第9話 「うむ。原始人だ」
先週は日刊ジャンル別ランキング8位でした。
ありがとうございます(/・ω・)/
「みなさーん、収録にちょっとだけ参加してくださいねー!」
菊尾レイが告げると、すぐにテレビ局のスタッフらしき若者が入ってきた。
(ま、じゃなけりゃあこんなとこに集めないよなあ)
NPAsとテレビ局の間で、とっくに話はついているのだろう。
「マジ、テレビ出れんの?」
「もっと髪型キメてくりゃ良かったゼ」
「わ、わしはもう帰りたいんじゃがのう」
周囲の調査人たちは、疲労を顔に出す者、出演と聞いてにわかに活気づく者様々である。ただ1人、伊勢乃木貴美だけはなぜかキョトンとした表情をしていて、雰囲気に取り残されていた。
「控室」と掲げられた大部屋に一同は移動する。
「よーっす」
当麻たちが控室の隅で待機していると、小雨ひたぎが声をかけてきた。
「もうすぐドライだってよ。まだ待機時間はありそうだねえ」
「人間の言葉で喋ってくれ。ただでさえ人数が多くて気が滅入ってるんだ」
大きな控室には、調査人全員が押し込められていた。のみならず、驚いたことにアシスタントの菊尾レイの姿もある。鏡の前を占領してスタイリストに細かい注文を付けていた。他にもゲストらしいスポーツ選手や芸人もいる。
「おや? 比嘉石出矢は?」
小雨が周囲を見て怪訝な顔をする。
「こんなタコ部屋にいられるか、って言って出てった。車で不貞腐れてるんじゃないか?」
身に着けたブランド物と同じぐらい気位の高い人間であるようだった。
「俺らはともかく、ゲーノージンは個室をあてがわれてるもんだと思ってたぞ」
「ハッ、今日び個室を用意されるなんて、大御所かゴールデンにカンムリ番組持ってる超売れっ子ぐらいだぜ。ザ・チェイサーだと大華典膳御大ぐらいだ」
苦笑する小雨。
「ふーん、そんなもんか。で、俺らはいつまで待たされるんだ?」
自分から振った話題を邪険に遮ったのは、不機嫌故だった。
「ドライ、カメリハときて、ランスルー(本番前の最終リハーサル)から参加するんじゃないかねえ」
アシスタントディレクターが入ってきて呼び掛けると、菊尾レイやゲストの面々は出て行った。
「もっとパパッとやるもんだと思ってたよ」
「最近はランスルーなしも珍しくないんだけどさあ」
やはり小雨はテレビ局の仕組みをよく知っている。
「詳しいな。業界通ってやつか?」
「駆け出し芸能ライターだっつってんだろ」
「なら俺たちは、ゲンスルーだかランスルーだかと本番で2回やるわけか」
「アシスタントやゲストは4回やるんだぜ? 大将が凝り性だから」
先ほどから、大華天膳を詳しく知っているような話し振りだった。
「俺ら素人こそ、何回も練習しといた方が良いんじゃないか?」
「その辺の匙加減は微妙だあな。この手の番組は、素人っぽさが残っていた方が良い。かといって、ぶっつけ本番は怖すぎ」
「妥協点が2回、か」
確かに前出演していた“ザ・チェイサー!”の新貝老人もテレビ慣れしていなかった。
「ま、メインはVTRだし、俺らは壁の花なんだから、気楽に構えてりゃいいさ」
「それもそうか。刺身のツマだもんな」
当麻は納得した。
「気楽でいられないのは、彼女らのせいで壁際に押し付けられる菊尾サンぐらいのもんさね」
小雨は皮肉気な視線をドアに向けた。
「壁際っつーか、土俵際だな」
視線は伊勢乃木貴美や王喜万斗果に集中するだろう。菊尾レイは存在を薄められることになる。
「えー、公選調査人の皆さん」
サードADの若い男が控室に入ってきた。段ボール箱をテーブルに置く。
「顔出しNGの人は手を上げて」
当麻と野可部花、須田卓也の3名が手を挙げた。
「その人たちは、この中から適当に選んで。自分で何か持ってきてるならそれ使ってもイイから」
当麻が段ボールの中を覗き込むと、縁日で売っていそうなお面やプロレスラーの被っていそうな覆面や、果てはガスマスクなど、顔を隠せそうなものが雑多にぶち込まれていた。統一感がまったくない。倉庫で見かけた顔の隠せそうな小道具を適当に突っ込んで持ってきたという風情だった。
「あ、やっぱ顔隠すのいいです」
あまりのラインナップに、手を上げていた須田は取り下げた。野可部も同様諦める。
「これでいいか」
当麻は戦隊モノの赤いお面を選んだ。雑誌の付録についてくるような紙製で、いかにもチープな造りであるが、顔さえ隠せれば出来不出来は構わなかった。
「モザイクでもかけるのかと思った」
「ハッ、編集が面倒になるじゃないのさ」
「どこまでも番組の都合なわけか」
収録は13階のSスタジオで行われた。赤いドアが特徴的な、報道、生放送、情報番組向けのスタジオである。
躍動的なミュージックが大音量で流され、階段状のステージを所狭しとダンサーたちが踊る。そのダンサーの群れが割れて、司会者が姿を現した。
「さあ、今夜も始まりました“ザ・チェイサー!”。皆さんは正義の目撃者となる! ご存知司会はわたし、大華典膳!」
大きく、良く通る声で名乗った。ダンサーたちが一斉に紙吹雪をまく。やっていることは同じであるが、わざわざ毎回撮影をしている。使い回しをしないのは無論大華典膳の指示に拠るものである。
「アシスタントは、菊尾レイでお送りいたしまぁす!」
いつもの甘ったるい喋り方が5割増しになっている。
「さあて皆さん、今回からは新章に突入しちまった! 私は有言実行の人だよ! 今回の標的は“切り裂きジャック”だあ!」
歓声が上がる。所謂「観客」でなく、金で雇われた客用エキストラの反応なので、多少わざとらしい。
「では、今回のヒーローの登場だ!」
大華が舞台袖を指さす。
「どーもどーも! 主役の比嘉石出矢です!」
満面の笑顔で、両手を振って登場する出矢。ファンの声援に応える大スター気取りである。首には黄色のスカーフまで巻いていた。
「スターップ!」
大華が大声で進行を止めた。
「比嘉石さん、指示忘れちまった? あんた悲劇の主人公なんだから、もっと鎮痛な表情で出てこないと! スターの舞台挨拶じゃないんだぜ?」
大華がまくしたてる。
「えー? いーじゃんよーこれぐらい! 久しぶりにテレビに出れるってのに」
抗議する出矢は、実年齢よりも幼い内面の持ち主であることが窺えた。
「重要なのはアンタじゃなくてアンタの立場なんだよ! あと、その鋭角的すぎるアルマーニのスーツも、もっとシックなヤツに変えちまってくれ! おおい、なんか見繕ってやれ!」
大声でADに指示を飛ばす。出矢は不満そうな顔つきだったが、付き従っていた男に宥められてしぶしぶ引き下がった。
「こりゃあ時間食いそうだな」
お面の奥でひっそりと嘆息した。
衝突はありながらも、順調にリハーサルは進行した。基本的に大華典膳の進行に誰も文句を挟まないからである。加えて、大華の注文は細かいが、理不尽なものではなかったことと、大半の時間VTRを見てるだけ、ということもある。
現在はT県警幹部の、インタビューの名を借りた自己弁護を流していた。はっきり言って切り裂きジャック逮捕に有益な情報は何1つとして出てこない。また、切り裂きジャックでなく死体遺棄犯の方を追いたい当麻としても無益な時間だった。
まだ出番でない調査人の面々は、テレビ画面越しでしか見ない芸能人や収録を興味深そうに見物している。当麻はと言えば、スタジオの壁に寄り掛かってぼんやりと眺めていた。そこに和装の女性が歩み寄る。
「番組制作とは大掛かりなものなのだな」
伊勢乃木貴美が話しかけてきた。
(うわっ、わざわざ近寄ってくるなよ)
着物姿で美人の貴美は万事に目立つ。現にスタッフやら調査人の卵たちやらが視界の端に2人を収めてチラチラ観察していた。同じチームになった当麻とコミュニケーションを取りたがっているのかもしれないが、目立ちたくない彼にとっては単に迷惑だった。だからといって邪険にしては今後険悪な雰囲気の中協働することになるかもしれない。そんな息が詰まりそうなチームでは、捜査が順調にこなせるとは思えない。(サツキではない方の)犯人に肉薄しなければならない当麻としては、避けたいところだった。
「そりゃまあ、“ザ・チェイサー!”は怪物番組だからな。予算も潤沢なんだろうさ」
よって、当麻が会話に乗ったのは100%打算づくめな根拠に拠る。
「それほどの番組だったのか。たいした施設だと思ってはいたが」
伊勢乃木貴美の驚きぶりは、他の調査人たちとはピントがズレたものだった。
「ひょっとして、ザ・チェイサー知らなかった?」
「なにぶん、てれびやいんたあねっとはほとんど見たことがないので」
さらりと現代人にあるまじきことを言ってのける。
「え、え? けっこう視聴率高いらしいけど」
現に、観たことのない当麻でも名前も凡その内容も知っている。
「う、うむ。新聞と図書館で事足りるので。調査人になるにあたり、一応調べたのだが」
予想と大きくずれ込んでいたらしい。視聴率21%超えの怪物番組も形無しである。
「菊尾女史は、てれびがどうこうと呼び掛けていたが、何が何やら」
(菊尾の自己紹介や、テレビの話題が出たもきょとんとしてたな。知らなかったのか)
菊尾レイが話題を振っても置いてけぼりになるのも仕方がない。
(しかし、テレビもパソコンも馴染みがないとなると)
「他の機械、例えばスマホは?」
「通話以外の機能は使ったことがない」
推測通り、若さに似合わず随分とアナログな人間のようだった。
「ひょっとして、機械全般苦手?」
「うむ。原始人だ」
黒髪と着物の似合う原始人は開き直って壁にもたれかかった。
「古風とか奥ゆかしいとか言い換えとこうな」
非の打ち所のなさそうに見える貴美にも、思わぬ弱点があった。虚勢を張って否定しようとしないあたり、かなり潔い。
(なるほど。それならテレビ局なんてお化け屋敷より怖いわな)
貴美が声をかけてきたのは親交を図ることが目的ではなく、未知の領域に踏み込むことになって、内心心細かったのか、と解釈した。凛としていても、20歳になるかならないかの年齢である。
「文明の利器が嫌いとか?」
「き、嫌いなわけではないのだが。ただ、父が古風で縁が薄かった」
どうやら、苦手意識があるらしい。年齢の如何を問わず、資質は環境によって左右される。
「この通り世事に疎いので、貴美に助言してくれると助かる」
丁寧に頭を下げる。
(あ、本当に言いたかったのはこっちか)
先の解釈はあくまでも副次的なもので、こちらが本題だと当麻は察する。足を引っ張る事態が起きた後で、「実は苦手だ」と言われても遅きに失する。事前に言われていればこそ対策の立てようもある。
(で、チームの中でまず俺に相談したと。好判断と言うしかないな)
残りの2人は甲斐裕次郎と王喜万斗果。甲斐老人は年長者だが、老齢のためか腰が重く消極的である。報告しても「そんなこと相談されても」と困惑するばかりに違いない。仮に前向きであったとしても老齢で機械に強いとは思えず、援護は期待できそうにない。一方で王喜万斗果は未成年の学生。勉学も抱えた年下に、大人が負担を押し付けるのも憚られる。同年代の当麻に頼るのももっともな選択だった。
「オーケイ。って言っても、俺も口ほどに世間を知ってるワケじゃないけどな」
できるなら関わる機会は増やしたくないところであるが、放り出すわけにもいかなかった。機械音痴であっても、外見に限らずとも、この女性が有能であることに間違いはない。
「伊勢乃木さん、伊勢乃木貴美さん。個人撮影お願いします!」
スタッフの1人が呼ぶ。
「はい、すぐに行きます」
返事をして、貴美は当麻にふわりと微笑んだ。
「では、これからよろしく、当麻」
柔らかな笑顔とともに、右手を両手で握られた。
「あ、ああ」
目の前を通り過ぎるとき、文香の良い香りが余韻を引いた。
「…………困ったな。嫌いになれる要素がどこにも見当たらなかった」
ただ1点、どうしようもなく人目を引きつけるという点を除けば、であるが。
アナグラム解答。第2話でサツキに殺された男。
比嘉石弥栄
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ひがいしやえい
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ひがいしゃえい
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被害者A
です(/・ω・)/