第10話 「賞金をかけるぜ!」
個別インタビューではぼそぼそ喋る者、ここぞとばかりにアピールする者様々だった。中には塀内ゲンや甲斐裕次郎のように、「は、早く仕事に復帰したいです」「体調が優れないから不安しかないのじゃが」という趣旨から外れたことを言う者までいた。なお、最短は寺蔵升達の「別に」の1秒である。
「伊勢乃木貴美と申します」
貴美の段になり、彼女は楚々とした挙作で頭を下げる。ただそれだけのことで、スタジオから雑音が消えた。
「ふわあ……」
走り回っていた照明スタッフが感嘆の声を漏らす。美貌は元より、清廉な内面までも兼ね備えた人間特有の情調。
「こりゃ驚いた。彼女で特番組めるんじゃないか?」
タイムキーパーは仕事を忘れて呟いている。佇まいで周囲を沈黙に落とし込む人間は稀有である。
「ダイヤの原石現る、ってとこかな」
「あら、わたくしにはあの方、原石というよりも名刀に見えますけれど」
独り言に王喜万斗果が答えた。この少女も貴美に劣らず美しい。なのだが、なぜか常に陰の気を感じさせる。
(適当に呟いことにつっかかるなよ)
「逸材に違いがないだろ」
おざなりに返す。
「そうですけれど、用途が異なりますわ。宝石は美しく装うため」
「刀は?」
「勿論、首を落とすため」
「……」
「あの方は、誰の首を落とすのでしょうね?」
その愉しげな表情から「貴方の首では?」という接ぎ穂が聞こえた気がした。
(厄い女だ)
単に不吉なことを言って喜んでいる悪趣味な少女、と決めつけることが出来ない。なにやら奇妙な確信を抱いて話しているような。
なぜなら、外ならぬ陸儀当麻自身が予感している。世間に発信するテレビ番組でも捜査に慣れた私撰調査人でもなく。自分が尽サツキを庇って調査人たちと対立する場合、伊勢乃木貴美は最大の脅威となるのではないか、という予感を。
(「知性も生まれも絶対の根拠にはならない。いついかなるときにも信頼できるのは不幸の予感である」ってな誰の言葉だったか)
「鬼の首を取ればいいんじゃないか?」
皮肉の利いた言い回しをする。
「鬼は鬼でも、殺人鬼ですけれど。それよりも陸儀さん、ご相談があるのですが」
王喜万斗果は微笑んだ。
「頭の良い参謀がいないと要領が悪いのよ! 他人に任せておけないわ! 国立大卒の私がやってあげなきゃ!」
嫌煙女こと穂塚聖子が気炎を上げている。
「アタシは教師だから、教師! しかも主任にまで昇りつけたんだから!」
「はあ、それはすごいですね……」
インタビューする側の菊尾と印田も持て余していた。穂塚が熱くなればなるほど、周囲は冷え込んでいく。その温度差に当人だけは気付けない。当麻には主任教師とやらがどれほどの重役か定かでなかったが、穂塚が勤まる程度の役職なのだろうと合点する。
「教師生活が長いってことは、それだけ社会の常識を知らないってことじゃないか」
「私の生徒指導はそれは評判で……」
「はいありがとうございました! 次の人」
印田が半ば強引に20分以上続いた独演会を打ち切った。
「たぶん20秒も使われないだろうな。なんであんな必死なんだ」
当麻が呟いた。自分の有能さをアピールするばかりで、客観性がまるでない。
「よし、良い手応えだったわ!」
満足気に言う嫌煙女。
(あんたのアピールは、公衆便所に落書きしてるのと変わらないよ)
冷酷に評した。
「最後に紹介するのは、王喜万斗果さんです! なんと現役女子高生!」
促されて、当麻が車椅子を押して前に出る。電動車椅子に介助が必要だとは思えないが、王喜万斗果の方から「押していただけますか?」と言われて引き受けた。言葉の裏に「介助役のフリしていれば目立たなくて済みますよ」というニュアンスを感じ取ったのが気にかかったが、裏方に回れるのはありがたい。
「宜しくお願いいたします」
観客の息を呑む気配が伝わってきた。伊勢乃木貴美のときとは異なる、異種異様な緊張感が伴う。
「え、えー。伊勢乃木さんに続いて、王喜さんも美人さんですね!」
足のことに触れない辺り、デリカシーは心得ているらしい。或いは、メディアで扱うにはデリケートな問題なのか。
「その制服、A高校のもの? ものすっごい進学校じゃないすか!」
ゲストの芸人が騒ぎ立てる。事前に万斗果から聞き取りをしていて、さも今気づいたかのように演出しているだけであるが。
「王喜さんは志願されて調査人になったのだとか。どうして志願したんですかぁか?」
菊尾にマイクを向けられる。マイクを押し付けていると言った方が正確で、マイクで顔が映るのを邪魔しているようにも見えた。スタッフが「マイクさげろ!」と器用なことに小声で怒鳴っている。
「以前から復讐条例に興味があったからですわ」
「社会に貢献したい、と? 感心ですね!」
印田アナが微妙に上から目線の言い方になるのは、年齢上無理もないことのかもしれない。
「ええ。社会の仕組みに興味があったのです」
やんわりと訂正した。カメラとマイクを前に、しごく落ち着いている。
(コイツが狼狽してる様子って、全然想像できないな)
一度驚いた顔を見てみたいと思う当麻だった。万斗果には超然とした雰囲気があって、テレビ局という異邦にあってもなお、それが崩れない。
(笑顔でも、言ってることは塩対応だけどな。塩分過多だ)
当麻と会話していた時と比べて、対応が辛い。美しいが潤いがなく、なぜか砂漠を想起させる。それも、黒々とした極寒の夜砂漠。
それに比べれば、伊勢乃木貴美は随分と人間味があった。
「好きなタイプは、どのような男性ですかぁ?」
事前の打ち合わせにない質問が飛んだ。万斗果の牙城を突き崩そうと、菊尾が切り込む。
(下世話な話に持ち込んで、ペースを崩すつもりか)
「そうですわね、ミステリアスな殿方に興味があります」
薄く微笑んだ。この笑みを浮かべたときの万斗果は、ぞっとするほどに美しい。
「ま、またまたぁ。だから、具体的に……」
「菊尾ちゃーん! しつこい女は嫌われちまうよー?」
なおも食い下がろうとする菊尾を、大華が黙らせた。
「絶妙なタイミングだ」
なぜか隣にいた貴美が小声で感嘆の声を上げた。異性関係の質問は、しつこいとセクハラの印象が強くなる。それを嫌っての牽制だろう。
「あの司会者、見た目だけの虚仮威しじゃないってことかな」
大華は今でこそ抜群の知名度があるが、若い時分はテレビに露出のない、売れない芸人だったという。隙を見せない万斗果に、トークはやや尻すぼみに失速して終わった。
「あ、あと、同じく調査人として活動していらっしゃる仮名Oさんです」
万斗果のインタビューが終了した後、おまけのように当麻を紹介して終了した。
「ガンバリマス」
お面で素顔を隠した当麻は平板な声で告げた。やはり王喜万斗果、伊勢乃木貴美の両名は、素材の良さから放送時長く時間をとるようだった。。「密着取材を」とスタッフから交互に繰り出される勧誘を、「学業に支障をきたしてはいけないので」「未成年なので」を盾に躱している。
「よしよし、この程度で済むならマシだ」
目立ちたくない当麻と、美女2人の刺身のツマ程度にしか思っていない番組側の思惑が見事に一致した結果である。
「さぁて一同お立合いだ!」
大華典膳が大声を張り上げて注目を集める。
「調査人の諸君にはさあ、不安もあると思うわけよ! 突然選ばれて、切り裂きジャックを捕まえろ、だなんてビックリしちまうよなあ!」
「まあ、そりゃあ……」
国塔が小声で同意する。皆が大なり小なり抱いていた不満だった。
「仕事残してきてるヤツだっているだろう?」
銀行員を名乗っていた塀内ゲンが何度も頷いている。
「そういった連中に、ミーがヤル気の火を灯してやろうじゃないの! 賞金をかけるぜ!」
控えていたバニーガールが、この番組でよく使われる犯人の手配書を大きく掲げた。名前は切り裂きジャック。顔はシルエットになっているが、男性のものだった。いつもと異なるのは、赤い字で大きく金額が書かれていること。その額は5000万。
「5000……マジかヨ?」
富井内人が目を見開いた。
「ジャックを逮捕したヤツには5000万払うぜ。そうでなくとも、逮捕につながる有力な情報を提供したヤツには1500万だ!」
「おいおい、テレビの演出ってのじゃないだろうな」
樫内洋志がなおも疑ってかかる。事実、「賞金〇〇〇万円!」と謳うコンテストで優勝しても、賞金が払われないことが往々にしてある。樫内の鼻先に、大華は紙片を突きつけた。
「5000万の小切手だ。これで不満はなくなっちまったか? 発行はミーの制作会社。今のところ倒産の心配はないぜ」
現実味を帯びてきた大金に調査人たちの目がギラつき始める。伊勢乃木貴美や陸儀当麻など数人の例外を除いて。だがその中にあって、王喜万斗果はまるで醜悪な喜劇を見るような目で、一同を見物していた。口元には酷薄な笑みを浮かべて。
(嫌な笑い方をする。本当に高校生かよ?)
金の魔力に魅了されていないうちの1人、当麻だけは異様さに気付いた。
「公選だろうが私撰だろうが、キッチリ払っちまうぜ! ただし税金の手続きはそっちでやってくれよ!」
大袈裟にウィンクをすると、ようやく役割を思い出したゲストが賞賛を浴びせた。
「大華の大将が自腹切るたあな。思い切ったもんだ」
小雨が言う。
生きた金の使い方ってヤツか?」
「生き金? 失敗したら死に体になるから、後がないってだけだろ」
(これで調査人どもが躍起になる。ああ面倒だ)
悩みの種がまた1つ増えた。
「なんで個人で金出すんだ? この番組儲かってるだろうに」
大華典膳にとっても5000万は安い金額ではないだろう。
「儲かってるってことはさあ。どっかの会社のヒモがついてるってことなんだよ」
アメリカンに肩をすくめて見せる。
「ああ、ヒモ付きだから、勝手に財布のヒモも緩められないってのか。政治屋と一緒だな」
不要な椀飯振舞をしては、スポンサーがいい顔をしないのだろう。
「どうでもいいがお宅、言葉遊び好きだね。女にモテないだろ?」
「ほっとけ。現実に遊びがないんだ。口先で遊ぶぐらい見逃してくれ」
アナグラム解答。復讐条例s課課長。4話から登場。
意義路雲瓶
↓
いぎろうんびん
↓
いんぎんびろう
↓
慇懃尾籠
です(/・ω・)/
「丁寧の度が過ぎて不愉快」みたいな意味です。




