第6話 「伊勢乃木貴美と申します」
キャラクターがたくさん出てきますが、大多数はすぐに覚える必要のないキャラです(/・ω・)/
キャラの掘り下げやスポットの当たるエピソードはおいおい語られます。
もちろんみんなアナグラム名前です。
「なんだってタレントなんかがこんなところに……」
ちやほやしている男たちはファンらしい。いや、当人がいたのでにわかにファンをアピールしているだけか。
「ハッ、なんでって? そりゃあ、調査人するために決まってるだろ」
無意識に出たぼやきに、真後ろの席の男が答えた。40代の瘦せ型。ラブな服装で、キツネのように目が細い。室内であるのに鋲を打った黒い帽子をかぶっている。
「オレは小雨。駆け出しのライターだ。よろしく!」
いきなり強引に握手をされた。駆け出しと言うには少々歳がいっている気がしたが。
「は、はあ。陸儀です」
戸惑いつつも、振り払えない。
「そんな他人行儀な! タメ語でいいよタメ語で!」
20歳は年齢差がありそうだが、妙に人懐っこい。仕方がないので、会話を続けた。
「タレントとかっててっきり裏で手を回して赤紙をストップさせたりできるんだと思ってた」
菊尾レイに、迷惑以外の毛ほどの興味もなかったが。
「そりゃ難しいんじゃないかい? ほら、前に“自称ご意見番”の大物歌手がこの条例にケチつけたことあったじゃない」
かつて自称ご意見番、他称老害の女性歌手が、この条例の公選調査人に選ばれたことがあった。そのとき女性歌手は、番組を通じて「私はいつも仕事で多忙だから断る」と言い放った。
「はねつけられたんだっけ?」
「そうそう。NPAsの回答が痛快でさ。“2年に1曲しか歌を出せず、CDの売り上げが年間700枚未満がそこまで多忙か。そんな無能に働いてほしくないから、5000万の罰金で勘弁してやる”ってさ」
弱腰外交の日本とは思えない強気の回答だった。結果、大物歌手は大いに株を下げることとなった。無論5000万円は軽々に払える額ではなく、要は「恥をかいてのこのこ出てこい」ということになる。
「ま、どこぞの政治家だかのバカ息子が調査人に選ばれたのに、親が裏で手を回して取り下げさせたって悪例はあるらしいけどな」
「上級国民だけが例外ってか。ゲーノー界もアンタッチャブルではなかったと。で、彼女も赤紙を断れなかったワケか」
「いや、彼女の場合はまあ、自分で志願せざるを得なかったんだろうけどさあ」
訳知り顔で言う。
「なにやら詳しそうだな」
「そりゃまあ、芸能ライターですから」
得意になっているので、この際気にかかっていたことを訊ねた。
「じゃあさ、復讐条例の打ち合わせに、なんでテレビ局なんか使ってるのか知ってる?」
「なんでも、今回はテレビ局っつーか“ザ・チェイサー!”主導でやるんだってよ」
いよいよもって嫌な予感が増してくる。
「なんだか燃えてるらしいぜ、大華の御大将が」
司会者の大華典膳を妙に気安く言った。
「ひょっとして、警察とテレビ局って癒着してベタベタ?」
「警察とテレビ局と、政治家が三つ巴でベタベタベタ。その内バターになるんじゃないかね」
「毒がありすぎて食えないだろ。なんだか蟲毒みたいだ」
そりゃあいい表現だ、と小雨は笑った。
「そもそも復讐条例は、マスコミに売り渡す前提で成立したようなもんさね」
マスコミが復讐条例に飛びついたのではなかったということらしい。
「うわあ」
(わざわざs課を設けたのも、民間との間にワンクッション挟みたかったからか?)
生々しい空想していると、急に肩を抱き寄せられた。
「ハッ、それよりさあ、気になる連中がいるよねえ」
こっそりと囁かれる。誰のことを言わんとしてるのか、すぐに見当がついた。が、話をはぐらかす。
「真ん中で偉そうにふんぞり返って瞑想してる男のことか?」
煙草を吸っていた体格のいい男。50の声を聞いているだろうが、明らかに格闘技経験者の身体付きである。
「カレもなかなかのタマだねえ。でもそっちじゃなくってさ」
「じゃあ、あっちの女傭兵?」
テーブルに足を投げ出して行儀悪く足を組んでいるミリタリールックの女性を指す。20代後半ぐらいで、目つきは剃刀のように鋭い。痩せ型であるが、それは贅肉を削ぎ落とした結果だろう。
「そりゃ日本に傭兵がいたら面白いけどさあ。いやいや、他にいるじゃないの、本命が」
小雨に頭を掴まれ、ねじられる。視線誘導された先には、和服姿の女性がいた。そう、実は当麻もさいぜんから気にかかっていた女性だった。20歳を迎えたばかりと思える若さで、腰まで届く黒髪は長く美しい。和顔の美人だった。若さに似合わず、紫の紬がこの上なく似合っている。普段から着物を着慣れている印象だった。
「映えるよねー。本当の美人ってのはさあ、雰囲気から美しいんだよな」
小雨の言葉も、あながち妄言に思えない。ただ座っているだけであるのに、凛とした空気を纏っていた。話しかけたくても気後れして話しかけられない男たちが、周囲でそわそわ蠢いている。
「にわかファンにほいほい話しかけられちゃう菊尾なんかより、数段器は上だね、彼女は。是非、お近づきになりたいもんだ」
勝手にしてくれ、と当麻は心中で吐き捨てた。
最後に、紺のスーツで身を固めた男が入ってきた。金壺眼の50代。マイクのテストをしたり、配布する用紙のチェックをする。ややあって、
「皆様、揃っておられますか?」
電話と同じ声から、当麻はこの男が担当の意義路雲瓶であることを悟った。
「わたしがこの度担当をさせていただくことになった、警察庁特別セクション課課長、意義路雲瓶と申します」
自己紹介ですぐに裏付けられる。意義路は丁寧に頭を下げた。
(慇懃無礼が服を着て歩いてるようなヤツだな)
当麻の印象は良いものではなかった。昨日すげなくあしらわれたことも加味された辛口の批評である。が、無能の類ではないことも感じ取っていた。
「では、本人確認をとります。穂塚聖子さん」
「私よ!」
呼ばれて、嫌煙女が立ち上がる。語気が強く、居丈高な印象を残す言葉遣いだった。
「座ったままで結構です」
慇懃に言われて、赤面しつつ座りなおした。
「陸儀当麻さん」
「はい」
次に当麻が呼ばれたので、軽く手を上げた。
「椎田恵さん」
「うん」
女がスマートフォンをいじりながら視線も合わせず返事だけする。
「寺蔵升達さん……寺蔵さん?」
「……んー」
無気力そうな中年男がようやく返事とも言えない返事をした。
「小雨ひたぎさん」
「ほーい」
真後ろの「自称駆け出しのジャーナリスト」が騒々しく返事をした。
以下、次々に呼んでゆく。
「国塔陽区さん」
「はーい。はいはい!」
菊尾を取り巻いていた騒がしい男その1だった。
(五十音順じゃないな。通知が行った順とか、登録した順か?)
推測する。
「富井内人さん」
「こっちだコッチ!」
妙に勢い込んで手を挙げたのは、菊尾を取り巻いていた騒がしい金髪男その2である。喫煙スペースで煙草を吸っていた男でもある。
「菊尾花子さん」
菊尾レイが立ち上がった。レイは芸名らしい。
「はぁい、芸能人やってまぁす♪ みなさぁん、よろしくお願いしますね♪」
愛想を振りまく。先の男たちから「知ってるよ」と笑いが起きた。和服の女性だけは、なぜかきょとんとした顔をしている。
「いえ、自己紹介の場ではないので」
担当に冷たくあしらわれた。
「ごめんなさぁい」
舌を出して座った。
「樫内洋志さん」
「おいっす!」
「鍬下萌夏さん」
「あいよ」
テーブルに足を投げ出していた女性が、右足を軽く手を上げた。
「脚は降ろしてください。資料が配れません」
意義路が注意すると、女性は明後日の方を向きつつ脚を降ろした。
「須田卓也さん」
「ああ」
「兵藤勝成さん」
「うむ」
厳つい身体付きの中年男が頷きだけを返す。この男も喫煙コーナーで葉巻を吸っていた男である。点呼が続くが、意外なことに、
「大園誠太さん」
と呼ばれたときに、例の和装の女性が手を上げた。周囲がざわつく。
「あなたは、大園さんではなさそうですが?」
意義路の視線が手元の資料と女性を往復した。
「伊勢乃木貴美と申します。大園誠太さんは3日前に強盗傷害事件を起こして逮捕されました」
とよく通る声で説明する。
「あなたと大園さんの関係は?」
「祖父が神社の宮司で、大園さんの身元引受人をしておりましたので、代理で参りました」
簡潔で且つわかりやすい説明だった。
「収監されたのですね。その場合は身元引受人といえど、断っていただいて良かったのですが。犯罪者が死亡したからといって、身元引受人に牢屋に入れ、とは言わないでしょう?」
「後学のためと思い、参加しました」
意義路は伊勢乃木貴美が代打で来たことに不満そうだったが、追い返しはしなかった。
(やれやれ、物好きもいたもんだ)
当麻は進んでこんな制度に参加したがる女性に呆れた。
「数寄寅江さん」
「野可部花さん」
「甲斐裕次郎さん」
「ワシじゃ」
腰の曲がった老人が手を上げた。
「今年で69歳になるんじゃがのう。腰痛も酷うて」
「ご心配なく、70歳以下は遺漏なく参加です。“繰り上げ”はありません」
高齢を理由に断ろうとした老人は、にべもない対応に閉口した。
「塀内弦さん」
「あ、あのう。仕事に早く復帰しないといけないのですが……」
気弱そうなサラリーマン風の塀内がおずおずと訊ねる。
「それは、NPAsの関与するところではありません」
意義路は切って捨てるように回答した。
「兼摩宏さん」
「僕です」
総勢18名。椅子はすべて埋まっている。だが、
「おや、名簿では19名となっていますね。しかし椅子は埋まっているようですが……」
意義路が名簿と見比べて眉を顰めた。そのとき、
「遅くなりました」
振り向くと、車椅子に座った少女が入口にいた。
(――黒い女――)
当麻が抱いた第一印象。髪はもちろんだが、制服、車椅子に至るまで黒い。ただ、肌は白磁のように白かった。だが、抱いた「黒」という印象は、決して色彩的なことだけではない。
「王喜万斗果です」
うっすらと微笑む。美しい。が、整い過ぎているが故に見る者を不安にさせる。先の伊勢乃木貴美は凛とした、内面も反映した美しさだったが。王喜万斗果のそれは、黒く重い何かを内包しているように思える。たかだか高校生にしか見えない、この少女に。
「こちらをどうぞ」
電動車椅子がゆっくりと前進して、意義路に書類を差し出す。
「あ、ああ。インターンシップ(研修)で参加される方ですね。車椅子なので椅子の用意がなかったと。失礼いたしました。お好きなところへどうぞ」
役割を思い出した意義路が指示した。復讐条例公選調査人制度は原則成人のみの適用である。が、いちおう16歳から職場体験と同じように未成年が参加できるインターンシップ制度があった。未成年ゆえ、労基に引っかからないよう様々な配慮と制約がついているが。
「では、こちらに」
当麻の隣に車椅子を移動させた。電動の車椅子は、移動の際に電動音を立てている。
(こんな音を立てているのに、部屋に入ってくるまで誰も気づかなかったのか)
まるで幽鬼のように、あの場に突然現れたとしか形容できなかった。
「よろしくお願いいたします」
わざわざ最前列まで移動し、当麻の隣に陣取って微笑んだ。当麻はなぜか、倒壊する寸前のトランプタワーを想起する。
「……ヨロシク」
「これまたすげえ逸材だねえ。こりゃ楽しみだ」
後ろの小雨ひたぎが無遠慮に笑う。
(冗談じゃない。ゲーノー人に格闘技経験者、和服女、最後には暗黒女。なんでこんな悪目立ちするメンツが揃ってるんだ)
当麻は巡り合わせの悪さを嘆いた。
伊勢乃木貴美は「魔女たちの夜宴」にも登場したキャラクターです(/・ω・)/
同一人物というよりは、パラレル的な立ち位置になります。
アナグラム解答。幼児誘拐殺人犯
桃野良雄
↓
もものよしお
↓
もよおしもの
↓
催し物
「見世物」とかの意味合いで使っています(/・ω・)/




