所狭し
厳しさは時間軸を入れることで
厚みが増している
やってはいけないことが
増えているのである
僕等の祖父母の頃より
今の方が
厚みとして増しているだろう
それは進んでいることとは違う
潔癖になっているだけだ
弱くなっているだけだ
人として
大人の形を忘れているだけだ
他人のフォローすら
面倒なことに含まれている
自分が動くから得られる形を
想像していないのだろう
もしくは
必ず得られないから
利点が無いと考えているのだろう
人の命を大切にすることは
昔も今も変わらない
幅が違うだけである
何かの為にという部分も違う
今は自分の為だけである
他人の為の行動が
その他人の考えと合致しない場合
その行為自体を
否定する人間が多いからだろう
ありがた迷惑
無いよりマシという
許容心が無いし
許容心を持っている人間が
犯罪に巻き込まれる場合もある
皆、自分が可愛いのだ
自分だけの桃源郷を求めて
自分の為だけに
頑張っているのである
守る対象となる他人を持てないのは
其れ等を
捨てなければいけないからだろうか
分かっていながら
出来ないのであれば
進んでいることにはならない
全く新しくない
一ヶ所にとどめて
そこに幸せな考え方なのだと
そういう選択肢もありなのだと
理由と論理と理屈を投げ込んで
人間のゴミ箱にしているだけだ
本来であれば
何回も挑戦して失敗し
どうしようもなかった人にとっての
楽園だった筈なのだ
周りの人間は
それを感じて慮ることができた
今は区別がつかない
挑戦者に対して
一種の称賛ができないのだ
平等と公平の病気は
平等だから正しいと
公平だから良いに
悪化していっている
平等でなくても正しいし
公平でなくても良いのだ
物事は上手く回ってこそ
利点が多いものになる
しっかりと着地する方が
次の行動ができるというものだ
永遠にできない平等と
永遠にとれない公平に
右往左往している時点で
無駄にしているものは必ずある
変わることに意味はない
新しくすることに意味はない
見方や考え方が変わるということは
また
違う見方や考え方に
変えられるということになるからだ
また右往左往することになるだろう
変えないということは
防波堤と同じだ
変えないものを作るのであれば
誰も文句が言えないように
立派な形にするしかない
ただ
変えなければいけないのかと
考える必要性がある
これを省いた形には
立派な部分など無い




