幕間G
「自殺?」
法律はコーヒーカップの中のティースプーンをぴたりと止めた。
「自分の心臓にナイフを突き立てたって言うんですか」
「おれが言っているわけじゃない」
籐藤は苦々しい表情でブラックコーヒーをすすった。
「可能性の一つとして捜査会議であがったらしい」
「可能性だけで捜査会議の盤上にあげてもらえるのですか。それなら宇宙人や幽霊の犯行の可能性も考慮しなくちゃなりませんね」
「常識の範疇という条件を満たさなきゃならん」
「それなら自殺説だってアウトですよ。被害者が自殺する動機は何ですか。どうして健診センターで自殺したのですか。飛び降りでも首吊りでもなく、心理的抵抗を強く覚える自刃なんて方法を選んだのは何故ですか。ほら。釈然としない要素がこれだけある。自殺説を推したいならこれらの問いにまず答えていただきたいですね。常識的に考えて」
法律はコーヒーカップ片手に窓際の自分の机に座ると、籐藤が買ってきたドーナツを食べ始めた。
「自殺説を考えるにはいくらなんでも早すぎる。初芝が言うには、病院長が事件を早く収束させたいから天神署に圧力をかけてきたらしい」
「腐敗してますねぇ」
ハニードーナツにかぶりつくと、法律は一つため息をついた。
「その腐敗は今週の土曜日には天神署をのみこんじまうらしい」
「土曜日? どういうことです」
「明後日の土曜日に病院長が天神署のお偉いさんと食事会をするらしい。その場で自殺説について詳しく話を詰めるとさ。土曜日には、自殺説で捜査方針が確定するわけだ」
「これまた腐ってますねぇ」
「ひとがあげたものを食べながら腐ってる腐ってる言うんじゃない」
籐藤は眉をあげながらドーナツの袋に手を入れる。持ち上げた手が握っていたのはピンク色のチョコレートがかかったドーナツだった。
「初芝さんのご様子は」
「警視庁に戻ってきたのは十一時過ぎ。疲れている様子だったから小野寺さんに報告だけさせてすぐに返した」
「何かお話しはされましたか」
「だからすぐ返したって。天神署の捜査会議に参加したあとおっとり刀で戻ってきたんだ。事件についてはおれも小野寺さんから聞いただけだ。初芝から細かく聞き出す時間なんてなかったよ」
「相棒の刑事については」
「なんだって?」
次のドーナツに手を伸ばしながら籐藤が言った。
「初芝さんと組んでいる所轄の刑事についてです。何か話は聞いていませんか」
「いや別に」
「今江さんという方らしいのですが、ご存じないですか」
「知らん。誰だそれ」
「いえ、ご存じないのならいいんですけど」
そうつぶやきながら法律はドーナツの袋に手をいれた。
袋の中は空になっていた。




