第8話 「アイツ、“ブタギ”か!」
説明部分はできるだけ少ない話数で冗長にならないようにしたいと思っているので、1話当たりの文字数が多いです(/・ω・)/
「事務的な手続きについて重要な通達をいたします。まず、毎日進捗を報告書にして上げていただきます。期限は翌日の8時30分までとなります」
げー、という声が響いた。時間をとられる作業である。
「週2日、休日を自由に設定していただいて構いません。ただし、2人が休んで残された1人が単独行動、などということがないように。1人ずつ休むか、3人同一の日を休みとすること。なお、何もしなかったのに調査をした、など虚偽の報告をされた場合、不正打刻として扱い詐欺罪に問われます。給金が発生しているのだから当然ですね」
どうやら、怠けものを許さないための報告書らしい。
(補充公務員扱いだったり、給料が出るってのは口実で、要はがっちがちに管理されるんじゃないか)
当麻は悪意に解釈した。
「公選調査人は各人、日当として1日に8250円を支給します。交通費、食事代などはこちらで負担しますので領収書をお忘れなきよう。1人1回あたりの食事代が1031円を超えていた場合、理由の申告を求めることになります。移動は原則自家用車か公共機関を使用してください。タクシーなどを利用した場合、適切かどうか説明していただきます」
出納にはかなり細かいようで、早くも調査人たちの中にはうんざりした顔がいる。令和2年度から大流行した感染症によって失業者が増えた。復讐条例、並びに公選調査人制度は、その失業者に雇用を与えるというお題目もあったはずであるが、体を張る割にはしわい。
(所詮上級国民に、下界の塗炭の苦しみは分からないってか)
当麻は政治屋を評した。
「それと、“公選”ではなく“私撰”の方もおられますが」
当麻のように強制的かつランダムに選ばれた者が公選調査人、自分から調査人に立候補した者、或いは条例登録者から推挙のあった者が私撰調査人と呼ばれる。国選弁護士と私選弁護士の関係に近い。
「私撰調査人の方は、日給が8750円になるのでご注意を。それと、代理でいらした伊勢乃木さんも私撰と見做し、同様の支給とします」
当麻は油断なく、見える範囲で後方を盗み見た。鍬下萌夏が口の端を歪めている。兵藤勝成が僅かに顎を引いた。
(“そんなことはとっくに分かってら”って承認の笑みだな。あっちは肯定の無意識反応。アイツら私撰調査人か)
冷静に観察する。
(それと、あの小雨ってヤツの言葉が正しければ菊尾レイもか)
当麻にとって他の調査人は味方であって味方ではない。真相にたどり着くようならば最終的に敵に回る。その際、公選と私撰では脅威度に天地の開きがあった。私撰は復讐条例で食っている連中だけあって、調査力や荒事に秀でていることが多い。
(特に、鍬下も兵藤も格闘技経験者だろう。動向に注意した方がいい)
ちなみに、私撰調査人はこれとは別に条例登録者から日当や特別ボーナス契約をする者も多く、寧ろそちらがメインの収入源であった。今回の場合、比嘉石出矢か、“ザ・チェイサー!”に雇われていることになるのだろう。
「王喜さんは未成年ですので、金銭は支給できません。後日カタログを送りますので、希望する商品を選んでください」
未成年にお金を渡すと労働ということになり、いろいろ抵触するらしい。給金に相当する品物で代替するらしかった。
会議は2時間を経過していた。調査人たちの中には、疲労を隠せない者もいる。
「ここで一度休憩を挟みましょう。昼食の用意がありますので、どうぞ」
意義路の部下らしき者たちが仕出しの弁当を配ってゆく。当麻はすぐに食事にかからず、一服するために喫煙ルームに移動した。
「長い1日だ」
じっくり吸い込んで、疲労を煙とともに追い出す。
「テレビ局に集合ってことは、この後……だよなあ」
憂鬱そうに呟く。
「しばらく吸えなさそうだ。もう1本吸っていくか」
帰った時、席の周囲は険悪な雰囲気に包まれていた穂塚聖子と伊勢乃木貴美が、なぜか当麻の席を前に睨みあっている。
「それは陸義さんの昼食でしょう。なぜ持ってゆこうとするのですか?」
見れば、穂塚聖子は弁当を手に持っている。のだが、彼女の席には既に空の箱があった。
(俺の弁当ちょろまかす気だったのか。セコいオバサンだ)
「食べないで置いてあるんだから、貰ってもいいじゃない!」
「であっても、黙って持ってゆく道理はありません。陸儀さんに許可を取るのが筋でしょう」
貴美の言葉に、成り行きを見物していた何人かが頷いた。取り繕おうと、右手に「陸儀当麻」と紙の貼られた弁当箱を抱えていては説得力がない。穂塚は叩きつけるように弁当箱を返した。
「あ、アンタ、もう少し目上の人間に対する言葉遣いを身につけなさい! 主任教師まで務めた私に失礼なのよ!」
踵を鳴らして席に帰っていった。貴美の言葉遣いに不備はどこにも見られなかったが。
(教科書に載せられるぐらい見事な負け犬の遠吠えだな。主任教師を威張るなら相応の節度でいればいいのに)
呆れて教師を見送る。
「お騒がせしました」
貴美は周囲に、丁寧に頭を下げた。本来下げるべき頭はさすがに居心地が悪くなったのか、部屋から出ていった。年齢は倍ほども違うが、貴美の貫録勝ちである。
「ありがとう」
「もう少し穏便にことを収められれば良かったのだが。穂塚さんに悪いことをした」
どうやら貴美は、穂塚に悪い評判をつけてしまったことを悔やんでいるらしい。
「アレは相手が悪かっただけだろ。なんにせよ助かった。これから長いだろうし、昼飯抜きは堪えるからな」
本音で言えば昼食などどうでも良かったが、それをここで口にするほど野暮ではなかった。
「しかし、あのオバサン、2人前食う気だったのか。痩せの大食いってやつだな」
「量もそうですけれど。意地汚い食べ方をする教員でしたわね」
隣の王喜万斗果が告げる。「教師」ではなく「教員」と言った。
「まあいい、せっかくの高そうな弁当だ。ありがたくいただこう」
割り箸を手に、食事を始めるが、頭では別のことを考えていた。
(この女、他人の飯を食うところまで観察してるのか?)
「皆さんワクチン接種を受けてください。比嘉石さんもお願いします」
比嘉石の反応はない。どうやらファッション誌を読んでいたようだった。お付きの男に肘で突かれる。
「あ、なんだって?」
比嘉石出矢が聞き返す。
「感染症対策に、ワクチンを接種していただきます。多くの人間に会うことになりますし、移動も多いですから」
2020年に猛威を振るった感染症のせいだろう。現在はやや鎮静化しているが、それでも消滅したわけではない。
「ふーん、至れり尽くせりだねえ」
背後から小雨の声が聞こえた。
(ワクチン? 厚労省の管轄じゃないのか?)
疑念が湧いたが、詳しい領域ではないのでそのようなこともあるのだろう、と思い直した。
(血液検査とかだったら避けたかったが。くれるだけなら喜んで貰うさ)
1人ずつ別の小部屋に呼ばれて注射を打たれる。当麻は2番目に呼ばれたが、注射針が太くて閉口した。
「麻酔を塗って注射するから痛くありませんよ」
医師が左手の親指と人差し指の付け根に麻酔を塗る。
「腕じゃないのか?」
「この注射は手にします。はい、見ないようにしてくださいねー」
プラスチック板の仕切りで注射の瞬間を見ないように遮られてから刺される。弱めの麻酔を塗られたことと、注射するところが医師の身体で見えなかったお蔭か、それほどの痛みは感じなかった。
「これで本日は終了としますが、明日は10時から捜査専科講習をいたします。遅刻無きようにお願いします」
「げー」
「マジかヨ」
非難を含んだ声が上がる。捜査専科講習は、本来警察官が受講する。
「なお、我々としては以上になりますが、提携しているNテレビさんの収録に協力していただくこととなります」
(おいでなすった。サツキに獲物を掻っ攫われた“ザ・チェイサー!”が、この事件で“切り裂きジャック”を追うつもりか。参ったな)
復讐条例には条例の認知を広めるため、マスコミ・メディア等と積極的に連携する旨の条鋼がある。それがため、“ザ・チェイサー!”が密着取材できるのだった。当麻は縋るような視線をs課課長に向けた。
「理由があってどうしてもテレビに出たくないときは?」
「第35条にて、条例普及のためにメディアに露出していただく旨の規定があるのはご存じではないので?」
復讐条例の規約については、赤紙の翌日分厚い冊子が送られてきたのだが、当麻は目を通していなかった。小声で耳打ちする。
「出るには出ます。が、顔出しは避けられないですかね。実は俺、昔いじめに遭って引っ越した経験があって。そいつらに見られたくないんですよ」
「ご安心を。希望すれば名前や顔を伏せてもいい、という趣旨の補足があります」
意義路は即座に答えた。条例の全項目を暗記しているらしい。
「家族のDⅤから身を隠していて露出を避けたい、等の事情の方はいますから、その点の配慮もなされています」
「そうですか」
万全、とはいかないまでも対策はされているらしい。逆に言えば、そのような配慮をしてまでも調査人は断らせない、という宣言の裏返しでもあるが。
(この事件の犯人は? と訊かれたなら、答えは尽サツキだ。だが、それとは別に死体を運んだヤツがいる。この立場を利用して、そいつを突き止めなければならない。あわよくばそいつに全部おっ被せる)
冷酷な算段を始めていた。
「くそっ、面白くねえナ! はずれを引かされた」
富井内人は吐き捨てた。彼はチームを組むと聞いた時、大いに期待していた。なぜならば席の並び順――登録順でゆけば、富井は菊尾レイ・伊勢乃木貴美と組めると予想していたからである。何度も並び順を数えて確認していた。しかも、座席順ならば富井のグループは最後のはずだった。ならば両手に花どころか、最後にやってきた王喜万斗果を加えて美(少)女3人と組めていた可能性すらあった。
(こんなヤツラと組んでやる気になるかヨ!)
が、期待は見事に裏切られた。蓋を開けてみればチームメイトは陰気な須田卓也に中年太りの見苦しい野可部花。その2人は、富井の高圧的な姿勢にすっかり萎縮してしまっている。金髪でガラの悪い富井は、明らかに正業に就いていない。所謂「半グレ」の部類で、マトモに生きてきた者なら関わり合いになりたくないのは当然だった。菊尾レイのチームと合流することは容易いが、やはり同じチームただの「取り巻き」ではテレビ的にもアプローチの機会でも価値が違う。
それに、どちらかと言えば菊尾よりも伊勢乃木貴美や王喜万斗果とお近づきになりたかった。世間ずれしている菊尾よりも、大学生や高校生に過ぎない2人の方が手玉にとりやすい。下心満載でそう目論んでいたのだが。
(ムカつくのはアイツだ。俺のポジションをあんなヤツに……)
逆恨みは自分の立ち位置を乗っ取った冴えない男に向けられる。名前をすぐに思い出せずに、机のプレートを見た。
「陸儀当麻……りくぎ、でおかぎ?」
珍しい漢字の読みを見て思い出した。昔はいつもあだ名で呼んでいた。顔を見て記憶に引っかからなかったのは、昔よりもかなり痩せていたからか、そもそも富井が真剣に覚えていなかったからか。
「アイツ、“ブタギ”か!」
それは、かつて彼が壮絶ないじめで不登校に追いやったクラスメイトのあだ名だった。
アナグラム解答。オープニングで桃野良雄に殺されていた被害者の少年。
肉屋翔
↓
ししやしょう
↓
ししょうしゃ
↓
死傷者
かなり簡単な部類だったと思います(/・ω・)/