第26話 「楽屋弁当ですがな」
USBメモリが壊れてデータが飛んだ時には悲鳴が出ました(汗)
なんとか書き直しましたが、その作業に時間をとられていつもより短めです(/・ω・)/
万斗果と違い、本も携帯していない当麻は暇を持て余していた。ソーシャルゲームをやる趣味もない。良い機会と、調査人の面々を観察してみることにする。
ドレッドヘアの数寄寅江は以前アーティストと名乗っていた。スマートフォンに指を走らせているが、表情は真剣そのもの。絵が描けるツールがあるらしいので、創作活動をしているようだった。
「どれどれ」
値踏みしようと目を細めるが、遠目では黄色を画面に塗りたくっているようにしか見えなかった。
「なに見てるわけー?」
数寄が横目でじろりと当麻を見やった。よく見れば、ボヘミアンのような服装をしている。
「なに描いてるのかなあと思ってさ」
隠すことでもなし、とストレートに答える。数寄は破顔した。
「嘘嘘、冗談なわけ。アタシの絵を見たいんならどーぞ」
スマートフォンを押しつけられた。
「へえ……!」
近くで見るとそれは、ただの黄色一色ではなかった。黄色い花が咲き乱れる、花畑と橋の絵だった。構図や色彩は古めかしいが、素人離れした達者なタッチである。外見に反して古典びいきらしい。
「上手いもんだ。こんな狭い画面に」
専門家に対して失礼な感想であるが、数寄は機嫌を損ねたりはしなかった。
「本当は筆握ってキャンバスに描くのが本職なんだけど、時勢柄デジタルとかも描いてみてるわけ。こんなとこでも描けるし」
「絵の具溶いてイーゼル用意して、って手間がかからないからか」
感心する。
「前に、アーティストって言ってたよな? プロなのか?」
探りを入れる。何を以て本職とするかは議論の分かれるところであるが。
「おっ、憶えてた? 今売り出し中。個展も何度かやってるわけ。ほら」
スマートフォンの画面を操作すると、画廊らしき場所で数人の若者と数寄が映っている映像が出た。傍のパネルには「完売御礼!」と書かれている。
「売れっ子なんだな」
壁に飾られた絵には「田中様お買い上げ」「住吉様お買い上げ」「剣持様お買い上げ」「手越様お買い上げ」とすべて札が貼り付けられている。
「お金持ちになったら、買い占めてよ」
言って、数寄は創作活動に戻った。金に縁のなさそうな当麻に営業をかける気はないようだった。
「宝くじ当たったら買うよ」
数寄の絵が1枚いくらか知らないが、当麻にも買うつもりはなかった。
兵藤勝成は足を組んで煙草をふかしている。例の「発見」とやらは見送るつもりらしい。巌のような体つきと態度から、当麻は私撰調査人を疑っていた。
(警察関係と思うが、ちょっと隙があるんだよな)
新しい発見があったことを当麻に漏らしてしまったり、鉄壁とは言い難い。
(現場から遠ざかってた警察関係者、ってところか?)
50代の年齢から、いかにもありそうなことだった。
「そ、それで、ですね。当行がぜひ出矢さんに協賛したい、と」
閑をいいことに、「本業」に熱心な人物もいた。銀行員の塀内ゲンである。帰ろうとしていた比嘉石出矢を呼び止めて、何やら熱心に勧誘していた。
「いーよいーよ、何でもやっちゃうよ?」
商談を持ち掛けられた比嘉石出矢は一転して上機嫌。塀内は「早く仕事に戻りたい」とぼやいていたときとは打って変わって行動的だった。
「映画の主演までした出矢さんでしたら、ウチの銀行のアピールに充分だ、と上司が乗り気でして」
揉み手をせんばかりの銀行員。主演映画とは「復讐条恋」のことを言っているらしい。
「まあね、アレは僕の出世作だから」
腕を組んでうんうんと頷いている主役。
(出世できたか?)
当麻には世紀の駄作という感想しか持てなかった。
「上役と後日会っていただきますけど、その打ち合わせに今夜飲みに行きませんか? 落ち着いたいい店を知っていますから。も、もちろん当行が御馳走します」
「ますますいいねえ!」
2人で盛り上がっている。今日はもう収録やら捜査といった雰囲気ではないので、塀内も「営業」する気になったのだろうか。
「……景気のいい話なわけ。こっちはスポンサー見つけるのに一苦労してるってのに」
指を止めて数寄寅江が毒づいた。いつの間に背後にいたのか、
「あの様子だと、あまり懐に余裕のある風情ではありませんわね」
金に不自由したことがなさそうな万斗果が数寄を評して言う。
「金を持った芸術家は堕落するらしいからな。もっとも、じゃあ金を持ってない芸術家は堕落してないのか、と言われてもそうだと保証できないけどな」
当麻の視点は冷めていた。絵は完売したそうだが、個展の費用などに充てて資金繰りに困っているのかも知れない。芸術家の懐事情など理解の範疇になかった。
「あんなクソ映画のどこを見たらあんな信頼できるわけ?」
プライドの高い出矢の耳に入ったならば一波乱あったやも知れぬが、今夜の「打ち合わせ」で盛り上がっている2人の耳には幸いにして届かなかった。
(同感だけどわざわざ言うな。巻き込まれたくないんだよ。ってか、あのクソ映画観てるのかよ)
盗み聞きする価値もなさそうなので、さっさと場を離れた。
「こぉら、敵前逃亡は処刑すっぞ」
編み上げブーツの踵を鳴らしてアーミールックの鍬下萌夏が遠慮会釈なしに声をかけてきた。
「敵ってなんだよ?」
「お前の嫌いなヤツのことじゃね?」
「じゃあ現実が俺の敵だな。確かに逃げたいもんだ」
無職になることや、なにより居候の存在を思い浮かべる。
「はんっ、夢のねえヤツだな」
「夢? 最近食べてないからな」
適当に受け流す。
(だが、コイツにも私撰調査人の疑いがある。順当に考えれば、復讐条例適用者の比嘉石出矢か、“ザ・チェイサー!”に雇われてるってことになるんだろうが)
以前に復讐条例について説明している際、この鍬下萌夏と兵藤勝成はそう裏付けるような反応をしていた。本来私撰調査人は心強い味方なのだが、犯人を匿っている当麻としてはただの脅威でしかなかった。
「結局、俺たちの出番はもうないのか?」
「メイビー。さっき立ち聞きしたら、スタッフどもは寺蔵に独占インタビューできないかと頭捻ってやがったぜ」
「拘置所へ吸い込まれた寺蔵升達にインタビューするつもりかよ?」
そこに鋲打ち帽の男がやってくる。
「ハッ、大華の御大の意向な。金がないとできない芸当さね」
小雨ひたぎも合流した。鍬下と小雨は一緒に行動していることが多かった。同じチームの兼磨宏はパイプ椅子の上で舟を漕いでいる。
「で、その大将に使われる飼い犬はあとどのくらい“待て”なんだよ」
「いいんじゃない? ぼーっとしてるだけでお金もらえるんだからさあ」
小雨は呑気だった。
「いいもん食って帰れば腹立ちも収まるんじゃねえの?」
鍬下の思考は単純だった。
「えー、収録はまだ先になりそうですので、昼食をどうぞ」
ノックとほぼ同時に、ADが入ってきた。押してきたキャリーカートには、弁当箱が積まれている。
「あ、て、手伝います」
奥にいた塀内ゲンが飛び出して、スタッフからカートを受け取った。中央のテーブルに人数分の弁当を置く。弁当がかなり余った。
「帰った連中の分もあるのか」
全員分用意していたらしい。
「お、うまそうじゃねえか」
鍬下が弁当の1つを開いて弾んだ声を上げる。白米に焼き鳥のセットだった。
「こっちはカルビ弁当だねえ」
小雨が手にしているのは、贅沢に肉を敷き詰めた弁当だった。
「ロケ弁ってやつか。何種類もあるのか。うわ、カレーまである」
つけあわせにサラダとじゃがバターまで添えられていた。
「楽屋弁当ですがな」
小雨が指摘した。
「いちいち訂正しなくてもいいだろ。国語の先生かよ」
「こっちはカツ丼かあ。僕はカレーがいいな」
出矢も群がり、何人かテーブルに集まって騒いでいる。
「の、残りはこっちに置いておきます」
その間に塀内が余りの弁当を奥の鏡台に載せる。カートはスタッフが取りやすいように入口近くに立てかけておいた。
「ちょっと! 寄ってたかって汚い手で開けないでよ! 衛生上良くないでしょ!」
今回ばかりは穂塚が正しかった。
「4,5種類あるのか。しかもこれ、高いんじゃないか? 2000円ぐらいはしそうだ」
数時間前に、その5倍はするコーヒーを飲んでいた当麻であったが。
「御大将は、飼い犬には良いエサをくれるんだよ」
またもや訳知り顔で説明する小雨。
「なんて優しい独裁者だ。軽薄そうな格好してるくせに実があるよな、あのオッサン」
銘々が好みの弁当を持って行く。
「ちぇっ、ビールもつけてくれりゃあいいのによ」
焼き鳥弁当を手に、鍬下が不満を漏らす。
「満月の夜じゃあるまいし、昼間っから乱暴者が大虎に変わるのはカンベン願いたいねえ」
小雨が苦笑いしている。
「俺は何にしようかな」
当麻は食べ物に執着がない。
「カツ丼がいいと思いますわ」
黒い少女が悪戯っぽく提案する。
「取調室の味がしそうだからノーサンキューだ」
苦い顔で一旦は断ったが、結局、万斗果の言葉に引きずられてカツ丼を注文してしまう当麻だった。
楽屋弁当はたいてい1600~2600円と豪勢です。
勿論どれもおいしいですが、暗に「高い物食ったんだからキッチリ働け」と言われてるような気が(笑)




