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復讐条例  作者: あまやどり
第1章 復讐条例公選調査人
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第5話 「打ち合わせがテレビ局とはな」

「その場凌ぎの悪法なんて、本来ならそれでお終い。教科書に載ることもなく、後世の自称知識人どものネタにされる程度のシロモノだった。でも、単なる打ち上げ花火で終わるはずだった復讐条例に、マスコミが食いついた」

 「成果など出るはずがない。捜査権など貰っても、素人に何事ができるのか」という警察の目論見は大いに外れることになる。大華典膳企画の下、マスメディアが強力に後押ししたのだ。復讐条例に登録した人間に出資し、密着取材をする。情報提供を呼び掛ける。他人の幸せよりも不幸の方が受けがいい。自然、視聴率の稼ぎ頭となった。皮肉にも、政治屋がカネをばら撒いて扇動させた世論に乗っかった形である。

「殺人事件の遺族に、インタビューのついでに“復讐条例を適用しませんか?”って(そそのか)して供給を確保するわけだ」

 復讐者――復讐条例登録者の問題は、なんと言ってもノウハウ、次いで金銭面である。働きながら捜査、ではどっちつかずになってしまう。だが、テレビ局が宣伝して出資者を募ってくれればその問題は解決する。また、ノウハウも詳しい者を雇えばいい。

 また、テレビの尻馬に乗る形で、喰い詰めた探偵事務所や元警察官なども復讐条例登録者のアドバイザーや代行業などを始めた。彼等はクラウドファンディングで己の報酬を捻出させる手法も考えだした。彼らのように復讐条例を商売に活用する者を「私撰調査人」と呼ぶ。

 国が復讐者(復讐条例適用者)のために無償で(ほぼ無作為に)選ぶ者たちが「公選調査人」、復讐者に自分を売り込んで調査人を買って出る者が「私撰調査人」と呼んで区別される。公選調査人は、「国が雇用を作り出す」という建前があった。令和2年度からのコロナに端を発した不況で激増した困窮者に仕事をあてがう、というものである。

「んー。苦労して犯人を逮捕したとしてー。気が晴れる、以外のメリットってあります?」

「即物的なものとしては、これかな」

 新聞を確認してから、当麻がテレビをつけた。ありきたりのトーク番組が映し出される。司会者の中堅芸人と、腕に包帯を巻いた老人が話をしていた。

『へー! そのときに名誉の負傷を?』

 ゲストは“ザ・チェイサー!”で密着取材を受けていた新貝老人だった。例のジャージに、「復讐達成!」と書かれたタスキをかけている。

『はい。あのときは孫の仇を討ちたいばっかりに勇んでしまって。実は子どもの時から武勇伝があって……』

 以前と違い、テレビの前で流暢(りゅうちょう)に喋っている。わざとらしく腕に巻かれた白い包帯の下が、実はかすり傷であることなど誰も言及しない。

「知名度。“ザ・チェイサー!”は視聴率高いから、そこでのヒーローはたいてい“時の人”に祭りあげられることになる」

 新貝老人は、今やあらゆる番組で引っ張りだこだった。

『今度自伝を出版されるとか?』

『ええ、あのときの裏話なんかもたくさん書くつもりですよ。ははは……』

 自慢話が続くだけなので、テレビを切った。

「まあほとんどは飽きられて終わりなんだが一儲けはできる。頭の回るヤツはタレントになったり映画になったり、議員になったりしたな」

「ビッグサクセスを掴むチャンス、と?」

「チャンスの前髪ぐらいかな。手っ取り早く名前を売り込めるのは違いない」


 当麻は無用と思って説明を省いたが、復讐条例にはもう1つ特異な点があった。政治屋たちは、素人に犯人が捕まえられるわけがない、とタカをくくっていた。その(おご)りから、復讐条例に1つの途方もない「恩恵」を与えてしまった。絵に描いただけの餅ならば、どんなにうまそうでも誰も食べることは出来ない、という口先だけで生きてきた悪癖である。

 それは、「復仇・私讐に関する科条及び加減例」の、「加減例」という部分である。加減例とは、罪を軽く、または「重くすることのできる」効力である。

 つまり、警察に先んじて犯人を捕縛できた登録者には、「犯人の刑罰を決定できる裁量」が与えられた。親近者を失った遺族たちは必然、「厳罰以上」を求めることとなった。現在の日本では、しおらしくして刑期を消化していれば、存外早く出所できてしまう。無期懲役ですら20~30年で出所する。

 短いとは言えないが、そのような消化不良を遺族は許さなかった。


――現在、この制度を利用した者たちの求めた量刑は、97%が「終身刑」か「死刑」である。


「はあ、どうしたもんやら」

 当麻は今日何度目になるか分からないため息を吐いた。当日便、というのが大いに気にかかった。発行は11月20日。到着も11月20日。召集は22日。

(えらい性急だ。このタイミングで赤紙……まさかな)

 沸き上がる疑念を強引に押し殺した。



「……と、いうわけで。復讐条例の公選調査人に選ばれてしまったので、仕事はしばらくお休みすることになります」

 翌朝、当麻は仕事先のKパーツに連絡を入れた。手回しの良いことに、既に職場にもNPAsから通達が行っていた。

『えー? 困るなあ』

 人事部長はいかにも嫌そうだが、それ以上のことは言わなかった。復讐条例第10条補足にて、「圧力を以て公選調査人の妨げをした場合、刑事罰に問われる」という旨が記されているからである。

「休職中の給料は払う必要がないそうですから」

 「断れ」や「代わりの者がすぐに用意できない」などと渋い答えをし、それが発覚した場合、人事部長から社長に至るまで罪に問われることになる。

『あー、分かった。何とか代わりを見つけてみるわ』

 乱暴に電話は切られた。

「こりゃあ調査人終わっても、帰る場所はなさそうだ」

 スマホを手に当麻は苦笑する。復讐条例は「断れない」旨の規則は微に入り徹底しているのだが、「その後」についての保障がない。企業は公選調査人のための休職を認めないわけにはいかないが、復帰後の面倒まで強制されてはいないのである。もっとも、「現状に復帰させてやること」などの取り決めがあったとしても、復帰させてやった後に営業成績の不振やら、勤務態度を適当に挙げて閑職に回したり、馘首する(クビにする)ことは容易である。



 休職の書類を提出などして追われること2日後。

「じゃあ行ってくる」

「言ってらっしゃい。冷凍庫のハーゲンダッツは古くなってたのでサツキさんが食べておきますね!」

「昨日買ったばかりのものが古くなるか。お前はラクトアイスで我慢してろ」

「ぶー」

 言い捨てて出発する。打ち合わせに指定されたのはNテレビタワー。

「打ち合わせがテレビ局とはな」

 うんざりした口調で言うが、警察署に呼び出されるよりはマシ、と解釈することにした。警察庁に直接呼びつけないのは、世間の耳目を集めないようにする配慮なのか。

 港区の32階建て高層タワーを見上げる。世界的建築家が構想したというその建物は、一階の派手なオブジェが人目を引いた。

「こういうのが送られてきたんだけど」

 受付フロアの女性に手紙を見せる。教えてもらった会議室はかなり高層にあった。が、いつまで待ってもエレベーターが混雑して乗れなかったので、仕方なく階段を上ることにした。後で聞くとエレベーターはいつも飽和状態で乗れないらしい。

 会議室は広い部屋だった。学校の教室のように机と椅子がずらりと並べられている。既に来ている者が10数名。老若男女さまざまである。60歳をとうに過ぎたような老人もいれば、和服姿の若い女性もいる。腕を組んでいるガタイのいい中年、ひょろガリの腺病質そうな青年。実に雑多である。

「陸儀当麻様」と書かれたプレートの席は最前列にあった。時計を見ればまだ10分は余裕があったので、入口の傍にある喫煙スペースに移動する。他にも2人の男がそこで煙をふかしていた。当麻も1本咥えて火を点けようとすると、

「ちょっとそこの眼鏡かけてるアンタ!」

 眼鏡をかけた40過ぎの女に呼びかけられた。目つきが険しい、神経質そうな印象を受ける女だった。記憶にある顔ではない。初対面の男に「そこの」「アンタ」と言い放てる女であることがインプットされただけだった。

「ここでタバコなんて吸わないでよ! 副流煙って知ってる? 私の寿命がアンタのせいで縮んだらどうしてくれるの!」

 場所は喫煙スペースで、他に2人、吸っている男がいる、だが女はカミナリのような文句を当麻にだけ落としており、先客たちとは目も合わせない。理由は明瞭で、先客2人のうち1人は格闘技経験のありそうな体格のいい50代。もう1人は髪を金髪に染め、腕にタトゥーを入れた、いかにも悪ぶった20代の男だったからだ。その2人を避け、(くみ)しやすそうな眼鏡の男を見つけて怒鳴っているのだった。

「ああ、ハイハイ」

 だが当麻は素直に煙草を戻した。弱そうに見られるのは、当麻としては誠に結構なことだった。

「私は教師だから、常識のない行為は見逃せないのよ! まったく、これだからFランはっ!」

ぶつくさ文句を言いながら席に戻る席のプレートには穂塚聖子(ほづか・せいこ)とあった。ちなみにFランとは、Fランク大学とは偏差値の低い大学に対して用いられる蔑称である。意訳すると、頭が悪い、という、言った本人に返ってくるような低レベルの罵倒になる。語源は、K塾が行う模試で、偏差値を算出することができなかった大学をFランクと区分したことに由来する。

 言われた当人は、大学どころか高卒資格すら持っておらず、高卒認定(高校卒業程度認定試験)が最終学歴になるわけだが。結局、煙草を吸えないままに席に戻った。手持無沙汰(てもちぶさた)に、周囲を観察する。

 既にいくつかのグループが自然発生していた。人間は3人集まると派閥ができる。向かいの席が特に賑やかだった。

「えぇ~? 本当ですかぁ~?」

 なんとなく聞き覚えのある声と喋り方だった。見ると、若い女性の周りに、数人の男が群がっている。

「そうそう。テレビで見るよりずっとカワイイから驚いちゃったよ」

「俺も俺も!」

 男たちの中心にいるのは、“ザ・チェイサー!”のアシスタントをしている菊尾レイだった。喫煙スペースにいた金髪男もいつの間にか合流している。

「わぁお」

 目立ちたくない、が信条の当麻にとってありがたい人材ではない。何も始まらないうちから、先行き不安になってきた。

アナグラム解答。ザ・チェイサーのアナウンサー。



印田雄飛(いんだ・ゆうひ) 

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