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復讐条例  作者: あまやどり
第2章 テレビ局殺人未遂事件
28/34

第28話 「裁判で有罪になる方は皆様そうおっしゃいますわね」

今回もちょっと長めです(/・ω・)/

ワクチンの副反応がきつかったデス(汗)


「きゃああ!」

 女性スタッフが悲鳴を上げる。

「おい、誰か足場から落ちたぞ!」

 突然落下した穂塚に、スタジオが騒然とする。スタッフがパニックを起こさなかったのは、遠巻きにでも穂塚が死んでいないことが分かったからである。或いは、テレビマンとしてのプロ根性が精神を支えたのかもしれない。

穂塚聖子(ほづか・せいこ)さんですわ。落ちる間に、彼女の声が聞こえましたので」

 万斗果(まどか)が説明した。

「なに? 公選調査人の?」

 周囲が色めき立つ。

「そういえば、あのオバサンの着ていた服に似てるな」

 遠巻きに女性を観察するスタッフ一同。

「が、あ、あ……」

 顔面血まみれで、穂塚が苦し気な(うめ)き声をあげている。鼻が潰れ前歯が全損した穂塚は、さながら亡者のようであった。重傷を負っているが、命に関わるほどではない。

「10mぐらいの高さじゃあ落ちても死ななかったか」

「頭から落ちれば、40cmの高さでも死にますけれど。命冥加(いのちみょうが)な方ですわね」

 さらりと特殊な知識を披露する万斗果。

「ドラマや小説でしたら、主人公が非道な犯人に義憤を挙げる見せ場なのですわね」

 ちらりと当麻を見る。

「残念でもないことだが、あのオバサンに感情移入する要素が1ミリもないからな」

 近くにいた比嘉石出矢(ひがいし・いでや)を見やる。

「カメラ回ってるみたいだし、やっときます? 好感度上がるかもですよ」

 当麻の提案は明らかな冗談であったが。

「いいねえ! 僕の演技力の魅せどころだな!」

ポンを手を合わせた大部屋俳優兼復讐条例適用者は乗り気になった。息も絶え絶えの穂塚に駆け寄り、肩を掴む。

「ほっ、ほづかさんっ! いったいだれがこんなひどいことを!」

 カメラ目線のまま、肩を乱暴に揺する。

「ち、ちくしょおおう! ぜったいにゆるさないぞう!」

 乱暴に扱われても穂塚は覚醒することなく、首がガクガクと振られた。


(生で見ると、とてつもない破壊力だな。映画の方はあれでもマシだったのか)


 「金で動く」と評判だった監督に思わず同情する。

「ちょ、やめてくださいよ!」

 あまりの暴挙に、スタッフが飛びついて止める。

「死んだらどうするんですか!」

 重傷で済んでいたところにとどめを刺したとなれば大問題に発展する。そうでなくとも、今の行動を警察が知れば大目玉だった。

「あ、まだ死んでなかったの?」

 出矢はきょとんとした顔で言ってのけた。



「……アレ、俺のせいじゃないよな?」

「あら、()きつけたように見えましたけれど。教唆犯ではないと裁判で信じてもらえるといいですわね」

 隣の相棒はつれなかった。教唆(犯罪を(そそのか)す行為)は実行犯と同等の重い犯罪となる。

「焚きつけたってな、冗談で言っただけだよ。火の気もないのに俺に飛び火して炎上したんじゃかなわない。ただでさえ財布の中は焦げついてるってのに」

 出矢の行動で穂塚が取り返しのつかない後遺症など負った場合、当麻に責任が回ってくる可能性が否定できない。

「俺が悪いことをしたわけじゃない」

「裁判で有罪になる方は皆様そう(おっしゃ)いますわね」

「裁判で無罪になる方も皆様そう仰いますよなっ?」

 何の進展性もない不毛な会話だった。




「カメラは?」

 ディレクターが怒鳴った。

「回してます!」

「落下の瞬間の映像は?」

「運よく映り込みましたが、インタビューしてる最中だったので、かなり小さい画ですね」

「仕方ない、あとで調整しろ。救急車と、それから警察だ!」

「つくづくたくましいな、ここのスタッフは」

 大華典膳(だいか・てんぜん)の教育の賜物(たまもの)かもしれない。

 だがそこに、何者かの一喝が飛んだ。


「警備員とスタッフに緊急通達! ここの階と、局全体の出入りを封鎖し給え! 1人も出さないようにだ」

 突然、パンサーが叫んだ。“ザ・チェイサー!”お抱えの私選調査人である。

「穂塚女史を突き落とした犯人がまだ近くにいるかもしれん。迅速に行動し給え!」

 スタッフの数名が、弾かれたように飛び出していった。が、当麻が衝撃を受けたのは犯人云々(うんぬん)によってではない。

「おいおい……今の声は」

 パンサーがマスクを脱ぐ。そこにいたのは、調査人の兵藤勝成(ひょうどう・かつせい)だった。


「こ、困りますよ兵藤さん。正体を隠しておくことは、契約に書いてあったはずですよ」

 ディレクターが抗議する。

「違約金を払え、というのであれば耳を揃えて支払おう。が、機を逃して犯人に逃げられたのでは、番組も困るのではないかね?」

 じろりと見下ろして兵藤が言った。理屈が通っているだけに、スタッフは押し黙る。


(兵藤は私撰調査人、ってとこまでは予想ついてたが。“ザ・チェイサー!”に雇われたパンサーだったか。こいつは収穫だ)


 当麻は内心ほくそ笑んだ。

「なにオジサン、番組に雇われた私撰調査人だったわけ?」

 数寄寅江(すき・とらえ)が詰め寄る。

「うむ。君達(公選調査人)との仲立ちをしていた。本来は情報保護のため、黙っておかなければならぬ立場なのだが、この非常時ではな」

 仕方ない、と頭を振る。だが、背後のイーグルとシャークは、兵藤に見えない位置で頭を左右に振った。「付き合ってられない」と言いたげにため息を吐いているように見える。兵藤が自分から正体を明かさずとも、スタッフに耳打ちなりして中継すれば事足りたはずである。


(要は、兵藤自身が“正体を明かしたかった”、ってコトだ。しかも明らかに今の正体バラシは兵藤の暴発。他の2人に相談もなかったみたいだしな)


 これまでの兵藤勝成の言動から、性格傾向が見えてくる。仲間の動物組は無言でスタジオを出てゆく。


(兵藤は無能ってわけじゃなさそうだが、言動に隙が多い。付け込む余地が大いにありそうだ)


 算盤を弾いている間に、救急車が到着した。隊員が穂塚の容態を診る。

「あばら骨を複数骨折、右足を複雑骨折していますね。頭蓋骨もヒビ入ってるかも」

「腹から落ちたからなあ」

 満遍(まんべん)なく損傷を負ったらしい。

「頭も強く打っているようです。本人が意識を失っているので即断はできませんが、精密検査は必要ですね。後々障害が残るかも」

 しばらく意識が戻りそうもないので、聴取は後日、ということにして、病院に搬送された。

「意識が戻れば一発なのに。面倒なわけ」

「えー? 困るよ、早く飲みに、ううん、打ち合わせに行きたいんだから」

「アタシに困られても何も解決しないわけよ」

 数寄に抗議する自称悲劇の主人公。

「被害者にトドメを刺しかけて話をややこしくしたアンタに何も言う資格はないわな」

 ボソッと(つぶや)く。

「そうですわね。処で話は変わりますけれど、アボリジニが狩猟、ないしは儀礼用に使用した投具はご存じですの?」

「ブーメランって言いたいんだろ。話変わってないじゃないか。やたら遠回しな皮肉はいいよ」

 


 兵藤は復讐条例調査人証明証を振りかざし、通報によりやってきた警察に、

「落下した天井部分の鑑識をしてくれ給え」

と横柄に命令をする。

「警察を介入させないのか?」

 当麻は兵藤に質問した。

「うむ。切り裂きジャックの犯行である場合、登録者である比嘉石氏の権利を侵害することになるのでな」

 復讐条例で追っている事件に関連性があると判断して要請した場合、警察は鑑識などの科学捜査のみに従事する裏方となる。


(そうか、ジャックが犯人の可能性を考えてるのか。だが――)


 切り裂きジャックが今現在安アパートでゴロゴロしていることは、当麻だけが知っていた。

「だ、そうですが。宜しいでしょうか?」

 いつの間にか万斗果は、スマートフォンで意義路に連絡を取っていた。

『了承しました。ですが、今後事後承諾は許可できかねます』

 意義路は苦言を呈しつつも承諾した。

「分かった分かった」

 言われた兵藤に(こた)えた様子はない。むしろ意欲的だった。

「やれやれ、天井に見物に行こうとしたら警察に追い出されちゃったよ」

 小雨ひたぎがぼやきながら輪に加わる。

「写真撮れてたら、高く売れたかもしれないのにさあ」

「鑑識終わってからゆっくり撮影すればいいじゃないか」

 当麻には違いが分からなかった。

「イエイエ、プロとしては臨場感を心がけておりますです、ハイ」

「せめてカメラを持ち歩いてから言いやがれ」

 鍬下萌夏(くわした・もか)が小雨の背後からひょっこりと顔を出した。

「スマホでなんでもできちゃう時代なんですわ」

「いいのかそれで」

 会話していると、低い位置から声が聞こえた。

「兵藤君は、穂塚を、突き落としたのが、切り裂きジャックだと、考えているのか? 論理的な、証明は?」

 兼摩宏(けんま・ひろし)が突然口を挟んだのだ。一同が驚愕する。

「わ、びっくりした。いたのかよお前!」

 失礼極まりない鍬下の反応だが、居合わせた一同全員の感想でもあった。

 

(まったくだ。っていうか、いつからここにいたんだコイツ?)


 いつからスタジオにいたのかさえはっきりと憶えていない。発言らしい発言をするのも初めてに思えた。

「だから、声、かけたんだ。後に、なって“誰も見てない”なんて、言われて、容疑者の、仲間入りは、ゴメンだ」

 影が薄い自覚は本人にもあるらしい。会話が絶えずブツ切りになる、奇妙に癖の付いた喋り方をする男だった。存在感が薄く、身長が低いうえにかなりの猫背なので、視界に入りにくいせいかもしれない。

「ノートルダム・ド・パリですわね」

 鍬下の100倍は失礼な発言が隣の車椅子から聞こえたが、幸い当麻以外に意味を解すものはいなかった。「ノートルダム・ド・パリ」はヴィクトル・ユーゴーの小説で、邦題は「ノートルダムの傴僂男(せむしおとこ)」という。




「なあ、ボクの質問に、答えて、くれよ、兵藤君。切り裂きジャックの、犯行と、判断した、論理的な、証拠は?」

 兼摩が繰り返す。顔の縦横に皺が刻まれていて、極端な猫背。だのに、声は若々しい。見方によって中年以上にも、意外に若くも思えた。


(詰まりながら話すのがいちいち聞き取りにくいな。声帯の病気か? だからインタビューや会議の時マトモに喋らなかったのか? 年齢すらはっきりしないんだよな、コイツ)


 復讐条例公選調査人制度では、病気や障害などを抱えていても自活できる程度であれば選ばれる。境界線上の場合、付き添いや代理を認めていた。

「うむ。証拠こそないが、考えてみたまえ。なにしろ我々がジャックを追っていることは、周知の事実だ。追われている殺人鬼が、脅威を取り除くため先んじて我々の殺害を図ったとしても不自然ではないのではないかね?」

「まかり間違ってたら、私たちが狙われてたかもしれないわけ?」

 数寄寅江(すき・とらえ)が目を見開いて叫ぶ。殺人鬼が自分が首を搔き切るために至近距離まで接近していた、という恐怖に襲われていた。


(あンの極楽アタマが、そんなお利巧(りこう)さんなこと思いつけばな)


 ジャック=尽サツキの図式を知っている当麻は平気の平左だったが。

「ハッ、それなら今回のは大チャンスだねえ」

 小雨ひたぎが空気を割って言った。

「ショートカットでジャック逮捕ってか、日当が稼げねえやな」

言葉を接ぐ前に、鍬下が茶々を入れる。

「うまくいけば、切り裂きジャック逮捕の瞬間をカメラに収めることもできるぞ! しかも局内を舞台に!」

「それって最高じゃないか」

 スタッフたちが俄然(がぜん)勢いづく。

「あら、ですが――」

「なあ?」

 万斗果と当麻が顔を見合わせる。

「どうしたのだね?」

 兵藤が続きを促す。

「水を差すようなこと言うが、いいか? 落ちる前に、穂塚が天井通路走ってただろ?」

 ガシャガシャと、金網の通路を蹴る音が聞こえていた。

「そのとき、あのオバサン変なことを口走ってたんだ。どうも、顔見知りを見たような反応っぽかった」

「はあ?」

 鍬下が眉根を寄せる。

「えっとだな。どんな言い方してたっけ……」

「わたくしの憶えている限りでは、“あ、アンタ、なんでこんなところにいるのよっ?”“アンタのせいで、アタシの人生は無茶苦茶よっ!”“よくも私の輝かしい経歴に”と仰っていたようです。雑音が多かったですし、滑舌が悪かったので違っている部分があるかもしれません」

 当麻が言い(よど)んでいると、澄ました顔でフォローする車椅子の少女。


(だからなんで完璧に覚えてるんだよっ?)


 が、他の調査人やスタッフは困惑の表情になった。

「そんなこと言ってたっけか?」

 鍬下が首を傾げる。

「え、皆聞こえなかったのか?」

「インタビューの声がうるさかったわけ」

 数寄寅江(すき・とらえ)が首を横に振る。

「僕も、えー」

 出矢はポケットから名刺を出す。

「そうそう、塀内クンと話をしていたから聞こえなかったよ」

 ここに至っても塀内ゲンの名前も覚えていなかったらしい。

「は、はい」

 塀内もガクガクと首を振った。どうやら、同じスタジオ内でも、声が届いたのは当麻たちのいた中央辺りだけだったようだ。

「本当かよ?」

 証言が2名に限定されている以上、鍬下ならずとも懐疑的になってしまう。だが、黒い少女には考えがあった。

「ちょうどインタビューの最中でしたから、穂塚さんの言葉は録音されていると思いますわ。雑音をトリミングすれば分かるのでは?」

「なるほど!」

 早速ディレクターが、近くのカメラマンに指示を出しに行く。幸いここはテレビ局なので、音の加工をする設備と人材には困らない。


「お前らの聞いたのがホントだとすると……どうなる?」

 鍬下は思考を早々に丸投げした。

「犯人=切り裂きジャック=穂塚の知人、って公式が成り立たないといけなくなる。さすがに都合が良すぎないか?」

 他にも疑問に思うことがあったが、ここで口にしても場が一層混乱するだけなのでやめておくことにする。

「むう。そうだな。あくまでも可能性の1つだ」

 兵藤も、反論を並べられて自信が揺らいだようだった。


(切り裂きジャックの犯行、なんて大見得切っといて、ただの希望的観測だったのかよ)


 行動力の割に、腰の定まらない兵藤だった。

「いずれにせよ、だ。犯人を捕まえてからの話だ。ここは、分担して行動しようではないか」

 リーダー気取りで兵藤は言った。

万斗果は、本人が目の前にいる場合でも、遠回しな言い方で悪口を言う悪癖があります(/・ω・)/

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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポの良さと読みやすさ。 登場人物の名前のひねりが面白かったです。 ミステリーらしく、所々の伏線も気になりますね。 [一言] 最近気になってまして、最新話まで読みました。 個人的に「復…
[一言] さ、さすがに穂塚さんの扱いが可哀そうになってきますね、ハイ(´;ω;`) とはいえ、ウン……これは何と言いますか、兵藤さんに絶妙なフラグ臭というか、あ、ダメそうという感じが漂ってきてますねー…
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