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復讐条例  作者: あまやどり
第1章 復讐条例公選調査人
12/34

第12話 「ニワカ鑑識やってみるか」

少々長くなってしまいました(/・ω・)/

当麻はアパートに帰った。404号室のドアを開ける前に、鍵穴や周囲をチェックする。ピッキングの形跡はなし。ピッキングは余程熟練した者でなければ、鍵穴に不自然な傷が無数に残る。

「ただいま」

 台所とは名ばかりの廊下を通り、無遠慮に仕切り代わりののれんをくぐる。

「きゃー! とーまさんのエッチー!」

 そこには、バスタオル1枚の(じん)サツキがいた。

「ドア開ける音で分かってただろうが。なにやってんだ露出狂」

 当麻は微塵も動揺しなかった。

「お風呂に入れないので、カラダ拭いてたのですよー」

 座り込んでいるサツキの傍に、水を張った洗面器あった。

「さっさと何か着ろ。傷、ちょっとは癒えたのか?」

「体を動かすと死兆星が見える程度には回復しましたよー」

「死にぞこない続行かよ」

 タオルも洗面器の水も血に濡れている。さりげなく腹の銃創を確認したが、まだほとんど塞がっていなかった。座ったままでいるのも、痛みがひどくて立ち歩くことも億劫(おっくう)だからなのだろう。

(へらへらしてやがる。激痛のはずなんだがな)

 あれほどの重傷になると、市販の痛み止めは気休めでしかない。

(ゴロゴロして、立つことさえしなかった前に比べたらマシになったのか?)

 ただし、やはり座っていることはまだ難儀なようで、サツキの動作は緩慢そのものである。だが、これほどの危機にあってもサツキは飄々(ひょうひょう)としたものだった。だからこそ、当麻は思い切った手が打てないでいる。もう2つ、大きな理由があるのだが。

「もっと目をギラつかせて見ていいんですよー? 入浴シーンは8時18分に終わりますのでー」

「由美かおる気取りか。おこがましいわ、この妖怪平面女」

 「水戸黄門」に出演していた由美かおるは、視聴率等の理由から決まった時刻に入浴場面があった。サツキが手首を翻すと、バタフライナイフが両手に現れる。

「このサマッケヌプリ山よりもナイスバディなサツキさんを侮辱するとは。両手と両足を切り落として、手足逆に接合しますよ?」

「山の名前が認識できなかったぞ。それより今どこからナイフ出した?」

 上半身裸である。ナイフを隠匿できる処などない。

「話のノリで湧いて出るのですよー」

「ウソつけ」

 当麻がサツキを警戒する理由の2つめ。それがこのパームマジックだった。丸腰に見えても、突然ナイフが飛び出してくる。原理が分からないが、それ故にいざとなったら握られているのがナイフでなく銃や爆薬である可能性が捨てきれない。

(なにより、首尾よくコイツを殺せたとして。どうやって死体の始末をしろってんだ!)

 漂泊を住処とする尽サツキと異なり、当麻は今の生活を捨てる気は毛頭なかった。

「巨峰でも巨乳でもいいから、さっさと上を羽織れ」

 バスタオルを投げつけた。奇妙な共生関係がいつまで続くのか、当麻には見当もつかなかった。尽サツキに至っては、将来どころか明日のことすら考えていないかもしれない。



「へー、ほー、楽しそーですねー。和服美人にじょしこおせえですかー」

 ウニいくら丼を食べながらサツキが口を尖らせる。

「なんだそのウニよりトゲトゲしい言い方は」

「浮気したら三枚におろしますよー? そこ切り身みたいに」

 当麻が選んだのは焼き魚弁当である。

「そもそも未婚なんだが。あと、甲斐って病人と区別つかないじいさんも一緒だからな」

 あの2人といると妙に気疲れをする。陰性の当麻が陽性の性質である伊勢乃木貴美と本質的に合わないのは納得がゆく。が、陰性を通り越してブラックホールのような王喜万斗果は理外にもほどがあった。

「いいですね、おじーさん。サツキさんはヒキガエルも大好きなのですよー」

「もうちょっと人類に分かる基準で話してくれ、真犯人。こっちは比嘉石の名を聞いたとき寿命が縮んだぞ」

 弁当箱を片付けて書類を広げる。

「サツキさんは殺しただけですよー?」

「殺しただけってのが日本では最も重罪らしいぞ。テストに出るからよく覚えとけ。……うげ、細かいな」

 思わずうめき声を漏らした。毎日提出が義務付けられた報告書は、分単位の時刻、場所、行動した狙い、結果、行動した人数など、書き込む欄がびっしりとあった。

「嫌がらせのようだ。こりゃあひと苦労だぞ」

 提出は翌日の朝まで、と意義路が言っていたことを思い出す。

「見てるとメマイがしてきますねー」

「同感だ。睡眠薬の代わりにはなりそうだけどな」

 書類を放り出して寝転がる。

「死体を移動させたのが誰か、心当たりはあるか?」

 黒い煙草に火を点ける。今日1日、周りに遠慮してあまり吸えなかったので、格別美味く感じた。

「そんなヒマ人のお知り合いはいませーん」

サツキは当麻の鞄をひっくり返して中身を物色している。

「なにやってんだ、こら」

「浮気の動かぬ証拠でもないかと思いましてー。女の人の小指とかー」

「そんなん持ち歩いてたら、とんでもないサイコパスだろうが」

 小指が見つからなかったサツキは支給された当麻の身分証をぐにぐにと曲げて遊ぶ。

「それ、折るなよ。NPAsに睨まれたくない」

 カードを奪い返したときに、サツキが親指のバンソウコウに目を留める。

「あ、ケガしたんですかぁ?」

「いや、防疫上の対策だって、太い針で注射された。あんまり痛くなかったけど」

 サツキは当麻の親指の付け根を押したり引っ張ったりしている。

「親からもらった大切な体をぞんざいに扱ってはダメですよー?」

「腹の風穴をホッチキスと瞬間接着剤で塞いだヤツに言われなければ説得力があったな」

 タオルで拭いた後ガムテープを巻いていた。買い置きの包帯はとっくに使い果たしている。

「えい」

親指にぱくっと噛みつかれた。

「痛いっての」

「奥にかひゃいもの(カタいモノ)がありま()ねー」

 指をくわえたまま、もごもごと言う。

「まず指を離せ、このダボハゼ」

 サツキを引き剝がして触ってみる。ほとんど気にならないが、確かに親指と人差し指の間のえら部分、その奥に小さく細い何かが入っている感触だった。無論、今までにそんな違和感はなかった。

「なんだこりゃあ?」

「ひょっとして、そのお注射で何か入れられたんじゃないですかー?」

 当麻は、注射の説明を受けた時に抱いた疑問を再度思い出した。防疫は厚生労働省の管轄のはずで、警察が音頭を取るのはおかしい。

「何を注射された? まさか毒ってことはないだろうし」

 指先に伝わる硬い手応えは、人工物であること示唆している。小さくて、扁平(とんぺい)な形状。

「……マイクロチップか?」

 マイクロチップを人体に埋め込むことは、スウェーデンでは4000人規模で行われている。交通機関やショップ、認証などがノータイムで行われる利便性から、企業が率先して推進していた。日本では体に機械を入れることに抵抗があるのか後進だが、500人前後いる。健康上のリスクはほとんどない。が、だからといって無断で人に埋め込んでいい道理もない。

「おいおい、それってかなりヤバくないか……!」

 もしマイクロチップを埋め込まれたのなら、当麻の居場所や行動経路は筒抜けになる。GPSを埋め込まれたことと同義である。思い返せば、注射のとき医師はプラスチック板で注射を隠した。あれは、特殊な注射であること悟られないようにしていたのではないか。

「ピグマリオンプロジェクト(人類総洗脳計画)ですねー。終末は近いですよー」

 電波がかった雑誌のようなことを言い始めるサツキ。

「どこの世紀末思想だよ。近いのは週末ぐらいだ」

 茶化しているが、深刻な事態だった。

(支給されたスマホのGPSなら、置いて出ればいいとばかり思ってたが。甘く見てた……!)

 (ほぞ)を噛んだ。現在どこにいるか、いつでも確認されることになる。

「このままじゃあ、死体の確認も軽々にはできないぞ……!」

当麻は今夜にでも動くつもりだったのだが、もし電子の目で居場所を見張られていたならば。深夜人気のない道端でずっと動かずにいたら、不審に思われる公算が高い。

(しくった。死体発見の報を聞いたその日のうちに動くべきだったか? いや、死体を発見されたその日に覗きに行くのはやっぱりマズかったはずだ)

 だが結果的に、首輪をつけられた状態となってしまった。

「……今夜は止めとこう。明日の朝にやる」

 明るい分リスクはあるが、人通りの少ない場所だけにやりようはある。

「でも、なんだか、フシギなおハナシですねー? 昨日のハナシだと、ふくしゅーじょーれーってあんまり結果を期待されていないんですよねー?」

「そのはずなんだけどな」

 知識と体験に開きがあることに困惑していた。“ザ・チェイサー!”は人気番組であるが、昨日のあの場面の主導は間違いなくNPAsだった。

「本人に無断でマイクロチップ埋め込むとか普通じゃないぞ」

 了承した覚えはない。

「犯罪だーっ! って文句言えばいいじゃないですかー?」

「あのな、相手は犯罪の総元締めだぞ? 言い逃れする方法なんて無限に用意してるだろ」

 かなり語弊のある言い方をしたが、そもそもが、無断でやったこと自体に悪意を感じていた。

「まるで犯罪者扱いだ」

「犯罪者なのではー? 死体隠匿の」

 一瞬険しい顔つきをしたが、後半を聞いてすぐに平静に戻った。

「……俺は従犯だけどな、主犯」


「そんなコトよりも、サツキさんを仲間はずれにして遊んではいけませんよー?」

「遊んでるように見えるなら、眼科へ行ってそのビー玉みたいな目玉を交換してこい。しょうがないだろ、調査人に選ばれたんだから」

 もっとも、結果論だが比嘉石弥栄の捜査に混ざることができたので幸運だったと言える。

「お前が出張れるモンなら出張ってみろ、住所不定無職の死にぞこない」

 起き上がって、仕方なく報告書の作成を始める。

「おー、言いましたねー? 男に二言はないですねー?」

 サツキがにんまりと笑った。視線の先には条例で配布されたスマートフォンがあった。



 結局、深夜までかかって報告書を作成し、送信した。翌日は早めに家を出る。急いでいたので朝食は菓子パンと牛乳で済ませたのだが、サツキから散々ブーイングを飛ばされた。

「マイハニー、愛が足りませんよー」

「元からないだろ、そんなもん」

 途中100均の店に寄って、ペンライト、手袋、ハサミ、500mlの消毒薬を2本、アイシャドウ、セロテープ、色紙を購入する。目的のマンホールは、路地の突き当りにあった。細い道が入り組んでいる上に、突き当りとその両隣の家は無人の廃屋であることを確認していた。狭小な立地のせいで、過疎の波にさらわれかけている区画だった。祖父が近くに住んでいた縁で、少々の土地勘はある。死体を隠すには良い立地だが、今となっては却って障害となる。疑われた際、訪れる理由を捻りださなければならないからだ。

(30、いや、20分で終わらせるぞ)

 その程度なら、GPSで疑われても「迷っていた」という言い訳が通りそうだった。充分すぎるほど周囲を警戒する。比嘉石弥栄の死体を運んだ者が、この場所見張っているのではないか、と疑心暗鬼になっていた。たっぷり5分をかけて人気がないことを確認して、マンホールのフタをズラす。穴の下は暗がりで底まで見えない。だがまず下には降りず、昇降用の梯子(はしご)を注視する。梯子と言っても、コの字型の金属棒が整列しているだけだったが。古い区画のマンホールのせいか、マンホールリフターなどの設備はなかった。金属棒は錆びておらず、光沢を放っている。

「よし、ニワカ鑑識やってみるか」

 手袋をはめる。金属棒の1段目と2段目に触れないように慎重に降りる。3段目で止まった。

「さあて、こっからがひと仕事だぞ」

 梯子に捕まった姿勢のまま、リュックを降ろしてアイシャドウを出した。ペンライトを口にくわえる。刷毛(はけ)を使って、アイシャドウの粉を金属棒にまぶしてゆく。軽く息を吹いて、余分な粉を飛ばした。次にセロハンテープを切って、金属棒の上に貼り付け、粉を剥がす。テープをすぐに黒い色紙に貼りつけた。指紋の採取が目的である。指紋には油脂が含まれている(指に油脂の成分は少ないが、指は顔に触れる機会が多いので、その際に顔の油脂が指に付着する)。アイシャドウの粉が油脂に絡まり、指紋の検出ができるのだった。

「死体を移動させるために上り下りしたんなら、棒に触ってないとおかしいからな」

 風が入り込まず、人の出入りがほぼない場所なので、指紋が残っていると期待していた。マンホールの蓋部分は、外気に晒されているので期待できない。

同じ作業を数か所で繰り返す。いい加減、腕が疲れてきたところで切り上げた。

「まあ……気休めだよな」

 採取した指紋が犯人のものだったとしても、このままでは魚拓と大差ない。「疑わしき人物の指紋」と比べることで初めて威力を持つ。

「使えるとしたら、精々がダメ押しだ」

 半ば徒労であり、張り子の虎であることも承知の上での作業だった。



 下水道の底にはしっかりとしたコンクリート床があった。左半分は通用路、半分を下水が流れている。管理や見回りを容易にするためだろうか。やはり、死体はなかった。

「あー、疲れた」

 腕をグルグルと回す。落下地点は下水から距離があるので、流されていった、という可能性もない。ペンライトを照らした。光量が弱い。床を照らしてみても、薄暗さと汚さから、死体の痕跡か元来あった汚れか皆目判別できなかった。ぱっと見、血の跡も肉片もなかった。

「この湿度なら大丈夫だろ」

 リュックから今度は500mlの消毒液を取り出した。

「ジョウロでもあればラクなんだがな」

 量を調節しながら床に振り撒く。すると、あちこちで白い泡が立ち始めた。

「やっぱりこのマンホールだ。死体があったことは間違いがない、か」

 泡を見つめて呟く。消毒液に含まれるオキシドール(過酸化水素水)は血液にかけた場合、酵素の生成による泡が生じる。傷口に消毒液をかけたら白い泡が出るのと同じ原理である。つまり、この場に血痕があったこと、通じて遺体があったことは確認ができた。少々念入りに拭いた程度では、血液の痕跡を隠匿するのは難しい。或いは、暗いので後始末が疎かになったのかもしれない。

 血液痕を調べるために用いられるのはルミノール試薬が有名であるが、一週間程度しか保存が利かないし、何より手近にあるものではないので購入するにしても目立つ。消毒薬は代替案だった。

 死体はつい最近までこの場にあった。それを何者かが持ち去ったことになる。だがそれは、当麻とサツキが死体を遺棄したように簡単にはいかない作業であることはすぐに分かった。死体の遺棄は上から落とせば済む話であるが、地上に運ぼうとすればかなりの労力を要する。背負って運ぶか、ロープで死体をくくりつけて持ち上げるか。或いは動力を確保するか。屈強な肉体か頭数か道具が必要だった。

「つまり、比嘉石の死体を運んだのは複数人の仕業かもしれないのか。勘弁してくれ」

 下水道の底で当麻は暗澹(あんたん)たる気分になった。

アナグラム解答。6話から登場のヒロインその②


伊勢乃木貴美(いせのぎ・たかみ)

  ↓

いせのぎたかみ

  ↓

せいぎのみかた

  ↓

正義の味方


です(/・ω・)/

先に「魔女たちの夜宴」の方でネタバラシしてますが、一応こちらでも(笑)

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