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復讐条例  作者: あまやどり
第1章 復讐条例公選調査人
13/34

第13話 「いっそみんなで調査しませんかぁ?」

思ったより文字数がかかってしまいました(/・ω・)/

 きっかり15分で下水道から地上に帰還した。誰もいないことを確認して、すぐにその場を去る。次の目的地はH会館だった。


 公選調査人2日目。午前中はH会館に集まって、捜査専科講習(刑事養成講習)を受けることとなった。調査人の他に、比嘉石出矢も参加させられている。

(なるほど、インスタント捜査官に仕立て上げるワケだ)

 急場しのぎのにわか受講で、どの程度使い物になるか(はなは)だ疑問だったが、少なくとも無手無策で放り出すほど薄情でもないらしい。本来の専科講習は刑事志望の警察官を対象に、3か月に渡り行われるものであるが、調査人たちのそれは随所を簡略化したものだった。主に法令知識、憲法、捜査実務、護身術を学ぶ。憶えることの多さに甲斐老人や野可部(のかべ)などの中高年層は目を回していた。似た年齢帯の兵藤勝成(ひょうどう・かつせい)は泰然としている。

(「とっくに知ってる」ってのが態度の端々から窺えるな。やっぱり元警察官か。いや、現職か?)

 態度でそう主張してしまうところが、兵藤の隙と言えた。兵藤よりずっと若い鍬下萌夏(くわした・もか)は不平を漏らしつつも真面目に受けている。なお、テレビ局のスタッフは来ておらず、菊尾レイのマネージャーが受講の様子をいくつか写真に収めただけであった。華やかでない地味な作業なので、テレビ映えしないのだろう。

 捜査専科講習は、10分の休憩を数度と45分の昼食を1度挟み、4時間ほど続いた。本来の捜査専科講習は、署長の推薦を受けた資質ある者が、そのうえ選抜試験に合格して初めて受講できる狭き門であるが、寄せ集め所帯の調査人たちにそのような難関はない。

(ま、耳学問でどこまで活かせるか怪しいもんだ)

 捜査実務は本来現場を経験するものだが、過去の事件を引き合いに出しての説明でお手軽に終わらせた。最後に試験を行い、合格すれば修了。修了証明を出し、晴れて調査人として認められる。

 なお、試験はペーパーテストだが、不合格になったからといって調査人を辞めることができるわけではない。合格するまで試験を受けさせられ、回数が(かさ)むたびにペナルティが増えるだけのことである。そのあたりも本物の捜査専科講習を手本にしているらしい。当然のように皆修了。当麻や貴美、万斗果など比較的若い層は1度目の試験で合格した。中年組も3、4回と重ねて通過する。最多追試回数はやはり甲斐老人で11回。最後は「合格させてもらった(・・・・・・・)」という体だった。なお、次点は寺蔵升達(じくら・ますたつ)比嘉石は出矢(ひがいし・いでや)。これは年齢的な問題よりも熱意のなさから現れた結果である。



「これで講習を修了します。後の行動はチーム単位で行ってください。資料を読み込むなり、今後の方針を話し合うなりすることをおすすめいたします」

 あくまでも慇懃(いんぎん)に意義路は締めくくった。

「話は終わりかよ?」

 鍬下萌夏(くわした・もか)が椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がった。

「ボヤボヤしてんのは性にあわねえ。ほら、行くよ!」

 他の2人に言い放つと、返事も待たずに出ていこうとする。

「あ、ああ」

 研磨宏(けんま・ひろし)が慌てて立ち上がった。

「女王様がああ(おお)せなんで、名残惜しいけどまたな」

 小雨(こさめ)ひたぎは当麻と女性2人に手を振って鍬下を追いかけた。

「誰が女王様だ!」

 合流した先で鍬下が膝蹴りを食らわせている。

「涙より返り血の方が似合うあたりだねえ」

 小雨は減らず口で応戦していた。

(あの2人、随分気安いんだよな。顔見知りか?)

 昨日の収録の際も、鍬下は小雨と(つる)んでいた。

 ようやく長く退屈な講述が終わったと、調査人たちの間に弛緩した空気が漂う。

「あの~、みなさーん。ちょおっといいですかぁ~?」

 散会する前に、菊尾レイが立ち上がって全員に呼び掛けた。

「チームだけで動かないといけない、って決まりはないと思うんですよ。なら協力した方が良いと思うんですぅ。いっそみんなで調査しませんかぁ?」

と間延びした声で提案した。協調行動ができなさそうな鍬下が出て行ったのを見計らって提案するあたり、なかなか抜け目がない。

「おっ、さっすがレイちゃん、優しー!」

「菊尾ちゃんといられるの? やるやる!」

 先に菊尾と仲の良かった男たちがすぐさま同調した。

「それもいいわねぇ」

 他にも中年女性の野可部(のかべ)や、

「す、すぐに解決して仕事に復帰できるなら、な、なんでもいいです」

消極的だった銀行員の塀内(へいうち)ゲンも同意する。

「マネージャーさーん!」

 菊尾が声を張ると、スーツ姿の男が入って来た。テレビ局で使うような肩乗せカメラではなく、小型のハンディカメラを手にしている。

「これからみんなでロケに行きましょう! もちろん“ザ・チェイサー!”で放送されますよぅ! 目立っちゃいましょう!」

「つーかオレ、芸人になりーてんだけど?」

「出れるカモですねぇ。コネありますよぅ~?」

 その言葉で、更に複数人が加わった。

「須田さん、富井さん、野可部さんも来ますよね?」

「とーぜん!」

「行くに決まってんだロ!」

 二つ返事で引き受けた。

「兵藤さん、塀内さん、穂塚さんはどうですかぁ?」

「む、では共闘とゆこうか」

 兵藤が勝手に答えると、他2人が迷惑そうな顔をした。

「ちょっと、勝手に決めないで! 作戦は私が立てるのよ!」

 穂塚聖子が抗議するも、

「具体的な作戦があるなら言い給え」

と反論されて(つぐ)む。嫌煙女(穂塚)としても、兵藤の独断が勘に触れただけで、これといった方針があるわけではない。

「べ、別にいいわよ! これからは私に事前に相談しろってことよ!」

 反対すると、何かあったとき責任を取らねばならない。そういった立場を避ける術は心得ていた。そういった術だけに長けているのが教師という人種だった。

「やったー♪ 大歓迎ですよぅ」

 菊尾は大袈裟に「バンザーイ!」と手を上げる。

「えっと、おにーさん、これから弟さんの大学に行ってみるつもりなんですけどぉ。いっしょに行ってくれますぅ?」

「テレビ来るんだろ? 任せとけ」

 比嘉石出矢は同意した。

「ではみなさん、行きましょ~! エイエイオ~!」

 気の抜けた気炎を上げると、作ったばかりの取り巻きを引き連れて出て行った。

「わ、私たちもいきましょう」

 数寄寅江(すき・とらえ)が仲間に呼びかける。

「ま、自分で考えなくてもいいからラクなわけ」

「……んー」

椎田恵(しいだ・めぐむ)時蔵升達(じくら・ますたつ)が緩慢に続く。菊尾に声をかけられなかった連中だが、何かきっかけを見つけて合流したい、さりとて自分から言い出す勇気もないのだろう。正確にはそう考えているのはリーダー役を押し付けられた数寄寅江(すき・とらえ)だけで、他の2人は調査人としての仕事に何の関心も熱意も持ち合わせていなかった。数寄寅江(すき・とらえ)にしてところで、果断に富む性格ではない。

「やる気なしの足手纏いが2人か。あのチームは大変だな」

 誰かに下駄を預けていた方が安心する指示待ち人間はどこにでもいる。菊尾はそれを読み切って、敢えて声をかけなかったのだろう。なお、当麻たちのチームも声をかけられなかった。椎田たちとは事情が異なり、メンバーの伊勢乃木貴美や王喜万斗果を仲間に引き入れたくなかった、というのが実情だろう。

「水晶玉を隣に置きたがるビー玉なんていないわな」

 自分よりもはるかに存在感があってテレビ映えする女性が2人も横にいられたら、自分が霞んでしまう。菊尾にも自覚と危機感があるのだろう。



菊尾レイの集団、続いた日和見の集団が出ていく。

「まるでコバンザメですわね」

 万斗果が冷笑した。それに釣られるように、密度の激減した部屋の温度が下がった気がした。残っている調査人は当麻たちと、意義路(いぎろ)だけである。

「イニシアティブを握りたいんだな」

菊尾は比嘉石出矢を占有して、調査の中心に立つつもりなのだろう。だが、当麻には悪手に思えた。

「つ、ついて行ってもよかったんじゃないかい?」

 甲斐老人が当麻に話しかけた。

「まあまあ、合流はいつでもできるから」

 適当に(なだ)めるが、「四六時中カメラに狙われてるようなヤツらと一緒に行動してたまるか」という本音は口に出さなかった。

「船頭が多くても、山に登るのが関の山ですわね」

 車椅子の少女が援護する。

「ましてや、未熟で独りよがりな船頭ばかりでは」

 下がった室温に負けないぐらい底冷えのする声で王喜万斗果が囁いた。


 さて行動を、という段になって、

「甲斐さんがりぃだぁということで(よろ)しいですか?」

伊勢乃木貴美が甲斐老人に確認をとろうとした。

「な、なぜワシが?」

「一番年長者なので、適役と判断したのですが」

 甲斐裕次郎(かい・ゆうじろう)老人は69歳と申告していたので、紛れもなく最年長である。貴美は年長を敬う性格だった。

「い、いや、腰も痛いし、そんな大役は遠慮したいんじゃが」

 責任がついて回る役割は、あからさまに嫌そうだった。

「では……当麻、年齢は?」

「22」

「貴美は数えで二十路(ふたそじ)だ。王喜さんは?」

 20歳、ということらしかった。

「わたくしは17歳ですわ。随分お2人は親しいのですね」

 呼び捨てにしていたことが、万斗果の気を引いたらしい。

「昨日、お互い余計な遠慮はなしと話したからな。年齢も近いことだし」

 当麻が説明する。

「では、わたくしも王喜さん、などと他人行儀でなく、今後は万斗果、とお呼びくださいな。わたくしも“当麻さん”“貴美さん”と呼びますから」

 当麻は100%他人なんだけどな、と心中でぼやく。

「あ、ああ、それで良ければ」

 断る通理もなかった。

「ならば、当麻がりぃだぁということで。万斗果と甲斐さんはどうでしょう?」

 早速順応している。

「異論はありませんわ」

 涼やかに容認されてしまう。面倒な、と思ったが、適役が思いつかない。責任意識の薄い甲斐老人は論外。王喜万斗果は週に実働3日の未成年。伊勢乃木貴美は目立ちすぎる。単に当麻の主義だけではなく、犯人を追う立場からすれば目立つのは(よろ)しくなかった。都合のいいように方針を決定できるし、手柄は他の3名に押し付けてしまえば目立たないで済む。

「じゃあ、謹んで拝命しよう。まずは支給されたスマホの電話番号とメアド交換しないか。分散して調べることもあるだろうし、いつでも連絡がつくように」

 至極当たり前の提案をする。これには全員異論なく、無事に交換した。

「……すまないが貴美の番号を調べてくれ」

 貴美が諦め顔でスマートフォンを差し出した。

「自分の番号が出せないんだな?」

「今後は裏に番号を貼っておくことにする」

という一幕もあったが。

「で、方針だが……」

 当麻はしばし考えた。

「うーん、闇雲に動き回っても、捜査にはならないよな。まずは渡された資料を読みたい。方針決定はその後でしよう」

 菊尾のグループとかち合うと面倒だ、という思いもあった。

「賛成だ。拙速は避けるべきだ」

 打てば響くような貴美の返答だった。

「わたくしも」

 万斗果も薄く微笑む。

「一通り読んでみて、気になることがあったら話し合おう。それでも分からないことは、遺族の比嘉石さんなり意義路さんなりにまとめて質問する、ということで」

 しばらく、無言で報告書をめくる音だけがした。当麻もじっくりと目を通す。死体の顔には表情がない。派手に脱色した髪とサツキに殺された経緯から、軽薄な人物像を想像した。

(被害者は比嘉石弥栄。22歳。大学2年生。年齢が合わないな。浪人でもしたのか?)

 すでに過去形であるが。比嘉石弥栄とは、初対面から死体だった。

(発見時は裸。所持品はなし、か。財布の中身とスマホは失敬したが、服を脱がせた覚えはないぞ。痕跡は……残してないな、たぶん)

 記憶を掘り返して確認する。比嘉石のスマートフォンは川に投げ捨てた。

(犯人――サツキじゃない方――が、比嘉石の死体を発見し、服を脱がせ、空の財布を処分し、死体を運んだ?……なんだってまた、警察に通報しないでそんな面倒なことを)

(おそらくは、「警察に通報できない事情があった」と考えるのが自然だ。だが、その事情は資料からは読み取れない)

 記載はあくまで被害者の住所、氏名、遺体の発見場所、殺害手段程度であり、そのうち3つは当麻にとって既知のものだった。

(犯人側の事情に想像を広げるのは止めだ。キリがない。重要なことに的を絞ろう。比嘉石を捨てた犯人が、どうやって死体を見つけたか。なにより、俺やサツキのことをどこまで知っているか。この2点だ)

 甲斐老人は視力が弱いらしく、しきりに顔を近づけたり、遠ざけたりしていて、読み込みは遅々として進んでいない。

(もし俺やサツキのことを知っていたら大問題だ。比嘉石兄や調査人どもに捕まったとき、ゲロされてゴートゥージェイル。そうでなくて、偶然死体を見つけただけだったとしても、それを白状されたらヤバい。新しい犯人探しが始まる)

 短絡的な犯行だったので、いずれは特定されることになるだろう。破滅の階段を一足飛びに駆け上がることになる。

(事態を厄介にしてるのは、大華典膳(だいか・てんぜん)が切り裂きジャックに懸賞金をかけたことだ。死体遺棄犯人がジャックでないと分かったら、大華は懸賞金を払わない。捜査続行。となれば、調査人(猟犬)どもも後に引かない)

 菊尾レイのもと一致団結しているように見えるあの集団も、いざとなれば手柄争いを始めるだろう。

(だから、菊尾たちに先んじて犯人を突き止める必要がある。無論、こいつらも出し抜いて。そして)

 陸儀当麻は目に昏い炎を宿らせていた。

(そして犯人をジャックに仕立て上げて殺す)

 その横顔を、黒い少女が実に愉しそうに観察していた。

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