第16話 「現実は正反対なんだと思うぜ」
前話が文字と内容詰めすぎだったように思うので、少し文字数を減らしてみました(/・ω・)/
甲斐老人を集合住宅で降ろす。当麻の安アパートと大差ない住居を見るに、お世辞にも裕福とは言えない環境だと察せられた。
帰途の最中、突然ロールスロイス・ゴーストの一隅がスライドして、テレビがせり出してきた。勝手にスイッチが入る。
「この車、なんでもあるのだな」
貴美が困惑している。
「ライトからマシンガンが飛び出しても驚かない覚悟をしておこうか」
当麻が茶化した。
「何かあったようですわね」
涼しい顔で万斗果が言う。彼女の指示したことではないらしい。
『比嘉石さんは、どんな男性でしたか?』
画面には、マイクを持った菊尾レイが映し出されている。朝に見た時よりも数倍気合の入ったフルメイクである。マイクを向けられたのは、数人の女子大生。どうやら場所は大学の入口らしい。
【“ザ・チェイサー!”緊急生放送! 菊尾レイ独占取材! 連続殺人魔、切り裂きジャックを追え!】
と大きなテロップが出ている。菊尾の隣には比嘉石出矢もいた。
「さっそく放送してるのか! 性急だなあ」
当麻は呆れた。
「ショッキングな事件でしたし、話題になっているうちに、ということなのでは?」
万斗果の推測が正しいのだろうが、「犯人が捕まらなければどうするのだろう?」と疑問に思う。
(あ、その時は落ち目の菊尾に責任をおっかぶせるのか)
が、すぐに合点した。菊尾レイの名前がでかでかと前面に押し出されているのも、いざというときに詰め腹を切らせるつもりだからだろう。
(しかし、薄気味悪いな)
常識的に考えて、テレビを操作したのは運転手である。が、どこまでこちらの事情を知っているのか、どういった経緯で番組のことを突き止めたのか、経路が不明すぎる。
『ううっ、あ、あんな良い人がなんで……!』
マイクを向けられた女子大生は、ハンカチで涙をぬぐいながら漏らしている。
「あちらのチームもよく動いているな」
貴美が素直に感心する。どうやらこの女性たちは、弥栄のサークル仲間らしい。
『そうそう、そうなんですよ、弥栄くんはホントにいい人だったんです』
隣の眼鏡の女性はしきりに頷いて、口早に言い募る。右手で左腕をそっと掴んでいた。
『僕の弟は人気者だったんだね?』
強引に出矢が割り込んで下手な誘導をする。
『はいいっ、そうですっ!』
ほとんど叫ぶように同意する最初の女性。ただ、視線はカメラから離さない。
『……はい、性格が良くて優しくて、いっつもみんなの中心にいるような……この前の避暑地のツーリング旅行も、彼が企画して……』
眼鏡の女性が、視線をさ迷わせながら追従する。
『なんてことだ! 弟がいなくなっただけで、世の中の陽が消えてしまったようじゃないかあ!』
大袈裟に頭を抱えて見せる出矢。
「なんだろうな、自己主張丸出しのケバケバしいスーツネクタイに、下手な演劇みたいなオーバーリアクション。オーディション会場と勘違いしてないか?」
「あら、オーディション会場でないから、3文芝居でつまみ出されないのでしょう。あれでおひねりはいただけません」
「貴美には選挙の演説のように見えるが」
非難轟轟である。出矢に悲壮感は微塵も感じられない。3人の目には出矢が被害者の立ち位置を利用して、単に目立とうとしているようにしか映らなかった。そして、その試みは悪い意味で成功している。
『……だ、そうです。このように魅力あふれる若い命が、なぜ犠牲になったのかと憤りを禁じえません。次に……』
『ちょっと、いつまで待たせるつもりっ?』
出番を盗られた菊尾が、不満を隠しきれないままに締めくくろうとしたところで、甲高い声に邪魔される。
「うわ、脳の悪いところに響く声だ」
テレビ越しの穂塚の声は、裏返っているために一層神経に障る騒音であった。
『いいっ? 低学歴のあなたたちにも分かるように今度の作戦を……』
『おおーい! 誰かオレをゆーめーにしてくれ!』
カメラを掴んでどアップになる30男の顔。
『なにするんだ、離せ!』
スタッフの怒号が裏で響いている。
『え、えー。最後に映ったのは、頼もしい調査人さんたちでした。それでは~』
強引にカメラはスタジオに移った。派手な格好の大華典膳がアップになる。
『いやあ、愉快なお仲間だねー! おっと、これ以上は見せないぜ! 続きは次回の“ザ・チェイサー!”までお楽しみに!』
画面に指を突き付けると、CMに移る。
「ふうむ、弥栄氏とは人望のある御仁だったようだな」
神妙な顔で貴美が感想を言う。
「いやあ、たぶん真逆だな」
当麻は独り言をつい言ってしまう悪癖があった。
「あら、理由は?」
すかさず万斗果に言及されてしまう。
(しまった、ついいつもの癖で……)
後悔先に立たず。貴美も興味をたたえて見ている。下手にごまかすと藪蛇になりかねない。さっさと納得してもらうことにした。
「ええと、だ。眼鏡かけてた方の子なんだけど。あれ、ウソ言ってるサインがいくつも出てた」
正直に話すことにした。
「ほう。後学のために教えてもらいたい」
「口数が多く、早口。体の一部を触る。指先を隠す。視線を上にやる。表情に乏しい。まばたきが多い。全部ウソをつくときに出る特徴だ」
指折り数える。嘘ではない。行動心理学の裏付けがあるのだが、当麻は理論ではなく経験に拠って理解しているに過ぎなかった。
「そんなに? ……確かにどれもやっていたな」
瞑目して、先の映像を思い起こしているらしい貴美。
(あんなどうでもいいテレビの映像をキチンと覚えているのか。やっぱり油断ならないな)
デマカセや知ったふりをする性格でないことは、この短い時間の付き合いでもはっきりと理解していた。
「あれだけ派手なサイン送ってたってコトは、現実は正反対なんだと思うぜ」
「では、あのメガネの女性が言っていたことを真逆に捉えてみましょう」
万斗果が嬉しそうに、白い指を絡めた。
「ふむ。確か、“そうそう、そうなんですよ、弥栄くんはホントにいい人だったんです!”だな。これはつまり“そうではない。弥栄は全然いい子じゃなかったんです、という内容になるな」
貴美が会話の内容をそっくり覚えていることに内心驚いた。
「次は、“はい、性格の良くて優しくて、いっつもみんなの中心にいるような”ですわね」
コイツもか、と思ったが、万斗果はやりかねない何かを孕んでいた。
「これは、“いいえ、性格が悪くてキツい子で、いつもみんなから嫌われていた”に変換できるのだな!」
実に理解の早い連中だった。
「ま、単にソリが合わなかったって可能性はあるがね」
水を差すと、嬉色を浮かべていた貴美は小首を傾げた。
「む、確かにもう1人の女性には、そんな合図はなかったと思うが」
「アレは別モノ。自分に酔っぱらうタイプだよ。“悲しんでる私”を演じているだけなのに、本当に悲しんでしまう手合いだ。本人がウソだと思ってないから、サインが出ない」
自分に甘い人間の最たる形だが、自衛作用の一種でもあるので、世間に驚くほど多い。
「ああ。お祖父様経由で、そういった者たちを知っている。現行犯で捕まったのに、“友人や店長が悪くて、自分は被害者だ”と本気で言うタイプ。それの類例か」
ぽんと手を叩いて何度も頷いた。家が身元引受人をしているらしいので、そういった手合いに接点があるのだろう。
「天性の詐欺師ですわね」
散々な言われようだが、今回はむしろ道徳的な反応といえる。
「カメラが回っていて、しかも遺族までいる場面だ。死んだ人間をこき下ろすわけにはいかないぜ」
或いは、スタッフから事前に言い含められているかもしれない。
「裏を返せば、わたくしたちがカメラや遺族を連れてゆかなければ、普段通りのことを話していただける、ということですわね?」
「あの眼鏡の女性の方だな。もう一方は、“いい人だった”に記憶を上書きしているから、思い出も美化されていそうだ」
(いやはや、理解が早いなあ)
当麻は舌を巻いた。記憶は思い込みで上書きされてゆく。先にどのような「事実」があったとしても、思い込みが蓋をすることはままあった。
(遠くない将来、コイツらを出し抜かなくちゃならないのか)
想像以上に難作業であることを予感した。
もうちょっと文字数増やしてもバレへんか……(/・ω・)/




