第21話 「公選調査人から罷免いたします」
作中に出る過去判例は、いずれも事実です(/・ω・)/
甲斐老人のどたばたで、2時間ほど空費してしまっていた。
「もう12時30分を回ったか。H会館へ行こう。車で来てるなら、乗せてもらってもいいか?」
意義路から、13時に集合するよう通達がきていた。
「無論です」
黒い持ち主から了承を得る。
「ではすまないが、貴美も同乗させてもらおう」
救急車で病院まで移動したため、貴美はバイクを河原へ置きっぱなしで来ていた。
H会館の席は、50音順に並び替えられていた。菊尾のグループは先に到着して歓談中。河原にいた“ザ・チェイサー!”のスタッフも来ている。
(この会議は録画するのか。うかつに目立たないようにしないとな)
すぐに意義路が入ってくる。
「皆様、揃っておられますね。伝達事項があります」
意義路がさっさと話を進めているので黙る。甲斐老人のことかと思いきや。
「寺蔵升達さん」
意義路が呼びかけたのは、いつも気怠い雰囲気を漂わせている30代後半の男だった。
「ん?」
スマートフォンでソーシャルゲームをしていた無精ひげの男は、力の籠らぬ瞳で意義路を見やった。
(スタジオでも寝っ転がってたヤツか。いかにも“人生捨ててます”ってオーラを出してやがったが)
当麻は冷静に値踏みした。着ている服も靴もヨレヨレで、くたびれた安物である。
「提出していただいた報告書によると、寺蔵さんは昨日、E区で聞き取りを行ったとあります。ですが、勤務実態がない」
眼鏡越しにじろりと睨む。
「いやいや」
わずかに首を左右に振る。目にはやはり生気がない。
「虚偽ですか?」
「働いてた」
不貞腐れたような口調。
(よしよし、俺のことじゃなかったか)
密かに胸を撫で下ろす。が、なにやら雲行きが怪しい。
「その時間、T駅前の雑居ビルにある“スワンプ”で飲んでいましたね」
寺蔵がぎょっとした。
(やっぱり手にマイクロチップが仕込んであったか!)
当麻は確信する。
「これは条例第12条に違反します。法的根拠は刑法246条1項の詐欺罪です」
「さ、詐欺罪なんて他人を騙すことだろうが。国に当てはまるか」
寺蔵は初めて言葉らしい言葉を吐いた。
「生憎、昭和51年4月の最高裁決定において、“欺罔行為によって国家的法益を侵害する場合であっても詐欺罪の成立を認める”と判示が出ております」
次々に外堀が埋められていく。
「違うって! そう、そのクラブで聞き込みしてたんだって」
へらへら笑いながら弁明する。素直に非を認めた方が傷は浅く済むものだが、そのことに気付けないのは人間経験の薄さ故である。
「ほう。間違いありませんか?」
「おう。俺はウソは言わないよ」
「今の発言で、刑法169条偽証罪が適用されました」
冷酷に告げた。
(救えねえバカだ。夏休みの宿題と同じ感覚でゴマかせると思ってやがる)
事実、寺蔵は小中高と宿題なるものを人並みに片付けることなく逃げ切った。だがそれは頭が回る証明でも勲章でもない。そういった悪因が積み重なって大人から見放された、社会の隅に追いやられたという悪貨に、寺蔵だけが気付いていない。
裁判員制度での反省から、復讐条例は偽証罪を積極的に適用している。もっとも、裁判員制度の場合は「嘘の証言をされた場合、素人(裁判員)が見破るのは困難だから」という事由に拠るもので、裁判員自身の偽証を疑うものではなかったが。復讐条例は内に向かって警戒の網を広げている。
「い、今のナシ! 言い間違いだ!」
「あなたの生きてきた生ぬるい環境ではそのやり直しも通用したのでしょうが、あいにくと私どもにその薄ら甘い言い分はまかり通りません」
声は穏やかだが、内容は辛辣そのものだった。
「本日付けをもって、寺蔵升達氏を公選調査人から罷免いたします」
一瞬の困惑。だがすぐに薄ら笑いを浮かべた。
「……ああそうかいそうかい。こんなバカバカしいことやめれんなら願ったりだ」
寺蔵は席を立ち上がった。
「無理矢理やらせといてよ」
周り、特に同じチームを組まされていた椎田恵と数寄寅江は騒然としている。
寺蔵としては、煩わしい強制労働から離脱できるのは願ったりかなったりだった。その心底を見過ごすほど意義路はない。
「1項詐欺罪は10年以下の懲役。偽証罪は3か月以上10年以下の懲役です」
寺蔵が硬直する。
「最初に申し上げた通り、調査人の職権悪用は常の犯罪よりも重く量られます。執行猶予、などということは叶いません」
「お、オレに刑務所に入れってか?」
頬が痙攣している。恐慌をきたしている。
「身の周りの物を用意する時間は差し上げましょう。親類縁者への連絡する時間も。17時までに出頭してください」
震えが全身に伝播した。
「貴方は捨て鉢を気取っているようですが。私に言わせればそれは、他人に責任を押し付けるための甘えでしかありませんよ。刑務所の中でもそのスタンスが通じればいいですね」
明らかに余計な「付け足し」だった。恐慌が憎悪へとシフトした。
「うううるせえ! ぶち殺してやる!」
寺蔵は、意義路めがけて躍りかかった。ギャラリーから悲鳴が上がる。
(怒り慣れてないヤツは簡単に暴発するな)
関係ない当麻は涼しい顔である。
寺蔵の席は前から2列目。その前の席には車椅子の万斗果がいた。意義路に辿り着くに障害となる。
「どけえ!」
殴ったり蹴ったりしたぐらいで突破できるものではないが、男は冷静さを欠いていた。
が、横から割って入った貴美が、手で拳をはたき落した。
「うわ、だっせぇ」
見ているだけの観客から失笑が漏れた。寺蔵にとってはただの挑発である。
「手ん前ぇ!」
机にあったボールペンを掴んだ。
本来、寺蔵にそこまでの意志はなかった。だが、ぬらりと生きてきた彼は、自制心が著しく低かった。一度我を失うと止めるタイミングが自分でも計れない。凄惨な事件を起こすのは暴力に慣れた者ではなく、得てしてこういった人種だった。
デタラメな動作でボールペンを振り下ろす。貴美は寺蔵の手首を押さえ、素早く捻った。手首を掴んだまま一瞬だけ背を向け、腕を振り下ろす。ただそれだけの動作で、寺蔵は宙を舞い、弧を描いて床に叩きつけられた。
「……っ!」
声にならない悲鳴を上げて、暴徒はおとなしくなった。
「すっげー!」
「かっこいいー!」
鮮やかな手並みに、ことの成り行きを見守っていた調査人たちから歓声が上がる。
「ケッ、出る幕がねえやな。位置が悪かった」
鍬下萌夏が舌打ちする。正確には脚を机に投げ出して組んでいたので、初動が遅れただけの話なのだが。
(おっかないな。合気か?)
日頃の動線の無駄のなさから、何かやっているのだろうと推し量っていた。植芝盛平が開祖の合気道は、衝突しない円の動きが特徴的な武道である。
「警察の方を前に出過ぎた真似をしました」
剣道柔道などの格闘技に通じている警察の人間に、市井の加勢など無用である。にも関わらず貴美が割って入ったのは、寺蔵の進路上に万斗果がいたからだった。そのことを口にして、恩に着せようともしない。
「いえ、協力に感謝します」
意義路は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました」
万斗果が礼を言った。寺蔵が駆け寄ってくるのを見ても、この少女は戦くことも、逃げる素振りをすることすらなかった。冷や汗一つかいていない。
(あのアホに殴りかかられたら、この暗黒女がどう行動したか見てみたかったかもな)
殴り飛ばされて泣き叫ぶ万斗果がどうしても想像できなかった。
「合気道なんてやってたのか」
「母様から精神修養に丁度良いと勧められたのだ」
自己練磨のみを目的とした特異な武道で、試合もない。が、古流柔術を源流とする合気道が、実戦で脆弱であるはずもなかった。遅まきながら駆けつけたスタッフに取り押さえられる。
「うっ」
引き立てられた。
「ついでに、数年前の生活支援金不正受給疑惑についても話していただくことになろうかと思います」
意義路は特殊な話し方をした。声量と方向を絞ったもので、例え近くに他人がいても、狙った相手にしか聞こえない。それが当麻の耳にまで入ったのは、引き立てられてゆく寺蔵がたまたま同一直線状にいたからである。
「おっ……」
顔色を失ったのを見るだけで、意義路の指摘が正しいことを意味した。当麻は「聞こえてしまったこと」を顔に出さないように努力した。
(不正受給? 真実だとしたら、なぜそれを意義路が知ってる?)
当麻がNPAsに決定的な不信感を抱いたのはこのときだった。
「これは珍事ですわね。今夜どうなるか想像すると楽しみです」
万斗果が薄い笑みを浮かべる。
「俺は想像するとアタマが痛い」
“ザ・チェイサー!”のスタッフが、最初からずっとハンディカメラを回していることに気付いて嘆息した。
久々のアナグラム問題(/・ω・)/
寺蔵升達のアナグラムは? やや反則ですが。
↓
じくらますたつ
↓
たつらくじます
↓
だつらくします
↓
脱落します
です(/・ω・)/
体言だけだとレパートリー狭くなって飽きちゃったのでこんなのに(笑)




