第18話 「まさか和服で来ると思っていたのか?」
文字数4500字ぐらいです(/・ω・)/
これぐらいの文字数がちょうどいいでしょうか。
ロールスロイスは、音もなく路肩に停車した。
「送ってくれてありがとう」
車から出た当麻が礼を言うと、
「本当にここでよろしかったのですか?」
万斗果が顔を出して訊ねた。
「ああ。まだ夕飯の買い物が済んでないんだ。1人暮らしでね」
秘密の居候が、食事を作って待っているなどという珍事は天地がひっくり返ってもあり得ない。
「1人暮らしは大変だな」
「なに、気楽なもんだよ」
最近、気楽ではなくなったが。
「それに、路地で道が狭いし、あんなごっつい車がアパート前に乗りつけたら目立つじゃないか」
「目立つのはお嫌いでしたわね」
納得したようだ。
「悪いね」
「では、ご機嫌よう」
「また明日」
貴美が丁寧に頭を下げた。男性的な言動に反して、所作は楚々として美しい。無声映画のように音1つ残さず去ってゆく幽霊車。当麻はスーパーに寄って買い物を済ませ、アパートを目指した。
「ふう、疲れた」
万斗果たちに住所を教える気はなかった。もっとも、隠し通すことは難しいだろう。同じ事件を追う考査人同士の場合、住所や電話番号は、NPAsに問い合わせれば教えるかもしれない。
その段になって、ふと気づく。
(目立つのはお嫌いでしたわね)
黒い少女の台詞。
「俺、アイツに目立つのは嫌いだって言ったか……?」
意義路との会話や、収録のとき覆面をしていたことから類推したのかもしれない。が、いずれにしても当麻のことをよく見ているのは間違いない。
「おかえりなさいー」
サツキはバスタオル姿で寝転がって雑誌を読んでいた。
「お前は風呂キャラを定着させたいのか? せめて何か着ろ、ヒキコモリ」
「おフロ上がりにゴロゴロするのが生きがいなのですー」
「休日、家族に邪険にされる父親みたいな様式美だな」
妙な例えを持ち出す。
「昨日は身体を拭くだけだっただろ」
「清潔大好きのサツキさんとしてはもう限界だったので入りましたー」
「血まみれでも平気なクセに。傷はいいのか?」
「塞がってませんよ? ほら」
タオルをめくって傷口を見せる。まだ血が滴っていた。
「見せんでいい」
「湯船につかったら血が止まらなくて困りましたー」
あははー、と軽い笑い声をあげた。
「ちょっ」
当麻は風呂場に駆け込む。
「湯船も洗い場も血の海じゃないか! どこの殺人現場だ!」
「しっかり100まで数えましたよー」
「シャワーで済ませろよ! 俺この後入るんだぞ。なんで疲れた体で血の池地獄に入らなきゃいけないんだ」
文句を並び立てた後で、ふとサツキの読んでいる漫画に目が行く。1年前の少年誌だった。当麻の持ち物ではない。
「そのマンガどうした?」
「アパートのゴミ捨て場で寂しそうに震えていたので、心優しいサツキさんが飼ってあげることにしましたー」
「心卑しい、の間違いだろ。元のところへ捨ててらっしゃい」
「そんなー。こんな気合の入ったパンチラシーンなんてそうそうないですよー?」
「目の付け所がおかしい、って言うか、誰にも見られなかっただろうなっ?」
「ヒマでちょっとアパート内を歩いただけですよー」
あの重傷では5分も歩いていられないだろうから、嘘ではないのだろう。
「まったく。いつの話だ?」
「5分前ですー」
「その姿でウロウロしたのかよ!」
ただでさえ外見的に目立つのに、バスタオル1枚で動き回られてはかなわない。もっとも、相も変わらず動きが鈍いので、歩き回ったと言うよりは這いずり回ったと形容するほうが的確な気がした。
(傷の治りは遅くとも、殺人鬼としての気力は戻ってきた感じだな)
ここ数日、サツキは風呂や清潔にこだわっている。自分の匂いを獲物に嗅ぎつけられるのを嫌う肉食獣のように。或いは己の美貌を獲物に遺憾なく発揮するために。不潔であってはならない。
(殺人鬼としてのコイツは動物的だ。大ケガを押して数分でも外出したのは、巣の安全性の確認。それに狩り場の物色を兼ねてたんだろう)
どこまでサツキに自覚があるのか定かでないが、動物的に動く手合いならば迷いも躊躇も打算もないはずである。すこぶる当麻と相性が悪い。
(自由に動き回り始めたら厄介だな。そのまま出て行ってくれればいいが……準備はしとくか)
考えを巡らす。
「そのときついでに、不審者とか見なかったか?」
と不審者の極致に相談する。マイクロチップを埋め込まれたこともあって、用心深くなっていた。
「んーと、サツキさんの恋するオトメの勘には、何の反応もありませんでしたよー?」
「不審者にも反応するのか。万能だな、恋するオトメとやらは。どうせなら殺人鬼の勘を働かせてくれ」
話半分に聞き流した。
「むむー、さてはゴキゲンナナメですねー?」
「よく分かったな、エスパーか?」
ぞんざいに応対する。
「ここはひとつ、癒しの化身であるサツキさんがマイハニーの悩みを聞いてあげましょう!」
「悩みの種はお前だ、お前。……調査人の中に、妙に勘の鋭い女が混じってる」
義理で話しておく。
「お前に辿り着くには、まだいくつもハードル超えなきゃならんからまだ安全圏のはずだけどな」
ただ、粘つくような視線を万斗果から感じることがしばしばあった。
「うむむむー。しかもその人は美人なわけですね!」
ビッと指を突き付けた。
「なんで分かるっ?」
「殺人鬼のカンです」
「え、殺人鬼の勘そこで発動するのかよ?」
「不安なら殺せばいいじゃないですかー?」
「大根買ってこい、みたいなテンションで言うなよ。もういい、寝るぞ」
当麻は会話を打ち切ってもう眠ることにした。王喜万斗果はとかく読めない点が多すぎる。
翌日、当麻は殺害遺棄現場であるA川に到着した。電車が近くを走っていないが、幸いバス1本の距離だった。土手沿いに短い草が茂っており、それをくり抜くようにして小さな駐車場や公園がある。犬の散歩やウォーキングに適したのどかな場所である。
「あの橋の下か」
遺棄現場と思しき橋の根元を観察していると、大きな音を上げてバイクが走って来た。イントルーダー1400。縦に長い大型のアメリカンバイクである。画になるバイクの乗り手は、赤いライダースーツにフルフェイスの若い女性だった。身体にフィットしたスーツによって、プロポーションの良さが強調されている。
「日本よりアメリカで人気のヤツか。でっかいバイクに乗ってるなあ」
漫然と眺めていると、イントルーダーは当麻の目の前で止まった。
「早いな、当麻」
「へ?」
フルフェイスを脱ぐと、長い黒髪が零れる。女性ライダーの正体は、伊勢乃木貴美だった。
「え……え?」
予想外の登場に言葉を失う。
「どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。まさか貴美が和服で来ると思っていたのか?」
「う、うん、まあ」
思っていた。1分前には着物姿しか想像できなかったのだが、こうして見るとライダースーツもよく似合っている。
「これでも時と場合は弁えているつもりだぞ。着物で二輪車に乗っては危険で迷惑がかかるからな」
髪を整えながら言う。バイクは風をまともに受けるので着物の裾が広がってしまい、着崩れるし見栄えも良くない。だけでなく、広がった裾が対向車や物に引っかかると危険極まりない。加えて草履でのバイク乗車は法的に禁止されている。
「第一、草の茂った土手を探索するのに、草履に着物では物の役に立たないだろう?」
「おう、ごもっとも。ところで、そのアメリカンなバイクは趣味か?」
「いや、母様の持ち物だ。遠出のときだけ借りている。この出で立ちもそのときだけだ」
どうやら、なかなかレアなモノにお目にかかったらしい。
「滅多に着ないから、似合っている自信はないが」
「いや、金が取れるレベルだぞ」
「妙な基準を持ち出すな。だが、お世辞でも嬉しいな」
柔らかく笑った。当麻としては掛け値なしの本音だったのだが。そこに橋を渡ってきた甲斐老人が合流した。伊勢乃木貴美を見て驚愕したのは言うまでもない。
大きな川に架けられた橋。その下が、比嘉石弥栄の遺体発見現場だった。3人で移動する。甲斐老人の歩みは亀のように遅かった。心なしか左足を引き摺っている。
「警察はここの現場検証をした直後にお役御免になったみたいだな」
書類を確認しつつ言う。復讐条例が適用された時点で警察は捜査を停止する。以後は、例えば申請者や調査人ができない筆跡鑑定などを、要請があった時に限り行う裏方となる。死体発見後、かなり早い段階で比嘉石出矢が復讐条例を申請したために、関係者への聞き込みなどは手つかずになったようだ。
警察の張った「立ち入り禁止」のロープをくぐり、現場を観察する。無機質なコンクリート床に浅黒い痕跡が残っている。死体が放置されていた場所だろう。警察発表はあったので、友人縁者が置いたのか、赤い花束が幾つも供えられていた。
「緋衣草か」
貴美は小さく呟いた。背後はコンクリートの柱。すぐ傍は川が流れている。
「殺人の痕跡が極端に少ない。書類の通り、殺害現場は別か」
(当たりだよ)
貴美の言葉に共犯者の男は同意する。
「うーん、殺害現場にしては開放的過ぎるよなあ」
当麻が左右を見渡した。屋根付きとはいえ、河川敷から丸見えである。
(何であのマンホールから、こんなところに運んだんだ?)
犬の散歩などで誰が通るか分からない上に、橋は頻繁に車が通過している道路である。当然自転車も通る。物音などを聞きつけられる可能性は充分にあった。実際、かなり早い段階で発見されている。
「犯人は車を使った可能性が高いな。まさか死体を段ボールで梱包して自転車の荷台にくくりつけて運んだりしないだろう」
「では、自家用車を持った大人が犯人か?」
貴美が意気込む。
「いやあ、レンタカーかもしれないし、社用車かも。盗難車だったら、免許持ってないガキンチョでも可能だ。まあ絞り込む材料の1つではあるかな」
両手を軽く上げて「お手上げ」のゼスチャーをする。当麻は別段水を差しているわけではない。「比嘉石弥栄を遺棄した犯人」を突き止めたいのは彼も同様である。ただ、捜査というものは一度方針を決定してしまうと視野狭窄に陥る危険があった。後で誤りであると判明した場合、軌道修正が難しい。なので、当麻はなるべく否定的な意見も述べるようにしていた。
「それでも、男性の犯行なのでは? 成人女性を車まで運んだり降ろしたりというのは、女性では厳しいと思うぞ」
普段は大人びて見える貴美だが、小首を傾げると不思議と幼く見えた。
「複数犯でなければな」
(そして複数犯の方がありがたい。一匹かかったら一網打尽だ)
リスクと罪の意識の分散からか、複数犯の場合犯人の口が軽い傾向にある。口が多いということは、漏れるリスクが倍増することを意味していた。
(マンホールから死体を引き上げて、ここまで移動させるのはかなりの力仕事だ。複数だったとしても、その一部は男で確定かな)
当麻は共犯者の視点から犯人像を絞ろうとしていた。
この作品は思うところあって間隔を詰めて書いてますが、それで読みにくければ、教えてくださると幸いです(/・ω・)/




