第三章 第十一話 『必ず殺す』
出水陽介は、修二にとってかけがえのない親友の一人だ。
普段はおちゃらけた雰囲気もあり、どことなくだが修二と似たような性格もしている。
そんなところもあってか、初めて出会った時から、一番に気が合ったのも出水だった。
修二にとって、出水は自分を投影する部分も多い。
だから、彼がいなくなるということは、自分が半分になってしまったという、そんな思いにさえなってしまう。
訓練生時代から同じ苦労を重ね、同じ戦線を共にし、同じ釜の飯を食った友人。修二にとっては、彼がいなくなることなんて、考えもしなかったことだ。
「――――」
出水陽介は、壁に背をつきながら倒れていた。
その姿は、かつての父の死に様と重なるように見えた。
体中にある傷跡から、かなりの抵抗をしたことは明らかだった。
どれほど足掻いたのか、戦った相手は言うまでもなく、碓氷氷華しかいない。
修二は十数秒程、彼の姿を見て、何も言葉を発さなかった。
いや、何も考えていなかった。
目の前の現実を、受け入れることが出来なかったからだ。
出水は、死んでいるかのようにもう動かない。
それが、どういうことなのかを理解した時、彼の中で何かが切れる音がした。
物理的な音ではない。心の中の琴線が切れる音だ。
「――ろす」
徐々に湧き上がる感情。
それは、怒りだった。
何も出来ない自分自身。そして、このような状況に追いやった人物に対する怒り。
怒り、なんて軽いものではないのかもしれない。
湧き上がり続ける感情は、ある一定のところを超えて、ドス黒い感情へと彼を変えていく。
司馬、樹、犬飼、佐伯。
彼らを殺したのも、碓氷氷華自身だ。
「――殺す」
修二の中で、やるべきことはもう決まっていた。
任務も何もかも、もうどうでもいい。
たとえ、今から無線が繋がる状態になったとしても、彼のやることは変わらない。
たとえ、それが桐生であっても同じことだ。
彼を邪魔する者は、味方であっても許さない。
「必ず、殺す!!」
殺意は、言葉によって発せられた。
彼はもう止まらない。
やり場の無くなった復讐心をぶつけ終わるまでは、死ぬまで戦い続ける。
最初からこうすれば良かったのだと、彼は後悔した。
自分に味方なんてものは必要ない。
一人で行動し、一人で全てを解決すれば良い。
そうすれば何も失うことなく、何も考える必要もないのだ。
怒りや憎しみに囚われることを、何故断罪される必要がある。
ここまでやられて、意味もなく殺されて、残酷なまでの見せしめをされて。
誰も、今から修二のやろうとすることを咎める者なんていない筈だ。
その日、その時、修二は決めた。
碓氷氷華を、今から確実に殺しに行くと――。
「く、くくく」
自分がおかしくなっていっている気がした。
どうして笑っていられるのか。今、自分がどんな顔をしているのか、自分でも分からない。
簡単には殺さない。
百回死んでも、彼女は許されないことをした。
この世の生き地獄を限界まで味合わせないと、帳尻は合わない。
だから、修二は修羅になることを決めた。
他人から何を言われようと、思われようとも知ったことではない。
それほどのことを、碓氷氷華はしたのだ。
今だって、密かに奴はクスクスと笑っているのかもしれない。
悪辣なまでの最悪なあの顔を、グチャグチャにしてやりたい。
修二は、もう堕ちるところまで堕ちていくだろう。それは、自身でも分かっていることだ。
この世は常に不合理で、理不尽極まりない。そんなことは分かっていた筈だ。
でも、見て見ぬふりをしてしまったのも修二自身だ。
だから、全ての責任を取るつもりだ。
彼らの無念を晴らす為にも、修二はどこまででも堕ちていってやると――。
「――――」
修二は、出水の手に握られた物に触れた。
血に濡れた、ネックレスだ。彼は、このネックレスをずっと大事に持っていた。
どんな時でも、こんな戦場でさえも持ち歩くほど大事なモノだったらしい。
彼は、どんな思いで戦っていたのだろうか。
このネックレスは、出水にとって何なのか。
きっと、修二は知らない出水の過去に関係するものの筈だ。
「――――」
これは、持っていけない。
彼にとって、このネックレスは命と同等に等しい大切な物のはずだ。
それを持っていくなど、彼に対する冒涜の他ならない。
「――出水、お前の意思、借りていくぞ」
修二はそう言って、出水の懐からあるものを拝借した。
それをどう扱うかは決めていない。
ただ、使えるものはなんだって使う。
無駄にはしない。
「碓氷氷華。お前は俺が必ず殺す」
修二は再び、ここにはいない復讐の相手へと宣戦布告をした。
それが、彼にとっての戦争の合図となった。
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対人間に対する戦闘の知識は、さほどあるわけでなかった。
修二が学んだのは、隠密機動特殊部隊の訓練生時代に護身術や尋問等に関する知識のみだ。
必要に応じれば、殺すという意味での覚悟を試される訓練もあった。
だが、それはあくまで即座に殺す為のものであり、修二がやろうとしていることとは無縁のものである。
修二は、なんとしてでも碓氷を生け捕りにして、殺したいと考えている。
その為には速殺をせずに、なんとかしないといけなかった。
碓氷の武器は、ボンヤリとしか分かっていない状況だ。
これまでの隊員達の死に様から察するに、何かしらの切断系統の武器であることは間違いない筈であった。
『レベル3モルフ』をバラバラに切断したことからワイヤーのような何かであると推測はしているが、それがメインウェポンかどうかまでは分からない。
少なくとも、人を殺せるレベルに危うい武器であることには違いないだろう。
その上で、修二は作戦を考える。
たった一人での単騎行動をやるかのような構えだ。
実際には相手も単独であるので同じようなものだが、修二は碓氷と戦うと決めてから、戦力差については冷静に分析できていた。
普通にやり合ったとしても、為すすべなく殺される可能性が圧倒的に高い筈なのだ。
碓氷と戦う為には、入念に組み立てた作戦を実行しないと、返り討ちにされる。
「腕の一本や二本なら、いくらだってくれてやるんだがな」
反撃を受けた際に起こりうるリスクについては、今言葉にした通りだ。
『レベル5モルフ』である以上は、どれだけ四肢を捥がれようとも再生はする。
それらを捨て身にした作戦を立てることもやぶさかではないが、それが決め手になるとは限らない。
よって、修二がやれることは一つにまとまっていた。
確実に仕留め切れると確信を得た時に、自らを捨て身にして仕掛けることだ。
「手持ちの武器はサブマシンガンが一丁、対モルフ専用武器が一丁、自動拳銃が一丁、ナイフが一本と……出水から借りたこれぐらいか」
一つ一つ、修二は今の自身の持ちうる武器を確認していき、出来ることを考えていく。
戦場において、自らの持ちうる武器を確認することは最重要な役目だ。
万が一の時、持てる手札が何枚残っているか、それが分からなければ、確実に隙を作ることになってしまう。
そうなれば、後に残るのは無念の死だけだ。
「碓氷は、俺の位置を割り出せているかどうか……これについては、考えても答えは出ないな」
修二は碓氷の現在位置を割り出せてはいない。
だが、逆に碓氷は修二の位置を割り出せているかどうかについては、どちらとも取れるのが現状だ。
もしも、修二の位置を把握されているのであれば、いつでも奇襲をかけられるという最悪の状況を想定しなければいけない。
今の今まで何もしてこなかったのは、位置を割り出せていなかったか、単なる見せしめということをやりたかっただけなのか。碓氷の性格からすれば、後者が有力でもあるのだが、それも答えは出ない。
「どっちにしても、俺がお前を見つければそれで終わりだ」
たとえ、こちら側の位置を掴まれていたとしても、修二が碓氷を見つけることが出来ればそれでいい。
そう考えていた時だった。
『ハロー、こんにちはぁ。聞こえるかしらぁ、笠井修二君』
「――っ!」
タイミングを合わせたように、建物全体から聞こえる醜悪な声、碓氷の声が聞こえたのだ。
咄嗟に身構え、周囲を見渡すが、すぐにここにいないことを悟る。
これはあの時と同じ、死体を操っていた時に聞こえた無線機からの応答と同じだ。
それも、最初はこの建物内だけのものかと考えていたが、違う。
この街全体のあらゆる所から、聞こえてきていた。
『私の贈り物は見ていただけたかしらねぇ。あなたのお友達、結構しぶとくて大変だったのよ』
その言葉を聞き、修二は血走った目で天井を見上げる。
今、ここにいれば即座に射殺していてもおかしくないほどの殺意を向けて、修二は歯を食いしばっていた。
『さて……、それじゃぁゲームをしましょう。せっかく一対一になれたんだもの。二人きりで楽しまないと損だわ。私はこの街のどこかにいる。絶対に逃げもしないわ。あなたは私を殺しに来るでしょうけど、逃げないと分かれば少しは考える事も狭まるでしょう?』
「――――」
『この街には、お分かりの通りモルフがわんさかいるような現状よ。私はレベル5モルフではないから、世良のようにモルフを操ることもできない。一応、M5.16薬で身体能力は上がっているけど、些細なものよ。その中で殺し合いをしてどちらが生き残るか、それを今から始めましょう』
会話の中に出てきた『M5.16薬』という言葉に引っかかりを覚えたが、結論から言えば碓氷はモルフに襲われる立場であるということだ。
そして、決着をこの街の中で決めようと彼女は提案したのだ。
それは、修二にとっては好都合な展開ではある。
逃がすつもりは毛頭ないが、向こうからアクションを掛けてきたということは、碓氷も修二を殺すつもりでくるということだ。
そして、これまでの会話から碓氷の考えは大体分かってきていた。
なぜ、こんな回りくどく、意味のないことを碓氷はするのか。わざわざ、街の放送を使ってまでお膳立てをする意味も、普通の人間なら分からないだろう。
この女は世良と同じだ。
意味もなく人を殺し、快楽を得る。理解のし難い怪物。殺人中毒者であるということだ。
殺すことに何の躊躇いもなく、それ自体が生きがいであるように振る舞っているのだ。
それを理解した修二は、聞こえているかも分からない碓氷へと向けて躊躇なく言い放った。
「上等だ。ぶっ殺してやる」
『じゃあ――始めるわよ』
それは、まるでお互いの了承を得たかのようなタイミングだった。
修二の真上、建物の天井が崩れて、瓦礫が降り注いできたのだ。
「っ!」
常に警戒していたことが功を成したか、修二は咄嗟に横っ飛びして、崩落してくる瓦礫を避けた。
そして、その状況に唖然とするまでもなく、修二はすぐにその場を駆け出す。
「こっちの位置はバレていたってことかっ!」
天井の崩落と、放送の合図のタイミングがあまりにも合いすぎていた。
そのことから、碓氷が修二の位置を割り出せていることは明白であった。
その気になれば、いつでも殺せる状態にあるということだ。そうなれば場所を変えない限りは一方的に攻撃され続けるのみとなってしまう。
「ちぃっ!」
舌打ちをして、修二は周囲の警戒を怠らないよう視線を全体方向へと回しながら見ていく。
モルフは周囲には確認できない。
となれば、この近くにいるのは碓氷のみだ。
爆発音が聞こえなかったことから、あの瓦礫の崩落は爆発物によるものではないだろう。
ありうるとすれば、想定されているなにかしらの切断武器のようなものだ。
「だが、距離は遠くない筈だ!」
修二を視認できていること。それが、碓氷が近くにいるということを証明している。
建物の外に出た修二は、動きは止めずに常に足を止めないことを前提に周囲を見渡した。
「どこだ?」
建物の陰、いない。
建物の中、いない。
逆に修二と同じように建物の外? いない。
どこを見ても、碓氷の姿が見当たらないのだ。
「落ち着け……奴は、俺を見れる位置にいた。なら、こういう風に移動している時も、見える位置にいる筈だ。それはつまり――」
障害物が多いこの街の中で、修二と同じ目線の立ち位置から監視し続けることは困難だ。
そう考えて、修二は空を見上げた。
正確に言えば、建物の屋上付近だ。
「いた――っ」
視線が交錯した。
碓氷は、修二から見て正面の建物の屋上、その先端に立っていたのだ。
だが、見つけたまでは良かった。
その同時と言っていいタイミング、碓氷は左腕を振りかぶっていた。
「――――っ!」
それは、危険を予測してのことだ。
背筋に走る悪寒を感じた修二は、碓氷が腕を振るおうとした瞬間、正面に倒れ込むように飛び込んだ。
その瞬間、修二の真後ろの建物が轟音を立てて崩壊した。
「なっ!?」
何が起きたのか、訳が分からなかった。
碓氷が腕を振りかぶったタイミングと同時に、建物が崩壊したのだ。
普通に考えて、爆発物でも使わない限りはありえないような現象だった。
「はははぁっ! 良い勘してるぅ! じゃあ、これはどうかしら!?」
「っ!」
碓氷は満遍の笑みを浮かべながら、右手を空へと突き上げる。
その動作が何を意味するか、修二には理解ができない。
分かることは、今ここにいることが死を意味するということだ。
「くそっ!!」
碓氷が右手を勢いよく振り下げて、修二は全力で横へと飛び込む。
そして、修二がさっきまでいた場所へと硬い衝撃音が聞こえ、粉塵が撒き散らされる。
「ぐぁっ!」
不恰好に転がって、修二は粉塵をその身に受ける。
小石サイズの石が被弾し、鈍い痛みが全身を襲った。
「へぇ、やるじゃない。伊達に御影島で生き残ったってだけあるわねぇ」
「っ!」
碓氷と会話をする余裕などない。
修二は、痛みに苦しむまでもなく、持ち構えていたサブマシンガンの銃口を碓氷へと向ける。
「死ねっ!」
「ふふ」
余裕の笑みを崩さない碓氷へと向けて、弾丸が射出される。
碓氷はこれを避けようともせず、左手の五指を開いて、それを全身で力強く前へと振った。
そして、何が起こったのか、一際大きな瓦礫が碓氷の目の前へと突如現れ、それが銃弾を防ぐ。
「なんだとっ!?」
「タネはバレていないっぽいわね。これで終いかしら?」
碓氷は、修二の手札がこれまでかと悟ったかのようにつまらない表情を浮かべると、再び左腕を振り被ろうとする。
「あれは……なんだ?」
修二は、その行動に警戒しながら、碓氷の全身を見る。
振りかぶろうとしている左腕だけではない。
右腕にも同じように、妙な機械が取り付けられていた。
まるで、釣りに使う釣竿に取り付けられたリールのような何かだ。
碓氷は、ベイトリールに似たその何かを取り付けられた左腕を振りかぶった。
そして、微かにだが音が聞こえた。
「――――?」
「ジッとしてていいのかしら? 死ぬわよ?」
それを気にする間もなく、碓氷は振りかぶる左腕を振るった。
修二は一瞬、躊躇したことを後悔したが、その一瞬で彼は見た。
碓氷の遥か後方、空中に浮いた黒く小さな塊のようなものを。
それが、孤を描くようにこちらへと近づくのを見て、修二は理解した。
碓氷の攻撃手段を――。
「――っ!」
修二は、どちらへ避けることが正解か賭けに出る。
後ろ、横、そのどちらもハズレだ。
迷うことなく前方へと走り、碓氷の攻撃範囲から避けようと飛び込む。
「――――」
一瞬、碓氷の目が見開かれたと同時、修二の真後ろで壮絶な程の破壊が巻き起こる。
そして、その意味をようやく理解できた。
「鋼線を飛ばして、その先端に分銅を取り付けて、重しの遠心力でこの破壊を生み出したのか」
目で見えない破壊の正体が分かった。
あれは鋼線だ。恐らく、ベイトリールのような機械から射出された鋼線の先に分銅のような重しを取り付け、それを振りかぶることであらゆる物体を切断させているのだ。
それも、ただの鋼線じゃない。ただの鋼線では、ここまでの破壊を生み出せない筈なのだ。
何の素材かは分からないが、特殊な鋼線を用いて碓氷は攻撃手段に転じている。そう考えるのが自然だろう。
だが、恐らくだが、碓氷の武器はそれだけじゃない筈だ。
「――――」
互いの視線が再び交錯し、修二は銃口を碓氷へと向けようとする。
それと同時に碓氷は右手の五指を開いて、振りかぶる。
「――あの手袋」
観察に気を向けていたことが、修二の動きを一瞬止まらせる。
そして、碓氷が右手を振おうとして、修二がそれを避けようとしたのは同時だった。
修二のすぐ傍で、壮絶な破壊が巻き起こる。
「ぐおぁぁぁぁ!!」
避け切ることができなかった。
否、碓氷が恐らく、修二の回避パターンを読んで攻撃範囲を選んだのだ。
ギリギリ直撃こそしなかったものの、修二の左腕と右足に痛々しい裂傷が残る。
「ぐっ、うぅぅう」
痛みに耐え込む時間はない。
碓氷があの武器を持っている以上、何度でも攻撃を仕掛けられるのだ。
この傷だって、『レベル5モルフ』の再生能力があれば回復する。治り切るまでに三分も掛からないだろう。
しかし、間に合うかどうかは別であった。
「さすが、笠井修二君ねぇ。意外と耐え切ったじゃない。その様子じゃ、私の武器ももう分かったって顔をしているわね。まあ、分かったところで何も出来やしないんだけど」
「はぁっ、はぁっ」
「息も絶え絶え。こんなんじゃあ全然楽しめないわねぇ。でも、痛みに苦しむ姿は見れそう」
碓氷は、そんな畜生のような物言いをして艶かしい表情をする。
徹底的に痛ぶるつもりなのだろう。余裕すら、あの表情から伺える。
「お前を……殺すまで、死ねるかよ」
「あらあら、本気で嫌われちゃってるようねぇ。それはそれで興奮――」
ふと、碓氷は会話を途中で止めて、その目が見開かれる。
碓氷はずっと、修二の姿を見ているだけだ。
修二も何もしていない。
なら、なぜ驚くような素振りをするのか、違和感に感じていると、
「あなた、どうして傷が治っていってるの?」
「――――」
修二の唯一のアドバンテージ。その再生能力に、碓氷が気づいたのだ。
碓氷は紛れもなく、敵勢力の一味の一人。
修二の持つ再生能力。それが『レベル5モルフ』であることがバレてしまったのだ。
ならば、方針転換して修二を捕獲することもありうるはずだろう。
だが、碓氷は修二のその傷を見て、肩を震わせながら、
「あなた、まさか『レベル5モルフ』なの?」
「――だったら、どうする?」
「そんな……まさか……」
動揺し、碓氷は両手で顔を覆う。
あまりにも隙が多く、今なら碓氷へと攻撃を仕掛ける効果は高いと考えた修二だったが、なにか不自然であった。
あれは、見つけたことに対する喜びなどではない。
何か他の、ありえないものを見るような目だった。
「聞いていないわよ。リアム――」
ここにはいない誰かに語りかけるように、碓氷は無表情な面持ちで修二を見る。
まるで、そこらにいる虫を見るような目で碓氷は修二を見ていた。
そして――、
「もういいわ。死になさい」
その言葉を発したと同時だった。
碓氷が両手を掲げて、それを振おうとしたのだ。
「っ!」
修二は、どう回避するかを考える。
だが、それが不可能であることは、今までのパターンから見てもすぐに分かった。
あの手袋。恐らく、あの指先の部分から先に鋼線が取り付けられているのだ。
振るう範囲に鋼線の衝撃を引き起こすのであれば、碓氷のあの体勢から引き起こされる破壊は、ここからどこに回避しても完全にアウトだ。
ならば、どうするべきか。
もう数秒としない内に、碓氷はこちらへと攻撃を仕掛ける。
相打ち狙いで仕掛けるか?
だが、この距離では致命傷を与えれるかどうかは怪しい。
無理だ。
どう逃げようと、どう相打ちを仕掛けようと、碓氷は生き延びる。
でも、だからといって、諦めていいものか?
いいわけがない。
碓氷を殺すまでは、絶対に死ねない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ――!!」
修二は賭けに出た。
最後の最後、相打ち狙いで碓氷へと銃口を向けて、動けないまでの致命傷を負わせようと――。
「諦めちゃダメですよ。今時、特攻なんて流行んないですから」
そして、修二は発砲するタイミングでその声を聞いて、スルリと意識が落ちた。
次話、投稿予定日が確約できないですが、三日以内には投稿します。
多分、今までで一番文字数が多く、長いです。




