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復讐条例  作者: あまやどり
第1章 復讐条例公選調査人
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第1話 “ザ・チェイサー!”

ミステリ始めました(/・ω・)/

登場キャラの名前は全員アナグラムです。ちょっと反則もありますが(笑)

挿絵(By みてみん)


 19時になると同時に、けたたましいオープニングミュージックが流れる。舞台袖から水着の女性たちがわらわらと登場し、階段ステージに整列して笑顔でダンスを踊り始めた。階段状の舞台奥から、マイクを持った男が現れる。黒々と日焼けをしていて、サングラスにオールバック、ラメをふんだんに使ったギラギラと光る赤いスーツという、胡散臭い恰好をした中年である。男を中心に、階段ステージに記念写真のように並ぶ。華やかを通り越してケバケバしい演出だった。

「レディース&ジェントルメン! さあ、今夜も始まっちまったぜ“ザ・チェイサー!”。皆さんは正義の目撃者となる! ご存知司会は私、大華典膳(だいか・てんぜん)!」

 大きく、良く通る声で名乗った。ダンサーたちが一斉に紙吹雪をまく。それを待っていたように、舞台袖から女性が現れた。

「アシスタントは菊尾(きくお)レイでお送りいたしまぁす」

 魅力的な顔立ちだが、30に手が届きそうな年齢の割に喋り方が甘ったるい。

「今夜ももちろん2時間特番でぇす! 視聴者の皆さん、これから2時間テレビに釘付けですよぉ? おむつをしてない方、おトイレに行くなら今のうちでぇす!」

 アシスタントの軽いトークに、観客から笑いが漏れる。4度にわたる入念なリハーサルの成果である。続いてゲストの紹介などを型通り済ませた。

「今夜はいよいよクライマックス! 前から総力取材をしていた幼児誘拐犯、あの桃野良雄(ももの・よしお)の潜伏先を、当番組がついに突き止めちまった!」

 大華典膳が自分の手柄のように叫ぶと、「おおー!」とゲスト席からわざとらしい歓声が上がった。司会者にしては横柄な物言いだが、この断言口調が好評だった。

 ダンサーの美女数人が、150cm×100cmの大きな紙を広げた。白黒印刷で、30代と思しき男の顔。小太りで、目の下が厚ぼったいせいか、暗い印象を受ける。上には「WANTEⅮ!」の文字。下には「桃野良雄33歳。当番組命名“チャイルズ・マーダー”」と書かれていた。さながら西部劇に出てくる賞金首の手配書である。

「では、現場の印田(いんだ)さぁん?」

 アシスタントの菊尾レイが、マイクがあるにも関わらず手を口に当てて叫ぶと、スクリーンにスーツ姿の若い男が映し出された。

「はい、現場リポーターの印田雄飛(いんだ・ゆうひ)です。我々は今、桃野良雄が潜伏していると思われる廃工場から、100mほどの駐車場に待機しております」

 声を潜めて、幾分緊張気味に報告する。

「我々がここを突き止めたのは、情報提供がきっかけでした」

 以下、「近所のスーパーで買い物をする、桃野らしき男の姿が目撃された」だの、「無人のはずの工場に、深夜ぼんやりと明かりが灯っている」だのの証言を並び立てる。

「見えますでしょうか。あのトタン屋根の建物です。いまも、左隅の一角が明るいです。現在も桃野がいると考えて間違いありません」

 観客席から歓声が上がった。

「分かったぜ、印田アナ! でもそろそろ、今日のヒーローを紹介しちまえ!」

 大華典膳が促すと、印田アナウンサーは大仰(おおぎょう)に頷いた。

「はい、お待たせいたしました。では紹介します。今夜の主役、新貝英機(しんがい・ひでき)さんです!」

 カメラが横にパンして、画面に老人の姿が映し出された。テロップには新貝英機(80)と書かれている。シワだらけで枯れ枝のような体を、“ザ・チェイサー!”のロゴが入った、派手なツナギで覆っていた。

「が、ががんばりますっ!」

 およそテレビ慣れしているとは言えない老人は、ガチガチに硬直し顔を青くしていた。印田の作り物めいた緊張顔とは違う。

「よーしよし! さぁっすがヒーロー! いい面構えだ!」

 縁側で猫を抱いているのが似合いそうな老人を前に、大華が(はや)し立てる。再びカメラに印田が収まった。

「番組視聴者の皆様はとっくにご存知のことと思いますが、一度おさらいをさせていただきます。去年10月19日、新貝さんのお孫さんである6歳の肉屋翔(ししや・しょう)くんが行方不明となり、翌日未明、無残な姿で発見されました。亡骸には暴行された跡があり……」

 老人の顔が悲痛に歪む。遺族の真横で淡々と事件の経緯を読み上げるのは、配慮のないこと(はなは)だしい。が、これは視聴者の義憤を煽るために必要な「儀式」でもあった。

「警察の捜査によって、犯人を桃野良雄33歳と特定。しかし、桃野はいち早く逃亡した後でした。……そこで今年の1月、新貝さんは“復讐条例”に登録したのです!」

 印田が盛り上げようと、抑揚をつけた大げさな言い方をする。

「いよいよ今日、悲願が叶うんですねぇ!」

 アシスタントの菊尾が追随した。語尾が間延びしているせいで、いまいち緊張感が演出できていない。

「は、はい! 絶対にあの鬼畜を捕まえて、警察に突き出してやります!」

 緊張と興奮と不安が混成した表情で、老人は拳を震わせた。

「なお、新貝さんは復讐条例第11条の規定により、3名の助っ人がヒーローをサポートします」

 新貝老人と同じく番組のロゴが入ったツナギを着た、屈強そうな者たちがカメラに収まる。ただし3人とも動物のマスクで顔を隠していた。

「彼らは当番組が推薦した私撰調査人。それも、元警官や元自衛官といった捜査や荒事のエキスパートたちです。無用なトラブルを避けるため、素顔も本名も非公開ですので、“イーグル”、“シャーク”、“パンサー”と愛称で呼んでください」

 3名が手を上げて挨拶を返した。体型から、イーグルだけは女性と知れる。

「かぁっこいい! 素顔もぜーったいイケメンね!」

 年齢に似合わない、黄色い声を上げるアシスタント菊尾。

「それと安全を考慮して、新貝さんにはスタンガンを装着してもらっています」

 印田アナが付け加える。老人の腰には、棒状のスタンガンが手挟まれていた。

【注*この携行はあくまで防衛目的です。正当な事由につき復讐条例第8条に基づき適法です】

とテロップが出る。寝込みを襲いに行くのに「防衛目的」で押し通すつもりらしい。

「ではグッドラック! いい報告を期待してるぜ、ヒーロー! GOだ!」

 大華が親指を立てた。

「おお! 恒例の、大華さんのゴーサインが出ました! 新貝さん行きましょう!」

「はは、はい! 行って参ります!」

 新貝老人は、3人の助っ人たちに担がれるようにして飛び出して行った。


 ややあって。

「スタジオの皆さん、大ピンチです! 我らがヒーロー、新貝さんが名誉の負傷をしてしまいました! 桃野は我々の予測を遥かに上回る凶悪犯です!」

 印田が口角泡を飛ばしてスタジオに伝える。

「桃野はなんと、銃で武装していたのです! 発砲してきました!」

 工場の前にいたことから、印田はしっかり後方に下がっていたらしい。その周辺では、「オンエア大丈夫か?」「OKです、血はありません!」などの怒号が聞こえてくる。

「じいさんしっかりしな! 当たってないよ!」

 腰が抜けたように這いつくばっていた新貝老人を、女性のイーグルが乱暴に蹴り起こした。

「す、すみませんの。いたた……」

 老人は二の腕に浅く傷を負っていた。銃での傷ではない。不用意に飛び掛かったところに、桃野が発砲したのだ。起き抜けで威嚇だったのだろう、銃弾はあさっての方向に飛んでいったが、至近距離での銃撃に老人は驚いて転倒、怪我をしてしまった。スタッフ一同も身をすくませた隙に、桃野は窓から逃げ出してしまった。

「オラ、仕事だオッサンども、行くぜ!」

 イーグルは軽少な身のこなしですぐさま追っていったが、パンサーは立ちすくんだままだった。 

「冗談ではない。安全な仕事だって言うから引き受けたのに」

 呆然としている。声からそれなりの年齢であることが窺えた。

「ハッ、刺激があってイイじゃないか」

 「これは嬉しいハプニングだ! スタジオが盛り上がるぞ!」とか「バカ言え! これで取り逃がしたら大目玉だぞ!」といったスタッフの交響曲を背景に、シニカルに笑っているらしいシャーク。

「第一、弱い者しか狙わないはずのただの卑劣漢が、どうして銃など持っているのだ。都合良く暴力団か不良外国人から買ったとでも言うのか?」

 最近、ネットを利用した銃の密売が犯罪に使われ始めており、近いうちに社会問題にまで発展するのではないか、と新聞が謳っていた。

「あのな、アンタ銃見なかったのか? サクラだったぜ。サタデーナイトスペシャルとかじゃなくってさ」

 ジョークのつもりらしい。サタデーナイトスペシャルは「ジャンクガン」とも呼ばれる低品質で安価な小型拳銃である。対して、サクラの正式名称は「M360J SAKURA」。制服警察官の制式拳銃であり、有名なニューナンブM60に替わって2006年より配備されている。

「卑怯者なりに、身の危険は感じてたんでしょうよ。警察官を襲って武装する程度には」

「どこぞの警察官が奪われたということか。なんたるみっともない話だ」

 “古巣“に悪態を吐くパンサー。

「ハッ、だーから復讐条例なんてできるんだろうが。さあ、イーグルにどやされる前に追っかけようや」

 同時に女性の怒号が響き渡る。

「コラーッ! 働けやギャラ泥棒ども!」

 シャークがパンサーの背中を叩いて急き立てた。



「クソったれ!」

 桃野良雄は何度も背後を振り返った。どうやら不意打ちをしかけたのは“ザ・チェイサー!”というテレビ番組のようだった。ご丁寧にも捜査状況をいちいち放送していたのでチェックはしていたが、居場所まで突き止められているとまでは思っていなかった。いちおう下調べをしたので、土地勘はある。狭い複雑な道を選んで逃げてはいるが、優秀な追っ手らしく振り切ることができない。それどころか、体力の差から距離はどんどん縮まっている。加えて番組か警察による避難勧告があったらしく、近隣が無人であることにも頭を悩ませていた。人混みに紛れることができない。隠れてやり過ごすことも考えたが、そんな素人考えが通用する相手でもなさそうだった。公選調査人と異なり、私撰調査人は捜査のプロが多い。

 小道を曲がった直後、女性と鉢合わせた。身体を(ひね)ってどうにか衝突を避ける。逃げおおせるのは不可能と悟った矢先の邂逅(出会い)だった。

「わ、びっくり」

20歳前だろうか。身軽な普段着で、ちょいと散歩にでも出た、といった風情だった。驚いたのは一瞬のことで、そのまま通り過ぎようとする。

(まだウロウロしてるボケナスがいたか!)

「おぉおいっ!」

 転がるように走り寄って、女を呼び止めた。500mlのペットボトルに新聞紙を詰めたものを抜きだす。

「なんですかー?」

 小首をかしげる女性は、血走った眼をした小男に呼び止められてもまったく警戒していない。相当の美貌であるが、幸か不幸か、桃野は年下の6歳~12歳の少年にしか欲情しない性癖だった。ゆえにか、もっとも短絡的な手段を選んだ。いきなり無防備な女性に向かって発砲したのだ。兇弾は女性の腹部を撃ち抜いた。新聞紙入りのペットボトルを銃口に当て、即席のサイレンサーにしたので、音はごく小さい。ただし、この安価なサイレンサーは1度きりの使い捨てだった。

「あらら?」

 現実味がないのか、間の抜けた声を上げる少女。傷口から血が(あふ)れる。桃野は短身小太りで、運動経験も格闘技経験もない。身体能力を削いでおくことは必要だった。

「お前、人質になれ!」

 盾として使い潰すためにはこの作戦しか思いつかなかった。このままでは失血死するだろうが、どうせ逃走のタイミングで殺すことになるので結果は変わらない。

「もー、痛いじゃないですかー」

 女性は流れ落ちる血を眺めて、不平を口にする。実際は「痛い」どころではないはずだ。激痛と恐怖で泣き叫ぶのが正常である。

「う、ううぅう、う、動くなっ!」

 向けられる銃口をよそに、女は手首を軽く捻った。バチン、と手品のように、両手に刃が現れる。バタフライナイフ。|フォールディングナイフ《折り畳みナイフ》の一種であり、隠匿に長じる。慣れれば片手で、しかも1アクションで刃を起こすことのできる得物を逆手に握った。

「はあっ?」

 桃野の背筋に悪寒が走った。

「お気に入りの服だったのに。サツキさんぷんぷんですよー?」

 銃対ナイフ。無傷対重傷。有利さで言えばどちらに軍配が上がるかなど自明である。が、銃を向けられても重傷を負ってもなお変わらぬ平静さは常軌を逸している。女は両手を水平に広げ、一瞬背を向けた。そのまま、遠心力をたっぷり乗せて右手ナイフを()ぐ。大振りで大きな動作は、まるで子どもがバットのスイングしているようだった。だが狙いは正確で、目をざっくりと裂く。体をひねった反動を利用して、今度は左手のナイフを振るう。返しのナイフは喉を切り断ち切った。

「……はほっ」

この時点で桃野の意識は地下へと墜ちた。が、なおも勢いは止まらず、さながら竜巻のように水平に切り刻んでゆく。嵐が去った後、ようやく惨殺死体はアスファルトに(くずお)れた。

「ではでは、勇者行為をばー」

 懐に手を突っ込んで探る。

「こっちだ! なにか音がしたぞ。スタッフは下がれ!」

 複数が駆けつけてくる気配がする。

「あやや。もー、撃たれ損じゃないですかー」

 頬を膨らませながら手を引っ込めた。

「いたた……。お腹に穴が空いちゃいました。ガムテープかホッチキスでも落ちてないですかねー?」

 自分の血と返り血に(まみ)れた女は闇に消えた。


 桃野良雄の誤算は。たまたま出くわした女が運動経験者でも黒帯でもなく、殺人鬼だったことであろう。



「いた、いたぞ!」

 先行していたイーグルが叫ぶ。

「元気だねえ」

 イーグルをシャークが追う。

「ほらジイさん、しっかりしろ」

 パンサーは新貝老人を背負っているので、さらに後方だった。むしろ率先して老人の介護をすることで、矢面に立つことを避けていた。

「……あ? どうなってんだいこりゃ」

 先頭のイーグルが怪訝(けげん)な声を上げた。音声や照明係のスタッフも、次々に止まる。

 逃走中のはずの桃野が、血まみれで地面に転がっていた。

「どーしたんですか~? 現場の印田さーん?」

 菊尾の舌足らずな声が響く。

「カメラ向けさせんな! 番組終わるよ!」

 イーグルが鋭く叫んで制止させた。放送法5条による放送の責任として、「公序良俗に反するものは乗せてはならない」ことが挙げられる。スイカ割りすら差別を助長するとして電波に乗せられない日本のテレビ局が惨殺死体など放映できるはずもない。生放送でやらかしてしまえば、無線局免許状を取り上げられかねない。

 何事かのっぴきならない事態が出来(しゅったい)したのだと察したのは大華典膳だった。

「では一旦中継は切り上げちまおう! その後でミスター印田、何が起きたのか説明してくれ!」

 大華は時間稼ぎを宣言した。

「はあっ、はあっ、わ、分かりました……」

ようやく追いついてきた印田にカメラが向けられる。印田は慌てて息を整え、乱れた髪を手櫛でなでつけた。


「で、では、この時間は新貝さんの半生と、執念の追跡行を追っていきましょう。ですがその前にCMでぇす」



『大好評発売中のサバイバルゲーム“ザ・チェイサー!” 3000万ダウンロードを記念して、超強力な装備を実装いたします! オンライン対戦でランキングに乗れば、あなたも超一流の復讐者! 課金装備でライバルに差をつけろ!』




「え、ええと、はい。全く予想外の事態が起こりました!」

 10分後。報告しないわけにもいかず、印田アナは混乱を表情に残しながらも事の次第を説明する。

「我々の追っていた桃野良雄ですが、な、なんと殺されていました!」

 柔らかい言葉を探す余裕もない。スタジオが騒然とする。が、現場はそれ以上に混沌としていた。

「も、もちろん警察には通報しています!」

「殺された、つったか?」

 大華が低い声で確認を入れた。

「は、はい。現場は血の海です。ありとあらゆる場所を切り裂かれて絶命していました。顔面と喉の傷が特に深いです。このような感じで」

 画用紙にマジックで簡略化された桃野の様子が描かれている。雑に描かれてあるため凄惨さは感じられなかった。急遽(きゅうきょ)用意したものらしい。

「目と喉……シャーク! ひょっとすると、だ?」

 大華が覆面の助っ人に質問する。シャークは傷口を観察した。短い刃物での、水平に刻まれた傷跡。本来ナイフで殺傷する場合、刺突を用いるはずである。切りつけて致命傷を与えているのは、大振りでありながら狙いが正確であるから。躊躇(ためら)いがないから。慣れているから。

「警察の発表待ちですがね。私見でいいならこのやり口、例の“切り裂きジャック”じゃないかと」

 現場もスタジオも凍り付いた。

 それは世間を騒がせている連続殺人鬼。あらゆる県下をまたぎ、殺人を繰り返す。徘徊と放浪の殺人鬼。被害者に共通点はなく、おそらくは目的もない、災害のような殺人者。

「あんのサイコキラーがついに都内に入ってきちまった?」

「警官崩れの見立てに過ぎませんがね。ただ、傷口見たらそうに見えるな、ってことで。外れても責任とりゃしませんぜ」

 不穏な空気が漂った。


 大華は(うな)った。これはタイミング的に「おいしくない」。このコーナーのためにかなりの人手とカネを割いている。視聴率のためにも、桃野良雄を逮捕して「番組の手柄」を喧伝(けんでん)する必要があった。逃げられるよりは余程マシだが、「勝手に死んでいた」では画竜点睛を欠くことになってしまう。

(だが、これはこれでオイシいシチュエーションでもある)

 大華は冷静に算盤を弾いた。番組内でさんざん自慢している「解決率」が落ちてしまったのは涙を呑むしかないが、世間を震え上がらせている殺人鬼の犯行。その犯行現場に居合わせることができた。注目度はかなり大きい。せっかくの追走劇を派手に締めくくることは叶わなかったが、次の特集に繋げることができる。

(と、なれば、まずはさっさと幕引きしちまった方が得策だな)

 現場のスタッフが襲われないとも限らない。スタジオが微妙な空気に包まれる前に、口火を切った。

「でもさあ、つまりは我らがヒーロー、ミスター新貝の執念が実った、ってことでいいんじゃないの?」

「と、言いますと?」

 印田がポカンとした顔で質問する。アシストできないヤツだ、と舌打ちしつつも、大華は続けた。

「だってさ、逮捕こそできなかったけど、にっくき桃野は2度と悪事ができないようになっちまったんだぜ?」

 なんとなく着地点を察して、印田アナがポンと手を叩く。

「な、なるほど! つまり、新貝さんの執念が桃野を追い詰めることに一役買った、ということですね!」

 タイミングの良い合いの手に、印田の降格を保留する。

ザッツコレクト(正解)! 結果的にミスター新貝の敵討ちは成ったわけだ。まあ、行きずりの殺人鬼に命まで取られたのは天罰だな! 天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず、だよキミィ!」

 指を画面に突きつける。論理の飛躍は否めないが、細部に(こだわ)っては番組は回せない。どうにかうまくまとまりそうだと、スタジオでも安堵の空気が流れた。

「新貝さん、おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「すごーい! アタシ感動しちゃった!」

 ここぞとばかりにゲストが無味乾燥な賞賛を送る。これが彼らの存在価値であり、出演料に見合った労働だった。

「は、はあ、ありがとうございます」

 老人も隣でガクガクと首を振っている。まだ現状の整理がついていない顔だった。

「では、決着といたします! 新貝さん、例の儀式を」

「は、はいっ!」

 印田アナに促されて、腰に吊るしていた手錠を手にした。

「おい、死体勝手に動かしていいのか?」

 パンサーがシャークに囁く。このままでは現場保存を破ることになる。

「ハッ、“逮捕特権”は条例第2条で認められてる。“死体に手錠をかけちゃいけない”とは書いてなかったさ」

 淡白な回答だった。スタッフがうつ伏せの桃野を乱暴に転がして仰向けにした。死体を映さないように、カメラマンが必死に角度を調整している。老人が無抵抗の死体にガチャリと手錠をかける。スタジオから割れんばかりの歓声が上がった。再び降り注ぐ、誠意のない「おめでとう」の洪水。壮大な音楽が流れ始める。

「将、おじいちゃんはやったぞ……!」

 ようやく怨敵の死を実感し、感涙にむせぶ老人。警察が検証を始めた際、現場を荒らしたとして叱責される可能性はスタッフも示唆しなかった。

「いやー、大けがを負っても決して諦めない! ミスター新貝、最っ高だぜ!」

 大華典膳が、糊塗する(誤魔化す)ように、大袈裟に激賞する。ダンサーが(うやうや)しく差し出した大きな剣を抜き、賞金首の手配書のような、桃野良雄の顔が映し出されている紙を✖の字に切り裂いた。恒例の演出である。

(これで八方丸く収まりゃあ、誰も苦労はしないわな)

 その間も、大華の脳内はめまぐるしく回転していた。いまは大団円のような空気になっているが、それはスタッフやゲストが「番組側の人間」であるからだ。そうではない人種。口さがない他局のコメンテーターや遠慮のない自称知識人や常識のないネットの住人などは、とても成功とは評価しないだろう。今のままでは。

(後で何を言ったところで泥縄だ。挽回するチャンスはいましかない)

 長い不遇の時代から、大華は多くのことを学んでいた。

「さーあ、ここで重大発表だあ!」

 突然大声で叫んだ。予行演習になかった大華の言動に、注目が集まる。

(言え、言っちまえ! 折り合いはあとでつけろ!)

 寡黙な者と大言壮語を吐く者が同じ結果を出した場合、後者の方が評価が高い。人間の、ではなく日本人特有の気質だった。だから無能で大口を叩く者が政界に居座る。

「ハッピーエンドってもさあ、妙な横槍が入っちまった。ミスター新貝の悲願は50%ってとこだな?」

「は、はい……?」

 せっかくまとまりかけた雰囲気を、大華自ら打ち壊した。同意していいものやら、菊尾はじめ演者が困惑する。無論、筋書きにないアクションだった。

「だから宣言するぜ! 残りの50%も果たす。つまり、桃野を殺した“切り裂きジャック”も、“ザ・チェイサー!”が逮捕してやろうじゃないの! 殺人鬼がなんぼのもんじゃい!」

と大見得を切った。一拍置いて、「おおー!」と歓声が上がる。

「NPAsに連絡を取れ! “仇を横取りした相手”に条例が適用されるか確認しろ!」

「打診してみますが、たぶん無理ですよ。去年却下された前例があったと思います!」

 さっそく、ディレクターたちが水面下でプランを立て始めた。

(勝算はある。他の“切り裂きジャック”の被害者を見つけちまえばいいんだ!)

 そのためには、トウの立った使えない元アイドルでも何でも、利用しなければ。裏方の大混乱をよそに、エンディングテーマが流れ始めた。


 画面に長文のテロップが躍る。


『当番組は、復讐条例に登録した“復讐者”を随時募集しております。密着取材・テレビ出演が条件ですが、経費はすべて当番組が負担いたします。また、テレビで広く目撃者や協力者を募るので、早期解決が望めるものと自負しております。当番組の“解決率”は現在85%です』



プロローグの段階では説明されてない単語がありますが、だいたい名前から想像しやすいものにしています(/・ω・)/

詳しくは本編で重要な順に説明してゆきます(/・ω・)

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