幕間I
「ずいぶん落ち着いているじゃないか」
挨拶もそこそこに、籐藤はソファーの上で横たわる法律に悪態をついた。
「事件も二日目を迎えたというのに、犯人の手がかりはゼロ。初芝は今夜、一晩中病院に残って捜査を続けるらしいぞ」
「へぇ。ごくろうさまですね」
法律はぶらぶらと片手をふった。
うすぐらい蛍光灯に照らされた探偵事務所で、籐藤はため息を吐き出してからブラックコーヒーをすすった。
「タイムリミットは明後日の土曜日だ。初芝たちに残された時間は実質明日の一日だけ。今からおれたちも病院に行かないか。お前が現場を見れば何か手がかりが見つかるかもしれないだろ」
「やめておきましょう。怪しい探偵が病院に潜りこんだなんて、院長とやらにバレたら面倒な事になりますよ」
「しかしなぁ」
「それにぼくが行ったら、きっとあの子はへそを曲げる。この探偵事務所に帰ってくる確率がゼロパーセントに落ち込みます。ぼくの気持ちも落ち込みます。事件の解決も大切ですし、同じ様にぼくの妹が事務所に帰ってくることも大切なんです」
「しかし断られたんだろう」
上半身を勢いよく起こすと、法律はむすりと鼻の穴を広げて籐藤に寄った。
「一度や二度の拒絶がなんです。ぼくはお兄ちゃんですよ。恒河沙の兄妹たちは必ずこの事務所で邂逅をはたします。全員です。一人として欠ける事なく、この探偵事務所を再起させてみせましょう」
「わかったわかった。そんなに顔を寄せるんじゃない!」
カップから飛んだコーヒーの飛沫が籐藤のワイシャツを点々と汚した。
「大丈夫ですよ。ぼくの妹なら、あと一日もあれば真相にたどり着きます。恒河沙の名前を捨てても、その血管の中には探偵の血が流れていますから」
「だがその真相を警察に話してくれると思うか」
「今のままでは無理でしょう」
法律はもう一度ソファーに横たわると、スマートフォンを取りだした。
「だから、アシストをします」
「アシスト?」
「病院の中で初芝さん達を相手にどんな態度をとっているのかは知りませんが、積極的に協力しているとは思えません」
「それで?」
「ですから、否が応にも話さざるを得ない状況を作るんです」
「意味がわからん。もう少し詳しく……」
「よし。送信っと」
法律の指がスマートフォンの上で陽気に跳ねた。
「続いてもう一通」
「誰に送っているんだ」
「それは明日のお楽しみ。あぁそうだ。今日ですね、天神署の今江さんって刑事さんのことを調べてきたんですよ」
「調べた?」
「天神署の方からいろいろとお話を伺いました。おもしろいですよ。今江さんと初芝さんが組んでいるのは桂さんの指示だそうです。この事件の捜査には、警視庁副総監の息がかかっているんですよ」
「警視監が?」
籐藤は眉を潜めて唸り声を発した。
「またあの人はわけのわからんことを」
「いったいどうして定時に帰るのかと気になりましてね。いやぁ納得。納得の理由でしたよ」
「なんだ。おい話せよ」
「籐藤さん」
法律はスマートフォンを抱きしめながら言った。
「今江さんは本当にすばらしい人ですね」




