第29話 「差し当たり30人分な」
キリの良いところまで、と考えてると少々長くなりました(/・ω・)/
深刻な体調以上で、ちょっと遅くなりました(汗)
「犯行時刻以降、この階から出入りした者はいません」
警備室で、警備主任が証言する。
「非常階段を使ったんじゃねえの?」
「おおっぴらには言ってませんが、カメラを設置してます。出入りがあったら録画されてますよ」
鍬下の稚拙なツッコミに、坊主頭の警備主任は不本意そうに返した。
「では、犯人はこの階から出られずにいる、と考えて差し支えないわけだな?」
押し付けるような口調の兵藤は、警備主任のプライドを刺激した。
「犯人がトンデモ技能の持ち主で、ジャンプスーツ着込んで窓から滑空して逃げた、なんてパターン以外ではね」
「悪い悪い、疑ってるわけじゃないんだ」
なぜか当麻がとりなす羽目になる。
(このおっさん、相手を立てるってこと知らねーよなあ。何の因果でこんな役回りを)
3手に別れる際、兵藤と鍬下というデリカシーに欠ける2大巨頭と組む羽目になったのが運の尽きだった。腰の位置で万斗果は涼しい顔をしている。
警備室を後にした。出入りを制限されていてもスタッフは忙しく立ち働いている。が、いつまでも留め置けるものでもない。「取材のためにそろそろ外出したい」などの声が上がり始めていた。
「なんだか、どいつもこいつも怪しく思えてくんな。片っ端からぶっとばしてやろうか」
やたらと物騒なことを宣う鍬下。
「なんだこの愚連隊。これ以上調査人から犯罪者が出たら、意義路さんが切れるぞ」
「常に体を動かしてないと死ぬ鮪みたいな方ですわね」
「言い得て妙な比喩だな、相棒」
「2人とも、築地のマグロみてえに床に転がしてやろうか?」
両指をゴキゴキと鳴らす愚連隊。
「解体ショーでもされそうだな。素手で」
当麻はその指をさりげなく観察した。
(拳ダコがある。やっぱり格闘技経験者だな)
鍬下の人差し指と中指の付け根にタコがあった。打ち込みなど、素手で拳の練習を続けると、拳の皮膚がむけたり治ったりを繰り返す。そのうち、硬くなってタコになる。長く格闘技を続けている人間によく観られる特徴だった。
(空手か? まあ、拳ダコができる仕事は他にもあるが。まさかこの無法者な言動で、マッサージ師でしたってオチはないよな?)
いろいろ推測に忙しい当麻だった。
「編成部に訊いてきたわけ」
別行動をしていた数寄寅江らと合流する。
「今日この階に来ていた部外者は5名なわけ」
「部外者と言えば俺らも、だけどねえ」
小雨が余計な付け足しをする。
「その5名の詳細は?」
今回の件、兵藤は司令塔気取りだった。
「見学に来ていた高校生なわけ。固まって見学中だったから、犯行は不可能」
「ふむ。――その中に女性はいたかね?」
あまりにも方向性を絞った兵藤の質問に、当麻は動揺する。
(お、おい? なんだそのピンポイントな質問は?)
「全員男だったわけ。名前も言う?」
数寄は特に疑問に思わなかったらしい。
「いや、結構だ」
(そういや、切り裂きジャックについて何か掴んだ、とか言ってやがったな)
あっさり引き下がったことでいっそう不気味に感じた。
「つまり、ここにいたのはスタッフだけだ。まさかスタッフの中に犯人がいるってか?」
当麻はげんなりした口調で言った。番組制作は外注の制作会社に任せることも多いが、今日は外部の社員は来ていない。
「ハッ、ひとりひとり事情聴取して回るかい?」
小雨も彼も兵藤の方針に乗り気ではなかった。
「だが他に手があるのかね? 2手に別れて、1つはスタッフに聴取、もう1つは、局内に潜んでいるかもしれない者を探す。方針はこれぐらいではないか?」
支持率が低いことを感じ取ってはいるようだが、方向転換ができない性格らしい。
「もう1つ、宜しいでしょうか?」
大きな声を出したわけでもないのに、視線が車椅子の少女に吸い寄せられる。
「言ってみ給え」
「穂塚聖子の経歴を洗ってみたいと思いますの」
「むう。反対はせんよ」
兵藤は少々困惑したが、少女の提案を呑んだ。「素人は困る」と顔で言っている。
(うん。兵藤の思考はモロに警察官だ。“犯人がまだテレビ局にいるなら、捕まえれば全て解決。推理は不要”って考えてる)
事件が起きて数日が経過し、犯人が逃げて情報も芳しくない、という状態ならばともかく、突けば犯人が飛び出しそうな状況で推理に耽ることを警察官はしない。被害者の背景を洗うのは、容疑者が出てこなかった後でも間に合う。良くも悪くも、とことん現場主義だった。
(だが、どうも今回の事件は意味不明な点が多い。兵藤の方針で捜査しても、行き詰まる予感がするんだよな)
捜査の手がサツキから遠ざかることは歓迎だが、比嘉石弥栄の死体を移動させた犯人からも遠のいては甲斐がない。
結局、当麻と万斗果は「穂塚の身辺から犯人を割り出す係」に回された。要望がすんなり通った形である。兵藤は口では「戦力の分散は痛いが、好きにし給え」などと言っていたが、事情聴取に素人が参加しても戦力にならない、という判断だろう。鍬下は局内に不審者が潜んでいないか捜索する係。短気が災いして外された格好だった。あくまでも本命は、兵藤主導の事情聴取チームである。
「兵藤のダンナじゃ解決できそうにないねえ。アンタらの判断が正しいよ」
小雨ひたぎが、当麻にこっそり耳打ちした。
「そうかー? どう考えても、現職の兵藤の方が頼りになるんじゃないか? 年はいってるけど、腕っ節も強そうだ」
「ハッ、現職ねえ」
小雨が鼻で笑った。
「あのダンナ、警察組織所属はそうだけどさあ。長らく警察博物館(旧けいさつPRセンター)の責任者やってるさね」
さらりと言ってのける。
「運が良かったんだろね。もしくは時代が良かったのか。現場なんてほとんど踏まず、大過なく警察人生を生き抜いて、今じゃ捜査とは無縁の管理職だあね。見識はまあ、年相応にあるとしても」
「現場能力はない、か? おいおい、張り子の虎じゃないか」
(なんてこった、大物然としてるのは見かけだけかよ。ただの目立ちたがり屋のロートルじゃねえか)
見かけと威圧感で過大評価していた分、いささか失礼な評価を下すことになった。
「喝采願望があるのでしょう。“ザ・チェイサー!”の私撰調査人パンサーとして活動してらっしゃったようですけれど、所詮顔の出せない裏方仕事ですものね」
浮かべた微笑に似合わない、辛辣なことを言ってのける万斗果。
「的確に芯を抉る発言だねえ」
小雨がからからと笑った。
意義路に連絡して穂塚の情報を求めたところ、返答は『こちらでは把握しておりませんのでご自由に』という突き放したものだった。
(やっぱり、NPAsの態度は怪しい。寺蔵の経歴をあれだけ調べてた連中が、同じ調査人の穂塚のことは掴んでない、なんてことはないだろう。それとも、俺の知らない事情でもあるのか)
NPAsへの不審を深めてゆく当麻だった。それでも、穂塚の勤め先である学校は教えてもらえたので、検索して電話番号を割り出すことができた。場所を調べてみると、都の端に建つ小学校である。スピーカーに設定して電話する。
「復讐条例調査人の王喜と申します。教頭先生に代わっていただけますか?」
最初に出た事務員に、ソツなく万斗果が告げる。
「教頭? 一番エラいのは校長じゃないのか?」
「校長先生は“責任を取るための人”で、現場を取り仕切っているのは専ら教頭先生ですわ」
「そんなもんか。ここでも張り子の虎かよ」
「元よりお飾りなのですから、客寄せパンダの方が相応しいのでは?」
他人の目、特に貴美の目がないと、相乗効果で当麻と万斗果の毒はいっそう強くなるようであった。
『はあ、復讐条例の調査人ですか。――え? 穂塚先生のことですか? いえ、大変優秀な教師ですよ。生徒の人気も高くて――』
某という教頭の応答は、如才なく内容もないものだった。明らかに身を入れていない。
(学校側に不利な情報はあってたとしても簡単には出さないよな。何か切り口がないと)
当麻がやきもきしていると、
「改めてお訊きしますわ。穂塚聖子先生は、現職でいらっしゃますね?」
『はい、そりゃあそうです』
声に軽侮が含まれる。声から電話の主が若いと悟り、侮りが生じている。
「では、穂塚先生は半年後も御校で教師を続けていらっしゃるでしょうか?」
『……は? えー……』
教頭が言葉に詰まった。
(なんだ、今の質問は?)
意図が読めず、当麻は目を白黒させる。
『辞める辞めないは、本人の権利ですので……』
「能書きを聞くほど退屈しておりません」
みなまで聞くことなく、万斗果は言い訳を遮った。
「隠蔽体質も結構ですけれど、この会話は録音しております。時と場合は選んだ方が宜しいかと」
その声は、氷点下もかくやと思われるほど冷たかった。この声を出すとき。それは万斗果が「敵」と認識したときである。
『は……はい?』
侮っていた教頭は、脳天に氷柱を突き立てられたような声を上げた。
「K校長先生、近く再任用制度で教育委員会に勤務されるのだとか。部下に重篤な落ち度があったと露呈しても、採用されるものでしょうか?」
再任用制度は公務員の特権である。が、ケチのついた者を再任用するお人好しはいない。
『あ、ええ、その……』
自分の一言に上司の浮沈が賭かっている。その重圧に耐えるほど、この教頭は頑健ではなかった。
「人が悪いな、とっくに調べてたのかよ?」
「あら、ご挨拶ですわね」
「だって、校長の天下りがどうとか脅してたじゃ……」
そこまで言って、当麻は気づいた。
「デマカセかよっ?」
「はい」
なぜか花のような笑顔を浮かべる少女。
「上司の天下り先を把握している部下なんて、いるわけがありませんもの」
「反則スレスレだな」
貴美がいてはできない腹芸である。思い出せば、万斗果はしれっと「録音している」と嘘をついていた。
「ただ、小学校のHPを見たところ、校長先生はかなりの老齢でしたから、退職は近いと読みました。加えて、校長職は教育委員会への再任用が統計上多いので、8割ぐらいは的中していたはずですわね」
「反則スレスレだな」
貴美がいてはできない腹芸である。思い出せば、万斗果はしれっと「録音している」と嘘をついていた。
王喜万斗果は、法と無法の垣根を平気で歩く。若いが故の無軌道、とは思えなかった。無法に墜ちない絶対の自信があるのだろう。
(そういや、コイツが愛読してるっていう「刑事コロンボ」も、割と手段を択ばないヤツだったな)
「刑事コロンボ」の犯人は、たいてい地位も名誉も財産に守られている。いち刑事であるコロンボは彼らを逮捕するために、危うい手段さえ用いた。カモッラ(イタリアにあるマフィアのような組織)と組んで犯人を陥れたことさえある。
「小学校のHPを見たところ、校長先生はかなりの老齢でしたから、退職は近いと読みました。加えて、校長職は教育委員会への再任用が統計上多いので、8割ぐらいは的中していたはずですわね」
「バレなきゃイカサマじゃない理論だな」
(盤外戦術を平気でやる。無法に躊躇しない分、貴美よりもコイツの方が脅威かもな)
当麻は冷や汗を懸命に抑えた。それだけで、万斗果に疑われる心地がした。
「謹慎中だった?」
報告を受けて、兵藤が目を見開いた。事情聴取は一段落したものの、容疑者を絞り込むには至っていなかった。決定打に欠いている一種気怠い雰囲気の中での報告だった。
「はい。お願いしたら、教頭先生に隠さず話していただけました。穂塚先生は先々月から自宅謹慎に入っており、学校には来ておりません」
涼しい顔で報告する。
「何をやらかしたわけ?」
ドレッドヘアの数寄寅江が口を挟む。
「小学校の男子生徒相手に、指導と称していかがわしい行為を、だな」
さすがに高校生には答えづらいと慮り、当麻が代わる。性に無知な少年たちを騙して、毒牙にかけていたことを教頭は渋々語った。
「うわ、サイッテ-だな」
嫌悪感を隠さず、鍬下が吐き捨てる。
「まあ、年上にも同年代にも年下にもモテそうな性根ではなかったねえ」
小雨が笑いながらきついことを言う。
「みんなから嫌われてた、ってのと一緒じゃねえか」
言わずもがなのツッコミを入れる愚連隊。
「それが表面化したわけであるな?」
「差し当たり30人分な」
なんとなく両手を広げて補強するが、両手の指でもまったく足りない数だった。
「「30人っ?」」
ショッキングな数字に、一同が仰天する。
「もっと増えるかも、ということでしたわね」
涼しい顔で補強する万斗果。
「はー……なぁにやってんだか」
ブーツの踵を蹴りつつ、さすがに二の句が継げない鍬下。
「ナニ、って三流のエロ本みたいなことに決まってるでしょ。まさか読んだことないわけ?」
「ド突くぞ」
尖った性格の者同士、数寄と鍬下の相性は良くないらしい。
「はいはい、殺し合いなら勤務時間外に河原でやってくれ。で、現在自宅謹慎中。来月にも懲戒免職になるって話だ」
教師が非違行為を行った場合、教育委員会が制裁として処分する。当初学校側は譴責(始末書・反省文の提出)でお茶を濁そうと企んだが、保護者のLINEにリークされ隠蔽が不可能となった。
「え、まさかそのわいせつ事件の被害者とか遺族まで容疑者にはいるわけ?」
露骨に顔をしかめる数寄。
「いやー、興味深い穂塚さんの裏側だけど、コレは、ねえ?」
意味ありげに小雨が当麻を見る。言わんとしてることは当麻も重々承知だった。事件当初から抱えていた違和感である。
(切り裂きジャックが犯人だろうが、ただの怨恨だろうがナンセンスだ。カメラが売るほどあるテレビ局に、わざわざ侵入して殺害しようとするするバカがいるか? 他に安全に殺れる場所なんて、それこそ星の数ほどあるだろうに)
考えを巡らせていると
「きっとこれは、別のパズルのピースですわね」
車椅子の少女が宵闇より冥い声で囁いた。




