第11話 「今回の仕事、ちょっとキナ臭いぞ」
早めにあげるつもりが、仕事が忙しくてできませんでした(汗)
調査人たちの紹介は終わり、番宣、スマホゲームの紹介、トークを別コーナーに推移する。出番はないが、解散命令が出てない調査人の面々はぼんやりと、或いは興味深そうに収録を見物していた。ドレッドヘアの椎田恵は我関せずで、ずっとスマートフォンをいじり続けている。同チームの寺蔵に至っては隅の汚い床に転がって眠っていた。徹頭徹尾、他人と協調しない。
「スタジオでスマホはやめてください!」
スタッフが椎田に注意するが、
「スマホで絵を描いてるだけなわけよ。出展が近いから見逃して」
自分の都合を振りかざして取り合わない。
(悪目立ちする面子ばっかり集まってないか? 大人しくて無害なのは俺だけじゃないか)
幇助罪の男が真面目腐って考えているときに気付いてしまった。近い席のゲストが、画面を観ずに俯いている。確か肩書きは芸人だった。
「あの芸人、VTR見てないな。スマホいじってら」
首を真下に向けているときは、机の下に目線が行っている。つまり、隠れて本を読んでいるかスマートフォンをいじっているかの2択しかない。
「なにっ?」
何とはなしに呟いたのを、いつの間にか隣にいた何者かが聞きつけた。
「ミスター足立!」
聞いていたのは大華天膳だった。
「は、はい!」
太った中年男が駆け寄ってきた。
「あの浮かれポンチを演者から外しちまってくれ」
「む、無理ですよ。あの事務所に睨まれたら大事ですってば」
テレビに興味のない当麻でも何度も聞いたことのある大手事務所だった。
「どうせ宴会芸がマグレ当たりしちまっただけの、一巡使い捨て芸人だろ?」
ブレイクして多くの番組にゲストとして呼ばれるも、実力が伴わずそれっきりで消えてゆく芸人にありがちな傾向だった。仕事が減っても、一度伸びた天狗の鼻は容易に折れない。
「それ言っちゃうと、芸人は9割方そうですよ」
「ハンチクな芸で浮かれちまいやがって。……じゃ、ミーの方から事務所に、別のコメディアンに替えてもらうようオファーしてみるぜ」
大華には太いパイプがあるようだった。
「大華さんがいいなら。確かにやる気なかったですから、あのチャンガラ」
話はあっけなくまとまった。
「サンクス、助かっちまったよ」
当麻に礼を言う。スタジオの方では助からなかった芸人が、先の男から注意を受けている。
「司会者がこんな端っこにいていいんですか?」
「ゲストがVTR観てワイプ挟むシーンだから司会者はいらんよ。むしろ、端の方が全体が見れていい」
さぞかし偉そうにふんぞり返っているかと思いきや、気さくな絶対君主だった。
「この番組を見たことはあるか?」
「何度か。すごい視聴率だそうですね」
「悪趣味だと思った」と答えるほど悪趣味ではなかった。
「ああ。お陰で売れてる間ミーは今太閤さ。復讐条例様々だよ」
闊達に笑った。
「前回の特番も大成功だったし、今回もバッチリだ」
「キレイどころが多いから?」
興味本位で訊いてみる。
「調整室のディレクターが狂喜乱舞してたぜ。華があることはオールオッケーだがね」
昨今の番組制作では、ディレクターはスタジオではなく調整室に待機して、全体の指揮を執ることが多かった。
「その口ぶりだと、あなたは満足ではない?」
「8割がた満足しちまってるさ。でも贅沢言うなら、綺麗すぎる」
「美人はダメ?」
「いやいや、ダメじゃない。が。隙のない美人はどうしたって弱者に見えない」
女性は、明らかに自分が劣ってると自覚させられる同性に反感を抱きやすい。料金を強制的に徴収することで有名な自称国民的テレビ局では、ドラマの主役の女性はあえて美人すぎないような顔を選んでいるほどである。
「人気商売だからな。美人すぎなかったり、ある程度隙がある方がいいんだ」
当麻は、なぜ菊尾レイがアシスタントの座を射止めたのか分かった気がした。
「野生のガチョウを捕まえさせといて、“金のガチョウじゃない”って怒るクチですか? 相手は業界人じゃないですよ」
公選調査人は一般市民の集まりでしかない。
「否定はしない。あ、麗しいレディたちには内密に頼むよ」
パン、と両手を合わせて頭を下げられる。大仰な名前や衣装に反してまともな反応だった。
「了解」
なので、当麻も気安く応対する。
「まあ最大の不満は、あのボンクラが主役になっちまったことだが」
ゲストのコメントに、いちいち口を挟んで目立とうとする比嘉石出矢を視界の隅に収めて口をへの字に曲げる。
「目立とうとするから? 大根だから? 金の匂いが鼻につくから? 悲壮感がないから?」
ざっと挙げただけでもかなりあった。
「全部だな。が、そもそもあの年齢が既にイマイチだ。あそこにいるみたいなよぼよぼの老人が良かった」
隅っこで座り込んでいる甲斐老人を、丸めた台本で指さす。そういえば、前回の特番の主役は新貝老人だった。
「判官贔屓?」
弱い者に対して同情や応援をすることを指す。
「おおっ? 若いのに渋い言葉知ってるねー!」
大華が肩をバンバンと乱暴に叩く。民衆が九郎判官義経に同情したことが語源になっていた。
「たまたまですよ」
「知ってることと、必要な時に引っ張り出せることは別の才能、ってなマイワイフの口癖。ともあれ、だ」
冗談か本当か分からないことを言う。
「自分より弱い人間が、仕事も生活も何もかも投げ捨て、コマネズミみたいに復讐に走り回る。視聴者はそれを安全圏から見物する。いい娯楽だろう? 一喜一憂、犯人が捕まれば紅涙を絞って大喝采だ」
観客席から何も犠牲にせず、ただ傍観できる。薄っぺらい映画を観たような安い共感と感動。それが“ザ・チェイサー!”の人気につながっている。
「ずいぶん露悪的な言い方をしますね」
その言い分では、大半の番組が視聴者の優越感に奉仕するだけのものに分類されることになる。
「だが裏面の真実だ。ミーも不遇を囲った生活が続いちまったんでな。こうして這い上がるまで随分かかった。性格も捻くれちまうさ」
大華典膳は遅咲きの苦労人であるらしい。
(根は真っ正直な男なんだろうな。でなければ4回もリハーサルなんてしない。本当に捻れてるヤツは自覚がないもんなんだよ)
本当に捻くれている男の感想である。
「キミ、見どころがあるな。スタッフになっちまわないか?」
大華からの、突然の勧誘だった。
「テレビ局のスタッフって高学歴ばっかりじゃないんですか? 俺、高卒認定ですよ? 高卒ですらない」
テレビ局員は4年制大学卒、キー局ともなればかなりの高学歴でなければ採用されない、という話を当麻はどこかで聞き齧っていた。
「それを言うならこっちは中卒。第一、番組制作会社なら学歴なんて関係ない。ミーの制作会社に来いって言ってんの」
何やらややこしい区分けがあるらしい。突然スタジオを睨んで、大華は目を吊り上げた。
「はいスターップ! さっきの回答、早すぎるぞ! もっと溜めて!」
勧誘したのを忘れたように、一目散に飛び出して行く。
「忙しない人だ」
フットワークの軽い司会者の背中を見送った。
出番を終えた比嘉石出矢は、付き従っている男に「え、俺の出番こんだけ?」「まあまあ、収録は何度もありますよ」などと宥められていた。
「あの田舎のプレスリーも、芸能界デビューに興味あるのか?」
“ザ・チェイサー!”の出演者は一躍時の人になることが多いことを思い出した。出矢の目的も、弟の復讐ではなく有名人になることかもしれない。
「あるのは興味じゃなくて未練じゃねーの?」
独り言は当麻の悪癖の1つである。どこにいたのやら、訂正してみせたのは、意外なことに鍬下萌夏だった。20代後半でミリタリールック。格闘技経験者特有の身のこなしをしている。編み上げブーツの踵を鳴らして近寄ってきた。
「未練、ってコトは、元ゲーノー人?」
「芸NO人だな。一山いくらの、売れない大部屋俳優みてぇなモン」
当麻のポケットに手を突っ込み、煙草を1本勝手に抜いて火を点ける。
「お、いい煙草じゃねえか。どこのメーカーだ?」
喋り口が男性的だった。
「絶版だよ。お気に入りでね。ストックしてる」
クレームをつけるのはやめにしておいた。腕力でも敵いそうにない。
「売れなくて食って行けてたのか?」
煙草1本で情報が拾えると考えれば安いものだった。
「知るかよ。食ってたんじゃなくて齧ってたんだろ、親のスネを」
「あの歳で自立してないのか。さぞかし齧り甲斐のある、太いスネをしてる親なんだろうな。でも、あの演技力で俳優?」
「おう、なんだったけか? アイツの主演映画」
鍬下は背後にいる小雨ひたぎに首を向けた。
「“復讐条恋――リベンジ・マイ・ラブ”だあね。復讐条例に便乗して作った映画」
スマートフォンを操作しながら説明する小雨。差し出された画面には、その映画のものと思しきパッケージが映っていた。派手なスーツを着た比嘉石出矢が銃を手にポーズを決めている。隣には金髪ブロンドの美女、を目指したと思われる金髪の日本人女性。背景は稚拙な爆発のCG。
「この廉価版ジェームス・ボンド、売れた?」
「売れるタイトルだと思うのかよ?」
鍬下は腹芸を使わないタイプらしかった。遠慮会釈ない。
「あの演技力で主演に選ばれたことまでで奇跡は打ち止め。チリ1つ残らないような、見るも無残な大爆死。ハッ、時間をドブに捨てるにはおススメだよ」
「生憎、寿命を浪費する趣味も精神修養する高尚さもないんだ」
肩をすくめて見せた。
結局、解放されたのは20時を回ってから。長い1日はようやく終了した。
「あの細っこいのと、随分仲良くしてたじゃないか。好みのタイプかあ?」
鍬下萌夏が品のない冗談を言う。
「ん、まあいいケツはしてたけどな」
冗談で応酬しておいて、小雨ひたぎは真顔になった。
「陸儀当麻、条例登録順番2番だったからさ、ちょいと気になった」
「はあ?」
「当然、呼ばれたのも2番目」
席の位置からも疑いない。
「待て、待てよ!」
考えるときの癖なのか、鍬下はブーツの踵で何度も床を蹴った。チームを決定する際に、NPAsが登録順ではなく、50音順にこだわった理由は別様にあった。公選調査人達には決して話すことのできない訳合いが。
「ってコタァ何か? 1番があのクソイジメ教師だったから……その次かよ? アイツが?」
嫌煙家のFラン女、穂塚聖子のことを言った。
「あの黒い女の子といい、あの男といい、今回の仕事、一寸キナ臭いぞ」
アナグラム解答は少しお休みします(/・ω・)/
調査人の面々はスポットが当たったときにバラそうかと思います。
キャラに関係ない単語のアナグラムも多いのですが(笑)




