おばけのバケバケと人間のぼく
ゆさゆさゆさ。
「ねえねえ、君。起きて」
ある夜のこと。山おくの、今は使われていない、おんぼろホテルで、ねむっていたユウタはだれかに起こされました。
「うう~ん。うわあ!」
目を覚ましたユウタは、びっくりしました。目の前にふわふわと、真っ白いおばけがうかんでいたのです。
それだけではありません。ユウタの周りには、おばけがいっぱい。ぐるりとユウタを囲んでいました。
「おばけだらけだ。まさかぼく、しんだのかな」
ユウタの前には真っ白で、手が二つと真っ黒な目と口があるだけの、大きなおばけが二人と、中くらいのおばけ、小さなおばけがいました。
お父さんおばけ、お母さんおばけ、子どものおばけが二人でしょうか。一番小さなおばけの横には、手足のついた二つ折りのけいたい電話がいます。
おばけたちの足があるはずの場所は、へびのしっぽみたいに先が細くなっていて、ゆらゆらとゆれていました。
他にもカサのおばけ。頭に大きなすずをつけた女の人。青オニと赤ちゃんをだいた赤オニ。体が半分すけている女の人もいました。
「ちがうよ。ぼくたちのマンションに、きみが勝手に入って来て、ねちゃっただけさ」
目の前にうかぶ中くらいのおばけが、こしだと思う所に手を当てて、体をそらしました。
おばけは真っ白で丸くてつるんとしていて、どこまでが頭なのか、おなかがどこから始まっているのかも分かりませんが、きっとむねをはったのでしょう。
「だけさ」
「だけさー!」
白いおばけの横にいる、白いおばけより小さなおばけと、二つ折りのけいたい電話が、元気に白いおばけのまねをしました。同じように、こしだと思う所に手を当てて、えっへんと体を後ろにそらしています。
「そうだったの。ごめんなさい。だれかが住んでいるなんて思わなかったんだ」
ユウタはあわてて立ち上がり、あやまりました。
「おやおや」
「まあまあ、まあまあ」
大きなおばけたちが、目をまん丸にしました。
「なんてめずらしい。おばけが見えているし、聞こえているぞ」
「きっと”れいかん”が強いのね。よかった。これで家に帰してあげられるわ」
お父さんおばけとお母さんおばけは、ほっとしたように笑いました。
「ねえ、ぼく。お名前はなんて言うの? お家はどこ?」
「ぼくは合馬ユウタです。家は、えーと、あのね、スーパーうしみつの近くだよ」
スーパーうしみつは、おばけマンションが立っている山のふもとの町にある、ゆいいつのスーパーです。
「よかった。スーパーうしみつなら知っているわ。ユウタくん、お家までおくってあげる」
「いやだ! ぼく、帰らない!」
ユウタは口にぎゅっと力を入れました。せっかく出てきたのに、家に帰るなんてごめんです。
「まあ、どうして?」
「だってぼく、いらない子だもん」
「まあ、まあ、まあ」
お母さんおばけは口に手を当てて、おどろきました。
「そんなことを言ってはだめよ。きっとお父さんもお母さんも、きみがいなくなって心ぱいしているわ」
ぽんぽんと赤ちゃんのせなかをたたいてあやしながら、赤オニが困ったように言いました。赤ちゃんはきらいです。ユウタは、ますます家に帰りたくなくなりました。
「そんなことないよ!」
ユウタはつい、赤オニにだかれている赤ちゃんをにらんでしまいました。
「うちの子をにらまないでくれないかい」
「赤ちゃんになにか、かんけいあるの?」
青オニはむっとした顔をしましたが、赤オニは赤ちゃんをしっかりとだきなおして、やさしくユウタにたずねました。
「だって」
ユウタは地面を見つめました。ぽつぽつと理由を話します。
お母さんもお父さんも、生れたばかりの妹にかかりきりで、話を聞いてくれないこと。遊んでくれないこと。お兄ちゃんになったんだからと、たくさんがまんしなければいけないこと。なのに、しゅくだいしなさい、べん強しなさいばかり言うこと。
いやになって、べん強もしゅくだいもわざとやらなかったら、「ずるい」「サボリ」と友だちに言われたこと。
「お父さんとお母さんは、妹がいればよくて、ぼくなんていらないんだ。ぼく家に帰らない。ずっとここにいる」
それを聞いた白いおばけは、よろこびました。
「わあ、ぼくたち友だちになれそう。ぼくはバケバケ。ねぇユウタ。いっしょにあそぼうよ」
「あそぼー」
「あそぼ」
白いおばけのバケバケが両手をばんざいすると、小さな白いおばけと、けいたい電話のおばけもばんざいしました。
「ウララとガラケーはだめ。二人であそべよ」
バケバケがいやそうに口をとがらせました。白い小さなおばけは女の子の声だから、きっとバケバケの妹なのでしょう。バケバケも妹があまり好きではないのかもしれません。
ユウタはうれしくなりました。本当に友だちになれそうです。
「ずっとここにいたらいいよ、ユウタ」
バケバケがユウタの手をにぎりました。
「ほんと?」
ユウタはぎゅっとにぎりかえしました。あははと笑い合うと、手をつないで走り出しました。
「まちなさい、バケバケ。ユウタくん」
大人のおばけたちがよんでいますが、聞こえないふりをしました。さわいでいる小さなおばけたちも知らないふりです。とてもいい気持ちでした。
ユウタとバケバケは、たくさんたくさん、遊びました。おにごっこ。かくれんぼ。虫や木の実を見つけたり。バケバケとの遊びはわくわくします。
「ああ、楽しい」
ユウタがそう言うと、バケバケはうれしそうに、くるんと空中で一回てんしました。
「じゃあずっとここにいなよ。そうだ。大切にしてくれないお父さんとお母さんなんて捨てて、うちの子になったらいいよ。ヒュードロとユラユラが、新しいユウタのお父さんとお母さん」
「え、そんなことできるの?」
「できるよ。ぼくたちおばけはそうやって家ぞくになるのさ」
バケバケが教えてくれました。
おばけの家族は、生きていた時の家族とはちがうこと。死んでから、気の合うおばけと家族になるのがふつうなのだということ。
「そうなんだ。でも」
ユウタはまよいました。
お父さんとお母さんの笑った顔がうかびました。赤ちゃんの妹の、ぷっくりとしたほっぺた、ふくふくの小さな手もうかびます。
ユウタがおばけになって、バケバケの家の子になったら、お父さんとお母さん、妹とは会えなくなってしまうのでしょうか。
もう会えなくなると思うと、さみしくなります。
いえいえ。ユウタをいらない家族より、バケバケの家の方が楽しいにちがいありません。
「ひょっとして、おばけではないことを気にしているの? それなら……」
バケバケが何か言いかけた、その時。
「ユウターー」
遠くから、お父さんの声がしました。
「お父さんだ」
「ユウターっ!」
「お母さんもいる」
ユウタはそわそわと合わせた指と指を動かしました。お父さんとお母さんは、ユウタを心配して、探しに来てくれたのでしょうか。
「ユウタくーん」
「おーい」
お父さんとお母さんだけではありません。他にもたくさんの人の声がしました。
「ねえ、ユウタ。もしかして帰りたくなったの?」
「そ、そんなことないよ! 見つかったらこまるから、どうしようって思っていただけさ」
ユウタは鼻をこすって、ぷいっと横をむきました。
本当は帰りたくなっていました。けれど、帰りたいなんて言ったら、小さな子みたいです。ユウタはもう小学二年生です。家族がこいしいなんて、かっこう悪くて言えません。
「ごめんごめん。そうだ」
いいことを思いついたと、バケバケが手を叩きました。
「ユウタもおばけになったら、もうお父さんとお母さんに見つからないよ」
「ぼくがおばけに?」
「そうだよ。おばけになったらふつうの人には見えなくなるもん」
お父さんやお母さん、妹からも見えなくなってしまうのでしょうか。見えなくなったらどうなるのでしょう。ユウタはそうぞうしてみました。
見えないのですから、「ここだよ」と言っても気がついてくれません。きっとよんでも返事をしてくれません。
「それはいやだよ」
「どうして?」
「家に帰れなくなっちゃう!」
「帰りたくなかったのに? いらない子なんでしょ? ユウタをいらないお父さんとお母さんなんて捨てちゃえばいいのに」
バケバケがふしぎそうに、黒い目をくるんとさせました。
お父さんもお母さんも妹ばっかりで遊んでくれないし、話も聞いてくれません。そんなお父さんとお母さんはきらいです。
「ユウター」
「出てきて、ユウター!」
声が近くなってきました。
「ねぇ、ユウタ。今日は、とっても楽しかった。ぼく、もっとユウタと遊びたい」
「ぼくもだよ。バケバケと、もっと遊びたい」
ユウタがそう言うと、バケバケは嬉しそうにくるんと一回りました。
「わあい、よかった! じゃあ、いっしょにいられるようにしてあげるね」
ぐうん、とバケバケの体が大きくなりました。うれしそうに笑います。その笑った口が、ユウタの体がすっぽり入りそうなくらいに、大きく大きく開きました。
「うわっ」
びっくりしたユウタは、後ろにひっくり返ってしりもちをついてしまいました。バケバケの笑った口がどんどん近づいてきます。
食べられてしまう、とユウタが思ったその時。
「バケバケーッ、ユウタくーん」
「あっ! こらあ! バケバケ、やめなさい!」
大人のおばけが木のかげから飛び出してきて、大きくなったバケバケの頭をぽかりとたたきました。
「いたい!」
ぷしゅんと空気がぬけた風船みたいに、バケバケがもとの大きさにもどります。
「本当にこの子ったら」
「だってだって」
お母さんにぷりぷりとおこられて、バケバケの体がもっと小さくなりました。
「ごめんね、ユウタくん。バケバケがこわがらせてしまったわね」
「ごめんね」
お母さんがあやまると、とても小さくなったバケバケも、しゅんとあやまりました。
「ううん。だいじょうぶ」
とてもこわくてびっくりしたけれど、ユウタはぶんぶんと首を横にふりました。
「バケバケ、ユウタくん。自分のお家が一番だ。そうだろう?」
うでをくんだバケバケのお父さんに聞かれて、ユウタもバケバケもこくりとうなずきました。
「ユウタ!」
「ユウター!」
近くまで来ているのでしょう。お父さんとお母さんの声が、大きく聞こえました。
「よしよし。ではユウタくん。君に、君のお父さんとお母さんが、君のことをいらないなんて思っていないことを、見せてあげよう」
バケバケのお父さんは、まんぞくそうにうなずくと、両手を広げました。さっきのバケバケみたいに、ぐうん、と体が大きくなります。それどころか目がびかびかと黄色く光り、おどろおどろしい声がひびきます。
「おいしそうな子どもだ。食べてやるぞおお!!」
「うわあああ」
バケバケよりも何倍もこわくてびっくりしたユウタは、思わず大声でさけびました。
「きゃあ! ユウタ!」
「うわあ! このおばけ!! ユウタをどうするつもりだ」
ユウタの大声を聞きつけたのでしょう。お父さんとお母さんがやってきました。バケバケのお父さんを見たお母さんは、ユウタをぎゅっとだきしめました。お父さんは両手を広げて、バケバケのお父さんを通せんぼします。
「いらない子どもは食べてやるう」
「ユウタはいらなくなんてないぞ。あっちへ行け」
「ぐわああああ」
お父さんが石を拾ってバケバケのお父さんに投げると、バケバケのお父さんはしゅるしゅると小さくなって、ぽんっと消えました。
「お父さん、お母さん!」
「ユウタ、よかった」
「ユウタ」
お父さんとお母さんが、赤ちゃんにするみたいに、ぎゅうっとだいてくれました。
「ぼく、いる子?」
「当り前だろう。大事な大事な子どもだよ」
「赤ちゃんばっかりになっていてごめんね。大好きよ、ユウタ」
うれしくなったユウタはちょっとはずかしいけれど、お父さんとお母さんにくっついて、ぎゅっとだきつきました。お父さんとお母さんもぎゅっとだき返して、頭をなでてくれました。
「さあ帰ろう」
お父さんとお母さんと、手をつないで帰ります。ユウタは後ろをふり返りました。
バケバケのお父さん、お母さん、そして悲しそうなバケバケがふわふわと浮かんでいました。
またここに遊びに来るなんて言ったら、お父さんとお母さんもだめって言うにきまっています。
『バイバイ。また遊ぼうね』
ユウタは、バケバケにむかって口をパクパクさせました。バケバケがくるんと一回てんします。
「どうしたの」
「ううん。なんでもない」
お父さんとお母さんとしっかり手をつないで、ユウタは山をおりました。
おしまい。