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復讐条例  作者: あまやどり
第2章 テレビ局殺人未遂事件
30/34

第30話 「1人分しか聞こえなかったぞ」

今回は遅れませんでした(/・ω・)/


体調に気を付けて日々を過ごしています。

「トリミング終わりました!」

 スタッフから報告があり、穂塚が落ちる間際に収録していた映像を全員で鑑賞する。出矢が大写しになる。彼のインタビューに音声が拾えたらしい。



『あ、アンタ、なんれこんなこんなところにい()のよっ?』

カンカン、と穂塚が網の通路を渡る音に混じって、声が響く。カメラは正面の出矢を捉えているため、音声のみで穂塚の姿は映っていない。

『アンタのへい(せい)で、アタシの人生(じんへい)は無茶苦茶よっ』


 ややあって、出矢のはるか後方に穂塚の五体がどさりと落下した。



「聞き取りにくい箇所があるねえ。呂律(ろれつ)が回ってない」

 小雨が指摘する。

「隠れて酒でも飲んでたんじゃねえの?」

 鍬下が口を挟む。

「穂塚って滑舌良かったよな」

 教師ゆえか、耳障りな声でまくしたてることはあっても、発音はしっかりしていた。

「ぱぱ、パニックで、し、舌が回らなかっただけではないですか?」

 塀内ゲンが別の推論を述べた。

「弁当の盗み食いがバレた時でも、はっきり喋ってたけどな」

 初日の出来事を思い出す当麻。その台詞に、万斗果が眉を上げた。


「知り合い、同士、みたいな、話し方、だった」

 |兼磨宏が珍しく口を開く。妙な感覚で途切れるので聞き取りづらいが、滑舌は悪くない。

「そそ、それも険悪な方ですよね」

 塀内がどもりながら追従した。

「えー? もっと簡単に言ってよ」

 比嘉石出矢が口を尖らせる。

「つまり、あの狭い場所で穂塚は知り合いと言い争いをしてた」

 小雨の言に、調査人一同顔を見合わせる。

「どちらが先に手を出したか定かではありませんが、結果として穂塚が突き落とされた、と」

 万斗果が結論を口にするが、あまり本意ではなさそうだ、と当麻だけが察した。

「ならば捜査方針は決まりだ。怨恨。穂塚の被害者の親族、知り合いを探れば、スタッフの誰かに行き着くのではないか?」

 兵藤はほんの少し軌道修正した。切り裂きジャック犯人説は捨てたようである。


(犯人は依然テレビ局にいる、はずなんだが。さっきの音、えらい気にかかるぞ)


 当麻は疑問に思ったことがあったのだが、黙っていた。彼自身どういうことになるのか理解が及んでいなかったし、もしそうであるならば、根底からひっくり返すことになりそうだった。


(上の通路を走る足音……1人分しか聞こえなかったぞ)





 もう一度現場検証を、と兵藤たちは出て行った。留まったのは当麻と万斗果の2人のみ。

「――なあ万斗果さんよ。穂塚のこと、いつからおかしいと思ってた?」

 これ幸いと、当麻は気になっていたことを訊ねた。

「顔合わせの初日から、ですわね」

 さらりと言ってのける。

「マジ?」

 意表を突かれた。初日の穂塚聖子の感想と言えば、当麻には「うるさい嫌煙おばさん」ぐらいしかなかった。

「初日に穂塚さんが“私は教師よ、教師! しかも主任にまで登りつけたんだから!”と(おっしゃ)っていたこと、憶えてますか?」

「あー、そういや言ってたような」

 はっきりと憶えているわけではなかったが、この期に及んで万斗果が記憶違いをしているとも思わなかった。

「教師とは実に様々な役職を兼任しています」

「教科担やクラス担任、顧問とかか?」

 学校の内情に詳しくない者では、その程度の認識だった。

「それらも勿論ですけれど、他にも進路指導部、生徒指導部、学年付、庶務などにも所属して仕事を分担しているのです」

「じゃあ例えば、数学の担当で2年の担任でバスケ部の顧問で、オマケに進路指導部で進学の手配までしてる、ってことか? 身体が幾つあっても足りないな」

 話の着地点が分からないが、教師の多忙さに驚く。

「そして穂塚さんの役職である主任とは、とどのつまり責任者です。各科目のリーダーは教科主任。進路指導や生徒指導は概ね主任がリーダーを務めます」

「学校って閉鎖社会だろ? 科目に学年に部に、あちこち区切って連携できるのかよ? 右手がしてることを左手が知らない、ってなりそうだ」

 「人員の損耗を考慮せず、できるだけ少人数で学校体制を維持する」という効率よりも閉鎖主義を優先した組織である。

「なので、主任と役職者だけが参加する校務運営会議を頻繁に開かなければ円滑な学校経営はできません」

 学校事情に奇妙なほど精通した生徒だった。

「脳が溶けてきたぞ。結論を言ってくれ」

「主任は替えの利かない職務、ということですわ。担任だろうが顧問だろうが生徒指導部だろうが、他人に任せては破綻します」

「穂塚もその多忙な1人だった、と。でもそんな気配がなかったから怪しんだ?」

 他に誰も居ないことを確認して、黒煙草に火を点ける。

「そうです。本来なら、平日に終日調査人活動などしていられません」

「反論いいか? あのオバサン、しょっちゅう電話してたじゃないか。あれが引き継ぎとか、高校の教員たちに指示を飛ばしてた、と考えられないか?」

 既に答えが出た問題だが、一応疑問を投げかけてみる。

「穂塚さんの電話の内容、覚えています?」

「さあ? なんか怒鳴ってばっかだったな」

「それで十全ですわね。とても綿密な打ち合わせをしていたように思えません。むしろ、口論しているような口ぶりでした」

「まあ、アイツの会話全部が喧嘩腰か自慢しかなかった気がするが」

当麻の記憶力が散漫なのではなく、赤の他人の電話内容さえ聞いている万斗果が異常と言うべきだった。

「打ち合わせなんかじゃなくて、揉めてただけか」

 後の確認で、穂塚が頻繁に行っていたやりとりは、被害に遭った男子生徒の保護者達(正式にはその代理人)との話し合いだったことが明らかになった。居丈高で、謝罪もしないので訴訟寸前だったらしい。

「自慢を日常的に行うのは、不安の裏返しです。声の大きな者ほど無能を相場は決まっております」

 薄く(わら)う。

「加えて、引継ぎをしなくて良い=居なくても困らない主任、となれば、答えは自ずと絞られます」

「戦線から外されてた、脛にキズ持つ厄介者、か」

 初日の、穂塚の言動から、彼女が虚飾に覆われていることを読み切っていたことになる。


(随分とシビアな目で世の中を見てるな)


 自分に跳ね返ってきそうな感想を抱く。

「自分が正しいと言えるような人間は、その実自分のことが客観視できないだけの、唯の狂人です。言い換えれば、自分だけは何をやっても許されると思っている。この窮屈な世界で、何をやっても許されると思い込んでいる狂人が、律儀に法を守ったりするでしょうか?」

 王喜万斗果は、穂塚聖子の総てを見通していた。当麻が危ぶんだのは、高校生という若年にあって、相手の年齢や職業を歯牙にもかけない怜悧(れいり)さである。



(つくづく、食えない女だ)





「わたくしたちも現場を覗きに行きましょう」

 万斗果が提案する。

「そうだな、警察の鑑識も一段落したころだろうし」

 控室を出る。通路の突き当たりに機材搬入口。機材搬入口を開けると、スタジオの袖が見えていた。8畳ほどのスペースである。隅にステージの天井に上がるための階段があった。

「なるほど、この階段を昇ればすぐ天井の通路か。便利でいいや」

 ただ、部外者である当麻たちにはこのスペースが普段どのように使われているかよくわからなかった。

「すみません」

 通りかかったスタッフを呼び止める。

「なんだよ? 今急いで」

 迷惑そうに走り抜けようとしたので、鼻先に調査人のパスケースを突き付けた。急停止する。

「は、はあ。何ですか?」

 奇異な目で当麻と万斗果を眺めつつ、言葉を改めた。


(まるで水戸黄門の印籠だな)


 対応によって法的責任が伴うとあっては、粗略な扱いはできない。

「ご多忙のところ恐れ入ります。先ほどの転落事件の調査をしておりますの」

 花のような笑顔を浮かべて、少女はスタッフに話しかけた。

「ひゃい!」

 若いスタッフは背筋に電流でも流れたように硬直した。


(この笑顔も印籠級だな。貴美もそうだが、つくづく美人ってやつは得だ)


 美人には美人の苦労があることを当麻は知らない。なお、造形で言えば尽サツキもすこぶるつきの美人なのだが、当麻の中で彼女は人類はおろか霊長類にすらカウントされていなかった。

「こちらのドアなのですが。番組に必要なものを運び込むのですか?」

 機材搬入口を指さす。

「は、はいっ、そうです! クレーンとかセットとか」

「頻繁に使うのですか?」

 当麻は口を挟まないでおいた。その方が円滑に進むであろうし、万斗果ならば遺漏はなさそうだった。

「収録前には。でも、用意が整った本番中にはほぼ使わないかな。別にスタッフ専用の出入り口があるから」

 顎に手を当てて考えながら答える。


(だから収録中、部外者の穂塚が入れたのか)


 当麻が質問したのでは、こうまで真面目に答えてくれなかったに違ない。

「天井の通路はどうでしょう?」

「収録中はまず人はいないよ。薄い金属板の通路で、歩くとカンカン音がするから」

「照明などは?」

「別の部屋で調整してる。ディレクターとかはそこに詰めてて、全体を見てるんだ。上から見下ろしてたんじゃ明度なんて分かんないからね」

 丁寧に説明してくれる。

「施錠はしないのですね?」

「しないさ。マシントラブルとかケガ人とか災害時とかのときに困るから」

「そうですか。大変参考になりました。ありがとうございます」

 スタッフの手を握ってお礼を言った。

「どど、どういたしまして」

 男は名残惜しそうにしつつも、仕事を思い出して何度も振り返りつつ去っていった。ここが事件現場でなく、相手が調査人でなかったなら、電話番号の一つも聞き出したかったに違いない。

「穂塚が勝手に入ることができたと。いやー、楽ができていいわ」

 横で見物していただけの当麻が口を開く。

「本音をどうぞ」

「気軽に目立つな」

「素直で結構です」

「品行方正正直者だからな」

「そうですか。では、いつも度の入っていない眼鏡をかけていらっしゃるのはなぜでしょう?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて万斗果が問う。

「……」

 不意打ちだった。関係のない話に繋げて本命を打ち込んでくるのは、本職の刑事が得意とする手管である。

「近視用でも遠視用でもありませんわよね? レンズに凹凸がありませんもの」

 度が入ったレンズ越しだと、輪郭等が凹んで見える。だが、当麻の眼鏡にはそれがなかった。

「……紫外線とかブルーライトをカットする眼鏡だからな。目が弱いんだ」

 兼ねてから用意していた“言い訳”を使う。

「そうですか、それは失礼いたしました。てっきり、顔をはっきりと覚えられないようにしているものと思っておりましたわ」

「―――」

 万斗果はやりとりを愉しんでいるようだった。

「なにせ眼鏡と言えば、変装のお約束ですもの」

 例えば事件が起きた際、犯人が眼鏡をかけていたとして。目撃者に犯人の証言を求めたとき、外見的特徴で真っ先に「眼鏡をかけていた」と挙げる者が多い。逆に言えば素顔の印象は希薄になる。

「それに帽子があったら完璧だな」

 他人の目を(はばか)る人間にとって、眼鏡や帽子は便利でお手軽な「自分の匂い(特徴)を消す」アイテムだった。

「それに煙草も便利ですわね」

 道端で止まったり、しばらく動かなかったりしたら怪しまれるが、煙草を吸っていたら言い訳が立つ。尾行や監視を生業とする探偵や後ろ暗い者に役立つ小道具あった。


(やっぱりバレてたか。油断がならない)


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