第7話 「50音順で組んでいただきます」
復讐条例という「制度」について説明が入ります(/・ω・)/
するっと読みたい人もいるでしょうが、
こういった細部にこそ魂が入る、と私は考えてます。
「まずは、当条例の申請者と引き合わせましょう。どうぞ」
意義路が呼ぶと、奥の控え室らしき部屋から男が入ってきた。30代半ばぐらいに見える。鷹揚としていて、ブランド物のスーツや靴で身を固めていた。脇に鞄を下げた、年輩の男を引き連れている。
「今回条例適用をされた比嘉石出矢さんです」
名前を聞いて、当麻は眉を跳ね上げる。
「比嘉石出矢だ。よろしく!」
手を上げて挨拶する。悲壮感は欠片も感じられなかった。小雨を初めとした少数から「よろしく」などの挨拶が散発的に返されたが、無言のメンバーの顔には「お前が登録しなければ、公選調査人に選ばれなかったのに」という批判がありありと窺えた。目が口ほどにものを言っている。無論当麻は後者である。
(やっぱりか、ちくしょう!)
予感が当たっていたことを確信する。
(タイミング的にまさかとは思ったが、比嘉石弥栄の親族か!)
「皆さんにはチームを組んで行動していただきますが、最終的な方針決定は比嘉石さんにあります」
調査人は条例登録者のために選出された者であることを意義路ははっきりと言った。
「では、概要の説明を。質問のある方はその都度挙手してください」
意義路は前置きして、A4用紙をホチキスで留めた資料を配って回った。マル秘の朱印が押してある。
「本件は殺人事件です。この書類の内容は口外しないこと。まずは1枚目をご覧ください。2枚目はまだ開かないこと」
念押しされる。1枚目の右上に【B6175号事件】とある。他には地図がプリントされていた。
「11月20日未明に、被害者の遺体が発見されました。名前は比嘉石弥栄さん。22歳」
忘れるはずもない。尽サツキとの忌まわしい出会いに関わった人間だ。
「2枚目に被害者の遺体の写真と所見があるので、ご注意ください」
(ご注意しても、見ないって選択肢は許してくれないくせに)
悪態をつきながらもめくる。多くの息を呑む音が聞こえた。派手な金髪に髪を染めた長髪の男性の写真だった。見覚えのある喉の裂き傷から見ても、やはり当麻の知る「比嘉石弥栄」に間違いない。
死体の写真は、捜査資料なので修正はされていない。気の弱い者は卒倒しかねない惨たらしい惨殺死体だった。「遺体の発見場所」の項目には「D橋」とある。
「事件の概要を説明していただけますか?」
当麻の動揺をよそに、伊勢乃木貴美が手を上げて説明を促す。
「場所はA川沿いにある橋の下。ですが死亡推定時刻は16日の夜です」
感情を感じさせない声で告げる。地図についている×印が、問題の橋らしい。
(まさか自分が巻き込まれた事件の調査人に選ばれるなんてな。ひどいジョークだ)
混乱を必死に押し殺して、考えを巡らす。
「見ての通り、致命傷は喉の傷で、鋭利な刃物で裂かれています。凶器はその場にはありませんでした」
うっ、と中年女性の1人が口元を押さえた。
「この癖のある手口は、特定の犯人であることが予想されます。巷では“切り裂きジャック”と呼ばれている連続殺人犯です」
「「ええっ?」」
ニュースを知らなかったのだろうあちこちの面々から狼狽の声が上がった。“ザ・チェイサー!”の生放送で、都心での犯行が知れ渡ることとなった殺人鬼。
「詳しくは別添えの資料を読んでください。重要な点としては、現場に流れていた血の量が妙に少ないことから、おそらく殺害現場は別で、殺害後に橋の下に遺棄されたと思われます」
「どこで殺されたってんだ?」
「なんで死体なんか運んでんだヨ、気持ちわりィ」
「それを捜査するのが皆様の仕事です」
手も上げずに発言した2人を、意義路はじろりと睨んで黙らせた。相手が切り裂きジャックと知って、食ってかかっているのであろうが、まるで取り合わない。
(容赦ないな。凶悪犯だって分かってるのに素人どもを投入するのか)
当麻は警察に不信感を抱いた。
「ただ、死後数日が経過しているので、或いは他の場所で数日保管されていたのでは、と思われます」
(科学捜査をすれば簡単にバレるか)
筆跡鑑定や科学捜査に関しては、素人では手に負えないので調査人の要請に応じて警察が手を貸してくれる。それ以外は、復讐条例登録者が現れた瞬間にバトンタッチする。
「次に、皆さんの待遇について説明します。この場にいる公選調査人の皆さんは補充公務員、という待遇になります」
意義路が黒いパスケースを配って回った。名前と調査人ナンバーが記載してある。明らかに警察手帳を模して作られていた。
「これが身分証になります。あとで写真を貼っておいてください。証明を求められた場合、必ず提示してください」
警察手帳と同型の効力がある。提示すれば、報告する義務が生じる点も警察手帳と同一だった。これをかざせば、「善良な市民」は協力しないわけにはいかない。
「なお、悪用した場合は刑事罰の対象となります。それと、連絡用に1人につき1台、スマートフォンを支給します。公共機関や病院など、特別な場合以外は電源を入れておくようにお願いします」
釘を刺すのも忘れなかった。
「重要なことを2つ。1つ。調査は原則3人組以上の人数でお願いします。これは、不意のトラブルを避けるためです」
刑事は捜査の時、2人1組で行動する。それに倣ったのだろうか。
(おいおい、冗談じゃないぞ)
1人で動くつもりだった当麻は顔を顰めた。
「チームは、自主性に任せると揉めることが多々あるのでこちらで組み合わせを決めました」
手際がいい。無駄な時間をかける要素は極力省きたいのだろう。
(なら、さっき呼んでた順番かな。座席順でもあるし。俺は2番目だった。で、3人1組なら)
ちらりと両隣を見やる。穂塚聖子という中年嫌煙女と、椎田恵というドレッドヘアのダウナー系女。
(いいぞ、理想的だ。穂塚のオバサンにリーダーを押し付け、目立たないポジションに居座れそうだ。“その他大勢”の出来上がりだ)
穂塚と仲良くやっていけるかはこの際二の次だと割り切ることにする。計19名なのですっきり3人組で収まるわけではなく、3人・3人・3人・3人・3人・4人と、4人のチームが1つ出来るのだろうが、最初のチームから4人組はあるまい、と当麻は楽観視していた。
「50音順で組んでいただきます」
意義路のこの台詞を聞くまでは。
「50音順? 小学校みたいなことすんなよ」
「そ、そーだそーだ!」
「この席順は何だってんだヨ。席順でいいだろ」
樫内洋志、国塔陽区、富井内人の菊尾取り巻き男3人が猛抗議する。席順であれば、伊勢乃木貴美や菊尾レイとチームを組めたであろう席順の男たちだった。
「この席順は登録順になっておりますので、作為が可能なのです。現に、私撰調査人が固まっております」
少々気にかかることを意義路は言った。
「それならばいっそのこと、50音順のほうが良かろうと。まさか、自分の名字にケチをつける方はいらっしゃらないでしょう?」
文句をつけている者たちと意義路では役者が違う。
「で、でもヨ、そんな安易な……」
尚も言い募ろうとする富井を、意外な人物が制した。
「いいじゃないですか~富井さん。ここは意義路さんを立てましょ? ね?」
菊尾レイだった。言葉に嬉しさが隠し切れていない。樫内と国塔はいつの間にか口を噤んていた。50音順で組んでも、2人とも菊尾のチームに入るチャンスがあることに勘付いたからだった。
「ま、まあ、菊尾ちゃんがそう言うならいいけどヨ」
孤立無援を悟り、富井は矛を収めるしかなかった。異議を挟めるはずもなく、50音でチームを組むことになった。
(そうか、座席順だと菊尾レイは伊勢乃木貴美と同じチームに入れられそうだから嫌ったのか。ちゃっかりしてら)
打算づくの援護射撃であることに当麻は納得した。あんな和服美女などと組まされては、自分が霞んでしまう。だから富井のクレームを蹴飛ばした。
(待てよ。50音順なら、俺のメンツは)
「では、1つ目のチームを。伊勢乃木貴美さん、王喜万斗果さん、陸儀当麻さん、甲斐裕次郎さんの4名です」
(マジか。考えうる最低の組み合わせだ!)
愕然とする。考えようによっては菊尾レイと組まされるよりも悪い。特に目立つ2名。残った1名はいかにも足手まといの老人。つごう4人、唯一の4人チーム。
「な、なんで初っ端から4人?」
「なぜと言われましても。王喜さんはインターンシップで参加していらっしゃる未成年ですので、大人の方と同じようには働かせられませんよ。実働も週3日としています」
「うっ……」
「王喜さん含め3名だと、2人組での行動に支障があるでしょう。足が不自由なこともあります」
正論だった。
「ご安心を。万一何かあったとしても、チームの方に責任が及ぶことはございません」
どうやら意義路は、当麻が「未成年を入れて行動して、怪我でもされたら責任を負わされるのはないか」と危惧を抱いていると受け取ったようだ。
「で、でも全員若すぎる気が」
「年齢にこだわるのでしたら、なおさら甲斐さんを入れた方が収まりがいいでしょう。平均年齢が19.6歳から32歳になります。丁度良いのではないですか?」
意義路は意外に冗談が通じるタイプらしい。奇妙な切り返しだが、覆すことはできないことは悟った。
「次は、樫内洋志さん、菊尾レイさん、国塔陽区さん……」
「イェーッ!」
「よっしゃあ!」
上々の結果になって、樫内と国塔は歓声を上げる。こうして6組のチームが決定した。周りが「仲間」を確認していろいろリアクションしている。たいていの男に見られる表情は、あわよくば伊勢乃木貴美か王喜万斗果と組みたかった、というもので、菊尾と組むことのできた樫内と国塔にすらそれは窺えた。この世の終わりのような顔をしているのは須田卓也、野可部花と組むことになった富井内人。それと、喫煙家の兵藤勝成と組まされることになった嫌煙家の穂塚聖子の2名である。
「当然ですが、交代はなしとします。キリがありませんから」
当麻に周囲の男たちから妬みと羨望の視線が注がれるが、替われるものなら替わってやりたいところだった。
「伊勢乃木貴美です。よろしくお願いします」
「あ、ああ、陸儀当麻だ。よろしく。年齢ほとんど違わないんだから、敬語はやめてくれ」
軽く頭を下げる。
「諒解した。貴美もその方が話しやすい」
頷いてすぐに言葉を変える。要らぬ気は回さない性格のようだった。
「王喜万斗果です。これは楽しみですわね」
黒い少女が薄く微笑んだ。
(なんでこう、人を不安にさせるような笑いができるのか)
口には出せない。
「か、甲斐裕次郎じゃ。よ、よろしく」
最後に蚊の鳴くような声で甲斐老人が言った。
アナグラム解答。オープニングで“ザ・チェイサー!”に出演していた老人。
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