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迷宮白書  作者: 深海 蒼
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9話

 洞窟のような装いの迷宮2階層を進みながら、拳児はグレスから教わった戦闘時の注意点を反芻する。叫び声をあげるな、可能な限り壁を背に戦え、視野を広く持て。道を進む中三回ほどモンスターと遭遇し、その度にいただいた先駆者の有り難いお言葉である。


 叫び声は言わずもがな、壁を背にする事で視覚を出来るだけ無くし、背後からの強襲を防ぐ。視野を広く持つ、つまり正面に集中するのみではなく、感覚を鋭敏にする事で左右、もしくは両方からの攻撃に対応できるようにする。


 確かにこのような迷宮ではどこから敵が来るのかわかったものではない。上からイモムシが降ってきた時は思わず絶叫をあげそうになったものだ。だがそれも無事に回避して、拳児達はこうして第3階層へ続く転送台までの道程を歩いているのである。


 しかしすごいな、なんて漠然と拳児は考える。最初の戦闘時には気付いていなかったが、二回、三回と戦闘をこなす内、拳児は自身の身体が軽快になっている事に気付き、また物音と言うか、気配に鋭敏になった事を理解していた。この件に関してグレスに聞くと、どうやら昨日レテスが行なった「生体エネルギー」の循環作業によるものだという。


 人間の身体は元々生体エネルギーを生み出し循環させている。その生体エネルギーを生み出す為の燃料が食事であり、人間が単体で生み出せるエネルギー量と、自己で行なえる循環量は限界があると言う。生み出せる量は食事の質・量により上下する。循環量はその本人の身体により変化するが、限界というものが存在する。


 その循環量の限界を一時的に広げるのが昨日の魔法による儀式となり、循環量が増加すれば生体エネルギーはより多く肉体へ浸透し、より多くのエネルギーを循環させる事が可能となる。言い方を変えると、細いホースから太いホースへ交換する事で一度に出す水の量を増やすようなもので、その交換作業が昨日の儀式である。


 拳児の中に蓄積されているだけだった生体エネルギーは、昨日の儀式で円滑に身体を循環するようになり、そのお陰で、身体が軽快になったのだという。また気配に対する鋭敏化に関しても、各器官が生体エネルギーを吸収し、強化された事でより鋭敏になったのだという。


 そのうち壁の向こう側が透けて見えるかもしれない。


「阿呆な事を言っていないで警戒しろ。貴様は阿呆か、阿呆」


 呟いた声が聞こえたのか、グレスが後方から阿呆を連発する。叱られた心境のまま周囲の警戒を再開しながら歩く。


 3歩目ぐらいで、進行方向にある転送台を見つけてしまった。




迷宮白書




 第3階層もまた、洞窟のような装いの陰鬱な雰囲気を醸し出す階層だった。


「迷宮の装いは、階層の区切りによって変化を起こす。洞窟の形状をしているのは、20階までだ」


 岩肌を手で擦り、掌についた砂を払いながらグレスが答える。拳児は彼の視線を受け、視線を進行方向へと向けると、周辺の警戒を行ないながら道を歩き始めた。


 転送台を降りた所からは一本道、その先が左右に分かれる丁字路になっている。さてどちらへ行くかな、と参考にグレスへ尋ねる。


「こういう場合の、セオリーとかはあるんですか?」


「そうだな……。まず一つは直感、特に獣人やエルフの自然エネルギーに敏感な者の直感を参考にする。彼らは気配により敏感で、モンスターがどちらにいるか、漠然と分かるのだという。

 もう一つは魔法。探知魔法でモンスターの位置を漠然とだが割り出す事が可能であり、その魔法によりモンスターの居るほうか居ないほう、どちらかを選ぶ」


 指針を得るというのは確かに重要だ。安全策を取りたいならモンスターのいないほうへ行くし、何かあるかと思えばモンスターの居る方向へ進めばいい。上階層の場合、知能が低いモンスターが多そうなので、集まっている場所があればそこにはきっと何かがあるのだろう。


 だが現状、拳児にはそのような手段を取りたくとも取れないので、結局漠然と選ぶしかない。


「……では、こっちへ行きましょう」


 やっぱり、右手の法則で拳児は右の道を選んだ。


 選んだ道を進んですぐ、上空から何かが降ってくる。またイモムシかっ!と警戒したが、その物体は拳児の脇を掠めると再び上空へと舞い上がった。


「なっ! コウモリ!」


 その姿は大きく、羽を広げたサイズは1メートルに届きそうな、真っ黒い姿のコウモリだった。そのコウモリが上空に一匹ホバリングしている。グレスはそのコウモリを見た途端、小さく舌打ちした。


「奴はクロウバット、その鋭利な爪と牙で冒険者を襲うモンスターだ。そして、奴らは集団で活動する。壁を背にして上空を警戒しろ、叫ぶなよ」


 グレスはそう言うと、腰に差していたナイフを抜き放ち、壁を背にし上空を警戒する。拳児もそれに習い、グレスの横に並び上空を見た所で、驚いた。


「……なんっじゃこりゃ」


 一面には、びっしりと黒いカタマリがぶら下っていた。


「言っただろう、集団で活動すると。一匹いたら10匹は共に活動している。だがこの数はその程度じゃない、集合隊に当たってしまったか……。

 この数を相手にするのは魔法でも使わないと面倒だ、壁伝いにゆっくり動いて離脱しよう」


「は、はひ……」


 黒いカタマリがびっしり釣り下がるおぞましい光景に、拳児はひぃと小声で言いながら壁伝いにズリズリと這う。剣を手に持ちながらも壁にへばりつくその姿は、とても情けないものだった。だがそんな事はおかまいなしに、モンスターは攻撃をしかけてくる。


 先程攻撃してきた一匹が、再び上空から拳児目掛けて飛んできた。


「んおぁっ!」


 飛来して来た一匹に、声をあげながら思わず剣で切り払う。剣で斬られたコウモリは、甲高い声をあげながら、地面へと落下した。


 その鳴き声にまずいんじゃないかと思う拳児。グレスを見ると、やっちまったなぁと言いたげな、諦め混じりの視線を向けてきていた。


 天井を見ると、上にぶら下っていた黒いカタマリが一斉に蠢く。どのカタマリも、羽を大きく広げていたのを確認すると、拳児は色々なものを諦めた。


「もう、やってやるよっ!」


 剣を構え、黒いカタマリが上空から落下するのを合図に、拳児は駆け出した。




 前後左右だけでなく、上下から来る体当たり。それを可能な限り避け、場合によっては剣のみでなく拳や足、果ては頭突きすら用いて拳児はひたすらに暴れ回る。


 人間三人分程度の広さしかない通路だが、コウモリ達は50匹はいそうな数で襲い掛かってくる。一度剣を振るえば二匹は斬り、拳で一匹、蹴りで一匹吹き飛ばす。身体は体当たりの衝撃で痛み、爪と牙の所為で所々切られている。横ではグレスも同じように、隻腕ながらナイフを振るい的確にコウモリを倒している。


 体力的に限界が近づいた頃には、上空を飛翔しているコウモリの数は、10匹に満たない程度となっていた。


「おらぁっ!」


 また一匹、滑空してきたコウモリを正面から上段斬りで仕留める。視界を埋め尽くしていたコウモリがここまで数を減らした事で拳児はヤル気を出し、バタバタを駆けながら次々にコウモリを打ち落とした。


 滑空してきたコウモリは正面から斬り、上空へ逃げるものは跳んで叩き落す。身体の疲労を感じながらも、それを心地よく思い、更に斬っていく。


 気付けば、視界を埋めていた黒いカタマリは全て消えていた。


「……終わった、かぁ」


 暫く上空を警戒していた拳児だが、視界に黒いカタマリが存在していない事を確認すると、どさっと床へ座り込む。


「あぁ、もう疲れたぁ」


 肩から提げた袋を床に置き、腕を突っ込み中を漁る。掴んで取り出したのは、マルタさん謹製の水のポーションだった。フラスコのような土瓶の蓋を開け、一気に喉に流し込む。無臭であったが、非常に後味の苦い飲み物だった。


「うぷっ、にがっ……」


 液状胃薬を飲んだような喉越しに、思わず苦情を漏らす。だが喉を液体が通る事で、本当の意味で、拳児は一息つく事が出来た。ゆっくりと首を回し、自身の身体の傷を確認する。


 幸い怪我の殆どは体当たりによる軽い打撲であり、爪や牙による創傷は細々としたもので多くは顔を庇った左腕に出来ていたが、既にかさぶたが出来始めていた。この程度なら包帯で巻いたり等は必要ないだろうと思い改めて周囲を見渡すと、床に転がる黒いカタマリをひょいひょい拾い上げている隻腕の男がいた。


「あの……、なに、してるんですか?」


「あ? 見て判らんのか、拾っているんだ。クロウバットの羽と爪は道具や服の素材として流通している。

 これだけの量を放って置くのは勿体無いだろう。貴様も大袋を持っているんだから座っていないでさっさと手伝え!」


「は、はいっ!」


 グレスからのちょっと理不尽な喝に拳児は勢い良く立ち上がり、自分の周辺に落下しているコウモリをせっせと拾い始める。拾っている間、コウモリの羽が伸縮性に富んでおり服の腰紐や荷物袋の肩掛け紐、巾着などに使われ、その爪は砕いて鉱石と混ぜ安価な合金を作る際の材料となるのだとグレスから教えられた。


「なるほど、そういう用途にモンスターも使えるんですね」


「このコウモリは上階層で多く採取できるから多く出回っているがな。下階層へ進むにつれモンスターの皮膚や牙はより鋭く、頑丈になる。

 そういったものを利用するというのは、新たに合金を開発したりするより遥かに効率的なのはわかるだろう?」


 確かに、新たに何かを作るより、既にあるものを利用して既存のものより良いものを作れるというのは効率的である。迷宮から出たらガティにコウモリを渡せば喜ぶかな? などと考えながら拳児は最後の一匹まで、せっせと拾い集めた。


 全てを拾い集めると、拳児は先程までコウモリを入れていた袋に手を突っ込み、水のポーションを取り出す。かなりのコウモリの死骸を入れたのに突っ込んだ手には感触が全くないのは不思議なものだった。取り出した水のポーションを、死骸を入れ終えたグレスへと差し出す。


「どうぞ、おいしくないですが」


「お、おお、すまんな」


 晴れ晴れとした表情でグレスは受け取ると、拳児と同じように一気に喉へ流し込む。グレスが口に含んだ時に拳児はあの苦い後味を思い出し渋い顔をしたが、グレスは平気そうな顔で全てを飲み干した。


「ふぅ。しかし、まさか群れの集合隊に遭遇するとはな。偶にこういう事も起こるから、上階層でも気が抜けん」


「群れの集合隊ですか」


「そうだ。奴らは普段10体程度の集団で活動しているが、稀に群れが集まり群隊となる。どういう理由かはわからんがな」


 なるほどなぁと思いながら思い返す。確かにあの数は尋常じゃなかった。一匹一匹がそれぞれ大きい分、その恐怖は余計増加される。今更ながらこの程度の軽症で良かったなぁと。


 通り過ぎた恐怖に一瞬身震いした拳児に、グレスは言葉を続ける。


「群隊を撃退したという事は、既にこの階層にグロウバットは存在していない。奴らの餌となる甲殻虫の幼虫も奴らに食われた後だろうな」


「じゃあ、もう何もこのフロアに居ないっていう事ですか?」


「そういう事だ。群隊を全て始末したんだ、通常の上階層で、全てのモンスターを相手したとしてもあの数にはならんだろう」


 確かにありゃ数が多すぎた。拳児は知りもしないのにうんうんと頷き、話を続けた。


「じゃあ後は転送台まで行くだけですね」


「まぁ、そうなるな」


「じゃあ、早く行きましょう!」


 何もいないと知り、拳児は警戒など行なう事もなく、悠々と通路の先へと歩を進めていく。指導官としてグレスは咎めるべきなのかもしれないが、まぁいいかと思いながら彼の後ろをついていった。




 一本道から左右へ別れ、今度は左へ曲がると三叉路に辿り着く。ガティからの剣を棒倒しの要領で使い、中央の道へ進むと、色々曲がりくねった挙句に転送台へと辿り着いた。


 1階層、2階層とも結構簡単に転送台が見つけられていただけに、拳児はこれが迷宮の本来の姿かなどと思った。まだモンスターがいたとしたら、至極厄介な構造をしている。


「さて、では訓練はこれで修了だ。ご苦労だったな」


「いえ、ありがとうございました」


 先に転送台へ上がるグレスを下から見上げ、拳児は頭を下げる。ここまでの道程で、グレスは多くの知識を教え、戦闘のアドバイスをくれた。頭を下げて見送るのが礼儀だろう。


 しっかりとした拳児のお辞儀にグレスは苦笑をしながら、言葉を続ける。


「貴様はこのまま、10階層を目指すのか?」


「はい。友達との約束ですから」


 本来は約束などではなく、他の人間の為に行なった決意表明の結果10階層を目指す事になったはずだが、拳児の頭からは既に抜けている。頭にあるのは10階を目指すと言った自分に、夜なべしてまで武器と防具を用意してくれた友人の存在だけである。


 そんな事を知らないグレスは、だが、と口を開く。


「約束もいいが、命は大切に使え。危険を感じたら逃げろ、死んでしまってはどうしようもないんだからな」


「はい、その時は帰ってから頭を下げて謝るようにします」


「そうか……」


 やがて、転送台の光が増し、グレスの身体を光が包む。最後にグレスは一言添え、地上へと帰っていった。


「貴様の生還を祈る」




 光が収まり、転送台に誰もいないのを確認し、台へと上がる。


 正直言って、自分も一緒に帰ってしまおうかと思わなかった訳が無い。だがそうすれば、10階層を目指すと言った自分の為に武器と防具を用意してくれた友人と、道具を準備してくれたその母親に面目が立たない。


 無茶かもしれない、無謀だと思う。だがそれでも、やれるだけやってみよう。


 これから始まる一人の探索に、新たに決意を固めて拳児は挑む。


 頭に直接表示される映像を見て、拳児は固めた決意をそのままに、口を開いた。


「第4階層」


 次の階層への期待と不安を抱きながら、拳児は光に包まれた。

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