第34話 (解答編2)「人間の本性なんてそうそう変わらないさね」
これにて第2章終幕です(/・ω・)/
「横領?」
珍しく、兼磨が大きな声を上げた。
「犯罪を手段に選ぶのは、理由に犯罪が絡むときだけです」
調査人最年少の少女は、あたかも宵闇を見透かすかの如き冥い瞳を向ける。
(やっぱりコイツは化け物だ)
接点のほとんどなかった塀内を、どこまで見通していたのか。
「そいじゃよ、しょっちゅう帰りたい帰りたい言ってやがったのは――」
「引き継ぎの同僚に横領がバレないか、気が気じゃなかった、ってわけ?」
鍬下の言葉を、中途から数寄が継ぐ。
「復讐条例の通達は突然だったから、粉飾する間もなかったのか。同僚が調べれば、あっという間に発覚しそうだな」
「それも、手段を選んでいられないところを加味すれば、数億円規模の横領ではないかと」
「「「げっ!」」」
途方もない額が提示された。
「え、えっと」
あまりにも鋭い追求の矢に、塀内は反撃が出来ないでいた。
「む、これも銀行に問い合わせれば造作もあるまい」
兵藤の一言に、塀内は力なく頽れた。
調査人たちはあれこれ塀内ゲンの処遇について話し合ったが、結局は自首という形をとることになった。兵藤は「罪を幾分でも軽くさせるべきではない」と主張したが、功労者の万斗果が自首を支持したために折れた。他のメンツにしたところで、切り裂きジャックでもない塀内を逮捕しても手柄にならず、警察に対する説明に時間を取られるばかりで得るものはないと判断した。
暫定リーダーの兵藤が、警察署に塀内を連行してゆくこととなった。
「侮って失礼した、許してくれ給え。お嬢さんは傑物だった」
彼なりに、一言詫びの言葉を遺して。
「はー、疲れた」
テレビ局を出て、大きく伸びをする当麻。
「さすがに今回の件は、番組に取り上げられそうにありませんわね」
隣で万斗果が言う。
「どうかな。テレビ局ってのは商魂逞しいみたいだからな。“塀内ゲン特集”でもブチ上げるんじゃないか? スクープっちゃあスクープだし」
推測が外れていないことを、後日2人は確認することになる。
「ところであの事件、何か残った疑問はあったでしょうか?」
「いや、ないよ」
万斗果の意味ありげな問いに、事も無げに答える。
「全員が雁首揃えて突っ立てたあの場で、ナイフ振り回されても迷惑なだけだしな」
追加の言葉に、黒い少女が妖しく微笑んだ。
塀内ゲンの犯行には重大な欠陥があった。比嘉石出矢を操って復讐条例を辞退させたとしても、それは一時的なことでしかない。正気に戻れば取り下げを撤回するだろうし、取材している“ザ・チェイサー!”も復帰するよう働きかけるだろう。一時凌ぎにしかならない。
「じゃあどうすればいいか? 答えは1つだ。出矢に取り下げさせた後、殺しちまえばいい。死人に口なし、永久に撤回できない」
「出矢と塀内は飲みに行く約束をしていましたわね」
「きっとそこで、事故に見せかけるなりして殺す計画だったんじゃないか? 階段から突き落とすとか。だが小心者の塀内のことだ、カバンの底にナイフぐらいは呑んでたと思う」
なにせ、側近の琴浦がいない千載一遇のチャンスである。塀内としては今日を先途と思いつめていたはずだった。
「あら、鍬下さんが鞄をひっくり返したとき、そんな物騒な物は転がり出てきませんでしたわよ?」
ゆっくりと煙草に火を点ける。
「あれは海外メーカーの鞄で、盗難や強盗対策に二重底をデフォルトにしてる。二重底に隠してたんなら、逆さに振ったぐらいじゃ出てこない」
代わりに出し入れに手間がかかるので、薬は隠しておけなかったわけであるが。
「先程仰れば宜しかったのに」
「そしたら今度こそ警察に行かなきゃいけなくなる。目立つのはゴメンだ」
しかも、当麻が暴きたてたとしても、「切り裂きジャックに狙われているかもしれない。自衛目的に所持していた」などの言い逃れができるので、立件に時間がかかる。
「あれが最善手だったと?」
「ああ。追い詰めなかったから観念してくれたんだしな。下手に抗弁して殺人未遂まで明るみに出たら、罪状が一気に重くなる。さすがは元銀行員。それぐらいのソロバンは弾けたわけだ」
「これは余談ですけれど」
万斗果が悪戯っぽく笑う。
「今回用いられたエンジェルトランペットの花言葉は“偽り”だそうです」
意味ありげに当麻を見る。
「嘘の広告で出矢を釣って、嘘の辞退届を書かせるつもりだった。犯行がバレた後でも嘘で言い逃げようとしてた塀内にはピッタリかもな」
「似合うのは塀内さんだけ、でしょうか」
薄く微笑んだ。
「眼鏡と煙草。第一印象をそらすのに格好の小道具ですわね」
この少女は不吉に惹かれるときに、花のような笑みを浮かべる。その花はスカーレットセージでもエンジェルトランペットでもなく、さしずめロベリアかチューベローズだろうが。
(まえに、伊勢乃木貴美も花言葉を持ち出したことがあったなあ)
ロベリアの花言葉は「悪意」。チューベローズの花言葉は「危険な快楽」。
(心臓に杭でも打ち込まなきゃ死なない、なんて種族じゃないだろうな?)
ただの車椅子の少女に、なぜか勝てるビジョンが全く持てなかった。
当麻のスマートフォンが震えた。支給された方ではなく、個人の方である。発信者名は「疫病神」。
「……はー」
万斗果から距離を取って出る。出たくはないが、緊急事態の可能性がある。
『あ、マイハニー、元気ですかー?』
能天気な、いつも通りの声がする。
「その声聞いて元気が失せた。何の用だ?」
くだらない要件だったら通話を即座に切ってやるつもりだった。
『大したことではないんですけどー。お部屋に2人組の強盗が入ってきましたよー?』
小雨ひたぎは、物陰から王喜万斗果と陸儀当麻を見つめていた。
「……やっぱり、異質だよねえ」
「仕方ねーんじゃねーの? あのオンナは“特別枠”だろ?」
鍬下萌夏が反応する。
「いんや、万斗果ちゃんのことじゃなくて、当麻君さね」
「アイツがか~? 気は合うけどよ、パッとしてねえイメージしかないぜ。旨いタバコ持ってるってだけで」
鍬下にとって陸儀当麻は、ほぼタバコの値打ちしかないらしかった。
(“そのパッとしない奴”が殺意を持って近寄ってきたら、果たして警戒できるかねえ?)
「市民をカツアゲ対象にするのはやめなされ」
本心とは裏腹に、明らかに義理で窘めておいて、
「聞いてた話と、ギャップがあるんだよねえ」
話し始めた。
「もったいつけんなよ」
「カレは、いわゆる家庭内DVの常連なんだよ」
途端に、鍬下は汚いものでも見るかのような目つきになった。
「……んだと?」
「家族に暴力を振るって、通報されている。警察署への呼び出しもあったんじゃないかな」
「はん、いちいちこそこそしてんのは、警察に目ぇつけられてっからかよ」
煙草を指でもみ消した。が、すぐに自分で否定する。
「いや、そりゃあおかしいだろうよ。DVするヤツの特徴ってな、癇癪持ちとか、意識高え野郎ってのが相場じゃねえか?」
無頼漢丸出しに見えて、その実周りが見えている。その見識は経験に沿ったものであるらしい。おそらく、身近にDVの悪例が居たのだろう。
「そうなんだよねえ。DVする男は、プライドが無闇に高く、感情の起伏が激しい。だが、当麻君にその傾向は見られない」
他にも、「思いも寄らない箇所に地雷がある」なども挙げられるが、これに関しては定かでない。
「働いてたっつってたし、更生しやがったか?」
「いやいや、人間の本性なんてそうそう変わらないさね」
(DVが、ある時を境にパッタリやんでるのは、何を意味するのかねえ)
小雨ひたぎは胡乱な目で陸儀当麻を見つめていた。無頼漢同然の鍬下や、格闘技に長けた兵藤に疑いの目を向けられても、当麻は飄々としている。緊張も怒りもなく、よって暴発もしない。
「だから犯人じゃない。今回は。だがひょっとしたら、キワモノ揃いの調査人の中で、一番の爆弾かもしれないねえ」
数日後、塀内ゲンは5億円の横領が明るみ出たことにより、再び逮捕されることとなる。
横領した巨額の金は、ネットギャンブルにつぎ込んで使い果たしていた。また、エンジェルトランペットは、犬の散歩でよく通る河川敷で、偶然発見したと証言した。




