第三章 第十話 『託される意思』
「遅い」
「ぐあっ!」
短いその一言を聞いた瞬間に、修二は背後を取られ一閃、首に重たい衝撃が駆け巡り、そのまま転がされる。
砂の地面を勢いよく転がり、受け身が取れなかった修二は口の中に砂粒が入り、ペッペッと吐き出す。
「うえぇ、砂が口の中に……桐生さん、遅いっていうか、あなたが速すぎるんですよ……」
愚痴は桐生にとっての地雷そのものだが、間違っていないと信じたかった。
なぜなら、桐生は一切、手加減抜きでかかってきていたのだ。
これが木剣であるから良かったものの、真剣ならば首チョンパである。
「お前なら、この動きに対応できる筈だ。『レベル5モルフ』の力には身体能力の極限なまでの向上があると、そう聞いているがな」
「……でも、俺は今までそんな兆候は見せたことはないですよ?」
「いや、あった筈だ。俺はお前と格闘訓練をした時に、一度見ている」
「――――」
その記憶は、確かにあった。
修二は一度、桐生と対人格闘訓練をした際、瞬間的にだが驚異的な動きで桐生をその場から動かせることに成功していた。
もっとも、あれは修二自身もどうやって起こせたのか、よく分かってはいなかったのだが。
「あの動きは、あの女の動きと同じだった。それはお前も覚えている筈だ」
「……世良のあの動き、ですよね」
修二が対人格闘訓練で見せたあの動きは、御影島で世良が桐生に見せたナイフ捌きと全く同じだった。
あの時は、ナイフを持っていたわけではなかったので、無手での動きとなってよくも分からない動きのようになっていたのだが、それでも完全な見様見真似な動きそのものだったのだ。
「でも、もう一度あの動きを再現しようにも出来なかったんです。偶々なのか、それは分かりませんが……」
「――だが、俺からすれば、あれは普通の人間に出来る動きではない。ならば、あれはモルフの能力の筈だ」
断言する桐生だが、修二としてはイマイチ実感が湧かなかった。
正直、『レベル5モルフ』の力とは言っても、修二が体感できたのはその再生能力のみだ。
一度、軽くナイフで自分の指を切ってみた時にだが、確かに数分もしない内にそれは治った。
風間も桐生も、修二が『レベル5モルフ』であることはそれで理解してくれたのだが、それ以外の能力は、御影島の地下で見た資料とは異なっていた。
並外れた身体能力や胴体視力を持っているわけでもなく、今みたいに桐生の動きはまるで捉えられない程に、判断も体も追いつかないぐらいである。
「才能……なんですかね」
「もしくは、練度の問題もあるのかもしれない。ならば、徹底的にその能力を引き出すまでだ」
仮に練度が関係するということならば、あと何回桐生に打ちのめされなければならないのか、とそんな様子が顔に出ていたのだろう。桐生は木剣を構えて、すぐに訓練を再開させようとした。
「立て、始めるぞ」
「はい」
修二も立ち上がり、再び訓練を始めようとしたその時であった。
「修二、桐生さん、風間司令がお呼びです。来ていただいてもよろしいですか?」
訓練を止めるように、出水がそう呼びかけてきた。
数秒固まった両者は、そのまま木剣を下げて、
「分かった。すぐに行く」
桐生がそう返事を返し、修二達は風間の元へと向かった。
「来てくれたか。すまないな、訓練中に」
日本人達がいる居住区から少し離れた建物の一室に、風間はいた。
修二は何度か、『レベル5モルフ』に関する自身の状況等の定期報告で、この部屋に来たことはあったので見慣れた部屋ではあったのだが、そこにいたのは風間だけではない。
見知らぬ人達が四名ほど、そこに立っていたのだ。
「紹介する。笠井君や出水君は隠密機動特殊部隊の一員であったわけで今は解体されているが、これから新設する新部隊のメンバー達だ。彼らは元自衛隊員であり、あの日本の一連の事件に対処しようとしたメンバーでもある。自己紹介は……後々し合ってもらおう」
「「「「よろしくお願いします」」」」
四人全員が一斉に敬礼をして、修二と出水に挨拶した。
「あ、よ、よろしくお願いします。ええっと、新設部隊っていうのは?」
イマイチ状況が掴めなかった修二は、風間に問いただした。
「先ほども言ったように、隠密機動特殊部隊は解体されている。あれは政府が作り上げた極秘部隊のようなものだからな。新設部隊というのは、それらを代替わりさせた部隊、というのがそれだ」
「……ということは、また、モルフとの戦闘を想定して、でしょうか?」
「それもある。我々のアメリカ国内居住条件の一つに、有事の際は日本からの軍隊を派遣するという約束があるからね。これは、その準備というわけだ」
モルフとの戦闘を想定しての新設部隊。
それを聞いて、本質的には修二がいた隠密機動特殊部隊となんら変わりないものだということに気づいた。
「部隊名は……そうだな。桐生が部隊長をすることになるだろうから、日本の神様にちなんで、『タケミカヅチ』なんていうのはどうだ?」
「あ、いいですね! なんかカッコいいです!」
緊張感のない会話にもつれ込んだのは、終始目をキラキラさせながらいた短髪の男だ。
修二としては、部隊長を桐生がやるということを聞いて、ホッとしていた手前ではあったのだが、
「樹、あんた、少しは緊張感を持ちなさいよ。笠井さん達が唖然としているじゃない」
「いや、でも司馬、こういうのは男心を擽られるというか、笠井さんもそう思ってる筈だぜ?」
そう言って、両者が修二の方を見てきた。
やめてほしい。
「い、いや、俺は部隊の設立に対しての不安を考えていて……」
そんな真面目なことを口に出してみたが、間違いではない。
と、それを聞いた司馬は苦笑して、すぐに険しそうな表情に変えて、樹と呼ばれる青年を見ると、
「ほら見なさい。笠井さんの方がしっかりしてるじゃないの」
「うう、すみません」
何も謝らなくても、という思いだが、彼らなりのやり取りなのだろうと、何も言わないでおいた。
それよりも、風間に問いたいことが修二にはあった。
「風間司令、その新設部隊『タケミカヅチ』の指揮は桐生さんがやるのですか?」
「部隊長は桐生がやる。だが、今のところは二部隊に分ける予定なので、その取りまとめが桐生だ。各部隊の隊長はここにいない神田と、君にお願いしようと思う」
「え?」
衝撃的な発言に、修二は目を丸くした。
てっきり、隊長は桐生だろうと考えていたからだ。
「君はあの日本で重要な役目を果たした功労者だ。ならば、それくらいの地位にいても誰も文句は言わないだろう」
「――――」
重要な役目を果たした、という曖昧な表現は、恐らく椎名を奪還したことだろう。
『レベル5モルフ』の椎名を取り返したことは、確かにこちら側にとって最大の功績であることに違いない。
「ともあれ、実際にその部隊が動くかどうかは分からない。なので、あくまで想定という形だ。前置きしていなくて悪かったね」
「い、いえ、そんなことは……」
部隊設立後にすぐに何かがあるわけではない。
それを聞いた修二は少しだけ安心した。
自身に隊長をやれる自信がないこともそうだが、また戦いがあるのか、という不安があったのだ。
「では、これで会議は終了とする。新設部隊のメンバーは後で自己紹介でもし合っておいてくれ」
それを最後に、会議は終わって解散とした。
非常に濃密な内容だったので、少し整理しきれないこともあったのだが、それは後々考えよう。
「あ、笠井さん。ちょっと待ってください!」
特に何も考える間もなく歩き続けていると、先ほど樹と話をしていた女性、司馬が修二を呼び止めていた。
「せっかくですので、自己紹介の方だけさせていただいてもよろしいですか?」
「あ、ああ。そうだ、忘れてた。あの、敬語じゃなくてもいいですよ?」
「いえいえ、私達は笠井さんや出水さんなんかよりも後輩みたいなものですから」
そう言って、司馬はお世辞を掛けるように言った。
どう見ても四人全員、修二よりも年上に見えるのだが、どうなのだろうか。
自衛隊には年功序列というものがないのかと思ったが、そもそも自衛隊なら修二達よりも実力も経験は高い筈だ。
何を買って、修二達を上に見ているのかが分からない。
「あの日本の災害で一役買ったって聞きましたよ。化け物相手にも果敢に戦ったってもっぱらの噂です!」
その噂はどう見ても誇張されすぎているようにも思う。
確かに、アベルと追いかけっこして倒したというのは自慢できる経験ではあると思うが、それを司馬達は知らないだろう。
「や、それ誰から聞いたの? 間違いではないかもしれないけど間違いな気がする……」
「俺、聞きましたよ! 恐竜みたいな馬鹿でかい怪物を修二さんが倒したって!」
会話に入り込むように、樹と呼ばれる短髪の青年が笑顔でそう言ってきた。
それで、なんとなく理解することができた。
多分、アリスだ。
彼女はよくこの建物を行き来していたし、このメンバーとも会話をしたのだろう。
ともすれば、これは間違った情報ではないのだが、止めを刺したのはアリスであり、修二はその手助けをしたというのが正しい情報である。
「俺達、憧れていたんです。実際に見たわけではないですけど、巨大な化け物を相手にした出水さんと修二さんのことを!」
「出水も、って、あれか。リンドブルムっていうモルフのことか」
これは修二も直接見たわけではないが、出水もアベルのような巨大生物を相手にしていたと聞いている。
その際、重傷を負った出水だったのだが、それの止めを刺したのは桐生という話だ。
なんとも奇妙な話だが、別行動を取った二人の傍らでは、それほどの大きな戦いを繰り広げていたのであった。
「でも……皆さんも人命避難という大役を任されていたわけですし、俺とはそんなに大差ないですよ」
「謙虚ですね。なおさら、あなたについていくのは嬉しい話です」
そう褒めちぎるのは、眼鏡をかけた知的そうな青年だった。
「申し遅れました。僕は犬飼茂といいます。笠井さんや出水さんと会えたのを光栄に思っております」
「かてーよ犬飼! 修二さんも、タメ口でいいですよ。あっ、俺は樹小太郎です! よろしくお願いしまっす!」
静かな雰囲気を漂わせながら、丁寧に自己紹介をする犬飼とは対照的に、陽気な雰囲気で自己紹介をしたのは樹と呼ばれる青年だ。
「じゃ、私も自己紹介しますね。このメンバーの中で唯一の女性の司馬聡美と申します。実を言うと笠井さんのことは知っているんですよね、私」
「え、そうなの?」
「直接、顔を合わせたわけではないですよ。笠井さんが恐竜みたいな化け物と車でチェイスしてた時、私の部隊と顔を合わせてましたよね。あの時、狙撃をしていたのは私なんですよ」
「……あー、あの時の」
それだけで、修二はすぐに理解することができた。
アベルから逃れる為に、修二達は全速力で車を走らせていた時に遠くからアベルを狙撃して動きを止めさせた人物、それが司馬ということだ。
「あの時は助かったよ。あの狙撃が無かったら、間違いなく殺されていたからな」
「いえいえ、でも、本当に生きていて良かったです。それに、仇も取ってくれたじゃないですか」
「――そうだな」
仇を取った、というのは司馬の同僚のことだろう。
彼らは、アベルに車ごと踏み潰されて殺されてしまっていた。
彼女なりに思うことはあった筈だ。
「だから、笠井さんと同じ部隊に入るのは、本当に嬉しかったんです。恩返しも出来ますからね」
「恩返しなんて……そもそも、俺もあの時はギリギリだったし、同乗者のアリスさんや高尾がいなかったら絶対に倒せなかったよ。それに、本当なら救えた命だったかもしれない……」
あの時、アベルの飛ばした車に当てられて、そのまま踏み潰されようとした彼らは、修二達に助けを乞うていた。
それを、修二は応えられなかったのだ。
だから、一丁前に胸を張れるようなそんな立場でもない。
「笠井さん、私はどんな状況においても、どうにもならない失敗なんてことは多々あるものだと考えています。あの時のことは、笠井さんの責任ではありません。彼らは、自らの責務を果たしたのですから」
「――――」
何も言うことが出来なかった。
司馬の言っていることは、現実的だ。
対して、修二の言っていることは理想的。それほどに彼女は修二とは違い、受け入れていた。
「あのー、僕の自己紹介もしていいですか?」
おずおずと、暗い雰囲気に手を挙げたのは、自己紹介をしていない最後の一人だった。
「あっ、悪い悪い。ええっと」
「佐伯宗佑といいます。この中では一番歳が下なので、色々と教えていただけると助かります、はい」
「ああ、よろしく。俺は笠井修二。隊長なんて正直自身ないけど、やるからには絶対に皆で生き抜くぞ」
そう言って、修二は隊員全員の顔を見た。
皆、それぞれが頼りになる顔ぶれだ。
本当に、修二はこの部隊でやっていけるのか、と心配ではあったが、一つの思いを胸に抱いていた。
――必ず、このメンバー達は死なせないという、覚悟を。
「なぁ、俺自己紹介してないんだけど」
目を細めて、寂しそうに言うのは、出水だった。
そういえば、彼は今まで話すタイミングを逸していた。
「悪い悪い。ほら、じゃあ簡単に自己紹介自己紹介。趣味と好きな人もセットでな」
「なんで俺だけそんな自己紹介なんだよ! あー、出水陽介だ。修二と同じで、結構臆病な性格してっけど、よろしくな」
「誰が臆病だ」
そんなこんなで、和気藹々としながら修二達は第一部隊『タケミカヅチ』の顔合わせをした。
それから、彼らとは訓練も共にし、普段の生活にも共にしたりなど、色々あった。
犬飼は真面目で、樹はよく馬鹿をやり、司馬がそれを叱って、佐伯はそれを見て笑っていたり、本当に、色々あった。
互いに信頼関係を築けたのは、そう時間が掛からなかった。
「笠井隊長みたいな、クールな男になりたいっすね」
「樹には無理だと思うよ。クールからかけ離れ過ぎている」
「笠井隊長、良かったら一緒に休憩しませんか?」
「司馬……お前って結構、笠井隊長と一緒にいたがるよな。もしかして……」
守りたい者達が増えた。
修二にとって、これほどに思うのは、長く時を過ごした人だけだ。
何があっても、絶対に死なせたくない。
どんなことがあろうと、守り切ってみせる。
「隊長、俺達の命と意思を、預けますね」
彼らに託された。命と意思を。
椎名と同じように、もう二度と誰も死なせない。
今度もきっとなんとかなる。
皆でいれば、きっと――、
△▼△▼△▼△▼△▼
彼の表情は今どうなっているのか、本人は分かっていない。
一歩一歩歩く毎にガラスの割れる音が小さく鳴る。
それと同じように、彼の心も同じくして、割れていく。
パキパキと、外側から割れて崩れていくように、彼の心は砕け、壊れていく。
『笠井隊長、見て下さい! 俺、今回の射撃訓練、樹より上でしたよ! 笠井隊長、今度勝負しましょう!』
『俺、全体的に緑黄色野菜って苦手なんですよ……人間、好きなもの食べて生きていく方が幸せだと思いません? ちょっ、司馬さん、何するんですか!? 俺の皿にピーマン乗せまくらないで下さいよ!!』
『隊列表見ましたよ! 俺と笠井隊長が同じ前衛だなんて光栄です! よろしくお願いします!』
走馬灯のように、流れる記憶の奔流。
彼は、修二よりも謙虚な人物であった。
彼は、誰よりも負けず嫌いであった。
彼は、陰ながら修二に追いつこうと必死に訓練をした。
佐伯は、崩落した瓦礫の傍で、全身を痛々しく切り刻まれたのか、血塗れになって死んでいた。
△▼△▼△▼△▼△▼
グルグル、グルグルと、心の中をある感情が駆け巡る。
自分の心が、行動の全てが、信用できない。
どうしてそれでも歩くのか、それは彼自身の使命感なのかもしれない。
もう、これ以上は無理だと叫び続けても、彼の体は止まらないだろう。
止まってなど、いられない。
『僕、漫画とかラノベ好きなんですよね。清水さんも同じって聞いて、好きな漫画とかで語り合ったりしてました。笠井隊長も好きな漫画とかあったりするんですか?』
『笠井隊長、何か手伝えることありますか? 片付けぐらい、僕達にやらしてもらっていいんですからね』
『聞きましたよ、笠井隊長。隠れてこっそり幼馴染と会ってるって。任せて下さい。司馬には黙っておきますから』
懐かしい記憶の断片。
彼は、誰よりも優しい人物だった。
彼は、穏やかな性格をしていた。
彼は、決して手は抜かない仕事人だった。
犬飼は、建物の外で、上半身だけが残った状態で死んでいた。
△▼△▼△▼△▼△▼
吐き気が止まらない。
歩く足が重たい。
頭痛が酷い。
ただの一般人が修二を見れば、病気にかかっていると思われてもおかしくないぐらい、彼の様子はおかしかった。
それでも、止まらない。
まだ、希望は残っている。
そう思うしか、出来なかった。
『笠井隊長ー! 聞いて下さいよ。司馬が実は――あでっ! 何すんだよ司馬! せっかく助け舟出してやろうと思ったのに!』
『いつか、笠井隊長みたいになることが俺の夢っす! 浅くないかって? いやいや、刑務所の外壁ぐらいの壁の高さありますよ!』
『ルールルー、あっ、笠井隊長、見て下さいよこれ! 日本じゃ見かけない面白い生き物見つけたんすよ! 見て下さい!』
記憶に張り付く思い出。
彼は、悪ふざけが好きな男だった。
彼は、いつも皆を笑わせるムードメーカーだった。
彼は、修二をいつも目標としていた。
樹は、背中から大量の血を垂れ流しながら、首を吊って死んでいた。
△▼△▼△▼△▼△▼
もう、ダメだ。
これ以上は心が壊れる。
どうして、歩かないといけない?
どうして、こんな酷いことになる?
もう、声が出ない。
喉はカラカラだ。
胸が熱い。
それでも、足は止まらない。
絶対に、止まってはならない。
最後の最後まで、諦めるな。
誰でもいい。誰でもいいから、生きていてくれ。
そう願い、少しでも前へ進もうと彼は歩く。
『笠井隊長! 樹が失礼をしたと聞いて……本当に申し訳ありません! 後であいつ、しばき殺しておきます!』
『あの、笠井隊長。よろしければ、お食事一緒にどうですか? え、皆とどうだ? そ、そうですね……』
『笠井隊長、背中は私に守らせて下さい。絶対に、私が笠井隊長を死なせたりなんてしませんから』
鮮明に残る大事な記憶。
彼女は、仲間達に厳しかった。
彼女は、誰よりも修二を慕っていた。
彼女は、とても強い心の持ち主だった。
司馬は、首から血を流し、俯けの状態で死んでいた。
△▼△▼△▼△▼△▼
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吐いた。
泣いた。
叫んだ。
心はどうにもならないくらいにボロボロになり、もう自分を直視することさえもできない。
何が守るだ。
何が隊長だ。
何が、命を預かるだ。
何も出来ず、口だけで、誰も助けられなかった。
『レベル5モルフ』の力なんて、何の役にも立たなかった。
桐生との修行なんて、何一つ役に立たなかった。
好き勝手に蹂躙されて、残った者はどうすればいいのか。
怒り、悲しみ、憎しみ、それらを溜め込み、誰にもぶつけることかできない。
「出水……」
まだ、足は止められない。
出水はまだ生きている筈だ。
彼とは、日本の騒動で生き残った戦友だ。
「出水……出水……」
あいつなら、きっと生き延びている筈。
同じ日本で、同じ死線を潜り抜けてきたのだ。
「――――」
どこに向かえばいいのか、分からない。
出水と分断された場所へ向かっても、そこには誰もいなかった。
そこにあったのは、大量の血痕のみだった。
「――――」
一言も発さず、修二は歩く。
敵兵がいれば、なんと無防備な姿に見えると思われるだろうか。
それほどに、彼の動きは緩慢で、鈍い。
彼の中にあるのはただ一つ、仲間の無事を確かめることのみであった。
「――――」
やがて、たどり着いたのは街の隅にあった、一際大きな建物であった。
建物の上部には大きな鐘があり、修二はその建物の前まで来ている。
何故、このような場所まで歩いてきたのか、自分でも分からない。
ただ、出水ならきっと安全な場所を求めて移動をしてくれていると、そう願っていたからだ。
確信も何もなく、ただそう考えただけで、本当にいるかどうかなんてものは修二には分からない。
分かりようがないのだ。
こういった状況に陥った時の取り決めも、何も決めていなかった。
誰一人失うことなく、全員で任務を達成するつもりでいた修二は、自分が甘かったことを呪う。
結果的に、このような状況になってしまったのは自身の裁量の甘さが原因といっても過言ではなかったからだ。
「――――」
力を失った足取りで、修二は建物の中に入る。
ゆっくりと扉を開けて、ゆっくりと足を動かして入っていく。
『なぁ、修二。琴音がやたらと最近絡んでくるんだけど、俺何かしたかな? いや……別に怒ってるとかじゃないんだけどさ。なんていうか、距離が近い』
『修二、久しぶりに神田と清水と四人で出かけねえ? いやさー、たまには男だけで遊んだりしたいじゃん? 修二は椎名ちゃんといつもいるし、神田は静蘭とずっといるし、清水が血の涙を流しながらお前らを見てたぞ』
『俺達、オッサンになっても変わらず元気で生きていけるかな。そん時は、皆で馬鹿みたいに酒でも呑み明かそうぜ、修二!』
それは、新しくできた親友の記憶。
出水は、壁に背をついた状態で倒れていた。
自問自答しながら書いた一話でした。




