第17話 「後日貴美が膝枕をしよう」
ちょっと文字数戻しました(/・ω・)/
「あの先行特番、評判悪くなかったぞ」
収録前の会議の場で、ディレクターが菊尾レイを誉めそやした。
「えへへ~。身体張ってますから~♪」
2時間番組の“ザ・チェイサー!”の中で、菊尾レイの“独占取材”のコーナーは20分を占める。これはどの企画よりも厚遇と言えた。もっとも、捜査に進展がなくなって停滞したり、視聴者からの評判が悪ければこのコーナーが引退の花道となることは明白だった。
「頑張ってくれよ。俺たちチームの命運がかかってる大勝負だからな」
言う方は楽なものである。
「が、がんばりまぁす!」
言われる方は肩に重荷を抱える気分になるが。
「ソーリィソーリィ! 15分も遅刻しちまった!」
遅れて司会の大華典膳が会議室に入ってきた。
「珍しいっすね、大華さんが遅れてくるなんて」
誰も大華を叱らない。そもそも“ザ・チェイサー!”という企画は彼から出たアイデアで、その功績でもって大いに発言権がある。番組内の人事権なども思いのままだった。
「エクスキューズにさ、今夜はK町のいーい店で派手に痛飲しちまおうぜ! もちろんミーのオゴリだ!」
「お、やったあ!」
「お供しますよ!」
「ごちッス!」
高級店で飲めると聞いて、若いスタッフが歓声を上げる。大華はただの絶対権力者ではなく、金のない若い者に飲ませ食わせしてやることが多かった。苦労人時代が長かったせいか、面倒見が良い。大華も大学での同級生のインタビューを通しでもう一度観る。
「レイちゃん、頑張ってるねえ!」
「ありがとうございまぁす♪」
声が1オクターブ上がる。復讐条例の会議場で男たちに呼びかけた声よりも数倍の「媚び」を含んでいた。
「でもさあ、お仲間はパッとしないねえ」
指摘されて言葉に詰まった。菊尾がグループに引き込んだメンツは、確かに華がない。比嘉石出矢は仕方がないとしても、他はキンキン声で喚く中年女。隅で固まっているだけの中年男。さらには、隙あらばカメラを掴んで自分の顔を大写しにして、「有名になりてー! てゆーか金くれ!」と奇声を上げる訳の分からない若い男。何度もカメラマンに怒られ、乱暴に振り払われていた。
「テレビ局より留置場が似合いそうな面々だったねえ」
大華の指摘は、腹に一物抱えていた。
菊尾からすれば、周囲が凡庸であればあるほど都合が良かった。華は一輪でいい。
「助っ人に呼ばれた中に、とびっきりの逸材がいたでしょー? 和服美人とか、黒い女の子とか」
大華の指摘に、菊尾は言い澱んだ。
「え、えっと、それはぁ」
「番組がパーッと華やぐのに、なあんで誘っちまわないの?」
ニヤニヤ笑いながら質問する。答えは一同分かり切っているのに。だが、まさか「私より目立つから誘わなかった」とは言えない。起用したとして、コーナーがヒットしても、「あの子の方がウケるからアシスタント交代な」などということになったら、軒先を貸して母屋を取られることになる。
「あ、あんなの大したことないですよぉ。それに、ちょっとぐらいカワイイって言っても、ランダムに選ばれたテレビ慣れしてない素人さんですしぃ」
必死の言い訳に、スタッフの間からごく小さな失笑が漏れ出た。「テレビ慣れしてない素人」という点では、菊尾も五十歩百歩である。いつもカメラアングルのことを忘れて注意されている。アシスタントの地位は、先に菊尾自身が言った通り「身体を張った」結果に過ぎない。
「素人、ねえ?」
大華が皮肉気に反復した。
「まあいいや。成功のためには、菊尾チャンの手で犯人を捕まえてほしいねー」
リクエストの名を借りた絶対条件である。
「うまくいったら、ミーが懇意にしてる監督のドラマに出演させてあげることだってできるからさ。ゴールデンの稲荷カントク」
「ほ、ホントですかぁ?」
語尾が跳ね上がる。女優への転身は、菊尾の悲願だった。無論、大華はそれを知っていて焚きつけている。大華は空手形を切らない。事実似たように結果を出して転身・活躍している者はいる。逆に、使えないと判断されて番組表から消えたタレントはその数倍だが。
「ホントホント。そりゃあ事務所のパワーバランスがあるから、いきなり主役ってわけにゃいかないが、オイシイポジションの準レギュあたりでどうよ?」
「じゅ、充分です!」
声が前のめりになる。ゴールデンタイムの準レギュラー。本来ならそこへ到達するのに、どれほどの時間と金と人脈と売り込みが必要か。それらをすべてショートカットして手に入る。
「だーかーらぁ、あーんなボンボンに好きにさせてちゃダメだよー? それと、犯人を菊尾チャンの手で逮捕しないと」
「ま、任せてください。今もメンバーがあちこち調べ回ってますぅ」
もちろん、メンバーの得た手柄は自分のものにしてしまうつもりだった。
「でもでもぉ、素人さんですしぃ、できればプロの方を使わせてもらえたらなぁ、なんて」
“ザ・チェイサー!”お抱えの私撰調査人である、イーグル、シャーク、パンサーを貸してくれ、と菊尾は言っていた。彼らは犯人の潜伏場所などを特定することなども得意な、縁の下の力持ちである。もっとも、菊尾は彼らの素顔すら知らなかったが。あの3人はスタジオに長居してスタッフと親交を温めたりしない。
「うーん、彼らは別件で忙しいんだよね。都合がついたら参加してもらおうな」
「は、はぁい」
断られるとは思っていなかった菊尾は面食らった。切り裂きジャックを捕まえることは、この番組の至上命題となっている。それなのになぜ子飼いの3人を貸し出さないのか、理解に苦しんだ。
「ほう、あの出矢という御仁は俳優だったのか」
先の番組の流れで、当麻は比嘉石出矢が売れない俳優であることを話した。
「それにしては大根を振り回していらっしゃいましたけど」
万斗果の指摘を待つまでもなく、演技に難があることは疑いようがない。
「俺に注文をつけられても困るぞ」
事実、なぜ主役に抜擢されたのか不思議な演技力だった。スマートフォンを捜査してインターネットを検索する。
「お、あったあった。コレが主演映画だってよ」
昨日小雨ひたぎに聞いた映画の画像を見せる。
「りべんじ・まい・らぶ……?」
貴美が苦虫を4,5匹まとめて嚙み潰したような顔をしている。けばけばしいスーツに気取ったポーズの出矢、寄りそう金髪美女モドキ、バックに稚拙なCGの爆発。見る気にならない要素のオンパレードだった。
「ちょっと見てみようか」
映画を再生する。
「どれどれ」
貴美がぐいっと身を寄せてきた。当麻の膝に手を乗せ、至近距離に顔が近づく。
「こら、近い近い」
「こうしないと、貴美が観ることができないだろう」
会話をすると息がかかる距離である。
「支給されたスマホで見ろよ」
「無理難題を言うな。それは冷蔵庫に買い物に行けと言っているようなものだ」
「いや、物理的に不可能なことを言ったつもりはなかったんだけどな……」
貴美はせっかくの無料スマートフォンも使いこなせていなかった。
「けちけちするな。それとも、入館料でも必要なのか?」
額が触れ合う距離で睨まれる。昨日の「宜しく」というのは社交辞令ではなかったようだ。他意はないのだろうが、「男が勘違いしたらどうするんだ」と当麻は呆れる。
「いや、文句ないですよ、ハイ」
かくして、密着状態での心安まらない鑑賞会となった。
「パッケージから死臭はしていたけどな……」
比嘉石出矢の最初にして恐らく最後の主演作「復讐条恋――リベンジ・マイ・ラブ」は、出矢扮する主人公が家族の仇を討つために復讐条例に登録したが、犯人と偶然知り合い恋仲になって……と予想以上にストーリーも演出も陳腐で安っぽい代物だった。
「困った、体調を崩しそうなぐらい面白くない。少々枕を貸りるぞ」
B級映画に馴染みのない貴美には堪えたようだ。貴美が当麻の膝を枕に寝ころぶ。
「ソレは枕ではなく俺のヒザです。広いんだから、あっちで寝ろよ」
「こうすれば、映画鑑賞を続行できるだろう? 延長料金が必要か?」
本人なりの合理的判断であるらしい。
「いや、いらないけどな」
「ならばこうしよう。後日貴美が膝枕をしよう。対等な取引だ」
「はいはい、じゃあグロ映像でも見て気分悪くなったら頼むわ」
逆の意味で対等でない気がしたが、押し問答を打ち切った。
「この監督、アニメやゲームの映画化を多数手がけているみたいですわね」
万斗果が自分のスマーフォンで監督の経歴を検索している。
「そんな実績があって、コレかよ」
「どの映画も絶賛されてます。 “名作の名場面を上っ面だけ掬い取って軽薄に演出するので、原作のファンの怒りを買うことに定評がある”そうです。レビューの平均は1.3ですわね。」
「それ絶対皮肉だろ」
本来「定評がある」は良い意味で用いられる。差し出されたスマートフォンは低評価の嵐だった。「同じ(映画料金)1900円失うなら、道ばたに捨てる方が100倍マシ。時間も損しないし、不愉快にならない」という評価が痛烈だった。
「れびゅう? 観閲? 閲兵?」
貴美が頭上の当麻を見る。インターネット文化にほとんど触れたことがない、と言っていたことを思い出す。
「あー、閲兵はいくらなんでも違うな。えーと、映画とかの感想を誰でも書き込めるところがあるんだよ。で、他人がそれを読んで参考にしたりするわけだ」
「なるほど、それは便利なものだな」
「偏見ゴリゴリだったり、単に貶したいヤツもよくいるから注意な。あと業者」
鵜呑みにされても困るので、補正しておく。
「比嘉石出矢の監督版みたいなもんか。よく仕事が来るなあ」
映画業界の仕組みとやらが不思議で仕方ない当麻だった。
「何か利用価値があるのでしょうね。お金で動くとか。インタビューでは、ちょい役でテレビに出ていた比嘉石出矢に惚れ込み、監督自らスカウトしたそうですわね」
「節穴だな。ついでに頭におがくずでも詰まってるんだろ」
このとき、当麻はこの話題を笑い話としか受け取っていなかった。
「この主役にしてこの監督あり、ですわね。お似合いです」
映像化された時間泥棒に辟易した当麻は、シークバーを動かしてクライマックスまで場面を飛ばした。最後の宿敵との対決らしき場面が再生される。
『もうやめよう響子! 復讐は何も産まない!』
オーバーリアクションで叫ぶ出矢。さすがにこの台詞と演出では3人が脱力した。
「あー。いるよなー、カッコつけただけの内容のない言葉を言わせたがる監督」
「復讐条例が主題の映画で、これを言ったら全否定ではないか?」
「なので、協賛してくれるはずだった警察にもそっぽ向かれたようですわね」
その結果が、大爆死ということらしかった。
「視聴料金500円をドブに捨てただけか。ホントに、誰が幸せになったんだ、このクソ映画」
作中の監督は現実にモデルがいます。分かる人には丸分かりだと思います(笑)




