第32話 「情報は充分に出そろいました」
解決編、といきたかったのですが。不親切な説明とかもあったのでその点の補完回を挟むことにしました(/・ω・)/
解決は次回からになります。
「万斗果は、調査人の中に犯人がいると?」
2本目の煙草に火を点ける。
「はい」
断言した。「犯人」と形容したが、当麻にはいまいち何をしでかした犯人かが分かっていない。現に、穂塚聖子は一人で転落した、と彼女は暗に言っていたというのに。
「蒸し返しになって悪いが、あのおばさんに恨みを持つヤツなんているか?」
「少なくとも接点がありますから。それに」
「それに?」
「恨みはなくとも、弱みがあれば犯行を決意する根拠になり得ますわ」
韻を踏んだ言い回しをした。
「人を煙に巻くなよ」
「愛煙家に言われる筋合いはありませんわね」
2人は会議室を訪れた。
「ええー? もう帰りたいよー。塀内くんと飲みに行くんだから」
比嘉石出矢は不満そうだった。捜査に進展がないことから、意欲が著しく減退している。
「おうおう、むしろ怨恨のセンが強いんじゃね? あのくそ教師、恨みを買いまくりだろ」
一方で鍬下萌夏が小雨や兼磨にまくしたてている。
「でも、テレビ局で、やる、のは、どう、して、だ?」
兼磨宏が聞き取りにくいリズムで追及する。
「そ、そうですよね」
遠慮がちに会話に加わる塀内ゲン。
「だーからー、昔の恨みじゃなくて、最近買った恨み。調査人の中でもよく思ってないヤツがいるんじゃね?」
(なんだ、テキトーなヤツだと思ってたが、万斗果と同類項の結論じゃないか?)
鍬下を見直しかけていると、意味ありげな視線を当麻に送られた。
「例えば、ことあるごとに穂塚に因縁つけられてた、冴えない男とかよう」
一瞬にして、全員の視線が当麻に集中する。
「真面目に聞いて損した。今までやった煙草返せ」
「嫌うなよ。でも、彼女その②の車椅子なら、刃物の1つぐらい隠せるんじゃねえの?」
次に万斗果が標的になった。
「誰が彼女その②だ」
その①は誰を指しているか、特に本人の耳に入ると考えると寒気がした。
「あら、違いますの?」
不思議な顔をするその②。
「混ぜっ返すな。未成年に言われるとシャレにならない」
と漫才にくぎを刺しておく。
「でぇとしてたじゃねえか」
周囲の男たちが少々ざわつく。
「アレをデートって呼ぶなら、任意同行もデートになるぞ」
鍬下も本気で疑っているわけではなく、退屈しきって因縁をつけているだけであることは分かっていた。司令官を標榜する兵藤は手足の調査人たちをコントロールできていないことを物語っている。
「第一、俺が犯人なら、こんなトンチキなとこで襲うか」
「穂塚のオバハンに別れ話を切り出されて逆上した、とかじゃね? つまり、穂塚が彼女その⓪だった。動機は痴情のもつれ。んで、ヘタレだから警備員にビビッて逃げ損ねた。お、割とイイ感じ?」
明らかに思い付きを述べている。
「人を安め安めに見積もるな」
煙草を掠め取ろうと伸ばしてきた手を追い払った。言うに任せていると、際限なく株を下げられそうである。
「あのオバサン、俺と20歳ぐらい違うだろ。ダブルスコア狙ってどうする」
「オトコはみんなマザコンっていうぜ?」
「俗説で逮捕されてたまるか。世紀末に老人から種もみ奪ってヒャッハーしてそうなモヒカンモドキが」
不毛な舌戦に変遷しつつあった。
「もう止め給え。時間の無駄だ」
兵藤が至極もっともなことを言って遮った。
「それで、訪問の目的は何だね?」
兵藤は書類を離さずに訊ねた。騒音の元にさっさと退出してもらいたいようだった。
「兵藤さん、ちょっと話したいことがあるんだがな」
横柄な態度に当麻はカチンときた。
「……なんだね?」
さすがに察したのか、しぶしぶ眼球だけを動かして応対する。
「ただ、どこから話したもんかな」
当麻としては、万斗果がどう話を展開するつもりなのか把握できていない。フォローの難しい立場だった。
「ところでさ、話どうなってるの?」
流れをぶった切るように、出矢が問いかけた。
「誰か大まかに説明してくれないか?」
出矢が手を軽く上げて言った。
「実は、ほとんど流れを理解できてなくってさ」
皆うっすらと気付いていたことを告白する。
「む。条例登録者の出矢氏をないがしろにするわけにいかんな。これまでの経緯を一度まとめてみようではないか」
兵藤の提案は、全員にとっても渡りに船であった。
「細かい点は各々補足してくれ給え。時刻は13時30分頃。場所はスタジオ。収録中に、調査人天井通路から穂塚聖子が転落した」
「落下直前に会話してたから、犯人がいるんだってことになって、切り裂きジャック犯人説まで持ち上がったんだよねえ」
小雨が追加する。
「どっちにしても犯人がテレビ局内にいるだろうって山狩りしたけどよー、カラ振り」
「残りはスタッフの中しかないってんで、兵藤のおじちゃんが頑張ってたわけ」
鍬下、数寄と仲の悪そうな女性2人が加える。
「あ、そうなんだ?」
出矢はようやく現状を把握したようだった。
「んで、ただいま絶賛難航中。でお2人さんは新情報があるんだよねえ?」
小雨が水を向けた。
「多分穂塚のオバサンは、1人で落っこちた」
できるだけそっけなく言う。
「「「はあ?」」」
複数の声が重なった。
「事故だったと言いたいのかね? 根拠は?」
「足音だよ。撮ってたヤツ聞き返したら分かるだろうけどな。天井歩く足音が、穂塚の分しかなかった。天井にいたのは穂塚だけってことになる」
「よ、よく聞き取れましたね?」
塀内が疑わしそうな目で見てくる。
「耳は良いんだよ、俺」
もっとも、その鋭敏な聴覚が禍して、尽サツキの凶行を目撃してしまったのであるが。
「切り裂きジャックの犯行から、被害者遺族の犯行にシフトして、とどのつまりは自爆かよ? あーつまらねえ」
鍬下がため息を吐いた。事故であるならば、これまでの捜査は徒労でしかない。
「足場の悪いところであったから、一人事故も考慮に入れて良いが。会話してたのはどう説明をつけるのだ?」
兵藤も渋い顔をする。当麻もここから先は万斗果に任せるしかない。
そもそもにして、会話声を聞きつけたのは当麻と万斗果だった。
「で、電話でもしてたんでしょうか?」
塀内の推測に、少女は静かに首を振った。
「いいえ。おそらく、酩酊状態にあったのではないでしょうか」
そこで、兵藤の持っていたスマートフォンが着信を告げた。
「失礼、意義路氏からだ」
断って、電話に出る。
『穂塚さんが目を覚ましました』
意義路の慇懃な声が聞こえる。周囲がざわついた。目撃情報から、犯人の目星がつくに違いないという期待感の中、万斗果だけが冷めた瞳をしていた。兵藤は通話をスピーカーに切り替えた。
「聞き取りは終わっているのだろうね?」
兵藤はNPAs(警視庁特別セクション)の代表である意義路にも横柄だった。もっとも、兵藤はパンサー=“ザ・チェイサー!”に雇われているので、NPAsと指揮系統が異なるとも言える。
『終えました。ですが、落下したことについては“記憶にない”と』
白けた空気が旋回した。
「誰に突き落とされたか記憶にないと証言しておるのかね?」
『それどころか、どうやって天井に移動したかも覚えていません』
「なーんだよ、それ」
鍬下が肩を落とす。兵藤も唸ることしかできない。
『まだ朦朧とした状態が続いていますが、これ以上の収穫は見込めそうにありません』
「そうか……」
重々しく言って、兵藤は通話を打ち切ろうとした。
「少々お待ちくださいませ」
それを、万斗果が遮る。
「意義路さん。1つ質問を。穂塚さんは朦朧としていると仰いましたけれど、酩酊状態に似ているのではありませんか?」
しばしの沈黙。責任者として、いい加減な発言はできないのだろう。
『……そうですね。今の穂塚さんの状態は、小脳が麻痺したことによる記憶・意識の低下。確かに言動の混乱は酩酊期、泥酔期に似た症状です』
「失見当識は?」
見当識障害とも呼ばれる。自分が誰で、今がいつなのか思い出せない状態のことを言う。高校生が当然のように使う言葉ではない。
『現在はございませんが、落下当時には出ていたやもしれません』
言葉を選びながらも、ニュアンスは肯定に近いものだった。
「ありがとうございました。専門家に偉そうなことを申し上げますが、穂塚さんの胃洗浄をしておくことをお勧めいたします」
『それは……分かりました』
何かよぎるものがあったらしく、意義路はすぐに了承した。
「酩酊とか泥酔ってな、なんだあ? あのクソ教師、アル中だったって事かよ?」
鍬下が口を挟む。
『いえ。ご期待に添えず申し訳ないですが、アルコール成分は検知されませんでした。また、アルコール中毒とは一致しない症状も多かったです』
「なーんだ。ぬか喜びなわけ」
数寄は首を左右に振った。
「いえ、情報は充分に出そろいました」
万斗果の言葉に、全員が振り向いた。
「“酔っ払いに近い状態”だったからうわ言を叫んでいた、と。幻覚期ならありそうだあね」
小雨がにんまりと笑う。
「で、でも、アルコールじゃないって言ってましたよ」
塀内ゲンがおずおずと言う。
「アルコールでなくとも、似た症状が出るものがあります。むしろ、もっと強力なものが。穂塚さんはそれを摂取してしまったのでしょう」
「ふむ。なにか確信めいたものを持っておるようだな。では拝聴しよう」
兵藤が腕を組んで「聞き」の体勢に入った。或いは、万斗果の発言を「挑戦」と受け取ったのかもしれない。
アナグラム問題の解答
穂塚聖子
↓
ほづかせいご
↓
せいかづほこ
↓
せいかつほご
↓
生活保護
彼女の未来の姿です(/・ω・)/




