。

 それは、彼女なりの矜持のようなものだった。


「さぁ、二回戦を始めましょう。あなたと私、どちらが生き残るか――」


 それは、以前の呼びかけと同じようなものだった。

 碓氷は、修二の位置を把握しきれていないことが前回と違う点だが、それ自体は大したアドバンテージの喪失とはならないと分かっていた。

 碓氷の持つ武器があれば、近づく敵を瞬殺できるようなものだからだ。


 そうして、二度目の開戦の合図を切ろうとした時だった。


『ああ、始めよう。ここからは、俺のターンだ』


「っ!?」


 碓氷の声に返すように、それは聞こえた。

 背後から聞こえたことで、取り乱した碓氷は振り向くと同時に左手を振るって、後方にある全ての物体を切り裂く。

 建物内の壁が崩れて、外の景色が露わになるほどの絶対的な破壊がその場で生じた。


 だが、そこに修二の姿は無かった。


「どういうこと……? これは?」


 それを言ったと同時に、碓氷は気づく。

 碓氷に返すように放った修二の声、あの声の中には、少量の雑音が混じっていた。


 そして、碓氷の目の前には、一番始めに修二達とコンタクトする時に使用した無線機が落ちてきた。

 碓氷の振った鋼線によって完全に壊れてしまっていたが、理解した。

 これを使って、逆に碓氷の方へとコンタクトを取り、修二は自分がそこにいるように見せかけたのだ。


「しまった、位置がバレたわね」


 全ては修二の作戦の内だと、すぐに理解した。

 碓氷が切り裂いた建物は、大きな衝撃をもって崩れ落ちている。

 それは、この街中にいる者からすれば一目瞭然になっている筈だ。


「……まんまと引っかかったわぁ。やるじゃない」

 

 不利な状況に立たされても、碓氷は不敵な笑みを崩さなかった。

 修二が姿を現さないとすれば、それは碓氷の武器の危険性をよく理解しているからだろう。

 裏を返せば、碓氷の武器に対応する為の手段をまだ思いつけていないということでもある。


「そっちがその気なら、私も乗ってやろうじゃない」


 碓氷は右腕を空へと向けて、手首に装着している射出機から鋼線を射出させる。

 弾丸の如き速度で射出された鋼線は、やがてある一定の距離を飛ぶと自動で止まり、ピンと張った状態となる。

 そして、碓氷はその瞬間、勢いよく腕を振るい、先端にある分銅が支えとなって一直線の軌道を描いな鋼線が建物へと直撃。壮大な破壊が巻き起こる。


「はは! 出ていらっしゃい、笠井修二! この瞬間を狙っているんでしょう!?」


 恐らく、近くにいるであろう笠井修二へと向けて、碓氷は煽りながら下卑た笑みを見せる。

 碓氷が考える修二の作戦は、カウンター狙いであろうということであった。

 迂闊に碓氷へと近づけない以上、一発で仕留める為に、碓氷の攻撃の瞬間を狙う。

 それ以外に考えられなかったのだ。


 そして、その考えは間違っていなかった。


 パンッと、銃声音が聞こえ、碓氷は即座に首を後ろへと下げる。

 頭部狙いだと考えたのだ。

 だが、修二の狙いはヘッドショットではなかった。


 碓氷の右腕に取り付けられた、鋼線射出機へと銃弾が当たり、それがバラバラに壊れる。


「っ! へぇ、そっちを狙うの。でも、あなたの位置は分かったわよ」


 弾丸の軌道から修二の位置を割り出し、即座に残る左腕の手首に装着した射出機から鋼線を飛ばす。


 碓氷は二種類の武器を持っていた。

 一つは、手にはめられた手袋だ。

 その指先にはそれぞれ鋼線が取り付けられており、主に近距離の相手に使用している。


 もう一つは、今碓氷が使用している鋼線射出機である。

 この武器は、主に遠距離専用に使用する武器であり、碓氷が最も使う武器だ。

 釣竿に取り付けられるベイトリールの見た目をしており、射出口には重しとなる分銅が取り付けられている。

 この分銅がこの武器の要でもあり、重要な役目を果たしていた。

 高速で射出された鋼線は、碓氷の必要だと考える射出距離へと飛び、止まる。

 それを振るうことで先端に取り付けられた分銅が鋼線を張って、狙う場所へと鋼線をぶつけることができるのだ。

 後は、切断威力の高い鋼線が対象へとぶつかり、今までの破壊の要因となっていた。


「炙り出してあげるわぁ!」


 修二の姿こそ視認できていないが、おおまかな位置を掴んていた碓氷は、迷わずに射出された鋼線をぶつけようと左腕を振るう。

 そして、碓氷の狙い通り、修二がいるとされる建物の群を破壊して、粉塵が舞い散る。


 もしも、その場にいれば、建物の崩壊に巻き込まれて生き埋めは免れなかっただろう。


「呆気ないわねぇ。武器破壊は良い手だったけども、それじゃあ私は倒せない」


 姿が見えないことから、笠井修二は死んだのだろうと、そう結論付けようとしたが、碓氷は粉塵が収まるまでは気を抜かなかった。


 本当に呆気なさすぎたのだ。

 何か、ほんの少しのとっかかり。違和感が碓氷の中でぼんやりと浮かび上がっていた。


「――――」


 目を細め、碓氷は戦闘体勢を解かずに両手の指を開閉する。

 いつ、どこで奇襲が掛けられても反撃できるよう、手袋の調子を確かめながら様子を伺っていた。


 粉塵が収まり、そこは瓦礫の山と化していた。

 笠井修二の姿は見えず、奇襲を掛けられるようなそんなパターンもなかった。


「本当に終わり? いや、これは――」


 何もしてこないことから、死んでしまったと結論付けようとした碓氷だが、目の端に捉えたある物体を見て考えを変えた。

 人影らしき何かが、別の建物と建物の間を抜けていくのを見て、碓氷は臨戦態勢に入る。


「こっちに近づこうというわけね。出来るものなら、やってみなさい!」


 すぐ目の前の建物へと向けて、碓氷は右手を振るい、五指の先にある鋼線がぶつかる。

 建物の一部が破壊され、それは姿を現した。


 間一髪で鋼線から避けていた笠井修二が、そこにいたのだ。


「みぃつけたぁ!! かくれんぼはお終いよ!」


 姿さえ捉えれば、もうこっちのものだ。

 この距離ならば、両手を振るうだけで笠井修二をバラバラに出来る。

 そう考えていた碓氷は、両腕をバツの形になるようにして振るう。


 そして、笠井修二のその体が、バラバラになるかと思われた寸前だった。


 ありえない跳躍力で、笠井修二は碓氷の攻撃から逃れたのだ。


「な……に?」


 信じられないものを見る目で、碓氷は固まっていた。

 笠井修二が『レベル5モルフ』であることはついさっき知ったところだ。

 あの時、『レベル5モルフ』の能力の一つである身体能力の特化向上能力は使っていなかった。

 使えなかったのだと判断していたが、それが今使えることになったとしても驚くようなことではない。

 碓氷が驚いたのは、そこではないのだ。


 笠井修二のあの動きが、忌まわしきあの女の動きに見えて――、


「っ! ぶっ殺してやるっ!!」


 怒りの形相に変えた碓氷は、なりふり構わず両手を振るい、修二を肉塊に変えようとする。

 修二はそれを、まるで見えているかのようにギリギリで鋼線を避けて、事なきをえていた。

 それを見ていた碓氷は、悔しそうに歯軋りをして、


「てめぇが……何でてめぇが『レベル5モルフ』になれる!? なぜお前が……あの女もそうだ!! 自分が特別だと言わんばかりに振る舞いやがって! ふざけんじゃねぇ!!」


 いつもの口調はどこへいってしまったのか、碓氷は沸る怒りと殺意を隠そうともせず、心の内を明かす。


「お前のその動き、なぜだ!? なぜお前がイリーナと同じ動きをする!? あの女は死んだ! 死んだ筈なんだ!! お前は! あの女に憎しみを抱いていた筈だろう!? なのに、どうして!?」


「――お前が何を言っているのか、何も分からない」


「――っなら、黙って死んでろ!!」


 答えの出ない会話に業を煮やした碓氷は、全力で修二を仕留めようとした。


 前述した通り、碓氷は二つの武器を扱う。

 だが、それはあくまで碓氷が攻撃手段として使う場合の武器のことだ。


 碓氷は、用心深い。

 これまで、修二の取り巻き達を密かに一人ずつ引き離し、潰してきたことだってそうだ。


 碓氷にはもう一つ、武器があった。


「死ねっ!!」


 碓氷の両手が振るわれて、十本の鋼線があらゆる方向から修二へと襲い掛かる。

 一本でも当たれば致命傷は避けられない。下手をすれば、即死だってありうる。


 目視すら難しいその鋼線の動きを、修二は目で見えているかのように動き、前後左右に切り返してギリギリ寸前のところで避ける。

 鋼線が障害物にぶつかることで発生する粉塵から逃れようと、修二は狭い路地へと逃げ込もうとした。


「くく」


 碓氷は笑った。

 まるで計画通りと言わんばかりの表情で、逃げ惑う修二へと追い討ちをかけようとする。


 碓氷はあらかじめ、罠を張っていたのだ。

 碓氷のいる建物の周りには、蜘蛛の巣のように鋼線を張り巡らされていた。

 それに走るスピードでもってぶつかれば、全身が切り刻まれるということだ。


 目視すらできないその鋼線に、気づく筈は――、


「あ――?」


 さっき、なぜ笠井修二は碓氷の鋼線を一つ一つ、見極めて避けることができたのか。

 そのことに気づくのと、ほぼ同時だった。


 罠として張り巡らされた鋼線の一歩手前で、笠井修二は立ち止まり、碓氷へと振り向く。


「っ!」


 碓氷はすかさず、右手を振るおうとした。

 どの道、こちらから追い討ちをかければ、八方塞がりだ。

 そう考えていたのだが、それはできなかった。


 こちらへと振り向いた笠井修二が、その振り向きざまと同時に、何かをこちらへと投げつけてきたからだ。


「――――っ!」


 それを目で視認する前に、碓氷は修二が投げつけてきたそれを右手の鋼線で壊そうとした。


 それを視認したのは、鋼線がぶつかり、それがバラバラに砕けた瞬間であった。


 瓶の形をしたそれは、中に入っていた液体がぶち撒けられ、そのまま碓氷へと降り注ぐ。

 それを避けることは出来なかった。

 なにせ、それが瓶であることや、液体が入っているなどと碓氷自身が気付けていなかったからだ。


「――クソッ!」


 液体を直に浴びて、碓氷は焦る。

 投げつけられた瓶の中身が強酸性の液体であれば、勝負は決してしまう。

 だが、液体の中身はそんなものではなかった。


 人体に特に影響がないことがすぐに分かり、代わりに何をかけられたのか訝しむが、匂いですぐに気づいた。


「これは、――ガソリン?」


 鼻をつんざくような硫黄系臭気が立ち込み、碓氷は修二の狙いに気づいた。


 だが、もう時既に遅かった。


「よう、言ったよな。ここからは俺のターンだって」


 笠井修二から視線を外していた一瞬の隙をついて、彼はすぐ近くに立っていた。

 その手には、サブマシンガンではない、スナイパーライフルのような形状をした武器が握られて、碓氷へと銃口を向けていた。


「……私を火炙りにするつもり?」


「それ以外に何があるって言うんだ?」


「なら、甘いわね。この距離なら、相打ちにすることぐらい容易いわよ」


「俺がそれを気にすると思うか?」


 ――この距離ならば、笠井修二が引き金を引こうとした瞬間に手を振るえる。

 お互いに死ぬことは免れないが、笠井修二にとって、それは重要な問題ではないということだ。


「それで? わざわざガソリンまで撒いたのにも関わらず、引火させずにその豆鉄砲で私を撃ち抜くの? 少々、杜撰に過ぎるんじゃないかしら?」


 今の現状では、ライフルで頭部を撃ち抜く方が簡単だろう。

 ただ単純に、修二から気を逸らせる為のダミーとして、ガソリンを撒かせただけの可能もあるが。


「……その通りだよ。俺は杜撰で、頼りない。今までだってそうだった」


 笠井修二は、何かを憂うようにそう話し始めた。

 その表情はどことなく哀しげな雰囲気があり、これから人を殺すとは思えないように見えた。


「何も出来ない癖に一丁前に前にしゃしゃり出て、隊長なんて務まる器でもないのに自信満々で引き受けて……笑えるよな。結果としては何も残らなかったってのに」


 これは、何かの作戦の一部か?

 そう考えたのは不思議でも何でもない。

 いつの間にか、笠井修二は碓氷に向けた銃口も下ろし、今なら隙さえ狙えれば仕留めることは出来る。

 だが、それでも罠の危険性があることを考慮したいた碓氷は、即座に動くことが出来なかった。


「皆、それでも俺を信じてくれた。怖かったはずなのに、苦しかったはずなのに……こんなちっぽけな俺を、信じてくれたんだ」


 右腕の鋼線射出機は役に立たない。

 この距離ではたとえ使用できても同じことだが、100パーセント確実に仕留める為には、両手の五指にある鋼線で仕留める方が確実だろう。

 だが、そんなことは相手が一番に理解している筈だ。


「あいつらは、意思を託したんだ。お前は俺のことを特別だのなんだの言うが、俺は特別じゃあないよ。ただの……死に損ないだ」


 それでも、やるしかない。

 ここでこの男を確実に殺す為に、全神経を注いでバラバラの肉塊に変える。


 碓氷は、修二に気づかれない範囲で両手の指に力を込める。

 やることは単純だ。

 まずは手に持つ銃を破壊する。そして、その後すぐに鋼線を使って奴を殺せばいい。


 段取りを決めた碓氷は、タイミングを見計らっていた。

 本当に、何も罠がないのならすぐにでも実行しようと、僅かに五指を動かす。


「――あいつらの意思は死なない。俺一人が出来ることなんて、これぐらいだからな」


 そう言って、目の前にいた笠井修二は下ろしていたライフル銃を片手で持ち上げる。

 だが、その銃口の先は碓氷ではなかった。

 修二の左側、碓氷から見れば右側。その先には、ただの瓦礫しかない。

 強いて言うなら、碓氷が飛ばした鋼線が纏まっていることぐらいだ。


「何を――」


「言っただろ? あいつらの意思は死んでいないって」


 引き金を引き、碓氷は身構えた。

 何をしようとしているのかは分からないが、この瞬間のカウンターを狙って笠井修二を殺すしかない。


 そう決めて、行動しようとした時だった。

 修二が放った銃弾は瓦礫にぶつかり、その直後に炸裂したのだ。

 そして、炎上が巻き起こる。


 ――碓氷の手袋に繋がる、鋼線を辿るようにして。


「なっ!? あ、あぁぁぁあぁあぁぁあっ!」


 反撃をする余裕など無かった。

 それ以上に早く、火の回る速度が早かったからだ。


 考えてみれば、簡単なことだった。

 奴はガソリンの入った瓶を投げつけてきた。

 それを破壊し、全身に浴びてしまったことだけが笠井修二の狙いではない。

 瓶を壊した鋼線にも、そのガソリンは浴びてしまっているのだ。


 だから、導火線のように火がここまで一瞬で回ってきてしまったのだ。


「ぐっ、ぁぁあぁあぁぁぁあああ――!!」


 全身を焼けつく痛み。

 痛いなんてものじゃない。火を消そうにも、消火できる類のものも身の回りにはない。


 生き延びる為に、どれほどの思考を重ねようとも、何も思い浮かばない。

 その中で、碓氷は見た。


 碓氷を火炙りにした張本人、笠井修二が無表情のままこちらを見続けていたことを。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ