第22話 「当麻のことを婚約者だと紹介してやろう」
「意義路とやら。1つ質問を許可してくれ給え」
尊大な口調で口を開いたのは、兵藤勝成だった。
(やっぱり来たか。意義路がどう答えるかだな)
当麻には質問の内容が容易に予想できた。
「なんでしょう?」
「先の話しぶりだと、NPAsはあの若造の居場所を把握していた、ということになりそうなのだがな」
「その通りです。支給しているスマートフォンのGPS機能によって、皆様がどこにいるか確認ができます」
調査人たちがざわついた。
(マイクロチップは伏せて、そっちのカードを切ったか)
GPSの件も虚言ではないのだろう。が、本命はワクチンと偽って調査人の体内に打ち込んだマイクロチップのはずだった。法を敷く側の行為であっても、当然違法も違法である。
「自覚がないようですので言いますが、皆様は危険な立場にいます」
抗議の声が上がる前に、意義路が先手を打った。
「番組の取材によって、皆様が切り裂きジャックを追っていることは誰もが知るところです。貴方がたは犯人を追う立場であると共に、犯人に狙われる立場でもあるのですよ」
野可部や国塔が「あっ」と声を上げた。
(気付いてなかったのかよ。ま、切り裂きジャック当人はそんなこと気にしてなさそうだけどな)
それを知らない側は、切り裂きジャックの魔手に怯えるのが当然である。
「いわば、調査人の皆様の安全のためのGPSです。せめて位置ぐらい分からないと、いざというとき救援に行けません」
当麻は違和感を抱く。そんな人員がいるなら捜査に投入すれば良い。
「で、でもプライバシーはどうなるのよ!」
穂塚聖子は怒鳴るが、語気は弱かった。
「セキュリティとプライバシーは、必ずどこかで衝突するものですよ。それとも、なにか位置が知れただけで困るような、後ろ暗いことでもおありで?」
皆一様に押し黙った。黙らざるを得なかった。
(勝負ありか。わざわざ全員を集めて寺蔵を吊し上げたのは、見せしめのつもりだったんだな。「逆らったらお前らもこうなるぞ」っていう、門前のさらし首だ)
効果は覿面で、他の調査人たちは青い顔をしている。例外は兵藤勝成や鍬下萌夏などの推定私撰調査人たち。それ以外の怠業する腹づもりだった者たちは、考えを改めるに違いない。
だがそれ以上に、陸儀当麻には考えるべき疑問があった。
(最後の追い打ちは明らかに挑発だった)
寺蔵は暴発したのではなく、暴発させられた。意義路の手の平の上で。
(意義路の魂胆は? 詐欺罪と偽証罪で実刑に持っていくのは怪しいと踏んだか? つまり、罪を重くしようとした?)
特に詐欺罪に関しては、実際に給金を着服する前の未遂であるため、意義路が言った通りの実刑は甚だ怪しい。
(だが、意義路に暴力を振るえば公務執行妨害、傷害罪。合わせ技で、文句なしに実刑に持ち込める)
だが、と首を捻る。
(あのままじゃあ王喜万斗果が危なかった。伊勢乃木貴美が阻んだのはあくまで偶然、だと思う。もし俺の仮説が正しいなら、意義路、ひいてはNPAsは、王喜万斗果に危害が及んでも構わないと判断したことになる?)
判断材料がコマ切れで、それを接ぐ情報がない。うなっていると。
「寺蔵は13番目だったっけか」
真後ろの小雨ひたぎがぽつりと漏らした。
帰宅後、自室で読書をしていた貴美のスマートフォンに、メールが送付された。送り主は同じグループの陸儀当麻からで、内容は
【いまテレビでやってる“プライベート・アイ”を見てみろ】
という短いものだった。
「情報番組か?」
自室にテレビはないので、広間に移動する。先客がいた。テレビを観ている。
「貴美か、どうした?」
祖父の桂川鉄斎が葉巻をふかしていた。最近は愛煙家に風当たりが強いので、人のいるところではあまり吸わなくなっていた。
「お祖父様、てれびを見てもいいでしょうか?」
テレビはそこにしかないのだが、祖父以外は観る習慣がほとんどない。
「テレビを? 貴美が? 珍しい」
目を丸くする。
「別に忌み嫌っているわけではありません。習慣がないだけで」
リモコンを手にする。が、操作方法が分からずあたふたした。
「どこじゃい?」
「“ぷらいべえと・あい”という番組です。情報番組と思うのですが」
「なら最初に映ってた4チャンネルじゃよ」
ザ・チェイサー!と同じNテレビだった。
「ありがとうございます」
祖父の隣に腰を下ろす。
大きな画面に映し出されたのは、ライダースーツ姿の自分だった。
「……おや?」
円の動きで、襲い掛かってきた寺蔵升達を撃退していた。
「ほっほっほ。これはまた、勇ましい姿じゃな」
鉄斎はニヤニヤ笑っている。
『以上が、現場に居合わせたスタッフの映像ですー!』
スタジオで菊尾レイと大華典膳が喋っている。プライベート・アイは情報発信番組を名乗っているが、その実“ザ・チェイサー!”の出先機関のような役割を担っていた。
『いやあ、美女の上に豪傑! 絵になるねえ! 菊尾チャンも負けてられないんでないの?』
『い、いえー。私は頭脳労働担当でしてー』
大華の挑発を、複雑な笑顔でかわす菊尾。
『では大華さん、改めて説明をします。本日、公選調査人の寺蔵升達容疑者が、詐欺行為を働きました。それをNPAsに指摘され、激高して襲い掛かったところを、先程の映像のように調査人の1人、伊勢乃木貴美さんに撃退されたという次第です』
【印田】というネームプレートをつけたスーツ姿の男が説明する。
『伊勢乃木貴美さんはK館2年生の19歳。復讐条例には代理で参加した模様です。いつもは和服を愛用しており……』
貴美のプライベートな情報が語られてゆく。珍しく取り乱して、リーダーに電話した。予測していたのか、陸儀当麻は半コールで出た。
「あれはどういうことだ?」
『武勇伝の一部始終をスタッフが撮ってたってことだろ? 別にあの会議は撮影禁止じゃない』
陸儀当麻はまったくの他人事だった。
「……その口ぶりだと、撮影されていたことを知っていたな?」
『名推理だな。賞品が出せないのが残念だ』
「ならば、そっと教えてくれても良かったのではないか?」
『“撮影はご遠慮ください”なんて言える権限が俺にあるワケないだろ』
マスメディアとの連携は強制なので、抗議しても意味はなかっただろう。
『それに、だ。事前に教えてたら、行動変わったか?』
「ぐ」
言葉に詰まる。貴美は変わらず、寺蔵の前に立ちはだかったことだろう。
「他人事だな」
『まるっきり他人事だからな。むしろここまで避雷針になってくれたら、相対的に俺が目立たなくなるから大歓迎』
陸儀当麻は利己的な性格だった。ただ、利とする基準が他人とはかけ離れていたが。
『このままタレントになって、月9でもニチアサでも狙ったらどうだ?』
電話口で無責任に笑っている。日曜朝はアニメの時間帯のことで、タレントになったところで無縁であったが。
「ほほう。では今度の収録の時に、当麻のことを婚約者だと紹介してやろう」
『……待ってくれ。もうちょっと仲間を労わろうという慈悲の気持ちを持つべきだと思う』
「どの口が言うのか。自分のことを棚に放り投げるんじゃない。せっかくだから万斗果にも協力してもらおうか。恋の鞘当てだな」
万斗果ならば、このような冗談に嬉々として付き合ってくれる気がした。
『鞘を八回ぶつけて八つ当たりってか。もしくは別の意味での鞘当て』
江戸時代、武士が往来ですれ違った際に、「鞘が触れた」と言って難癖つけ、争うこと。転じて些細なことから起こる諍い。
(知識はある。いや、度胸もか。読み切れない男だ)
富井に絡まれていた時のことを思い出す。当麻は自身を「高卒認定」と卑下するように言うが、会話に出る単語や頭の回転は人並み以上にある。それでいて、思考は乾いた悲観主義者が覗かせる。
「端緒はお前さんじゃろ。未熟から目を背けてはいかんぞ?」
鉄斎がやんわりと不毛な舌戦を遮った。貴美は目を閉じ、2秒で心を平静に移行させた。
「いや、すまない。いまのは貴美の僻事だ。自分の観察力不足を棚に上げた」
『マジメだなあ、アンタ』
向こうは苦笑しているようだった。
不毛な言い争いをしている間にも、ニュースは進行している。
『こちらが、伊勢乃木さんが通っているK館です。では早速、大学生の方たちにインタビューしてみます』
印田アナウンサーが校門の前で学生たちにマイクを向けている。
「大学にまで行ったのか? いつの間に」
『ああ、あの騒ぎが終わった直後、菊尾そっちのけでスタッフが数人飛び出して行ったからな。大学に行ったんだろ』
細かいところまでよく観察している男だった。
「……知ってたなら教えて欲しかったぞ」
同じ不平がつい口に出た。
『迷惑だからって合気道で転ばせるわけにもいかなかっただろ?』
「そういう問題ではない!」
珍しく語気が強くなった。
『もー、いっつも凛々しくてー。みんなの憧れでー』
K館の学生たちがインタビューを受けている。後輩の顔もあった。
『着物がすっごい似合ってるんですよー』
『きゃー!』
「盛り上がっとるのう。かっかっかっ」
笑い声を煙と共に吐き出す老人。
「……貴美も次からお面を被って出よう」
『着物にお面は縁日にしか似合わないからやめとけ』
画面では貴美の文化祭の時の写真や、“ザ・チェイサー!”での撮影風景が披露される。学祭の余興でやったチアリーダー姿が大写しになったときにはさすがの貴美も絶句した。
「調査人とは、裏方仕事だと思っていたのだが」
『裏方仕事だよ。それでも目立つ貴美が悪い』
「それは貴美の失点か?」
そのとき貴美は、テレビの下に見慣れぬ機械が設置されていることに気付いた。
「お祖父さま、これは?」
テレビに関心のない伊勢乃木神社において、例外はこの祖父しかいない。
「テレビ録画用の外付けハードディスクじゃよ」
機械は緑のランプを灯している。稼働中のようだった。
「つまり。この番組を録画している、と?」
「自慢の我が孫が出演すると分かっておったのでな。大急ぎで借りてきたのじゃわい」
「ど、どうして知っていたのですか?」
『こちらが伊勢乃木神社です!』
印田の後ろに見えるのは、見慣れた門扉。大学から神社までは徒歩にして10分未満である。
「無論、テレビ局の連中が撮影許可を求めてきたからじゃよ」
「貴美は何も聞いておりませんよっ?」
「明日話そうと思っておった」
撮影が終わるまで教えるつもりはなかった、ということである。
「我が孫は原始人ゆえ、まず発覚すまい、と高をくくっておったのじゃが。お節介な御同輩がいたものよ」
かっかっか、と愉しそうに笑った。だがその原始人は、「今日は良く笑われる日だ」と落ち込む性分ではない。
「……とりあえず、その箱を壊せばよろしいのでしょうか?」
「やめてくれ、借り物じゃからして」
『……ご愁傷様』
通話は切られた。
【急ですまないが、今日休みにさせてくれ。大学の学部長から“会って話がしたい”と要請があった】
翌日、当麻はメールで叩き起こされた。
「昨日の件か。ご愁傷様」
貴美のしたことは賞賛されるべきことである。が、取材に来られた大学側がどう迷惑に思うのは別問題だった。
アナグラム問題
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けいせんてっさい
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てっけんせいさい
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鉄拳制裁
でした(/・ω・)/




