第3話 「地上波では謎の光線が隠してくれます」
名前に使用しているアナグラムの正解?を後書きに書いていきます(/・ω・)/
アナグラム方式はスタンダードな、濁点移動アリ方式です。
「大華さん、島頭さん許可取れませんでした」
「こっちもです。高良さんの遺族も必要ないと」
会議で大華典膳の耳に入ってくるのは、悲鳴のような報告ばかりだった。“切り裂きジャック”の被害者を焚きつけて復讐条例に登録させ、独占取材をする。前回の特番のリベンジを企んでいたのだが、肝心の被害者遺族たちが首を縦に振らない。赤の他人では登録はできない制約が歯痒かった。
「ウチで賞金出すって言っても断っちまったのか?」
幸い、ソーシャルゲームがかなりの稼ぎを出しているので資金は潤沢にある。
「はぁい。島頭さんは生活に困窮しすぎて余裕がなく、おまけに窃盗の前科があります。NPAsが許可しません。逆に高良さんは開業医で金に困っていませんが、犠牲者とは不仲だったようで敵討ちってカンジじゃないですね。”次男の医大受験でそろどころじゃない!”って怒鳴られました」
前科がなくとも、尾羽打ち枯らした貧乏人は失うものがないので視聴者受けが悪い。それに、生活に窮した者は契約面等でトラブルを起こすことが非常に多かった。
「かー、人情紙風船だねえ」
大華は非難するが、復讐条例を適用するということはこれまでの生活を全て投げ打つ覚悟が必要だった。少なくとも、順風満帆の開業医に、潤沢な収入を諦めさせるには至らなかったらしい。
「方相さんの遺族は?」
「調べたら、唯一の親族が反社の人間で」
首を横に振る。無論、主役に据えるわけにはいかない。万策尽きた。ジャックの被害者遺族は全滅。だが、大華は諦めるわけにはいかない。都市伝説のような殺人鬼に手錠をかけ、警察に突き出すことができれば“ザ・チェイサー!”は不動の地位を獲得できる。
“ザ・チェイサー!”は売れない芸人だった大華典膳が自らテレビ局に売り込んだ企画だった。復讐条例に便乗し、不屈の追跡劇をカメラに収める。「失敗したら詰め腹を切らされる」という暗黙の了解の下、司会者の地位を得た。ヒットした現在、彼はテレビ局内では今太閤を気取っていられる。だが最近は他局でも“ザ・チェイサー!”を模倣した番組が作られ始めていた。売れない芸人たちが「復讐芸人」とか響きだけはやたらと物騒な名乗りをあげて出番を奪い合っている有様である。ここらで1つ大きな花火を上げなければ、埋もれてしまう。
「……なあみんな。和泉李斗の遺族はどうだ?」
ついに最終手段を口にした。
「だだだダメですって! 警察が黙ってませんよ!」
「そうです! それに正確には和泉はジャックの被害者じゃありません。警察の誤認逮捕の被害者です」
いつもは忠実なスタッフが目剝いて反対した。無理もない。警察を敵に回して“ザ・チェイサー!”は成立しない。
「ソーリィ。自分の足を食うようなこと言っちまったな」
大華は素直に詫びた。絶対君主でありながら、謝るべき時に謝れる度量は備えていた。
「だが、このままじゃ企画倒れになっちまうぜ」
ドキュメンタリーの弱味である。そこへ、女性スタッフが入ってきた。
「会議中すみません。比嘉石様から電話が入っています」
当麻はゴム成形プレスの単純作業に従事しつつ考え事をする。目下の悩み事は、部屋に居ついてしまったあの疫病神のことだった。当麻もあれから無聊を囲っていたわけではなく、尽サツキについて調べる程度のことはしていた。結果、尽サツキ個人のことについては何1つ分からなかった。本人に訊ねてもネジの外れた回答が返ってくるだけで、さっぱり要領を得ない。
(なにが「キャベツ畑で拾われたんですよー」だ。千切りにされる方じゃなくてする方だろうが)
分かったのは、当麻に対して敵意がないこと、出ていく気もないことぐらいである。ただし、彼女の行状の方は大いに収穫があった。特徴的な殺し方なので、あの女の犯行と思しき事件をインターネットで検索したらいくつものソースが出てきたのだ。
曰く、「徘徊と放浪の殺人鬼」。日本各地に出没し、殺人を繰り返す。判明しているだけで被害者は12名。殺す動機も目的も不明。どこぞの学者先生は、「殺すことそのものが目的なのだろう」と推論を述べていた。が、真相は枯れ尾花が幽霊に見えていたぐらい味気ないもので、単に人格が破綻しているだけ。
その凶器と獲物を選ばない狂気からマスコミが付けたあだ名が“切り裂きジャック”。
(まあ、ジャックじゃなかったわけだけどな)
無論、名付け元のようにコールガールを専門に狙っていたわけでもない。表面的な受けだけを狙った異名である。
短絡的な犯行を繰り返すにも関わらず、尽サツキが捕まってない理由はいくつかある。1つ目は、被害者に共通点がないこと。通り魔的な動機無き犯行は特定が難しい。強いて言えば、「カルそうな若い男が多い」、ぐらいだった。おそらくサツキの顔に引っかかって、ナンパして殺された男どもが多いのではないか、と勝手に推測する。
(まあ、あの女が何考えてるのかなんて分かったもんじゃないが。 対人技術が“話す”も“調べる”もなくて、“殺す”コマンドしかないようなヤツだからな)
2つ目は広範囲に渡る犯行であったこと。警察は縄張り意識が強く、県を跨ぐと途端に連携が取れなくなる。情報の交換が円滑に行われずに、後手後手に回る結果となった。
3つ目は、和泉李斗というトラック運転手がが捕まって一旦捜査が終了したこと。もっとも、これは警察の自爆なのだが。
(ま、3つ目はどうでもいい。気になるのは最近の事件だ)
尽サツキの殺人遍歴で、最新版は当麻の居合わせた比嘉石弥栄殺害である。これはまだ表面化していない。が、その直前に表面化していて、かつ耳目をも集める殺人を犯していた。
桃野良雄殺害。切り裂きジャックの足跡を辿ると、真っ先にヒットした情報である。桃野は“ザ・チェイサー!”という番組で追っていた幼児誘拐殺人犯だった。が、肝心要の生放送で、すんでのところで桃野を取り逃がした。桃野は運悪く尽サツキと遭遇したらしい。番組が発見したときは既に死体だったという。当麻は悪趣味な番組と決めつけて、その類の番組は一切見ていなかった。
当麻が注目したのは、桃野良雄が銃を携行していた――間抜けにも、たかだか性犯罪者に銃を強奪された魯鈍な警察官がいたらしい――こと、死体で発見されたとき、発砲した痕跡があったことだった。にもかかわらず、被害者は発表されておらず、また病院に銃創を拵えた怪我人も運ばれていない。
(あいつの大怪我は、桃野に銃で撃たれたものに違いない)
加害者兼被害者の尽サツキは病院にも駆け込めず、当麻の安アパートで痛みに苦しんでいる。両者だけでなく、巻き込まれた当麻にとっても不幸なエンカウントとなった。鳶に油揚げをさらわれた“ザ・チェイサー!”は、切り裂きジャックにリベンジを宣言しているという。
(巻き込まれたくない。まったくもって迷惑な話だ……おっと)
考え事に夢中になっていたせいで油剤の量を誤り、ゴムを溶かしてしまった。成形の失敗は報告しなければならないので、睨まれるもとになる。当麻は仕事に集中した。単調なぬるま湯のような日常に戻る。
その日常に熱湯が注がれたのは昼休憩でのことだった。
『本日午前7時、青年男性の遺体が発見されました』
弁当を食べていると、ニュースが告げた。テレビ画面には見覚えのある顔と【比嘉石弥栄(22歳)】と文字が出ている。人違いではなさそうだった。死体を隠蔽してまだ4日しか経過していない。
(もう見つかったか! 思っていたよりもずっと早かったな)
舌打ちする。腐敗が進行するまで見つかって欲しくなかった。が、次の知らせで思わず耳を疑った。
『遺体の発見場所はA川沿いにあるD橋の下です。ランニング中の老人が発見し、通報しました』
「…………は?」
思わず声に出してしまい、慌てて周囲を探る。幸い個人主義の多いKパーツでは、休憩中の他人の動向に気を配っている者など誰もいなかった。
(A川? D橋? 何のことだ、路地のマンホールじゃないのか?)
聞き間違いではない証拠に、浅い川とそれにかかる橋が映し出されている。当麻とサツキは死体を、シャッター街から少々外れた路地の行き止まりにあるマンホールに遺棄した。スマートフォンでD橋を検索すると、サツキの殺害現場から1km以上も離れている。
『遺体には無数の傷跡があり……殺害現場は別の場所とみて捜査を進めております』
遺体発見直後らしく、捜査はこれからのようだった。
『無数の切り傷から、警察では連続殺人犯、所謂“切り裂きジャック”の犯行と見ております』
「……当たってるよ。ついでに死体移動の謎も説明してくれ」
共犯者は呟いた。
当麻が仕事を終え、アパートに帰宅したのは19時を回ってからだった。築40年の安アパートは外壁も煤けていて年代が感じられる。他の入居者とはめったに顔を合わせない。空き部屋が多いこともあるが、生活の時間帯がズレているのだろう。2つ隣に住んでいる大学生らしき男とは、この1年で挨拶を2,3回した程度で、顔さえも満足に憶えていなかった。
集合受付箱を覗く。盗られて困るものが届くようなことはないので、鍵はかけていない。案の定、ピザ屋や選挙チラシしか入っていなかった。
「困ったことになったぞ。あの死体が見つかった」
帰るや否や、挨拶抜きで本題を切り出した。
「どの死体ですかー?」
すぐに思い出せないらしく、小首をかしげる殺人鬼。
「思い出せないぐらい殺してるのな。一番最近のヤツだ」
「ああ、ご飯をごちそうしてくれなかったヒガシさんですねー」
手をポンと打ち合わせる。即物的な覚え方をしている殺人鬼だった。
「ヒガイシ、な。アレがなぜか、捨てたマンホールから遠く離れた川で見つかった」
仰天するべき知らせだったのだが。
「暗い所がニガテだったんですかねー?」
殺人鬼の思考はまともではなかった。
「さすが日陰者は言うことが違うな。で、だ。アイツ死んでたよな?」
「オメメとノドをやっつけてますからねー。タクシーも止めれませんよ?」
やや見当はずれな返答だったが、致命傷を負って絶命していたことは当麻も確認している。
「つまり、死体を運んだ奴がいる。どうしてあのマンホールに死体があるのを知ったか。なぜ通報せずに死体を運んだのか。皆目分からん」
ネットやニュースを確認したが、それ以上の捜査情報は手に入らなかった。
「どこかでマイハニーとサツキさんのラブラブを見てたのかも?」
「愛も恋もなかっただろうが。俺の哀とオマエの故意があっただけ。
まあ、目撃者が一番怖いのは同感だが」
ヘタをすれば、芋づる式に捜査の手が及ぶ危険性があった。加えて、狙いが分からないということが一層不気味に感じられる。
「マンホールを確認したいが、“死体がない確認”だけに行くのはリスキーな気がする」
仮定ばかりの状況が、当麻を臆病にさせていた。マンホールは死体を運び出した連中に見張られているのでは、と疑っていた。
「殺せばいいじゃないですかー」
ずい、と身を乗り出してくる。
「“殺す”コマンドしかない奴はこれだから。標的が分かれば苦労しない」
ぼやきながら部屋着に着替える。その様子を瞬きもせずに鑑賞する住所不定の殺人者。
「……ガン見するな、こら」
「えっ? せっかくのサービスシーンなのに! 大丈夫です、地上波では謎の光線が隠してくれますから!」
「ドツくぞ」
さっさと着替えて畳に寝転がった。
「あーあ、今日は厄日だ、クソ」
だが、本日最後の受難はまだ終わっていなかった。
アナグラム解答。ザ・チェイサーの司会者。
大華典膳
↓
だいかでんせん
↓
かだいせんでん
↓
過大宣伝
という具合です(/・ω・)/




