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復讐条例  作者: あまやどり
第1章 復讐条例公選調査人
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第2話 「通りすがりの殺人鬼です」

ジャンル別日刊ランキング3位にランクインしました。

ありがとうございます(/・ω・)/

 いつもと同じ日常。いつもと同じ工場での労働。いつもと同じ帰路。ぬるま湯のような日常。だがそれは、男が何より望んだものだった。不満などまるでない、いつもと同じ日常。本通りから外れた商店街を通る。いわゆるシャッター街で、(サビ)だらけのシャッターや風化した貼り紙から、その一通りでない錆びれ具合が窺える。かつて祖父の店がここにあった縁で、通り過ぎるのを日課にしていた。静かで人目が少ないのも気に入っている。つまりこれも、いつもと同じ。

 男は不意に足を止めた。商店街から路地に外れる細い道。そこから(かす)かに気配がする。いつになく路地を覗き込んでみると、凄惨な光景が飛び込んできた。少女が男を切り刻む光景が。少女は両手に持った2つのバタフライナイフを、身体全体で反動をつけて振り回す。無駄だらけのようでいて無駄がなく、流麗とも言えるその一連の動作は、ダンスを連想させた。一拍後、男は顔面と喉から血を吹き出して倒れた。

 まだ高校生の域を出ない年齢にしか見えない少女の殺人。だが少女はすぐにその場にうずくまる。腹部からの出血が水たまりの方に広がった。どうやら、目撃する前に相当の手傷を負っていたらしい。そこでようやく、殺人の一部始終を目撃していた観客に気が付いた。20歳を幾らか過ぎた男。黒いフレームのボストン型(四角い形)の眼鏡をかけている。

「あら、初めましてー。通りすがりの殺人鬼です」

 能天気な声を上げる殺人犯。

「……この男は?」

 さすがに男の声が硬い。

「知らないヒトですよう。御馳走してくれるって言ったからついてきたのに、いきなり襲われたんですー」

 血が止まっていないのに、のんびりとした声で答える少女。

「自分がいただかれかけたわけか」

 証言を信じるならば、若い男の方も質が悪い部類だったらしい。今は血化粧を施されて年齢ははっきりしないが、22歳の男と同年代ぐらいだろう。

 女にいまひとつ、どころかまったくもって信は置けなかったが、言葉で駆け引きをうつようなタイプには思えない。もっとも、どのようなタイプであっても「通報」という選択肢は毛頭ない。彼には彼の都合があった。

「で、こうして会ったのも何かの縁」

 殺人鬼はピッと指を男に向ける。

「縁は縁でも、因縁つけられてる気分なんだが」

 男のぼやきを意に介さず、続ける。

「ちょっと“お手伝い”してください」


 この日、いつもと違え路地を覗き込んだことを、男――陸儀当麻(おかぎ・とうま)は、後々まで後悔することになる。




2日後。

 陸儀当麻は、1LDKのアパートの部屋で、その日も定刻に起床した。顔を洗うついでに眼鏡も洗う。髪型を整え、服に袖を通す。ポケットに煙草の箱を突っ込んだ。トーストを2枚オーブンに入れて、ウィンナと目玉焼きを焼く。野菜はレタスとトマト。それらを2枚の皿に盛り、テーブルに移動。

「ここに置いとくぞ?」

 皿を両端に置いて、押し入れに声をかける。すると押し入れの中から反応があった。

「……はーい。後で食べまーす……」

 蚊の鳴くような声が辛うじて耳に入った。うめき声だか返事だか寝言だか判断がつかないが、放っておくことにする。

「いただきます」

 自分の分のプレートを平らげて、シンクに沈める。リュックを手にした。

「行ってきます。昼は冷蔵庫に昨日のカレーがあるぞ」

 押し入れの住人に声をかけると、

「行ってらっしゃ~い……」

戸が少しだけ開いて、右手首だけがにゅっと突き出された。ひらひらと手を振る。怪我がこたえているのか、朝が弱いのか、根が怠け者なのか。たぶん3番目だろう、と当麻は失礼な推測をした。

 奇妙な居候に別れを告げ、職場に出かけた。


 電車を2本乗り継いだ郊外にひっそりと建つKパーツという自動車部品工場が当麻の職場だった。創業35年、堅実だが華々しい業績はなし。同職種企業の年間業績でも20位以内に入ることはまずなく、新卒求人において第一志望に書かれることは更にない。更衣室に入ると、幾人かの同僚がいた。それぞれ、スマートフォンをいじったり競馬新聞を見たり、めいめいに過ごしている。

「おはよう」

「おう」

「んー」

 挨拶をすると、覇気のない返事が返ってきた。お互い、顔も名前もきちんと覚えていない。

 当麻がKパーツに勤め始めて1年になる。選んだ理由は注目を浴びない企業であること。高卒認定(高校卒業程度認定試験)でも募集があったこと。加えて、会社には各々(おのおの)、そこに通う人間をある種選り好みする雰囲気やら風潮やらが漂っているものだが、Kパーツには個人主義のものが多い。社外活動や飲み会などの強制行事がほとんど存在しないところも大いに気に入っていた。合コンなどを企画するような若い連中もいたことはあるが、いつの間にか会社か去っている。

 作業着に着替えて、割り当てられた機械の前に立つ。組んだ金型に溶けたゴムを機械で流し込み、固まったら金型を分解、成型されたゴムを取り出す。同じ作業を黙々と続ける。金型に塗った油剤が少なければゴムが金型にへばりついて失敗。多すぎればゴムが上手く固まらずに失敗、と加減が意外と難しい。ゴムを流し込む油圧プレスが1tもあり、指を巻き込まれると潰されることもあって危険もある。が、職人芸は必要なく、注意さえしていれば作業自体は単純、手順とコツさえ掴めれば誰にでも可能な労働だった。


 昼食は食堂で1食380円の宅配弁当を食べる。値段以上の努力をしない食事を噛みつつ、意識は食堂のテレビに向けていた。昼のニュース番組では、あの死体が発見された、という報道はされなかった。胸ポケットから黒い煙草を1本引き抜き、食後の一服に火をつけた。

「ふー」

 紫煙をゆっくりと吐き出す。ニコチンが強く、随分前に絶版となった銘柄だが、当麻はこれを気に入っていた。続いて食堂に置いてある新聞を読み込む。同様に平穏な記事しか出ていない。

 我知らず安堵の息を漏らしていた。死体を遺棄する前に持ち物を(あらた)めたが、学生証が財布に入っていた。比嘉石弥栄(ひがいし・やえい)という名前だったらしい。なお、スマートフォンは10km先の川に投げ捨て、財布の中身はあの女が失敬した。


 自身が機械の一部になったような気分で作業に勤しむ。終業のベルが鳴ると、更衣室で着替え、帰途に就く。当麻はこの労働に大いに満足していた。



「ただいま」

 当麻はコンビニ袋を抱えて帰宅すると、

「おかえりなさーい」

少女の声が出迎えた。が、玄関に姿は見せない。奥まで入ると、寝転がってテレビを見ていた。着ているのは当麻の普段着である。容貌以外に褒めるべきところが見当たらない、というのがこの2日で下した当麻の評価だった。成績ならば丁種落第。

「おかえりなさい、マイハニー。食事にする? おフロにする? それともア・タ・シ?」

 顔だけこちらに向けて、妙なシナを作って言う。

「マイハニー言うな。そんなセリフはせめて出迎えてから言え」

 当麻が朝テーブルの上に置いておいた朝食も、平らげられているが、テーブルの上のまま。シンクに運ばれてもいない。どさりとコンビニ袋をテーブルに置く。

「ちょっと疲れたから、夕食はコンビニ弁当な」

 少女がわあっとピラニアのように群がった。

「わーい、サツキさんは野沢菜弁当にします!」

「意外に渋いな?」

 当麻は残った牛カルビ弁当を食べることとなった。


 2日前、当麻はこの少女を自分のアパートまで連れてきた。以来、少女は逃げるでもなく部屋に居ついている。

「また俺の服を勝手に着て」

「では、ハダカでいましょうか?」

「ゴメン、服は着ててくれ」

 少女の服は血まみれだったので、当麻が刻んでベランダで焼却処分した。灰はトイレに流している。

「これでもエンリョして、マイハニーの中学校時代のジャージとかも探したんですよー」

 いま少女が着ているのは、サイズの合っていないスウェットの上下だった。

「何処をどう遠慮したら家主の中学校のジャージを探すことになるんだ?」

「でも、全然見つからなくてー。この部屋、ものなさすぎですよぅ」

「……ミニマムが好きなんだよ」

 当麻はこの1LDKアパートで1人暮らしをしていた。

「ち・な・み・に、サツキさんはいまノーパンですよ。良かったですね」

「その報告いるか?」


 少女は「尽サツキ(じん・さつき)」と名乗った以外は、自分のことをまったく話さない。もっとも、その名前にしたところで「殺人鬼」をアナグラムした偽名なのだろう。


「まぁったく、マイハニーはサツキさんのことをやれダメ人間とかナマケモノの化身とか食っちゃ寝とか首から下は生ゴミとか言いますけど」

 野沢菜弁当をぱくつきながら抗議している。

「いや、そこまで言った覚えはないが……」

「そもそも、サツキさんはケガ人なんですよ? もっと甘やかして労わってください、ほら」

 上着の裾をめくって腹を見せる。そこには痛々しい傷跡があった。正確には、「跡」ではなく、まだ塞がりきっていない。

「うん、見せなくていい。俺が信じられないのは、腹から背中に開いた大穴を、ホッチキスと瞬間接着剤で塞いでることだ」

 部屋に押しかけたとき、少女は部屋にあるものでさっさと塞いでしまった。

「衛生面とか大丈夫なのか?」

「貫通銃創だから、素人処置で充分なんですよー」

 つまり、何者かに銃で撃たれたらしい。当麻と出会う前の出来事だろう。どうりで病院に行きたがらないはずだ、と納得した。銃創や刀創など、犯罪臭のする怪我人が来た際には、病院は通報する義務がある。銃創など関係なく、指名手配ぐらいされているのかもしれないが。

「痛くないのか?」

 腹に風穴が空いていて、痛くないとは思えない。

「それはもう、サツキさんは精神力お化けですからね。がっつりのたうち回るほどにしか痛みを感じませんよ」

「ほとんど致命傷じゃないか」

 やはりやせ我慢をしていたらしい。置き薬の痛み止めを飲んだだけなので無理もない。


 食事中もテレビをつけて、ザッピングしつつ各局のニュースを見る。この数日ですっかり日課になってしまった。

「あの死体、まだ見つかってないみたいだな」

 胸を撫で下ろした。

「おや、何か悩み事でも? 相談に乗りますよ?」

 自分の胸をドンと叩く殺人鬼。

「悩みの種はお前だ、お前」

 煙草に火を点けつつ、恨みがましそうな目で見やる。

「だいたい、死体の処理がマンホールに落とすって、適当すぎだろ」

「2人の初めての共同作業でしたね!」

「あんな禍々しい初めての共同作業があってたまるか。第一、“ケーキ(人体)入刀”したのはお前1人だろ」

 あの時のことを考えると今でも頭痛がしてくる当麻だった。

「それに、ほとんど俺1人で死体を引きずっていったんじゃないか。腰が痛くて次の日大変だったんだぞ」

 もっとも、重傷を負っていたサツキに手伝わせたら、さらに(ろく)でもない結果になっていたことは容易に想像できたが。

「他にもっとマシな処理方法があったんじゃないか?」

「そうですかー? サツキさんは何回もボッシュートしてますけど、捕まったことありませんよー?」

 「捕まっていない」であって、「死体が発見された」ことはあるらしい。

「いい加減な。とんだ厄介ごとに巻き込まれたもんだ」

 当麻は嘆息しつつ、カレンダーの今日の日付にバツをつける。当麻の日課だった。

「え? 遠足の時みたいにワクワクしませんかー?」

「刑務所へ遠足はカンベンだ。生憎俺はサイコパスじゃなくて普通の小市民なんでな。いつ比嘉石の写真が新聞の一面を飾るかと気が気じゃないよ」

「ホントにそう思ってます?」

 殺人鬼はいままでとは一変して、蠱惑的な笑みを(たた)えた。

「血を噴き出す死体を見て、なぜ悲鳴も上げなかったんですか?」

「人殺しを前に、なぜ逃げださなかったのですか? お願いはしましたけどサツキさんは大ケガをしてたから、止めることは出来ませんでしたよ?」

「なぜ殺人鬼を家に泊めているのでしょう? 通報もせずに。サツキさんは人殺しですが、マイハニーにナイフを突きつけて脅したことはありませんよ?」

「マイハニーの行動は、頭からシッポまで理性的とは言えません。いえいえ、“理性的な行動ができなかった”のでしょうかー?」

「そこから導き出される結論は1つしかないのです」

「……ほう?」

「マイハニーは、このサツキさんに一目惚れしたわけですね!」

 自信満々に自分の胸を叩いて断言する。

「……は?」

 事実、外見だけを切り取るならば、尽サツキはかなり美形の部類に入る、のだが。

「いやー照れますねーサツキさんの魅力にマイってしまうのもやむなしというところですがー。ざんねーん! サツキさんは、みんなのサツキさんですのでー、独り占めできませーん!」

 勝ち誇ったように言葉を重ねる。

「“応募書類はー、友達が勝手に送っちゃったんです-”とかテレビ番組でわざとらしく言うのですよ」

「昭和のアイドルみたいな言い訳をするな。どっちが胸か背中か分らない体形のクセに」

 当麻がぼやいた。完璧と形容しても差し支えのない尽サツキの美貌だが、ただ1点。胸囲だけは平均的なそれを著しく下回っている。

「首から下だけで誰か分かるって得な体型だな」

 からからと笑う当麻を、サツキがギッ!と睨んだ。右手をひねると、どこに隠匿していたのか、バタフライナイフがバチン、と刃を起こす。

「謝罪して訂正しないと、お腹を縦に裂いて小腸を引きずり出して縄跳びしますよ?」

「物騒極まりないな。サイコパスか。サイコパスだったわ」

 どうやら、胸の話題は禁句のようだった。

「30秒ぐらい前に、“ナイフを突きつけて脅したことはない”とか言ってなかったか?」

「“ナイフを突きつけて脅したことはありませんでした”」

「過去形かよ。ごめんなさい」

 笑顔が貼り付いているところを見ると、本当に怒っているのだろう。

「誠意と愛情が足りてない気がしますが、許してあげます」

 手首を翻すと、ナイフが消えた。パームマジック(手の平に小物を隠す手品)の応用だと当麻は踏んでいた。注意して見ていないと、ナイフが突然現れたように見える。

「まあ、寝る前にどったんばったんやってもしゃーない。さっさと寝よう」

「添い寝してあげましょうかー?」

 機嫌を直した殺人鬼が悪戯っぽく微笑む。

「いーから押し入れに戻れ、居候兼ケガ人」

「ぶー」

頬を膨らませながらも、押し入れに潜り込んだ。やはり腹が相当痛いのか、動作が鈍くぎこちない。弁当に群がったときも這行姿勢のままだった。立ち上がるのも辛いのだろう。

「サツキさんが暗所恐怖症で閉所恐怖症だったら死んでますよ?」

「変な密室殺人のできあがりだな。そんな恐怖症で殺人鬼は務まらないだろ。おやすみ」

 早々に電気を消した。

「……その殺人鬼に刃物を向けられて汗一つ浮かべないヒトを、果たして“普通”って言えるんですかねえ?」

 押し入れの中の声は、同居人には届かなかった。

アナグラム名前はどこかでネタバラシを考えています(/・ω・)/

やっぱり後書きでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どりん特有のこの闇鍋みたいな世界観よ。当麻さんもさつきさんも好きやで(ノ*>∀<)ノ♡ 殺人鬼と同居しているのに平然としている当麻、実はかなりいっちゃってる精神の持ち主では。
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